あらすじ
『家守綺譚』『沼地のある森を抜けて』の著者が動植物や地理を豊かにえがき、埋もれた記憶を掘り起こす長編小説。 月下香の匂ひ漂ふ一夜。植物園の園丁がある日、巣穴に落ちると、そこは異界だった。前世は犬だった歯科医の家内、ナマズ神主、愛嬌のあるカエル小僧、漢籍を教える儒者、そしてアイルランドの治水神と大気都比売神……。人と動物が楽しく語りあい、植物が繁茂し、過去と現在が入り交じった世界で、私はゆっくり記憶を掘り起こしてゆく。自然とその奥にある命を、典雅でユーモアをたたえた文章にのせてえがく、怪しくものびやかな21世紀の異界譚。
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f植物園に転任してきた佐田豊彦。
造成された水生植物園が担当だ。
彼はそこを「隠り江」と名付けて情熱を注ぐ。
が、ある日大切にしていた日本水仙がなぎ倒されていることに気付く。
何物かが通ったように、椋の大木の"うろ"から水辺へと倒れていたのだ。
思い起こせば、自分はその"うろ"に落ちたのではなかったか?
なのに、そこからの記憶がない。
次の記憶は唐突に自室で寝ている場面。
そして歯痛の為に歯科医へ。
前世は犬だったという歯科医の妻、ナマズの神主…次々現れる不思議な人物と、交錯する千代との思い出、ねえやのお千代との思い出、椋の大木、かつて抜いてしまった白木蓮。。。
"うろ"に落ちて以来、何かがおかしい。
「論理的に考えると、うろに落ちてうろから出た記憶がない場合は、未だにうろの中にいるということになる。が、それは論理的には正しくとも私を取り巻くこの現実の展開にはそぐわない。」
これは一体…。
主人公は歯痛に悩まされながら"うろ"に落ちる。
そして、不思議な現状と過去の思い出を行ったり来たりしながら、
蓋をして忘れていた大切な思い出、関わった人の思い、時の流れ、人の生き死にや連なりとに、少しずつ向かい直す。
時は川のように流れてゆくもの。
水は正しき方向へ流してやらなくてはならない。
止水しては滞りを生んでしまう。
主人公はこの不思議な世界で自らを形作っている人や風景を再確認し、過去を取り戻し、真実と向き合っていく。
「しくしくとした歯の痛みは、そのまま軽い陰鬱の気を呼び、それが気配のしんしんとした雰囲気とよく狎れ合って、何所とも知れぬ深みへ持って行かれるような心地。」
「それにしても「千代」が寄ってくる人生である。」
「おや、この千代はその千代かこの千代かあの千代か。ふと、箸を止めて考え込む。どうも「千代なるもの」が渾然一体としてきている。」
「この木、以前は目につかなかったのだが。」
「ーはあ。けれどそんなこと、誰にも分かりませんよ、見えてくるまでは。」
「そうだ、すっかり忘れていたが、月下香は妻の千代の好きな花であった。」
「……とにかくこの滞りを取り、水を流さねばならぬ、……」
「カクスナ。アラワレル。」
土瓶さんのレビューを参考にし、積んであった『裏庭』を避け、代わりに…と手に取ったのが本書だった。
面白かった!!
後半から様々なことが明らかになってゆく。
梨木香歩さんだとやはり『家守綺譚』には敵わないのだけれど、ユーモアもありながら感動する作品。
読み終えても暫く余韻に浸ることとなった。
不思議に可愛らしい河童の坊(道彦)には情が湧く。
☆大気都比売(おおげつひめ)
日本神話における食物の神。
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人間、嫌な経験をするとそれを意識から追い出すことで何とか生きていく、という仕組みになっているみたいだけども、そのやり方が必ずしも最善ではないということだろうな。フロイトの治療過程を思わせた。
同著者の「家守綺譚」のシリーズにも近い和風異界的な「不思議」の描写が多いので、お好きな方はどうぞ。
本作だけでもお話としては成立するが、途中に出てくるちょっとした記述が、続編「椿宿の辺りに」への布石となっているので、そちらもあわせて読みたい。
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"椿宿の辺りに"を読んだ後、再読してようやく、私はこの物語が好きだった事に気付いた。最初に読んだ際は、主人公の曖昧な記憶、過去と現在(現在と言っても、ファンタジーに満ちて象徴を読み取らないとならない)が入り交じる物語に囚われすぎ、印象を上手くまとめられていなかった。
蓋をしてしまうほどに辛い過去があり、そのせいで酷薄な態度を取っていたのが、精霊?土地神?達に導かれて少しずつ自分の記憶と向き合えるようになった。そして会うことの出来なかった息子とも言葉を交わし、何よりも、息子に名をつけることが出来た、というのは、自分の過去へのこだわりを捨てる上でも、息子への想いを昇華させるうえでも、これ程の行為は無かったのではないか。名をつけてもらったからこそ、息子の魂は"何者でもない"状態から"会えなかったかけがえのない存在"へと変わり、二人共が前に進めるようになったのではないか、と思う。
最後に、妻とお互いに言えなかった気持ちを通わせ、この二人もまた前に進めるようになったところも、心を温かくさせてくれる。
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地球っこさんに教えていただいた前回読んだ「家守綺譚」がとっても面白かったので、次も地球っこさんが読まれていたこの本を読みました。
うーむ とっても面白い。
家守綺譚より、こちらの方がよりハマってしまいました。。
解説から
「穴」は垂直の移動。「川」は水平の移動を表す。
語り手の人生における、三つの大きな喪失を巡る物語。
この小説は、生と死の世界の間を往復し、死人と交流する物語でもある。
読み終えて、初めからもう一度物語をたどり直してみると、あちこちに差し挟まれたエピソードが、初読時とは違う深い意味を帯びて迫ってくる。
地球っこさん ありがとうございました。
梨木香歩さんの本をもう少し読みたいと思います。。
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この人の本の凄いところは、読み直せば読み直すほどどんどん好きになっていく不思議さにあると思う。続編を読むための再読だったけれど。繋がりがあるとこの本が生きる。どうか続編と続けて読んでほしい。
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うわぁ・・・(まだまだわかっていないことがたくさんあるけど)そういうことかぁ。と、こうなんというかラストスパートでこれまでの緊張がふわっと解けるような読後感でした。
どうしてもネタバレしないと書き続けられそうにないので、未読の方はここから注意です。
主人公の名は後半になって判明しますが、佐田豊彦さんといいます。(確かまだ未読ですが、「椿宿の辺りに」の主人公の曾祖父にあたるそうです。)
豊彦さん、歯が痛いから歯医者に行くというところから物語が始まりますが、行った歯科医の奥さんが前世で犬だったため、忙しくなってなりふり構わなくなると犬になってしまうなどと、初めから妖しい空気感が漂います。風雨の中訪れた温かな光がともるスターレストランもなんだか不思議な雰囲気。そこで見た親子は何だったんだろう・・・下宿先の大家はふと気づくと、雌鶏の頭をしているように見えるし、思わぬところで思わぬ人(歯科医の奥さんだったり、スターレストランの給仕係だったり)に会い、思いもかけない言葉を投げかけられる。あげくに、豊彦さんはずっと女性ものの靴で歩いていたという衝撃の事実を大家さんに指摘される・・・今がいつで、どこにいるのか。読書はもちろんのこと、豊彦さん自身もよくわからなくなってくるけれど、とにかく仕事(豊彦さんはf植物園の園丁をしている)に行かなければならないし、歯の治療にも行かなくてはならない。その合間合間に豊彦さんの過去がわかってくる。千代という名のねえやについての思い出が不思議と鮮明なようで不鮮明。何かがおかしい。
そこで、豊彦さんはふと思い出す。大木のうろをのぞき込んで落ちた後、そこから出た記憶がない、と。
はーん、そういうこと。と少し納得がいくものの、不思議な世界は続く。ナマズ神主や烏帽子をかぶった鯉が出てきたり、また過去の記憶がよみがえり、大叔母が語ってくれたアイルランドの治水神を思い出したり。そして坊に会う。坊との行動はまるで冒険のようでもある。そこで、過去のトラウマからか、ねえやの千代に関する記憶が改変されていたことに気づく。まるでそのことに関する心の傷を隠していたものを取り去ったかのように、豊彦さんは過去の出来事をやっと事実として受け入れた(ように、私には思えました)。坊が行ってしまって、目が覚めた豊彦さんは、不思議な世界では亡き者となっていた妻が、うろに落ちてから意識がなかった自分を看病してくれていたことに気づく。
「あの子に会った」というだけで妻には通じた、というところにまたこの夫婦が抱いてきた大きな喪失が表れています。
豊彦さんが現実に戻ってすぐに物語は幕を閉じます。
不思議な世界でのあれは何を表していたのか、と考え始めるとまだまだ読み込みが足りないと思わされます。この物語は、たぶん複数回読むべきなんだろうと思いました。
この心地の良い不安定感は、たくさんの人が感想に書かれているように、「家守綺譚」に通じるものがありますし、和製「不思議の国のアリス」というのも、なるほどうまい表現だなと思います。
「海うそ」を読んだ後だからか、「喪失」の描き方が非常にうまい、さすが梨木香歩さんだと思いました。
Posted by ブクログ
「椿宿の辺りに」の書評で皆さんが本書のことを触れている。椿宿はそんなに感銘した本ではなかったが、手を出してみる。
植物園の水生植物園の園丁である主人公。歯医者の家内の前生は犬、下宿の女大家の頭は鳥に見える。子どもの頃のねえやの千代、妻の千代、レストランの女給の千代が混然としてくる奇妙な暮らし。やがて植物園の水辺で椋の木の巣穴に落ちたことを思い出す。
大叔母から聴いたアイルランドの妖精譚、アイルランドからの招聘教授マルクーニ先生から貰ったウェリントン・ブーツ、ねえやの千代や妻の千代との昆虫や木花の思い出。やがて水の中に入り、相棒と出会い、川に沿って進んでいく。
次々に奇想天外なことが起こり、ジェットコースターに乗ったようでもあり、夢の中にいるような感覚。
神話を引用した象徴的な意味もあるのかも知れないが判らない。
著者の「裏庭」も思い出したが、関係あるかどうかも判らない。
つまり巣穴に落ちた時期が胡麻化されていたんだな。
なんだかホッとして読み終えた。
Posted by ブクログ
序盤は読み辛い文体でよくわからなかったが、どんどん不思議な世界に引き込まれて行った。
植物園の木のうろに落ちて気を失っている状態、夢にありがちな辻褄の合わないめちゃくちゃなストーリーなのは想像できたが、これがどうオチがつくのか想像できなかった。
最後の最後「道彦」でこんなに温かいお話であったことに驚いた。
主人公の過去を追体験することで固定観念が外れ、カエル坊や蝶の様に見事に変態を遂げて還ってきた。
幸せな生活が待っている。
(タイトルから植物や植物園の描写が多いかと思いましたが違いました)
Posted by ブクログ
夢か現か、化かしているのか化かされているのか。妖しく美しい日本語の調べに誘われて覗いてはいけない世界を覗いてしまったような、恐ろしくも心地よい不思議な世界でした。後半に進むにつれ、彼と同様、私自身の記憶もとても曖昧な気がしてきて、虚ろな暗い闇の中に落ちるような不安を覚えました。自分の記憶を辿る旅は、かけがえのない人生を辿る旅であり、彼にとって大きな傷を治す必要な旅だったのですね。最後は目頭が熱くなりました。
Posted by ブクログ
心がザワザワしているときに読んで、しんしんと鎮まってきた本。
異界譚、夢の中のような話。
どこから夢でどこから現実なのか、読み終わって、あああそこからか、と思う。
異界の描き方の、イメージや、夢の中で論理的ではなくても本人は論理的だと思っているのだろう思考の描き方が秀逸で、私も眠って夢を見ているようだった。
この表現力と文章には憧れる。
Posted by ブクログ
久々に再読。梨木さんのたくさんの作品の中でも「家守綺譚」系統の植物と不思議が絡むお話。
最初は話の流れも途切れがちで次々に荒唐無稽な展開が続くと思われる中で、徐々に歯に空いた穴、木のうろ、白木蓮を失った後の穴…植物園職員である主人公の心に空いた穴の中をのぞきこみ、失われたものを自ら発見し、よどんでしまった「川」を流れるようにする、という芯が分かるようになる。
「ここは、過去と現在がみんないっしょくたに詰まっているのだ」理屈の通じない世界で、これが自分の心の問題であることをやがて主人公は悟るのだ。
人生で抱え込んできた淀みに対して、はっきりした問題を現実的に解決するとかではなく、ただあの時の気持ちともう一度向き合い、見つめて、そうであることを許す…そのうえであらためて抱えていけばよい、流れていればいい、というのが梨木さんらしくて好き。乳歯が抜ける、という解放の合図もいかにもという感じ。「裏庭」の礼砲のようだ。読むとすっきりする。
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夢の中の迷路に迷い込んだような荒唐無稽な不思議なお話。
途中から主人公のように理屈で物を考えるのを放棄し、この世界観にどっぷり嵌まると、なんと心地よいことか。
物語は過去へ過去へと遡り、当時味わいきらなかったため膿のように溜まっていた感情を思い出し、知らぬ間に書き換えられていた真実があきらかになっていくにつれ、本来の自分を取り戻す。
それは癒しの旅となる。
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てっきり植物ほのぼの日記のようなていかと思いきやミステリーというかホラーというか。夢うつつの夢遊感の中進む物語。やっぱり梨木香歩さんと植物の相性バツグン。
Posted by ブクログ
日常と夢まぼろしが徐々にマーブル模様になって、渾然一体になっていく。
立ち現れるのは過去の記憶。
様々な植物が茂る水辺や人ならずものが次々と現れて、生きることの力強さや不思議さが凝縮されたような世界観。
皆さんおっしゃられるように、まさに梨木香歩版不思議の国のアリス。
Posted by ブクログ
どなたかが不思議の国のアリスに似てるとおっしゃっていますが、まさしくまさしく。和製不思議の国のアリス。(物語の始まりが穴なのも。)もしくは、世界観が千と千尋の神隠しっぽい。梨木果歩作品に共通する、生と死、消失と再生の物語。
Posted by ブクログ
理知的で人に冷たい主人公に肩入れできず、不思議な状況をあれこれと分析したがる様子がやたらと気に障っていました。中盤から後半にかけて謎が解明されていくさまが気持ちよく、最初から二度読みをして随所に張り巡らされた伏線を知ることになりました。
Posted by ブクログ
最初の方は戸惑いの方が大きく流れを掴めませんでした
しばらく読み進むと、それまでの話に合点が行き始め、不思議ワールドへ自分の意識も飛んでいきます
ゆったりと行ったり来たり、自分の幼少時の記憶もぽこぽこと泡のように立ち上がって来て、お話の世界をたゆたいました
Posted by ブクログ
たくさんの植物が散りばめられた、植物好き的にも美味しい一冊。
珍しく男性が主人公で、漱石ら辺の時代を思い起こすような硬質な文体。
それなのにふわふわと夢を見ているような物語でした。
Posted by ブクログ
最初は展開がよくわからないまま読み進めていましたが、途中からこれは主人公の過去を掘り起こしているとわかるとそこからは読みやすくなりました。
特に同行していた坊の正体は涙腺にきます。
ときどき痛む、穴が開いた歯の部分は心ということで、誰にもそういううろはあるものだと思いました。
Posted by ブクログ
『家守奇譚』に似た不思議な異世界譚。
読み始めは、少し難解か?と思わせる文章に躊躇しますが、慣れてしまえばその知的さ溢れる語り口に惹き込まれます。
どこからが現実でどこからどこまでが夢なのか…
最後まで読んで、ああそこから…!となりました。
クライマックスの展開にはちょっとウルっともさせられ、全て読んでから、もう一度読み直したい物語だなと思いながら本を閉じました。
繋がりがあるという『椿宿の辺りに』も読んでみたい
Posted by ブクログ
不思議な世界に迷い込んだ感覚と哲学じみて理解できないようでいて何か自分が高尚になったような勘違いで分かった気になる。記憶が蘇り忘れていた辛い過去から立ち直った時家庭が上手くいき続巻に繋がる。
西の魔女が死んだがすごく心に残り裏庭で挫折した。自分の頭では理解できない本が多々あるのに何故か気になる作家で、今回の本も理解できなかったのに完読しなくてはという強迫観念みたいにとらわられる。
自分にとって不思議な作家。
Posted by ブクログ
降り積もった時間と向き合い、ひとつひとつ紐解いていくという少し変わったお話。叙述ミステリのようでもあります。
何と言っても、梨木さんの手にかかればこうも植物が生き生きと感情を持つのかと感動。
Posted by ブクログ
2009年発行
歯痛は、直接脳にガンガン痛みが響きます。
痛みがあるのか、無いのか?疼いているコレが痛みなのか?本人にも分からない現実と夢の狭間で浮遊する主人公。
ぼや~と読み終えました。
Posted by ブクログ
梨木香歩の「F植物園の巣穴」を読み終わり。家守綺譚系統の怪と植物の織りなす不思議空間を彷徨う植物園勤めの男の話。
妻を亡くし、幼少期には子守を亡くし、た男の淋しさにうーんと唸りましたが、エンドはハッピーで安心しました。
頭を使わずにすらすらーっと読める話です。そういう気分の時にどうぞ。