梨木香歩のレビュー一覧
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読み始め、主人公は女性なのかと勘違いした。化粧品会社の研究職で、丁寧な書かれ方にてっきりそう思ったんだが。
しかし、三十肩からヘルニアやらの痛みに耐えがたくなる話なのだが、軽やかなおかしみのある文章でその後はスラスラ読み進められた。
(引用)
「佐田さーん、佐田さーん」
亀シが突然屋敷の奥に向かって叫び始めた。その大音響にぎょっとする。もしも誰か出て来たらどうするのだ。
誰も住んでいない実家を訪ねたシーン。誰かって誰だよと思って笑ってしまう。
山幸彦、海幸彦神話やご先祖様たちや古い因縁話や怪しげな治療師などグイグイ引き込まれたんだけど、宙幸彦との手紙のやり取りで話がすっと胸に落ちたかというと、どうもスッキリしないんだな。
藪についてのお話は、「ぐるりのこと」を思い出した。 -
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梨木香歩(1959年~)氏は、鹿児島県出身、同志社大学卒の児童文学作家、小説家。児童文学関連はじめ、多数の文学賞を受賞している。
本書は、季刊誌「考える人」に連載された「ぐるりのこと」をまとめて2004年に出版され、2007年に文庫化されたものである。
私は小説をあまり読まないため、著者については、小川洋子のエッセイ集に引用されていたことで初めて知って、少し前にエッセイ集『不思議な羅針盤』を読んだのだが、その時にも、著者が、身近で起こったひとつひとつの事柄をとても深く考え、それを慎重に言葉に表す作家であると感じた(作家とはそもそもそうした能力・性格を要する職業とはいえ)のだが、本書からは、それが一層強く感じられた。(『不思議な羅針盤』の初出は月刊誌「ミセス」、本書は「考える人」という違いもあるが)
著者も本書の中で、「もっと深く、ひたひたと考えたい。生きていて出会う、様々なことを、一つ一つ丁寧に味わいたい。味わいながら、考えの蔓を伸ばしてゆきたい。」と言い、また、連載の題名を「ぐるりのこと」した経緯を、キノコの観察会の指導者だった吉見昭一氏の「最近の子どもたちは身の回りのことに興味を持たなくなった。こういう菌糸類は身の回りに沢山あります。自分のぐるりのことにもっと目を向けて欲しい」という言葉を受けて、「私はその、「ぐるりのこと」という言葉に一瞬心を奪われた。なぜなら私の興味のあるのはまさしく「ぐるりのこと」だったから。自分の今いる場所からこの足で歩いて行く、一歩一歩確かめながら、そういう自分のぐるりのことを書こう、と、私はこの連載のタイトルを決めたのだった。」と語っており、著者自身が、身の回りのことを深く考え、それを表現することを強く意図していることがわかる。
また、細かいことながら、著者は「( )」による補足や但し書きを多用するのだが、これも、より適切な表現をしたいという著者の姿勢・苦悩の現れだと思うし、私も似たタイプなので、とても共感を覚える。
尚、本書の解説はノンフィクション作家の最相葉月氏が書いており、私は、同氏の思索的な文章も好きなのだが(これまで、『なんといふ空』、『れるられる』等を読んだ)、本書の解説を書くにはぴったりと思う。
エッセイは当然ながら、著者や作品によって、材料もスタンスも雰囲気も異なるし、読者の好みも分かれるものだが、身の回りの出来事を取り上げた思索的・硬質なエッセイ(但し、哲学的というわけではない)を好む向きには、読み応えのある一冊といえるだろう。 -
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表題作のみ、きらきら、芯から透き通ってしずかに光るように美しかった。ほかは……なんというのだろう。悪くいうには忍びない(この著者の作品を、ほんとうに長く愛読してきたから)けれども、かの女の多くの作品と同じくーー意図してかどうかはわからないがーーユング心理学にいう『グレートマザー(すべてを呑み込む太母)』が、文章の後ろ側から立ち上ってあらわれているように思えてしまう。またそれだけでなく、現代というにはすこし昔の、「お母さんのいうようにしておけば間違いはないのよ」という、おしつけるような、ある種行き過ぎた強すぎる母性をも感じてしまうのである。……物事やいきものにはそれぞれ、それ自身の想いや生き方、なりわいなどがあるのに……
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ネタバレチーム・自分の中のリーダーの声。
「僕は、そして僕たちはどう生きるか」は、よかった。
が、啓蒙主義の匂いがほのかに。
もちろんその意図はあるはず。
そして深い誠意から来ているはず。
でも自分が14歳だったら反撥していたかもな。
本書はもっとそう。
ヘレン・ケラーがナプキンを畳んだという件に深く感動する母親の姿に胸打たれたのは、やっぱり大人になってからだもの。
でも自分のような頑なな少年にも、こういう言葉を一度送っておけば、どこかで復活するものだと思う。
「みんなちがって、みんないい」のような言葉をシニカルに受け流す姿勢が身についてしまっているが、逆の姿勢も持っておきたいな。 -
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ネタバレ読みは、椿宿(つばきしゅく)。
「f植物園の巣穴」の続編だと聞いていたから、なんと現代でびっくり。
巻き込まれ体質の語り手による地の文がシリアスでコミカル。あと亀シの口調も面白く、「かぐや姫の物語」の女童で脳内再生。
途中で割り切って、家系図を作った。ガルシア=マルケスっぽい読み方。
親や兄弟って、滞り、絡まり、しがらみ、という面もある。
神話に遡って、その上神話内に新キャラまで出して、随分自由だな>祖父藪彦。
しかし作品内で、登場しない人物(亡き祖父や曾祖父)が影響力を持つことはあっても、存在しなかった存在(道彦)の影響をここまで描くって凄い。
一見いい話に見えるが、ブツ切りの構成も含めて、まだ何か不吉な今後も想像してしまう……暗渠のように。
■冬の雨 009
■従妹・海子、痛みを語る 037
■祖母・早百合の来客 075
■椿宿への道・一 121
■竜宮 141
■竜子の述懐 160
■椿宿への道・二 165
■宙幸彦の物語 172
■椿宿 194
■潜んでいるもの 210
■先祖の家 230
■画期的な偉業 250
■兄たちと弟たち 269
■塞がれた川 301
■宙幸彦の手紙 321
■宙幸彦への手紙 352
◇巻末エッセイ 傳田光洋 -
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『君たちはどう生きるか』
『僕は、僕たちはどう生きるか』
ジョコビッチが自分の失敗を観衆に拍手され、乱した気持ちを取り戻すまでの話。
石川さんが村の不正を糾弾し、村八分にあってしまう話と、その後の話。
話のテーマを表す具体例が、どれも印象的だった。
同調そのものは、私は大切なことだと思う。
共感や寄り添いも、含まれているように思うから。
けれど、それが「圧力」と化す時、私たちにそこで見えないことが生じている気がする。
何を潰してしまっているかということを。
流されて見えないまま動いてしまうのではなく、自分の中に、自分を、周りを、小さくも、大きくも見る目を養うこと。
そこに声を、つまり言葉を持たせるには、考えが必要だということ。
それが、ほんとうのリーダーなのかなと思った。