茂木健一郎のレビュー一覧
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◯出会い
樺沢紫苑さんの「読んだら忘れない読書術」の中でのご紹介。
・脳はちょっと難しい課題に取り掛かるときに喜ぶ
・思い立ったらすぐにスタートする
(○時になったら始めようでは集中力が発揮されない)
・大切なのは「物事を記憶すること」ではなく、「記憶した物事をどう使うか」
・記憶のためには、ただ文章を書きうつすのではなく、一度目を離してうつす。そうすることで、一度脳に入ってくる。
・ビルゲイツもスティーブジョブスも大学中退
・自分の苦手なことを認識し、なぜ苦手なのか徹底的に分析をする。克服できると脳が快感を覚える
長期学習によって長所に変わることすらある。
一石二鳥
・「ミラーニューロン」…仲良い友達の行動、言動が似てきたり、夫婦が似てくるなど、共感回路をつくる神経
・「オープンエンド」…衣食住は限界があるのに対し、学習は学んでも次がどんどん出てくる。限界がないこと。青天井のことを脳科学の言葉でこう呼ぶ -
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異色の脳科学者である著者が、意識とは何かという問題を解決するための糸口を示そうとしています。
著者は、チャルマーズにならって、「やさしい問題」と「むずかしい問題」を区別しています。本書での「やさしい問題」とは、クオリアなどの問題を、脳生理学であれ社会学であれ機能主義的な観点から説明することで解決できるものです。他方「むずかしい問題」では、たとえば現象学のような立場から、クオリアや「私」の固有性を突き詰めていくことが求められます。
その上で著者は、「やさしい問題」と「むずかしい問題」を切り離すことなく、両者のつながりを見いだすことをめざします。著者は、ミラー・ニューロンの発見や他者理解における「心の理論」の重要性などに触れながら、私たちがさまざまな場面で「ふり」をする能力を駆使していることを明らかにします。そして、「むずかしい問題」として立ち現われてくるさまざまなクオリアを「やさしい問題」として処理することで私たちの社会生活が成り立っているのは、この「ふり」をする能力と関係しているのではないかという見通しが示されています。
さらに、私たちの脳の中の電気的な布置状態は、一瞬たりともとどまることなくダイナミックに変容しつつあることに触れ、そのような脳のあり方にも関わらず、「私」が「私」であることや、「あるもの」が「あるもの」であることといった種々の「固有性」が成り立っていることが説明されなければならないと主張しています。そしてこのことが、「やさしい問題」が成り立つための前提だと論じられています。
著者の「クオリア」という言葉の使い方に若干違和感を覚えるところがありますが、おおむね興味深く読みました。 -
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著者が、脳科学の立場から心の謎を解き明かすための展望を、大胆に語っている本です。
著者は、デイヴィドソンの非法則的一元論の立場に対して、ある程度の共感を寄せています。しかし、そこからさらに踏み込んで、脳科学の立場からクオリアの謎に迫る道を見つけようとしています。
その際に重要な区別とされるのが、「反応選択性のドグマ」と「マッハの原理」との違いです。「反応選択性のドグマ」では、ニューロン群の発火パターンと心の中に生じる表象の対応が成立していると考えます。これに対して「マッハの原理」は、ニューロン群の発火パターンと外界の対応を度外視し、ニューロンのネットワークの相互作用のあり方が、心の中に生じる表象を決定すると考えます。さらに著者は、ニューロンのネットワークにおける相互作用を単に生理的な配置と捉えるのではなく、あくまでニューラル・ネットワークという「システム」の中で捉えようとします。たとえば、シナプスの相互作用に有限の物理的時間がかかっても、この「システム」の中では一瞬に潰れてしまうことになります。またその空間的な配置も、心という一点に潰れることになります。著者はこのことを、相対性原理の「固有時」の概念やペンローズの「ツイスター」の概念を手がかりに説明しています。
さらに著者は、「私」の謎にも迫っていきます。著者は、「私の心がクオリアを見る」というときに生じている志向的作用を、プログラムにおける「ポインタ」のアナロジーによって解き明かそうとしています。同様に、行為における意図は「自由端のポインタ」として解釈されることになります。
個人的に疑問を感じたのは、「私の心がクオリアを見る」という言葉が畳語のように思えてしまうことです。クオリアに志向性を認めることは、クオリアを自然主義的に解き明かす際の常道ではあると思うのですが、著者の考えている「志向性」はクオリアそのものにそなわっている性格ではなく、注意作用のようなものだと思われます。痛みそのものには志向性はなくとも、私たちは自分の感じている痛みに注意を向けたり、そこから注意を逸らしたりすることができるので、そのような意味での「志向性」が存在することは論を俟たないでしょう。しかしそのような志向性に「私」の足場を求めることは、著者自身が戒めている「ホムンクルス」や「超越論的主観性」といった、出所不明の存在者を招き寄せてしまうのではないのかという疑念が、どうしても拭えません。 -
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ネタバレ基本的にはBitcoinについて。
茂木さんと堀江さんがやりあってるという印象だけど、堀江さんは強度のリバタリアンだから、茂木さんとたまに衝突する。
基本的にやりたいことはやればいいし、強制や規制を除きたいというのが堀江さんの主張。私はこちらに近い。
公務員の仕事は付加価値を生んでいないという金杉さんの主張にも大いに賛成。自衛隊や警察、消防関係は必要だと思うけどそれ以外の国家公務員や都市区役所での仕事は、もっと人を減らして、法人、個人から税金を巻き上げるのを辞めて、もっと有効にお金というかリソースが回るようにしたほうがいい。
自分なりにBitcoinをもう少し勉強しようと思ったことと、ミルトンフリードマンについてはもう一度読んでみようと思った。 -
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相対性理論の基本の基本が学べた。速度合成の法則は光の速度という特別なケースには適用できないこと、止まっているときと動いているときとでは時間の進み方が違うこと、動いているものは、長さが縮むこと、などの理由が非常にわかりやすく書かれていた。また、E=mc2という有名な法則の意味「物体の質量は、そのエネルギー保有量の尺度である」も理解できた。それにしてもアインシュタインが登場した1900年代前半は、「神の観点の不在」「絶対的な観点の不在」という概念のもと、物理学のみならず美術(ピカソなど)、哲学(フッサールの現象学など)が登場していたことに改めて驚かされた。「相対性」という言葉は当時の時代を語るキーワードであるように思えた。