酒井昭伸のレビュー一覧
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盛り上がってまいりましたの三部作下巻完結編。正直独白ばかりであまり物事が動かない上中巻に、面白いながらも飽いてきた感否めない状態からの読書開始だったものの、下巻は一気に物事が動き始め、あれよあれよと主人公ポール・ムアディップが救世主に上り詰める過程を、飽くことなく堪能できる(基本線は同じものの映画DUNE2はかなり内容を精査して、時系列や設定を変えてでも映画用に再構成して成功をおさめていると思える)。巻末には惑星アラキスの歴史やデューン世界の宗教史、用語集など、歴史書さながらの付録が付いていて、世界観の徹底ぶりに笑ってしまった。そして忘れてはならないのが、これが55年以上前に刊行された作品ということ。すごすぎる。
続編も読んでみよう。 -
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いやぁおもしろかった!!
奥行きのある世界観や壮大な人類史、舞台となる惑星アラキスの緻密な設定に加え、預言者として苦悩する主人公ポールたちの人間模様…しかし、プロットはど直球な復讐劇。これら全ての要素が重なり合って抜群のエンターテイメントを提供する本書は、ヒューゴー賞と第1回ネビュラ賞のダブルクラウンに輝く「デューン 砂の惑星」です。
解説によると、1975年からスタートし、およそ12年ごとに読者投票されるローカス賞「オールタイムベスト」において、4回連続(1975年、1987年、1998年、2012年)の1位となっているよう。これ地味に凄いですね。でもなんとなく納得。とてもSFらしい作品だと思いますし、王道展開の節々で垣間見られる深遠さは、読者の心を掴んで離さないかと。
続編もあるようですので、随時読み進めようと思います。(ただ、絶版の気配が…) -
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「デューン 砂丘の子供たち〔新訳版〕 上・下」( フランク・ハーバート : 酒井昭伸 訳)を読んだ。 (何度目かわからない)再読。
初期三部作の中では一番奥深い難しさを隠し持つものの、読んでいて一番面白いのもこれかな。
スティルガー、ダンカン・アイダホ、ガーニー・ハレックのそれぞれが渋くて痺れる。
アラキスにおけるフレメンと水との関係を端的に表す印象深い文章を引く。 『ここのフレメンはいまも"天国とは流れる水の音にほかならず"と信じているが、』(本文より)
とりあえず新訳版はここまでなのだが、次の「デューン砂漠の神皇帝」とか出るのかな? -
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「デューン 砂丘の子供たち〔新訳版〕 上・下」( フランク・ハーバート : 酒井昭伸 訳)を読んだ。 (何度目かわからない)再読。
初期三部作の中では一番奥深い難しさを隠し持つものの、読んでいて一番面白いのもこれかな。
スティルガー、ダンカン・アイダホ、ガーニー・ハレックのそれぞれが渋くて痺れる。
アラキスにおけるフレメンと水との関係を端的に表す印象深い文章を引く。 『ここのフレメンはいまも"天国とは流れる水の音にほかならず"と信じているが、』(本文より)
とりあえず新訳版はここまでなのだが、次の「デューン砂漠の神皇帝」とか出るのかな? -
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人類文明が大宇宙に広がる遥かな未来。
思考機械、超コンピュータ群への従属を良しとしない【バトラーの聖戦】を経て幾星霜、人々は中世的な社会の中で、機械に頼らず自らの肉体精神性を拡張した文明を築いている。
解説より抜粋
もうこの設定に痺れてしまった。
人類の歴史は何周もして、遥かな未来では中世的な世の中になってしまうのか。
そこで起こっているのは、利権をめぐる戦争であり民族への弾圧である。高度な武器は高度なシールドに阻まれ使い物にならないし、巨大な砂嵐や凶暴な生物の前で人々は、息を殺してやり過ごすしかない。そしていつの世もヒーローの出現を待つのだ。
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ネタバレ人生で一番大好きな映画かもしれない。その原作。
映画に出てくるティラノサウルスの咆哮は傑作だった。
子供の私はティラノサウルスの声、ヴェロキラプトルの狡猾さにしびれたものだ。
映画と違うところもしばしば。ハモンドの夢には変わりないが、ビジネス色が強め。
登場人物も概ね一緒だが、設定が少しちがう。
姉弟ではなく、ティムとれっくすは兄妹。
マルカム死亡?映画じゃ生存してたけどどうなんだろう。どう考えても死亡の描写だったけど。
ネドリー死亡。
マルカムは死んだなら残念だな。カオス理論推しで全部言ってた通りになって自分が犠牲になってるところが残酷だ。
嵐に見舞われ、島は大混乱。
下巻に進む。 -
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新皇帝の栄華や民衆の熱狂なんかが描かれると思っていた自分の想定は全く甘かった。
苦手なSF、超絶独特の世界観・心理表現、私的には前作Duneよりも更に難解なセリフ回しや精神戦描写で全くサクサク読み進められないが、内容としてはとっても面白い。
前作を読み終わって今作を購入するまでの数日間、
あんなに『早く続きが読みたい』と思って待った自分にもビックリした。
来春、映画『DUNE: PART TWO』が公開されたら、また映画の画像使用ver. の表紙で発売されるのかな?そしたらまた買っちゃうな。監督はこの続編がベースのパート3やりたいと言ってたけど、是非それで!あの世界観・あの俳優たちでのトリロジー完結観てみたい。 -
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ネタバレいやー面白かった。読みやすさでいえば鏖戦<凍月なのだが、両作品ともなんとも違う魅力があって、うなってしまった。(三体を読んだ時のエッセンスも感じた)
特大級のネタバレ以下
鏖戦/酒井昭伸訳
何がすごいってまずは、訳!絶対原典の方が簡単に書いてあるんでは?!と思いました(誉め言葉)。好みは分かれるかもしれませんが、私は結構好きでした。人vs異種族の戦いにおいて、異種族がいかに「読者含めた人」から離れた存在であるか、を示すべくの漢字も多用の訳…狙った効果の一つはそれかと考えているのですが、私は最初からやはり仏教感を感じてしまいまして、それは異端ではないので、なんだか最初から親しみが(?)ありました笑。本当はぜんっぜん読めない文字にルビで意味が振ってある、とかが正しいんだと思いますが、それだと読者途中離脱するでしょうしね…。
好きポイントその① 施彌倶支(セネクシ)・蔵識曩との会話
「汝、人種の記憶装置を調査せしや」蔵識曩がたずねた。
「はい」
「可なるか、是れ人形との意思疎通」
「すでに人種の機械を操作する界面(インターフェース)を開発しました。意思の疎通は可能と思われます」
「既往の先賢、人種との永き闘争に於て、還た意思疎通を為すの底有りや。汝また作麼生」(p17)
…
「この任務完遂ののちは、判明せる事実を余に伝え、須臾のうちに空滅せよ」(p19)
好きポイントその② 原題Hardfoughtの訳
戦いに赴く際に合言葉的に使う言葉としてHardfought!が出てきますが、それはそれでかっこいいし、ここで「鏖戦!」と日本語で語感を味わってもそれはそれでかっこいい…
好きポイントその③ だんだんと結末に収束する構成とスピード感
後半出てくる初代プルーフラックスとクリーヴォの会話、魅力的である。
「しかし、みずからの心を荒廃させてまで勝利すべき戦いなどーそれほど重要な戦いなど、ありはしない」(クリーヴォ、p89)
「連中はリスクのない成功を好んでくりかえす。新しい個性は危険なんだ。だから、過去の成功例を複製しようとする。いずれは同じような人間ばかりになって、個性はどんどんなくなっていくだろう。きみやぼくが増えて、ほかの者たちは減っていく。個人差がなくなれば、語るべき物語もなくなる。歴史もなくなる。われわれは死んだ歴史の一部になるのさ」(p96)
「あなた…クリーヴォね…」(p106)
「…そのとき…裸体の女が宙に浮かび、自分そっくりのミニチュアたちに囲まれて室内に入ってきた。妖精をしたがえた天使の図だった。体格はまるで蛇のようにほっそりしている。…天使の大群は飛翔をつづける。いったい何百万体いるのだろうか、濃い霧のごとくに群れをなし、星々を隔てた空間を飛翔する天使たち。その唯一の主人は現実の優越性だ。それ以外の主人は必要ない。彼らが異常をきたす恐れもない。」(p106-107)
ここの疾走感、文字を読む目に、情報の理解が追いついたときの体の震え…これこれ至上のSFでしか体験できない震え…シーンとあたりは静まりかえり、私は冷や汗をかいていた。グロテスク度合でいうと、貴志祐介の『新世界より』を彷彿とさせた。
そして追い打ちとばかりにプルーフラックス最後の詩。
なんと明るい炎の輝き! 平和はうつろい
記憶は消える、ただのひとつも残さずに
なぜだかいつも、同じ扉を見失っては
輪廻のうちに、われらは滅ぶ。
灰から星へ、虚偽から魂へ、
まわれ何度も、窪みと孔を。
善きを殺して、若きを喰らう
永遠に、とこしえに
あなたとわたしは滅ぶことなく。(p108)
そして最後の二文…
凍月/小野田和子訳
鏖戦の後だと、読みやすってなります。
こちらも別の話だと思っていたいろいろなレベル感の話が、うまく一つになっていくので読んでいて気持ちがいい。
途中ミッキーが欺かれ、失意に沈み、そこから一つ賢さを身に着けて顔を上げる…というエンタメ要素に気を捕らわれていたから、最後えっえっってなり、そういえば序文が不穏だったじゃん…ってなりました。
「…わたしが死んだら、姉やウィリアムといっしょの<氷穴>にいれてほしい。…ほかの頭たちといっしょの<氷穴>に…。<静寂>のなかに。」(p264)
この最後を読んで、HEADSという現代を凍月と訳したこと、それがこの最後のシーンとうまく重なって、すごくジーンときてしまった…。 -
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『ハイペリオン』シリーズ四部作完結編。多くの脅威が迫る中、ついに明かされる謎。果たして人類の運命は……?
文庫本で全8冊になるシリーズの最終巻である。あらゆる要素がてんこ盛りな本巻については、多くは語るまい。作者が書きたいことをすべて詰め込んだかのような、総決算のラストだった。
パクス、テクノコアの動きを描きつつ、やはりエンディミオンとアイネイアーを主軸として物語は進んでいく。情報を小出しにするアイネイアーの老獪さがもどかしいが、そうせざるを得ない理由もやがて明らかに。知能や精神担当でカリスマになっていくアイネイアーに対し、肉体派、冒険担当のエンディミオン。しかし、「覚醒」とタイトルにあるのは伊達じゃない。あれ……ド◯ゴ◯◯ール?さらに、ここにきてハイペリオンの7人の巡礼たちとのつながりが明かされ、彼らの物語の謎も解明されていく。
結末について、これでいいのかとモヤモヤしてしまったが、巻末の解説にあるとおりに当該箇所を読み直してみると、おっしゃるとおり、確かに納得いくものがあった。なるほどそう考えると、この結末と、アイネイアーの言動のすべても、ストンと腑に落ちる。そして壮大なこの物語が自分の中で見事に完結するのだ。読み切るまで時間がかかったけれど、本当に出会えてよかったシリーズ。いずれ再読したい。 -
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『エンディミオン』に続くシリーズ第四弾。オールドアース到着の4年後、エンディミオンの新たな冒険が始まる。
前作までの大冒険の末、たどり着いたオールドアースにて4年を過ごした一行。少女アイネイアーが12歳から16歳へ成長する姿を見守っているのかと思ったら、いつしか弟子のような立場になってしまっているエンディミオン。やがて人類の救世主として立つべき彼女の存在感は圧倒的なものになっていた。互いに惹かれあいながらもまだ男女としての関係がはっきりしないまま、エンディミオンは一人での旅立ちを命じられる。
今度は一人で冒険することになり、前作のような転位をしつつ、これまで以上にとんでもない目にあう。ネタバレは避けるが、あの痛みの正体があんなものだったとは……リアルすぎる(汗)。さらに満身創痍になってボロボロになるエンディミオン君が心配になる。
一方、引退したデ・ソヤ神父大佐が呼び戻され、前作での失態を許されて戦線に復帰するものの……。パクス軍は一枚岩ではなく、その周辺の組織も含めて謀略の限りが尽くされるあたりが読みどころ。
仏教世界を再現した〈天山〉でのアイネイアーの説教はまさに哲学。作者はもともと途方もない博学なのだろうけれどアメリカ人なので、東洋の哲学や仏教については本当によく勉強したものだと思う。愛の力が、強い力、弱い力、電磁気力および重力に並ぶ、宇宙の力の一つなのだという発想が面白い。AIに宿る魂とキリスト教の教義を兼ね合わせた、つまり科学と宗教、SFとスピリチュアルの融合された論説が本作の魅力の一つだろう。
ナノテクノロジーの展開とアウスターの正体についても衝撃。AIと人類の「共進化」という関係について言及されるあたり、1997年刊の本作は今こそ読み直されるべきテーマを語っていると思う。 -
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ネタバレこの作品はどれだけパ...影響を与えたのだろう。テクノロジー関係もそうだが、VRゲーム、頭の周りを飛ぶ珍妙な生物、お供のロボット、ニュータイプ、さらに昨今の登山・キャンプブーム、局所的異世界ブームも先取りしており、挙げれば限りがなく驚異的な先見性だ。それにも関わらず、この作品の名をあまり聞かないのは不可解だ。その理由は、わざわざカンニングしたと名乗り出る者がいないのと同じなのではないかと疑っている。多分この作品ひとつで漫画アニメ映画ゲーム小説など1000作品ぐらいはカバーしていると思うので、非常にお得な一冊だ。
70年代ぐらいと予想したが、1956年発表という事実にもビビる。日本では白黒テレビなどが普及してきて、「もはや戦後ではない」などと言ってた時代だ。更に構想はそのずっと前だ。これがメンサ会員の力か。
他に知らないので間違っているかもしれないが、ネタ帳としてもそうだが――そのアイデアの提示の仕方を――漫画的な現代の冒険劇のフォーマット(目的地を移動してミッションを達成して、謎を解き明かし、次の目標を目指す物語のような)自体を確立したというのは言い過ぎか。しかも著者は設計図を書いた上に、ネジや釘まで自作して家を建てているようだ。
今でもこの内容のどこかを少し変えてジャンプにでも投稿すれば、絶讃ランキング急上昇に違いない。
もっとハードなものかと思ったら、意外にも硬質感のない平易な文章だった。ただ、翻訳は少し微妙で、もしかすると旧訳の方が良いのでは?という疑念でモヤモヤした。
表現は簡潔でそれぞれの詳細もあまり語らないので、各自勝手に想像するしかない。このシンプルさも、そこにある以上に真似できない理由だろう。
《ダイアスパー》なにやら地方のパチンコ店のような名前だが、この都市はクラウドサーバ、ストレージ、冗長性やデータの復元、インターネット、VRやVX、スパコン、AIなど、まさしく現代のIT・IoT技術に通じている。主人公は都市内において、情報流出を目論むウイルスのようだ。そしてやはりバックドアがあったりする。
てっきりこの都市の機構上で構築していくのかと思いきや、物語はどんどん外へ拡張する。展開はタイトで半分も過ぎてない内に当初の目途が立ち、この先どうするのかと思ったが、かなり斜め上から切り込んで予想外のところにポイントして展開していったので、けっこう先の読めない話だった。
主人公は抗えない初期衝動だけで行動し目的は外に出たいのみで、その先のことは考えない。外に出てすぐ帰りたいと言い出したり、村長もいきなりプレッシャーをかけたり人が悪く、序盤は少し苛々した。
やがて途中手に入れた強力な力で難局を打破し、雄弁を奮い相手を懐柔していく。ここらへんは、やはり異世界チートなんたらみたいな願望達成作品群を思わせる。
途中訪れた惑星には都市環境への重要な指摘があった。
DSP住民は生殖機能がないことから不死と引き換えに絶滅し死んだ存在だとしたが、群体生物のくだりを読んで、考えを改めた。これが生命と呼べるなら、人工知能もやがて生命と呼ぶ日がくるだろう。
完璧に近い都市の快適と安全は、逆に崩壊への恐怖が潜在し、必ずしも安定するわけではないという説明は興味深い。たしかに予測不可能性への耐性がないことは、脆弱性のはずだ。だから都市は必要最低限の犯罪要素を予め設定しているという。この発想は目からうろこだった。
リベラル色が相当強く、特に終盤の展開などは強烈なショックがある。この作風も日本人には相容れない部分だろう。
結論に至る経緯も釈然としないものがあり、プログラムされてたとはいえ、主人公の行動も強迫観念以外いまいち不明瞭だ。そもそもこれは自発的と言えるのだろうか。
取り敢えず、人間本来の性質の追求――愛情や自由が幸福であること――以外は納得する説明は特になかったと思う。
正直ここにはかなりの欺瞞があり、双方が困難であると語っているが、リスの人々は今までとほぼ変わらず全くと言っていいほど影響はない。恩恵もあるだろう。それに比べDSP側の変化は凄まじいものがある。
DSP側は先ず持っている生活の知恵、身体や精神力で劣り、非常に不利な条件を突きつけられている。
明らかに種族からして違い、種族間の能力差も大きい完全に異なる文化同士が、切迫した問題も理由もないのに融和するには不安要素が多すぎる。
しかしアルヴィンと中央コンピュータによってDSP民は強制的に変革への道を歩ませられる。
これは30年引きこもった人のところに突然ドカドカ押しかけ、外に引き摺りだして働けと言っているようなもので、そんな酷な話もない。
この革命は双方が高い知能や理性があるという前提条件の元に成立しているが、現実的に考えれば、聖域無き構造改革などと謳って構造自体を破壊した例もあるので、この流れはちょっと受け入れ難かった。上手く行っているのなら手を付けない方が良いこともある。
また、扇動者がDSP住民だということも罪深い。
特異タイプとは謂わば、保守の中から誕生したリベラルのことだった。自分が思うリベラル像はこの作品の主人公アルヴィンだと直感的に思った。
リベラルとは享受されたり習得するものというイメージは間違いだった。
淀みのあるところに必然的に生まれ、理想に向かい、とにかく行動、行動、行動である。
人類社会のデザインを構想し、取り敢えず絵が完成しても満足することはない。
強迫観念はDSP住民だけではなく、アルヴィンも一歩間違うと危険である。
アルヴィンの行動はDSP(リス)の住民が寛容だから許されているのであり、寛容はなにもリベラルだけの資質ではないことが分かる。
DSP住民はプライバシーもあまり無く、その意味では共感性も高いと言える。
更にリスは原始共産制のような共同体で、DSPも資本主義経済ではない。おそらく貨幣も銀行も無いのではないか。
もしこれらの性質を持ち合わせておらず、住人が強固に反発していたら過激な手段に出ていた可能性もある。
最終的にメモリーバンクを破壊する案も示唆しているが、作中にはないこの先の人類の発展模様に凶兆を感じるのは考え過ぎだろうか。
リベラル的経済政策で凋落した国を見ると、寛容のイデアに到達するのは何十億年かけても無理なように思う。あるいは科学や技術がそれを解決するのかもしれないが、現状それも阻まれている。
しかし、そんな心配は主題ではないとするのがリベラルなのだろう。
おそらくこの熾烈なリベラル体質が、いくら換骨奪胎したとしても、後続の作品がなにやらメッセージめいたものを残したまま中途半端に終わる理由であり、あまり語られない理由でもあるかもしれない。アイデアだけごちそうさまです。といったところだろう。
徐々に上昇して高みを目指し、そのピークから滑らかに滑空して着地するラストシークエンスの流れは流石だ。これがクラーク節か。
おそらく影響を受けたと思われる星を継ぐ者より高揚感も説得力もあった。まさに宗教だ。
後半は非常にキツイものを投げつけてくるが、停滞したサイクルの連続は同じ話題を何度も繰り返し続ける人のように、安堵感がある一方で成長は期待できない。やはりこれが念頭におくべき正しい道なのだろう。
最後にロボットが深宇宙へ飛ばさせられたのは哀しかった。
たまにリベラルっぽいことを言ってみたりするが、これを読んで所詮自分は保守的な人間だと分からせられた。これを心から楽しめる人はかなりリベラル度が高く、非常にリベラル力が試される挑戦的な作品である。