【感想・ネタバレ】ぐるりのこと(新潮文庫)のレビュー

あらすじ

旅先で、風切羽の折れたカラスと目が合って、「生き延びる」ということを考える。沼地や湿原に心惹かれ、その周囲の命に思いが広がる。英国のセブンシスターズの断崖で風に吹かれながら思うこと、トルコの旅の途上、ヘジャーブをかぶった女性とのひとときの交流。旅先で、日常で、生きていく日々の中で胸に去来する強い感情。「物語を語りたい」――創作へと向う思いを綴るエッセイ。

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ネタバレ

瞳という名前が誇らしくなった
動物は瞳で会話できると思うし、瞳は自分と他の境界をなくすと思う
境界を感じる人間生活は、私は嫌だ
自分を開く、訓練。

私たちの経験してこなかった相手の歴史に対して、そしてもしかしたらそれが自分のものになっていたかもしれない可能性に対して、自分を開いていく。

他者の視点を、皮膚一枚下の自分の内で同時進行形で起きている世界として、客観的に捉えてゆく感覚を、意識的なわざとして自分のものにする。
ずっとあたたかい世界にいたい

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2025年02月06日

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ネタバレ

 タチアオイの花は、下から上へ花をつけてゆき、最後まで咲ききると梅雨が終わるそうです。梨木香歩さん、昭34年、鹿児島生まれ、英国留学、カヤックを趣味に、北方へ帰る鳥たちに会う旅を続け、大型犬と暮らしてるそうです。「ぐるりのこと」、2007.7発行、8編のエッセイ集。自分のぐるりのことにもっと目を向けてほしい。ぐるりから世界に心を開いてほしいとの思いが、このタイトルになったとか。「境界」もこのエッセイのポイントのようです。日本はアジアの中で、かつて歴史になかったほど西洋に近づいた一国。モデルはどこにもない。

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2023年05月26日

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言葉が分からないという関係のなかで、どうにかして相手を理解しようとすることが、コミュニケーションの大事な部分であると思う。
相手の人生観、宗教的な背景、など知ろうとすること。
通訳を通して得た言葉は、ただの言葉として分かりやすいけれども、本当に得るべきものは、相手を知ろうとする意識なのだと思う
旅の途中、共通言語のない人との会話に四苦八苦したときのことを思い出した。

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2020年05月14日

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梨木さんの文章や思考は循環的というか、むしろ連想的というか、思考の順番をそのままにしているので、ちょっと分かりにくいところもあるが、それでいてとても奥が深い。

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2020年03月03日

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日々の生活の中で梨木さんの胸に去来する強い感情、そして歴史や政治、社会問題に関する深い教養に裏付けされた思索が、エッセイの形で書かれていた。受験勉強などを通じて、目的に対して最小の労力でそれに辿り着く最短距離ばかり追い求めてきた私にとって、このような、自分を芯に添えて、ぐるりのことと交流しながら深く思考するということはとても新鮮だった。受験勉強で習ったことも、ただの知識に留まらず、思索の幅を広げる道具に出来たらいいなと思った。純粋に考えることの楽しさを感じた物語だった。


『共感する、というのは、大事なことだ。が、それはあくまで「自分」の域を出ない。自分の側に相手の体験を受け止められる経験の蓄積があり、なおかつそれが揺り動かされるだけの強い情動が生じなければ働かないのだ』

『個人や集団の中で混沌としていたものを、クリアな対立関係に二分しようという性急さ。さあ、おまえはどっちなのだと日本は迫られ、個人も迫られ、その度に重ねていく選択が、知らず知らず世の中の加速度を増してしまう。クリアな境界に、ミソサザイの隠れる場所はないと言うのに。(有刺鉄線と生垣)』

資本主義社会の教育に触れた一節で印象に残ったものがあった。
『目的を設定し、その最短距離を考えるー受験対応型マニュアル教育が基本にある。何かをしたい、という情熱がはぐくまれるまえに、「何かをするためにマニュアル」が与えられてしまう。1番の弊害は、立ち止まって深く考え続ける思考の習慣が身につきにくくなることだ。資本主義的な営為のもとで、この短絡性は社会全体が切磋琢磨して育んできたものだ。』
私が今感じている人生の虚しさ(笑)も、小さい頃から目標、最短距離、ゴールばかりを繰り返してきた結果として生まれたものなのかもしれない。
『世界の豊かさとゆっくり歩きながら見える景色、それを味わいつつも、必要とあらば目的地までの最短距離を自分で浮かび上がらせることが出来る力が欲しいのだ。』まさにその通りである!人生を豊かなものにするために、自分で速度を調節出来る力が欲しいのだ。

また、戦時中の日本の全体主義や国民主義などにも触れている。
『「死をも恐れない美学」群れ全体の組織性にアイデンティティを見出しているほど、命はたやすく投げ出せる。』
『長い長い間、東北アジアの大地に染み込んだ儒教精神で、いちばん人を安定させ得たファクターは、やはり、先祖から自分を経由して子孫にまで連綿と続いてゆく、その根っこの感覚、続いているという感覚だろう。しかし、その群れに人を健やかに安定させる力がけえ失せているとしたら、もう群れる必要はない。』
『群れのなかにあるということは、人を優越させ、安定させ、時に麻薬のような万能感を生む。しかし、その甘やかな連帯は、快感への渇望が暴走すると、異分子を排除しようと痙攣を繰り返す異様に排他的な民族意識へと簡単に繋がる。』
戦争を繰り返す人間の本質をよくついていると思う。私の心の奥にもまた、個人と群れが同居している。意識せぬまま自分を共同体の1部として捉えている「私」が、群れからのサインを受信したが最後、神話の時代さながらの激しさと高ぶりを持って、あっという間にひとつの生命体のような群れを、まるでありのようにひとつの目的に向かって突き進む。そんな気がしてたまらなく不気味な不安に襲われてくる。民族を生きるということは、そういう不気味さを生きるということでもあろう。気付かぬ間に、個がねじ伏せられていく。自分を保つとは、どういうことなのだろうか。個の生と時代の生を生きること。そのバランスはとても難しい。

とにかく、色々な刺激を得た本だった。

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2019年09月04日

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ネタバレ

私達をぐるりと取り囲む異世界。
ぐるりの内側へ籠りがちな私に、もっとぐるりの外側へ開いていけよ、と梨木さんから温かくも厳しい言葉をもらった。

ぐるりの内側と外側は言語や風習、文化等といった差異があり、その違いに混乱し時に大小様々な争いも否めない。
ぐるりの内側に籠り隠れることはとても楽ちん。
けれどそこに安住していてはいけない。
一歩一歩確実に自分の足で歩いていく。
「自らの内側にしっかりと根を張ること。中心から境界へ。境界から中心へ。ぐるりから汲み上げた世界の分子を、中心でゆっくりと滋養に加工してゆく」

梨木さんの常に五感を研ぎ澄ませじっくり丁寧に物事を見極める姿勢は相変わらず。
以前読んだエッセイで紹介された、ウェスト夫人の言葉「理解はできないが受け容れる」にも通じることだと改めて思う。
今回のエッセイを読んで、私にとって梨木さんは人生の道標的存在である、と改めて思い知る、とても大切な一冊となった。

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2018年10月18日

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私にとって大切な本になった。
自然のことに精通している梨木さんの人間観察について書いてるところがとても好きだ。
思慮深くて読みながらうなずいてしまう。
特に好きなのは西郷隆盛について書いてるところ。通り一辺の分析ではない部分は読みごたえがあった。
儒教的精神について書かれているところも共感した。
春になったら苺を摘みに」も良かったけどこちらの方が読みごたえがあった。

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2016年09月10日

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大切な本。
人との諸々の付き合いや、時代の大きな流れで自分を見失いそうになると、この本に帰ってきてすとんと自分の足下に落ち着く。
静けさに包まれ、それでいて開いている。
その生き方に、憧れをもった。

しかし生垣的な、ダルな境界を保とうとするからこそ、「そと」の流れは自分の近くまでに影響して、自分の足下はたやすくぐらつく。

開かれたまま、自分のぐるりのことに足をつけて、生活する方法を、自分のもとに手繰り寄せようと、繰り返し開く。

「春になったら苺を摘みに」の「夜行列車」で描かれたモンゴメリは、その方法を手にすることができず、境界をクリアにし、自分を守ったのであろうか。

わかる。人との境界をクリアに区切ったほうが、ずっとラクだ。
だけど、なぁ。

この「ぐるりのこと」と、「春になったら苺を摘み」を読んで、その境界をあいまいに。
クリアなものと、あいまいなもの。
二つの別方向のベクトルをなんとか、使い分けてみたくて…

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2015年06月10日

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作者の独特の感性を通して「今」が描かれている。その文章は美しく温和にも関わらず、鋭利な刃でもあるような気がした。確かに今を生きる僕たちは加速するばかりなのかもしれない。その先に何があるか分からないというのに。(2011年)

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また読んでみた(2023年)
・多様性はただそこにいることを受け入れることなのか?共感のような互いの侵食を必要とするのか?
・言葉は不便なものである。誤解も不信も生む。語るより何か作業を一緒にやるといい。
・総合学習、なりたい職業を決めて、どうやったらなれるか調べてみよう。それはマニュアル化の始まり、本当になりたくてしょうがないのか?を考えるのが先なのでは。スタートアップのマニュアル化の話と似ている。
・群れと個。群れの母性的な安定感、その裏返しには狂信的ファナティックと全体主義、無邪気な正義がある。

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2023年08月15日

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 いろいろなことを考えて頭が痛い。世の中は広くて、知らないことが多すぎて、わたしは果たして、この世界に対峙してゆけるのかしら。
 “ぐるりのこと=身の回りのこと”から始めよう、と梨木さんは書いていた。地に足をつけて、そこから徐々に、自分を世界へ向けて開いてゆくのだ。うん、頑張ろう。

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2022年11月20日

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梨木さんの感覚と思考回路
どう繋がって
ああいった物語を
紡いでいるのかと分かって
とても興味深く楽しく読めた

柔らかな雰囲気でありながら
深層まで思案し続ける
哲学的エッセイ...と言う感じ
(チョット難シカッタヨ)

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2025年04月21日

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作者の身の回りで起こること、発見したことを通して社会の在り方を考える過程を描く。やがて物語へと昇華するのだろう示唆。冷静な分析やある種開き直ったような極論を展開しつつ、本質を捉えようと葛藤する作者に共感する。

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2024年03月09日

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梨木さんの本は2冊目だが、話題になっていたのに読んでなかった。
ミステリの世界をちょっと歩いてみようと思ってから、文学作品から少し遠ざかっていた。
仕事を辞めた途端に、後を引かない話がいいと思うようになったのが原因かもしれない。仕事に逃げられなくなると、身軽な日常の方が健康上よろしいのではと思いついた。ストレスの源は仕事だと思っていたが、今になって思うとちょっとした逃げ場だったかもしれない。
あまりに本が溢れているので、退職後の時間の使い道に迷ったついでに、あまり知らないジャンルに踏み込んでみたらこれが面白過ぎた。

そして最近、何か足りない、情緒にいささか偏りがあると思い始めた。それが全部ミステリにどっぷり漬かり過ぎたので、幼い頃から馴染んできたものを手放しからではないかとふと思った。文学書のような区別の難しいミステリも多くてまだまだ卒業できそうになけれど。最近そんな気がしていた。

梨木さんの本を手にして、こういう文章が心を落ち着かせるのか、帰るところはこういう世界なのかもしれないと気がついた。
身の回りの話題から、世界を大く広げるようなエッセイ集だった。「ぐるり」と言う言葉は、「周り」ということに使われる。母の田舎では「田んぼのグルリの草刈りをしよう」「家のグルリをひと回り」などと普通に使う。

「グルリのこと」という題名の「グルリ」とは、「グリとグラ」に近い何かの名前なのかとぼんやり思っていた。わたしは何でも予備知識なしで取り掛かる欠点がある。

境界を行き来する
ドーバー海峡の崖からフランスの方に身を乗り出して見た時気づいた、「自分を開く」と言うことからつぎつぎに連想される事がらについて考える。

隠れていたい場所
 生垣の中と外、内と外からの眺めや中に住んで見たい思いがイスラムの女性の服装について考える。
イスラームの女性の被りものは、覆う部位や大きさ、また国によって様々な呼び名があるが、総称してヘジャーブという(略)イスラームに対する批判の中には、唯々諾々とヘジャーブを「纏わされている」女性たち自身に対するものもある。「隠れている」状態は、それを強制させられていることに対する同情とともに抑圧に対する自覚がなく、自覚があるなら卑怯であり、個として認められなくても当たり前、というような。
それから、そういう印象を受けるイスラームの問題や、われわれの受け取り方や、わかろうとする無理について考える。面白い。

風の巡る場所
観光客が向けるカメラの先にいる現地の人たちに対する思いや、旅人の自分や大地を見つめて、考えたことなど。

大地へ
少年犯罪について、教育者の態度、子を亡くした親の悲痛な心について。逆縁の不孝、冠婚葬祭の風習などについても。

目的に向かう
この分は実に「ぐるりのこと」なので面白い。車で信楽に出掛けたところ、回り道をしてしまって伊賀上野についたり、昔ながらの田舎の庭が、イングリッシュガーデンの始まりに似ていると思ったり、私も野草や花が好きなので、近代的な花もいいが、昔ながらの黄色いダリアや千日紅、ホウセンカなどが咲いている庭を見ると懐かしい。共感を覚えて嬉しくなった。

群れの境界から
映画「ラストサムライ」を見て思ったこと。葉隠れの思想、西郷隆盛の実像などの考察。
群れで生きることの精神的な(だからこそ人が命をかけるほどに重要な)意義は、それが与えてくれる安定感、所属感にあり、そしてそれは、儒教精神のよってさらに強固なものになる(その「強固」もうすでに崩壊に向かっている訳だけれど)この儒教精神も絶妙な遣りかたで(結果的に見れば。その時々で都合のいいように使われてきたことの堆積が宋見えるだけかも知れないけれど)為政者側に役立ってきた。
こういう物語や、現実につながる過去の歴史が思い当たる。

物語を
風切羽が事故でだめになったカラスに出会う、あんたは死ぬ、と言って聞かせた後、帰り道でカラスが民家の庭にいるのを見る。迷子のカラスがペットになった話があったなと思う。カラスと目が合って「そうだとりあえず、それでいこう、それしかない」と思い、そうだ、可能性がある限り生物は生きる努力をする。生き抜く算段をしなければ。
アイヌのおばあさんの処世術について。
ムラサキツユクサの白花を見つけたが、そこが住宅地になってしまって胸が痛んだこと。
本当にしたい仕事について、

物語を語りたい。
そこに人が存在する、その大地の由来を


ますます好きになった梨木さんという作家の物語を楽しみに読みたい。

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2020年01月11日

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ネタバレ

再読。エッセイ。タイトルの通り身の回りのことから、政治や国際情勢や世界のことまで幅広い。それも唐突な跳躍ではなく、世界は自分の延長にあり、世界の帰着に自分があるということをしっかりと考えさせてくれる。梨木さんが物語を語ることによって伝えてくれる想いをしっかりと受け止めていきたい。

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2019年02月19日

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梨木香歩さんの本は「雪と珊瑚」を産後に読んでものすごく影響を受けたのだけど、エッセイは初めて読んだ。
こういう考え方をする人なのか、と新たな発見。
この本が出たばかりの頃に、職場の同期に「合うと思う」と勧められたことを思い出した。読んで納得した。

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2018年12月28日

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矛盾を抱えて、生きていこう。考え続けて、生きていこう。

梨木香歩が好きだ、と思った。この前読んだ『沼地のある〜』を構想していた頃のエッセイ。あの話に至るまでの思考の流れ、渦巻きを知って、より『沼地のある〜』が気になってきた。

単純には割り切れない。違和感を感じる。だからといって、それを声高に叫ぶこともない。物語の力とは。「心を動かす」ことの危険性。「泣ける話」「全米が泣いた」という文句が嫌いなので、梨木香歩のとまどいが自分のことのように感じられた。梨木香歩の描く、「優しい冷たさ」は、私にとって心地よい。全員がわかってくれるなんて、怖い。でも、閉じこもらず、理解を得られるよう、働きかけること、考えることは、止めないでいたい。人と関わることはエネルギーがいるけれど、敬遠せず、さらっとしたことばだけを語って過ごすのではなくて、きちんと傷つくことばから逃げずにいたい。

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2015年07月12日

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ネタバレ

「ぐるりのこと」とは身の回りの事。九州、イギリス、トルコ等で出会った出来事を綴ったエッセイ。トルコ編は「からくりからくさ」で著者が見せたキリム等への造詣もうかがえます。著者の作品を読むたびに、自分も梨木さんのように、真摯に周りを見なければと反省させられます。

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2014年06月01日

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梨木さんの「沼地のある森を抜けて」の原点になるような事が描かれていたり、世界の悲しい出来事に対して、自分は何が出来るのかなど、生きる事にもがく様子がつづられている。世界を旅してそこで目にした景色、出会った人たちから刺激を貰うように、私もこの本から刺激を貰った。

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2025年07月25日

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ネタバレ

数冊著作を読んだことがある程度だが、ああいう話を描く人はこういうことを考えているのかと面白かった。知識が豊かで思考があちこちに飛ぶのでついていくのがしんどいが、手元において気が向いた時にぱらぱらめくるのがいいのかもしれない。

長崎の幼児殺害事件に関しては、リアルタイムに感じたことを書いた著者と2025年にこれを読む自分とでかなり感覚に差があるなと思った。

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2025年06月27日

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梨木香歩さんらしい静かな文章だったが、その実結構主張があった内容だった。自分はここまで感受性よく生きてはいないなぁ。

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2025年04月17日

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梨木香歩(1959年~)氏は、鹿児島県出身、同志社大学卒の児童文学作家、小説家。児童文学関連はじめ、多数の文学賞を受賞している。
本書は、季刊誌「考える人」に連載された「ぐるりのこと」をまとめて2004年に出版され、2007年に文庫化されたものである。
私は小説をあまり読まないため、著者については、小川洋子のエッセイ集に引用されていたことで初めて知って、少し前にエッセイ集『不思議な羅針盤』を読んだのだが、その時にも、著者が、身近で起こったひとつひとつの事柄をとても深く考え、それを慎重に言葉に表す作家であると感じた(作家とはそもそもそうした能力・性格を要する職業とはいえ)のだが、本書からは、それが一層強く感じられた。(『不思議な羅針盤』の初出は月刊誌「ミセス」、本書は「考える人」という違いもあるが)
著者も本書の中で、「もっと深く、ひたひたと考えたい。生きていて出会う、様々なことを、一つ一つ丁寧に味わいたい。味わいながら、考えの蔓を伸ばしてゆきたい。」と言い、また、連載の題名を「ぐるりのこと」した経緯を、キノコの観察会の指導者だった吉見昭一氏の「最近の子どもたちは身の回りのことに興味を持たなくなった。こういう菌糸類は身の回りに沢山あります。自分のぐるりのことにもっと目を向けて欲しい」という言葉を受けて、「私はその、「ぐるりのこと」という言葉に一瞬心を奪われた。なぜなら私の興味のあるのはまさしく「ぐるりのこと」だったから。自分の今いる場所からこの足で歩いて行く、一歩一歩確かめながら、そういう自分のぐるりのことを書こう、と、私はこの連載のタイトルを決めたのだった。」と語っており、著者自身が、身の回りのことを深く考え、それを表現することを強く意図していることがわかる。
また、細かいことながら、著者は「( )」による補足や但し書きを多用するのだが、これも、より適切な表現をしたいという著者の姿勢・苦悩の現れだと思うし、私も似たタイプなので、とても共感を覚える。
尚、本書の解説はノンフィクション作家の最相葉月氏が書いており、私は、同氏の思索的な文章も好きなのだが(これまで、『なんといふ空』、『れるられる』等を読んだ)、本書の解説を書くにはぴったりと思う。
エッセイは当然ながら、著者や作品によって、材料もスタンスも雰囲気も異なるし、読者の好みも分かれるものだが、身の回りの出来事を取り上げた思索的・硬質なエッセイ(但し、哲学的というわけではない)を好む向きには、読み応えのある一冊といえるだろう。

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2022年09月15日

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裏庭を読むが何度読み返しても挫折していたが
西の魔女が死んだ
を読んでこの人の作品に触れてみたいといくつか小説を購入し、難解なのもあるが読んだ作品は好きな部類に入るのでエッセイに挑戦。
したが思考回路が全く違うので共感できなかった。
再読してまだ理解できなければ旅立たせよう。

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2022年08月10日

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エッセイ集 と言うには一遍が長い
話題があっちこっち飛ぶけど、その遍の中では一本筋の通った関連がある

ただ、期待していたのとはちょっと違った
映画の「ぐるりのこと」のタイトルの由来がこれと知っていたんだけど
それを前提に思い込みすぎてたね

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2019年03月19日

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タイトル通り、色々な話がぐるぐる回っていくようなエッセイだった。
今まで読んだ中で1番難解なエッセイだった気がする…

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2018年11月09日

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10年以上前の本とは思えないほどに、昨今の世界情勢と何ら変わっていないことに改めてショックを受けた。

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2017年12月22日

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物事をふかーく考えるのが大人になって更に苦手になりました。梨木さんは生きるのがある意味でしんどそう。

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2017年01月04日

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友達が昔、この本の話をしていた。ほとんど意味を解さず、確かに聞き流してしまった。しかし、どこかに薄っすらと記憶が残っていたのだろう。同じ音を聞いた時、それを思い出した。

ぐるりのこと。身の回りのこと。何気ない日常に現れる風景、情景、人、事件。それを歴史や芸術、政治に繋げ、語る。どこか物憂げな語り口調でもあり、直截に導入されぬ核心からも、日々日常における関心事の比率が伺える。ぐるりのことは同じでも、感じたものが繋がる先は、その人の興味なのだ。

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2016年02月06日

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梨木さん、どれだけ深く、広く、物事をとらえながら生きているんだろう。
いつもぐるりのことにアンテナをはっており、疲れないのだろうか。
そんなところの気のゆるめかたもうまいんだろうな。

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2013年07月24日

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ネタバレ

ぐるりのこと。最初はなんのことかよく分からなかったけど、どうやら身の回りのことらしい。作者が身の回りのことであれこれ考えたエッセイ。
どことなくしんみりした。旅先の人たちとのやり取い、女の子が微笑んだりするところ、特によかった。
この本の最後の作者の文章がかっこいい。「大地の由来~」の部分。これまで読んだ作者の小説を思い返すと、納得する部分がある。
かなり真面目な題材が主だったので、なんとも読むのに想像より時間がかかったけど、読んでよかったかな。
でもエッセイより小説のがやっぱり好きだ。

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2015年05月05日

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再読2017.05.29
自分のぐるりのことに、もっと目を向けたい。

人間は境界を持たざるを得ないということ。

一人のヒトの限界を受け入れること。

加藤幸子「長江」

◯人はいつでも、「個人の生」と並行して、「時代の生」をも生きなくてはなりません

◯しょうがないなあ、の方は、あきれた感じと、本来つきあいきれないものだけれど、つきあってゆくよ、という、相手の存在を許して丸ごと受け入れる

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2017年05月29日

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