あらすじ
『家守綺譚』『沼地のある森を抜けて』の著者が動植物や地理を豊かにえがき、埋もれた記憶を掘り起こす長編小説。 月下香の匂ひ漂ふ一夜。植物園の園丁がある日、巣穴に落ちると、そこは異界だった。前世は犬だった歯科医の家内、ナマズ神主、愛嬌のあるカエル小僧、漢籍を教える儒者、そしてアイルランドの治水神と大気都比売神……。人と動物が楽しく語りあい、植物が繁茂し、過去と現在が入り交じった世界で、私はゆっくり記憶を掘り起こしてゆく。自然とその奥にある命を、典雅でユーモアをたたえた文章にのせてえがく、怪しくものびやかな21世紀の異界譚。
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Posted by ブクログ
"椿宿の辺りに"を読んだ後、再読してようやく、私はこの物語が好きだった事に気付いた。最初に読んだ際は、主人公の曖昧な記憶、過去と現在(現在と言っても、ファンタジーに満ちて象徴を読み取らないとならない)が入り交じる物語に囚われすぎ、印象を上手くまとめられていなかった。
蓋をしてしまうほどに辛い過去があり、そのせいで酷薄な態度を取っていたのが、精霊?土地神?達に導かれて少しずつ自分の記憶と向き合えるようになった。そして会うことの出来なかった息子とも言葉を交わし、何よりも、息子に名をつけることが出来た、というのは、自分の過去へのこだわりを捨てる上でも、息子への想いを昇華させるうえでも、これ程の行為は無かったのではないか。名をつけてもらったからこそ、息子の魂は"何者でもない"状態から"会えなかったかけがえのない存在"へと変わり、二人共が前に進めるようになったのではないか、と思う。
最後に、妻とお互いに言えなかった気持ちを通わせ、この二人もまた前に進めるようになったところも、心を温かくさせてくれる。
Posted by ブクログ
うわぁ・・・(まだまだわかっていないことがたくさんあるけど)そういうことかぁ。と、こうなんというかラストスパートでこれまでの緊張がふわっと解けるような読後感でした。
どうしてもネタバレしないと書き続けられそうにないので、未読の方はここから注意です。
主人公の名は後半になって判明しますが、佐田豊彦さんといいます。(確かまだ未読ですが、「椿宿の辺りに」の主人公の曾祖父にあたるそうです。)
豊彦さん、歯が痛いから歯医者に行くというところから物語が始まりますが、行った歯科医の奥さんが前世で犬だったため、忙しくなってなりふり構わなくなると犬になってしまうなどと、初めから妖しい空気感が漂います。風雨の中訪れた温かな光がともるスターレストランもなんだか不思議な雰囲気。そこで見た親子は何だったんだろう・・・下宿先の大家はふと気づくと、雌鶏の頭をしているように見えるし、思わぬところで思わぬ人(歯科医の奥さんだったり、スターレストランの給仕係だったり)に会い、思いもかけない言葉を投げかけられる。あげくに、豊彦さんはずっと女性ものの靴で歩いていたという衝撃の事実を大家さんに指摘される・・・今がいつで、どこにいるのか。読書はもちろんのこと、豊彦さん自身もよくわからなくなってくるけれど、とにかく仕事(豊彦さんはf植物園の園丁をしている)に行かなければならないし、歯の治療にも行かなくてはならない。その合間合間に豊彦さんの過去がわかってくる。千代という名のねえやについての思い出が不思議と鮮明なようで不鮮明。何かがおかしい。
そこで、豊彦さんはふと思い出す。大木のうろをのぞき込んで落ちた後、そこから出た記憶がない、と。
はーん、そういうこと。と少し納得がいくものの、不思議な世界は続く。ナマズ神主や烏帽子をかぶった鯉が出てきたり、また過去の記憶がよみがえり、大叔母が語ってくれたアイルランドの治水神を思い出したり。そして坊に会う。坊との行動はまるで冒険のようでもある。そこで、過去のトラウマからか、ねえやの千代に関する記憶が改変されていたことに気づく。まるでそのことに関する心の傷を隠していたものを取り去ったかのように、豊彦さんは過去の出来事をやっと事実として受け入れた(ように、私には思えました)。坊が行ってしまって、目が覚めた豊彦さんは、不思議な世界では亡き者となっていた妻が、うろに落ちてから意識がなかった自分を看病してくれていたことに気づく。
「あの子に会った」というだけで妻には通じた、というところにまたこの夫婦が抱いてきた大きな喪失が表れています。
豊彦さんが現実に戻ってすぐに物語は幕を閉じます。
不思議な世界でのあれは何を表していたのか、と考え始めるとまだまだ読み込みが足りないと思わされます。この物語は、たぶん複数回読むべきなんだろうと思いました。
この心地の良い不安定感は、たくさんの人が感想に書かれているように、「家守綺譚」に通じるものがありますし、和製「不思議の国のアリス」というのも、なるほどうまい表現だなと思います。
「海うそ」を読んだ後だからか、「喪失」の描き方が非常にうまい、さすが梨木香歩さんだと思いました。
Posted by ブクログ
久々に再読。梨木さんのたくさんの作品の中でも「家守綺譚」系統の植物と不思議が絡むお話。
最初は話の流れも途切れがちで次々に荒唐無稽な展開が続くと思われる中で、徐々に歯に空いた穴、木のうろ、白木蓮を失った後の穴…植物園職員である主人公の心に空いた穴の中をのぞきこみ、失われたものを自ら発見し、よどんでしまった「川」を流れるようにする、という芯が分かるようになる。
「ここは、過去と現在がみんないっしょくたに詰まっているのだ」理屈の通じない世界で、これが自分の心の問題であることをやがて主人公は悟るのだ。
人生で抱え込んできた淀みに対して、はっきりした問題を現実的に解決するとかではなく、ただあの時の気持ちともう一度向き合い、見つめて、そうであることを許す…そのうえであらためて抱えていけばよい、流れていればいい、というのが梨木さんらしくて好き。乳歯が抜ける、という解放の合図もいかにもという感じ。「裏庭」の礼砲のようだ。読むとすっきりする。
Posted by ブクログ
たくさんの植物が散りばめられた、植物好き的にも美味しい一冊。
珍しく男性が主人公で、漱石ら辺の時代を思い起こすような硬質な文体。
それなのにふわふわと夢を見ているような物語でした。
Posted by ブクログ
最初は展開がよくわからないまま読み進めていましたが、途中からこれは主人公の過去を掘り起こしているとわかるとそこからは読みやすくなりました。
特に同行していた坊の正体は涙腺にきます。
ときどき痛む、穴が開いた歯の部分は心ということで、誰にもそういううろはあるものだと思いました。