養老孟司のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
「小説推理」で連載されたものだそうだが、虫の話題とファンタジーの紹介が多い気がする(笑)
オビには「物語の向こうに社会が見える!」とあるのだけど、どちらかというと社会も馬鹿馬鹿しいんだから、ファンタジー読んでても一緒だよ、と言ってるように思えてならない。
「私は他人を説得しようという気があまりない。自分で納得できればいいのである。」という部分で、なんだかすごくしっくりきた。
決して読みにくい文章ではない。でも、入ろうとしなければ入れてもらえないような世界がそこにあるように感じていたのだ。
しかしながら、「個と普遍」における普遍性についての考えや、テキスト論、実証の項目は、入っていきたくなるような書き方が為されている。
考えるのは、自分である。
考えるために読書をするのか、読書をすることで考えに至るのか。
私は後者であり、気楽な読者に甘んじていようと思う。 -
Posted by ブクログ
著者の教育論。
著者は、近代になって、意識にとって理解できるものだけが存在すると考える「脳化社会」への動きが加速化し、「自然」が見られなくなってしまったという観点に立っています。そこから、現代人が「自然」である子どもや身体をどのように扱えばよいのかわからなくなってしまっていると論じています。
意識は、自分というものは変わることなく、ずっと「同じ私」だと考えますが、教育は意識を変えることを意味しています。著者は、すべてを自分の意識で理解できるという考え方から、「生成する自分」という発想をとりもどすことが、迂遠に見えても現在の教育が抱える問題を根本的に解決する道だと考えています。 -
Posted by ブクログ
この本は米国でのシェールガス・オイル革命が明らかになる以前の2008.9に出版された本なので、その点は少し考慮すべき点があると思いますが、第一章で述べられている、「人類史はエネルギー争奪史である」という解説は戦争の歴史を見るに当たって興味ある見方でした。
この本は「バカの壁」で有名な養老氏と、最近(2014.2)になって彼の著作の面白さにとり付かれるようになりました、竹村氏との共著です。
特に、日本の農業について、何が問題なのか、選挙の洗礼を受けなければならない政治家では絶対に言うことのできない内容を解説してくれている点が良かったです。
都市化により有料な農地から高く売れることから失われていることや、日本の地籍が確定している(自分の土地が台帳と合っているか)割合が、全国でまちまちで、特に歴史のある西日本当たりでは、かなり低い(10%程度)というのは驚きでした。これが農業問題を改善させることのできない元凶なのですね。
更に、今では緑に囲まれていると思っている日本ですが、つい最近(明治のころ)までは禿山だったという写真付きの説明は納得感がありました。それを養老氏の専門の一部である「昆虫」が、例えば、六甲山脈や富士山付近の樹海で、あまりいないことから説明できるというのも興味ある考え方でした。
以下は気になったポイントです。
・油田の産出量のピークは、発見から50年ほどずれる、油田発見のグラフの重心が1960年なので、2010年が産出量のピークにあたるという計算になる(p13)
・第二次世界大戦前夜の石油産出分布は、アメリカが圧倒的、2位以下の国の合計よりも多い。日本は、400万KLの需要に対して、産出量は30万KL、7%程度は賄っていた(p19)
・ヒトラーが、バルバロッサ大作戦で旧ソ連に入ったのは、石油が原因だろう、最終的にはコーカサス油田が欲しかったと思われる(p21)
・中国で大慶油田が見つからなかったら戦争をせずにすんだという話があるが、当時の軍人は戦争で成功すれば爵位がもらえるので油田発見には無意識になる(p22)
・中国の肺がん発生率は地方によってバラバラ、たばこが原因ではなく大気汚染である、その元凶は石油業界とクルマである(p24)
・アメリカが農業用にくみ上げているのは、化石地下水といって二度と回復しないもの(p28)
・アメリカがいまのようにガソリンの大量消費を前提にしたシステムになったのは、都市間・都市内の大量輸送システムが生まれなかったから(p29)
・百年前は丸裸だった山肌が粘り強い植林活動のおかげで、いまは木が回復している、しかし虫はいない。生態系は百年では回復しない(p32)
・ペリーの黒船との邂逅は、日本文明にとって蒸気機関と化石エネルギーであった。森林が崩壊寸前の江戸文明にとっては黒船来航は救いであった(p37)
・世界の川が泥だらけなのは、人間が上流の木を伐ったから、黄河の上流の木が伐られたのは、万里の長城が元凶であった可能性がある。薪が必要になったので(p39)
・奈良盆地では、二百年の間に、飛鳥・藤原・平城京と何度も造り、奈良の人口10万人に大して年間200万本必要である。これにより奈良盆地の周辺の森林が崩壊した(p41)
・寒冷化が進むと海面が下がり、河口近くに干潟が現われてくる、そこに土砂が流れ込み堆積して沖積平野が誕生していった(p53)
・水の中に住むサルが人間になった仮説について、地上で直立歩行に移行するわけがない、水の中なら自然に建てる(p55)
・日本の女性は子供を生まなくなったのは、女性たちに「いま結婚して子供を作るのは危ない」という直感があるのではないか(p77)
・参勤交代も三代目くらいからは、単身赴任している地方から江戸に里帰りするという感覚(p80)
・ペリーは、水をよこせと言ったのみ、日本は、何もないけれど、大地震・水害・疫病だけはひっきりなしに起こるとんでもない国だった(p86)
・日本は大政奉還によって国民国家になったが、大政奉還の式典に通訳が入ったという話はない、日本人の情報共有力はすごかった(p88)
・日本人が馬車を作らなかった理由は、去勢の技術がなかったから(p104)
・イスラエルがゴラン高原を手離さないのは、そこがヨルダン川の水源になっているから(p120)
・虎ノ門のダムは明治後半まで残っていたが、いつのまにか埋め立てられた。いまは溜池という地名のみ残っている(p124)
・日本は地質時代のある時期にはバラバラの島であった、東北・関東・中部・近畿・中国といういのは、実は島の区分である、5つの島がくっついて本州ができた、糸魚川静岡構造線がその名残、琵琶湖は中部と近畿と中国の海峡(p129)
・1987年までは農水省は自給率は生産額ベースで80%、今はカロリーベースが40%、生産額は70%(p141)
・アフリカの貧しい国のカロリーベースの自給率は100%(p142)
・農業所得の過半が農業、65歳未満、農業従事60日以上の者がいる農家は42万戸、全体では285万戸(p161)
・自分の土地が台帳と合っているかどうかが確定しているのは、大阪では1%もない(p164)
・まじめに農業をやっている人が周辺の農地を買ったり借りたりして規模を拡大しようとすると、農村集落の和を乱すとしてJAや、片手間農家から邪魔される(p177)
・人口が3000万人から1.2億人まで増えたしわ寄せは、土地が被った。(p178)
・日本農業は、諸外国の農産物流入で崩壊するのではない、片手間農家などの地権者のわがままと、それを容認する行政・研究者の無責任のせいで、自壊に向かっている(p184)
・60年代の公民権運動で批判され、法的にも無効であるとされたが、そこで住人たちが編み出したのが、土地利用計画であった(p199)
・日本よりアメリカの砂糖のほうが甘い、それには水が絡んでいるのだろう、砂糖分子に水がどのように結合するかで甘さが変わってくる(p220)
2014年2月23日作成 -
Posted by ブクログ
「ヒトの見方」3
著者 養老孟司
出版 筑摩書房
p314より引用
“トゲナシトゲトゲはカヤのような植物の葉を喰い、珍しく、ト
ゲトゲのくせにトゲがないので、トゲナシトゲトゲという。”
解剖学者である著者による、あちらこちらに掲載した原稿をま
とめた一冊。
書評からエッセイ風のものまで、硬軟取り混ぜた理路整然とし
た文章で書かれています。
上記の引用は、虫について書かれた項での一文。
これだけ大きく矛盾した名前をつけるにあたって、発見命名者は
どのように思われたのでしょうか。
生物学や形態学について書かれている部分と、この項のような
気楽な部分との落差があり、飽きない作りとなっているのではな
いでしょうか。
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Posted by ブクログ
養老孟司の本はだいぶ読んだなぁ~
でも結局、同じことを繰り返し書いているだけのような気がするなぁ~
彼の言いたいことの大半は【唯脳論】で既に書かれているんじゃないだろうか。
だけれども、唯脳論は分かりやすい本ではなかった。
その後書かれた【バカの壁】がバカ売れした。
それは、彼の言葉をジャーナリストが代筆したからだ。
彼の言葉では一般人は理解できなかったのだ。
その後彼も勉強して、一般人に分かる言葉で書くコツを会得していった。
そしてこの本である。
また分かりにくい書き方に戻ってしまった。
彼自身もあとがきでこの本は売れないだろうと予想している。
でも、バカの壁以降乱発したどの本より、ホンネで語っているし、自分が書きたかったことを書いている。
・・・・・・
どうして日本は無宗教で、無思想であるか、例によって彼独特の視点で切り込んでいるのだが、相当本質を突いていると思われる。
大ヒットは絶対にないが、日本人の本質を研究する上でとても重要な指摘をしている。
感覚と認識の間を繋ぐのは言葉であるとの指摘は面白い。
同じものは絶対にないという流れから、自分が認識している自己そのものにまで疑問を進めるのはスリリングでさえある。
もっとも、既に何度も彼は同じことを講演でも述べているし、書いてもいるけどね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ解剖学者の養老孟司さんと音楽家の久石譲さんとの対談集です。
本書のタイトルや表紙、裏表紙そして帯に書かれている文章を読む限り、
これは音楽や聴覚についての対談の本だと思ってしまいがちですが、
読んでみるとそれだけではなく、
現代の社会の話や意識というものの話(これは聴覚もつながっている)
にも大分、時間を割いて(ページを割いて)話し合っておられる。
まず、序盤の養老さんの、クオリアの話からして目からうろこでした。
一つの言葉あって、それで表現したとたんにこぼれおちてしまうもの、質感、
それがクオリアだというのですが、
僕は20代の頃に音楽を作っていた時期がありますので、
その音楽の源泉としていたのがクオリアと名付けられるのだなと
やっとわかったようなところがありました。
また、音楽づくりの話でいえば、音楽というものの論理だけで
作ってしまえう音楽もあれば、エモーションやメッセージをモチーフとして
作られる音楽もある。後者は、それがいつ「降りてくる」かをまたなければならず、
前者の方法も使えないようだと音楽家としてはやっていけないみたいな話でした。
僕は、後者のタイプで、常に何かが「降りてくる」のを待ったり、無理に降ろしたり、
そうして音楽を作っていた。
これは、2年前に書いた小説もそう言うところがって、僕の創作に対する考え方っていうのは、
その方式しかありませんでしたし、それ以外は邪道なんじゃないかとすら考えていました。
それが違うんだなというのがわかって、今さらながら少し楽になったような気持ちがします。
本書の中での音楽の話でもっというと、売れる、売れないの話も興味深かったです。
売れる音楽というのは、共感性というものが強いから売れるのだといいます。
それで、共感性ばかりが強ければいいのかといえば、それは作り手としても、芸術作品という
観点からしても、そうではないんじゃないかと、久石さんも養老さんも疑問を持っています。
僕もこの意見には賛成で、共感性だけではなしに先見性や説明的なものや新しい概念が含まれているほうが、
たとえ売れなくたって価値は高いと思いますし、大体、売れるものだから価値が高いかと言えば
そうじゃないでしょう。
よく売れる安いハンバーガーがあったとして、その価値は否定しませんが、
それに至高(あるいはその近辺)の価値があるとはいえないのに近いような気がしました。
本書には、クラシックのどうどうどうたらの曲が素晴らしいとかそういうスノッブ的な
話はほぼありませんので、音楽というものに興味があり、社会一般にも興味がある人には
向いていると言えるでしょう。養老さんファン、久石さんファンは是非。 -
Posted by ブクログ
嫌いな人は嫌いらしい。それは知らなかった。さほど、問題のあることを言っているとも思えないが。
面白く読めるものの、全体としてはやや散漫な印象である。ネットのレビューで、難しい、との声がある程度見受けられるようだが、私が思うには、むしろ、この本があまりキチンと書かれていない、ということかと思う。スケッチとしては面白いが、練られた内容とまでは言えないのではないかと。
以下の点について印象に残った。
ゼロの思想。日本人が実際に無思想なのかどうかはおいておくとして、思想、哲学にゼロを用意しておくのは、良いのではないかと思う。「数」のように思想、哲学の範囲をマイナスや虚へ拡大していくのは良いのかもしれない。
「同じ」と「違う」意識の働きについて。現実に起こる、観察できることはすべて(わずかであっても)「違う」ことであり、言葉や音声でコミュニケーションするためには、多少の差異を「同じ」と考える脳の働きが無いと成り立たない。これはもっともだと思う。
いまだに著者(70歳を超えている)に脅迫状を送る人がいるらしい。もう少し、気が長くても良いのではないだろうか、と思う。というか、実生活に影響することはまずないだろうから、本を書いたり、メディアで好きなことを言っている、あかの他人のことを、そんなに敵視する必要がそもそもないと私には思える。不思議だ。私にはないアツさだ。
私は面白かったが、ファンでなければ、わざわざ新品で買って読むほどではないだろう。古本屋で見かけたら手にとってみても良いかと思う。