【感想】
もし「重要な植物ランキング」があるとすれば、文明を形作った「穀物」がエントリーするのは間違いないだろう。実際、世界で最も多く栽培されている作物はトウモロコシであり、二位がコムギ、三位がイネだ。トウモロコシ、コムギ、イネは「世界三大穀物」と呼ばれており、やはり穀物が植物界の中心にいる。四位にジャガイモ、五位にダイズと続き、食料として重要なこれらの主要な作物に次いで生産されているのが「トマト」とのことだ。
本書には上記のほか、大航海時代を作った「コショウ」、アヘン戦争を生み出した「チャ」、糖のもととなる「サトウキビ」、産業革命を引き起こした「ワタ」など、重要な植物を様々に取り上げている。植物一つひとつの原産地や生育方法といった「生物学的知識」はもちろん、その植物を通じた世界史上のできごとも学べる、一粒で二度おいしい本となっている。
各植物の紹介も非常に面白かったが、私が一番印象に残ったのは、「おわりに」の記述だった。そこには人間を介した植物の生存戦略が書かれている。
人類ははるか昔から災害と飢饉の間を生き抜いてきた。病気や干ばつに見舞われても生き残れるよう、植物を品種改良することでより安定した収穫を目指してきたのだ。ムギで言えば「非脱粒性」という性質を持つ変異株を選別し、交配させてきた。イネで言えば病害虫に強い新品種を開発し続け、増え続ける人口をカバーできるように進化させてきた。
こうした取り組みを目の当たりにすると、ともすれば「人間は自らの都合のいいように植物を飼いならし続けてきた」と思うかもしれない。しかし、筆者に言わせれば逆だ。植物が自らの生存範囲を世界中に広げるため、人間を飼いならし続けてきた、というのである。
――作物は、今や世界中で栽培されている。種子を広げることが植物の生きる目的であるとすれば、世界中の隅々にまで分布を広げた作物ほど成功している植物はない。そして、一面に広がる田畑で、栽培作物は、人間たちに世話をされて、何不自由なく育っている。そして人間は、せっせと種をまき、水や肥料をやって植物の世話をさせられているのである。 そのために、人間の好みに合わせて姿形や性質を変えることは、植物にとっては何でもないことなのだろう。人間が植物を自在に改良しているのではなく、植物が人間に気に入るように自在に変化しているだけかも知れないのだ。(略)
人間の歴史は、植物の歴史かもしれないのである。
なるほど、考えてみれば確かにそうだ。世界中のどこを見渡しても、ここまで植物の世話に熱心な生き物は人間しかいない。そう考えると、今まで人間に食べられてきた植物の数々が、実は人間に食べさせるよう誘導し、裏で支配し続けてきたように思える。実は全てが植物の掌の上だったなんて、何とも面白い視点ではないだろうか。
――――――――――――――――――――――――
【まとめ】
0 まえがき
人類は植物を栽培することによって、農耕をはじめとした文明を生みだした。植物は富を生みだし、人々は富を生みだす植物に翻弄された。人口が増えれば、大量の作物が必要となる。作物の栽培は、食糧と富を生み出し、やがては国を生み出し、そこから大国を作りだした。富を奪い合って人々は争い合い、植物は戦争の引き金にもなった。
人々の営みには植物は欠くことができない。人類の歴史の影には、常に植物の存在があったのだ。
1 コムギ
イネ科植物は、乾燥した草原で発達を遂げた植物だ。
イネ科の植物は、ガラスの原料にもなるケイ素という固い物質を蓄えて身を守っている。 さらに、イネ科植物は葉の繊維質が多く消化しにくくなっている。こうして、葉を食べられにくくしているのである。
イネ科植物は、他の植物とは大きく異なる特徴がある。普通の植物は、茎の先端に成長点があり、新しい細胞を積み上げながら、上へ上へと伸びていく。
ところが、これでは茎の先端を食べられると大切な成長点も食べられてしまうことになる。
そこで、イネ科の植物は成長点を低くしている。イネ科植物の成長点があるのは、地面スレスレである。イネ科植物は、茎を伸ばさずに株もとに成長点を保ちながら、そこから葉を上へ上へと押し上げるのである。これならば、いくら食べられても、葉っぱの先端を食べられるだけで、成長点が傷つくことはない。
じつは、イネ科植物の葉は固くて食べにくいだけでなく、苦労して食べても、ほとんど栄養がない。イネ科植物は、食べられないようにするために、葉の栄養分をなくしているのである。
人類は、葉が固く、栄養価の低いイネ科植物を草食動物のように食べることはできなかった。人類は火を使うことはできるが、それでもイネ科植物の葉は固くて、煮ても焼いても食べることができない。
それならば、種子を食べればよいではないかと思うかも知れない。現在、私たち人類の食糧である麦類、イネ、トウモロコシなどの穀物は、すべてイネ科植物の種子である。
しかし、イネ科植物の種子を食糧にすることは簡単ではない。なぜなら、野生の植物は種子が熟すと、バラバラと種子をばらまいてしまう。何しろ植物の種子は小さいから、そんな小さな種子を一粒ずつ拾い集めるのは簡単なことではないのだ。
ところがあるとき、私たちの祖先の誰かが、人類の歴史でもっとも偉大な発見をした。それが、種子が落ちない突然変異を起こした株の発見である。種子が落ちる性質を「脱粒性」と言う。自分の力で種子を散布する野生植物にとって、脱粒性はとても大切な性質である。しかし、ごくわずかな確率で、種子の落ちない「非脱粒性」という性質を持つ突然変異が起こることがある。人類は、このごくわずかな珍しい株を発見したのだ。
恵まれた場所の方が、農業は発達しやすいと思うかも知れない。しかし、実際にはそうではない。自然が豊かな場所では、農業が発達しなくても十分に生きていくことができる。たとえば森の果実や海の魚が豊富な南の島であれば、厳しい労働をしなくても食べていくことができる。農業というのは重労働であり、農業をしなくても暮らせるのであれば、その方が良いに決まっている。そのため、自然が豊かな場所では農業は発展しにくいのだ。
厳しい環境の中で、多くの人々が生き抜くための術を身につけたのである。それが「農業」だった。
そして、農業が生み出すのは、単に食糧だけではない。種子は食べるだけでなく、保存することができる。保存しておけば翌年の農業の元となるが、残った種子は、人類にある概念を認識させる。それが「富」である。
植物の種子は、そのときに食べなくても、将来の収穫を約束してくれる。保存できるものだから、たくさん持っていても困るものではない。また、保存できるということは、分け与えることもできる。
つまり、種子は単なる食糧に留まらない。それは財産であり、分配できる富でもある。こうして富が生まれていったのだ。
2 イネ
農業を行うためには、水を引く灌漑の技術や、農耕のための道具が必要である。
必要は発明の母というとおり、農業によってさまざまな技術が発展した。農業は「富」を生みだし、強い「国」を生みだした。そして、技術に優れた農耕民族は、武力で狩猟採集の民族を制圧することができるようになった。
稲作はコメだけでなく、青銅器や鉄器といった最先端の技術をもたらしたのだ。
イネはムギなどの他の作物に比べて極めて生産性の高い作物である。イネは一粒の種もみから700~1,000粒のコメがとれる。これは他の作物と比べて驚異的な生産力である。十五世紀のヨーロッパでは、コムギの種子をまいた量に対して、収穫できた量はわずか3~5倍だった。これに対して十七世紀の江戸時代の日本では、種子の量に対して20~30倍もの収量があり、イネは極めて生産効率が良い作物だったのである。現在でもイネは110~140倍もの収量があるのに対して、コムギは20倍前後の収量しかない。
さらにコメは栄養価に優れている。炭水化物だけでなく、良質のタンパク質を多く含む。さらにはミネラルやビタミンも豊富で栄養バランスも優れている。そのため、とにかくコメさえ食べていれば良かった。
唯一足りない栄養素は、アミノ酸のリジンである。ところが、そのリジンを豊富に含んでいるのがダイズである。そのため、コメとダイズを組み合わせることで完全栄養食になる。ご飯と味噌汁という日本食の組み合わせは、栄養学的にも理にかなったものなのだ。かくしてコメは日本人の主食として位置づけられたのである。
十六世紀の戦国時代の日本では、同じ島国のイギリスと比べて、すでに6倍もの人口を擁していたとされている。それだけの人口を支えたのが「田んぼ」というシステムと「イネ」という作物である。
ヨーロッパの三圃式農業に対して、日本の田んぼは毎年イネを育てることができる。一般に作物は連作することができない。しかも昔はイネを収穫した後に、コムギを栽培する二毛作を行った。ヨーロッパでは三年に一度しかコムギが栽培できないのに、日本では一年間にイネとコムギと両方、収穫することができたのだ。
3 コショウ
コショウは肉を保存するために必要なものであった。しかし、贅沢な食生活をする貴族であれば、金さえ出せばいつでも新鮮な肉を食べることもできる。じつは、コショウは実用的な保存料というだけではなく、むしろステータスを表すシンボル的な存在だったのだ。
どうしてヨーロッパの人々に必要な香辛料がヨーロッパにはなく、遠く離れたインドに豊富にあったのだろうか。
それは、気候に関係がある。香辛料が持つ辛味成分は、もともとは植物が病原菌や害虫から身を守るために蓄えているものである。冷涼なヨーロッパでは害虫が少ない一方、気温が高い熱帯地域や湿度が高いモンスーンアジアでは病原菌や害虫が多い。そのため、植物も辛味成分などを備えているのだ。
4 トウガラシ
カフェインはアルカロイドという毒性物質の一種で、もともとは植物が昆虫や動物の食害を防ぐための忌避物質であると考えられている。このカフェインの化学構造は、ニコチンやモルヒネとよく似ていて、同じように神経を興奮させる作用があり、依存性がある。他にいくらでも植物はあるのに、世界の人々が魅了されているのは、すべてカフェインを含む植物なのである。
それでは、トウガラシはどうだろう。トウガラシの辛味成分はカプサイシンである。このカプサイシンも、もともとは動物の食害を防ぐためのものである。ところが、人間がトウガラシを食べるとカプサイシンが内臓の神経に働きかけ、アドレナリンの分泌を促して、血行が良くなるという効果がある。カプサイシンを無毒化して排出しようと体の中のさまざまな機能が活性化され、血液の流れは速まり、発汗もする。
しかし、それだけではない。カプサイシンによって体に異常を来したと感じた脳が、ついにはエンドルフィンまで分泌してしまうのである。結果的に私たちは陶酔感を覚え、忘れられない快楽を感じてしまう。こうして、人々はトウガラシの虜になるのである。
こうしてヨーロッパからアジアへと伝わったトウガラシだが、アジアでは瞬く間に広まっていき、ごく自然に現地の食事の中に取り入れられていった。高価なコショウを求めていたヨーロッパの人々にとって、新しい大陸の見慣れない植物よりも、アジアの香辛料こそが本物で価値あるものである。そのため、トウガラシもヨーロッパの人々に次第に広まっていった。
5 ジャガイモ
ジャガイモの原産地は、南米のアンデス山地だ。
現代のヨーロッパ料理には、ジャガイモは欠かせない。土地がやせていて麦類しか作れなかったヨーロッパにとって、やせた土地でも育つジャガイモは、まさに救世主のような存在だった。今でもドイツ料理に代表されるように、ヨーロッパではジャガイモは欠かせない食材となっている。
しかし、見たことも聞いたこともないアメリカ大陸の作物が、簡単にヨーロッパの人々に受け入れられたわけではなかった。
もともとヨーロッパには「芋」はない。芋は、雨期と乾期が明確な熱帯に多く見られるものである。雨期に葉を茂らせながら貯蔵物質を地面の下の芋に蓄えて、その芋で乾期を乗り越えようとしているのである。
冷涼な気候のドイツ北部地域にとって、飢饉を乗り越えることは大きな課題であった。しかも近隣諸国との紛争の多かった中世ヨーロッパでは、食糧の不足は国力や軍事力の低下を招く。そのため、ジャガイモの普及が重要な課題だったのである。
ジャガイモはコムギが育たないような寒冷な気候や、やせた土地でも、たくさんの芋を得ることができる。しかも畑が戦場となってコムギが全滅することがあっても、土の中のジャガイモはいくらかの収量を得ることができる。
ジャガイモは保存が利き、冬の間も食糧とすることができた。そして、豊富にとれたジャガイモを家畜の餌にすることができた。その家畜が豚だ。
ジャガイモの普及によって食糧供給が安定したヨーロッパの国々では人口が増加した。そして、この労働者の増加は、後の産業革命や工業化を下支えしていく。
ジャガイモは食文化にも革命をもたらした。ジャガイモによってヨーロッパは肉食が可能になったのだ。
ヨーロッパは牧畜文化圏ではあるが、安易に肉食を行うような余裕はなかった。馬は馬車を引いたり、荷物を運ぶためのものであったし、牛は鋤で畑を耕したり、農耕に利用した。牛乳を得ることはあっても、殺して肉にすることはできなかったのである。また、アジア原産のワタが伝わる以前のヨーロッパでは、衣服を作るために羊毛が重要であったから、ヒツジの肉も得られない。
保存が利き、あり余るほど豊富に得られるジャガイモは豚の餌になる。ジャガイモさえあれば、たくさんの豚を一年中飼育することができる。さらにジャガイモが食糧となったことによって、それまで人間が食べていたオオムギやライムギなどの麦類を牛の餌にすることができる。こうして、ヨーロッパの国々は冬の間も新鮮な豚肉や牛肉を食べられるようになった。そして、さまざまな肉料理が発達し、肉食文化の国となっていくのである。
6 ワタ
ワタはワタの実から採取される。ワタの実は種子を守るために、やわらかな繊維で種子をくるんでいる。このやわらかな繊維が「ワタ」となるのである。
産業革命のきっかけとなった植物の一つがワタだった。イギリスは、材料のワタのみをインドから輸入し、綿布の国内生産に努めるようになった。そして、マニュファクチュアによって綿織物が作られるようになっていく。
布を織る作業が効率化すると、今度は糸をつむぐ作業が間に合わない。やがて糸をつむぐ紡績機が発明され、作業が効率化していく。作業が効率化すれば、生産工場は大規模化していく。大規模化すれば、作業は分業化され、都市がどんどん大きくなっていく。
そして十八世紀の後半になると、安価な綿織物を求める社会に革新的な出来事が起こる。石炭を利用した蒸気機関の出現により、作業が機械化され、大工場での大量生産が可能になったのである。これが「産業革命」である。産業革命によって安価な綿織物が生産されるようになると、伝統的なインドの織物業が壊滅的な打撃を受けてしまったのだ。
7 サトウキビ
それまでの農業は奴隷を必要としていなかった。
ところが、サトウキビは違う。なにしろサトウキビを栽培し、収穫するのは重労働である。それまでの農業にも重労働はあったが、鋤で畑を耕すような単純な作業は、牛や馬を使うこともできた。
しかし、サトウキビは三メートルを超える巨大な植物であり、収穫という、家畜ではできない作業が重労働となる。二十世紀になって機械が開発されるまでは、サトウキビの重労働は人力で行われるものだった。
これがプランテーションである。
8 ダイズ
中国の農耕を支えたイネとダイズは、自然破壊の少ない作物である。イネは水田で栽培すれば、山の上流から流れてきた水によって、栄養分が補給される。また、余分なミネラルや有害な物質は、水によって洗い流される。そのため、連作障害を起こすことなく、同じ田んぼで毎年、稲作を行うことができる。
また、ダイズはマメ科の植物であるが、マメ科の植物はバクテリアとの共生によって、空気中の窒素を取り込むことができる特殊な能力を有している。そのため、窒素分のないやせた土地でも栽培することができ、他の作物を栽培した後の畑で栽培すれば、地力を回復させ、やせた土地を豊かにすることも可能である。
9 トウモロコシ
世界で最も多く作られている農作物は、コムギでもなく、イネでもなく、トウモロコシである。
じつは、トウモロコシはさまざまな加工食品や工業品の原料としても活躍している。
さまざまな加工食品に用いられるコーン油も、コーンスターチも、トウモロコシを原料としている。トウモロコシのデンプンからは、「果糖ぶどう糖液糖」という甘味料が作られるため、チューインガムやスナック菓子、栄養ドリンク、コーラなど、さまざまな食品に入っている。私たちは知らず識らずにトウモロコシを食べているのだ。
一説によると、人間の体のおよそ半分はトウモロコシから作られているのではないかと言われるほどである。まさに神がトウモロコシから人を作ったという、マヤの伝説そのものだ。
現在では工業用アルコールや糊もトウモロコシから作られており、ダンボールなどさまざまな資材も作られている。また、限りある化石資源である石油に代替するものとして、バイオエタノールがトウモロコシから作られている。二十一世紀の現代、私たちの科学文明は、トウモロコシ無しには成立しないほどだ。