稲垣栄洋のレビュー一覧
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面白すぎて時間を忘れる雑草のふしぎ
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散歩が楽しくなる身近な草花のふしぎ
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Posted by ブクログ
ネタバレ冒頭の「散歩が好き」の話が最終章の話にてがらりとその色を変えたのに驚かされた。
植物のエッセイを読んでいたはずなのに、最後の最後にファンタジーからのミステリになろうとは。
油断ならない。
雑草学者である作者が犬の散歩中に見かけた雑草やら街路樹やら野花やら何だったら暗渠に至るまで様々な雑学をユーモアたっぷりの語り口で記したエッセイ。
作者を主人と見なさず元気いっぱい引っ張っていく犬も可愛いし、どこか哀愁漂う背中をしていそうな作者の境遇も何だか共感を誘う。
雑草で実験をしたり、大学の先生らしく植物について色々話してくれるが、小難しさは全くなく、とにかく読みやすかった。
また前半はとにかく植物の雑学が面白い!という雰囲気だったのが、後半になるにつれて切なかったり物悲しくなったりする内容も入ってきて、ネタの振り幅の広さにも驚嘆した。
もみじや彼岸花の件は泣けましたもの。
あと地味に金木犀にもオスメスがあって、日本にはオスしかいない、そして挿木で増えたという話に大変驚きました。
え、ソメイヨシノと同じ枠だったのか……(すべてクローン体ということ)
いやあ、楽しみつつ勉強させていただきました。
本当に面白かったので、この方の他の本も読んでみたくなりました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「強さ」とはなにか。
それを雑草から学ぼうという、これからを生きる若者に向けて書かれた本。
これからあらゆる逆境に遭遇する若者にむけて書かれた本ではあるものの、日々の競争やノルマ、あらゆるストレスに疲れた社会人にも、ちょっと染みる本だと思う。
無理に同じ土俵で戦うことが強さではないし、「戦う」とはそういうものではないことが、植物を研究していると見えてくるという。
植物は、ナンバー1以外は生き残れない世界で生きているゆえに、競争は不可避であるように思われるが、ナンバー1になれる場所を探してそこで生きることを選べば、戦わずしてナンバー1になれる。
「戦う」とは「場所を選ぶ事」ということになる。
植物は、芽吹く場所を選べないが、人間は選べるのだから、今いる場所が苦しく何の成果も得られないような場所なら、場所を変えてしまえばいいわけだ。
転職や転校、より自分が花開ける場所を選べばいい。
自分がすっぽりハマれるニッチを探して、あれこれ彷徨うのも、楽しいことかもしれない。
多様性が叫ばれる中、オンリー1にもナンバー1にもなかなかなれないかもしれないけれど、もともと自分という存在がオンリー1なのだから、無理して争う必要はないのかもしれないな。
なんて、この本を読みながら思った。
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Posted by ブクログ
凄く柔らかなトーンで、わかりやすい言葉と例えで、個性という生き抜く力について説明された本。
雑草は踏まれたら立ち上がらないというお話も、とても興味深かった。
頑張り方や頑張る方向性も、自分にあったものを探していけばよい。オンリー1になれる場所でナンバー1を目指せばよい。ありのまま、個性を大切に生きるとは、そういうことなのかもしれない。
なかなか自分を知る、自分の強みを活かすというのは難しいし、いつまで経っても自分探しが終わらない私は、死ぬまで迷子なのかもしれないけれど、自分探しというニッチなフィールドで、ナンバー1になれたら、それはそれで面白い人生なのかもしれないな。
などと、あまり深く考えないで思ったりした。
正解がない、答えが出ないって、わりと辛いし気分が晴れないのにね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレあなたはまだ雑草を知らない。
雑草をテーマとする研究室の教授が、学生たちの研究を小説形式で紹介。ちいかわ、ジブリ、ワッフルさん、Z世代と縦横無尽な「雑草」研究の世界へようこそ!
タイトルに惹かれて手に取った。冒頭のとっつきやすい小説のような会話文で一気に引き込まれて読み切った。そのタイトルに関連する7章の鳥海さんの気付きは印象的である。「置かれた場所で芽を出さない」ことも大事。雑草は踏まれても立ち上がらない。雑草魂は、踏まれても立ち上がらずにタネを残す方向にエネルギーを使う強かさなのである。
他にもナウシカの農業について語られる章では、雑草にとっての1000年が「少し先」であること、それを「平家のかくれ里」の言い伝えに関する研究と繋げていくところに壮大な物語を感じた。理屈がわからずとも伝わってきた知恵と、1000年変わらずにある植物のロマンは大変興味深い。
雑草で探究的な授業を考える学生との、校庭の雑草の研究の様子を語る章は、わくわくする授業のアイデアが次々と湧いてくる先生たちの姿に微笑ましいものを感じつつ、今はなかなか見られない雑草が校庭に残ることを面白いと思った。自分もすぐ何か面白いことを授業に結びつけようとするから多分これは教師の職業病である。しかし学会発表で出てきた意見で、著者と同じようにハッとする。お勉強にせず、ただワクワクするだけでいいのだ。
雑草のように様々な個性を持ち、それぞれの強みでそれぞれのペースで研究を進める学生たちのエピソードをまた読みたい。そして明日は道端の雑草に注目してみよう。何か面白いことが見つかりそうだ。 -
面白すぎて時間を忘れる雑草のふしぎ
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Posted by ブクログ
とても読みやすい。大学教授の一週間、学生からのメールの質問に対する回答を考えるプロセスで、読者を考察の世界に誘い込む。
植物と人間の対比が気付きをもたらせてくれる。
人間は上半身から摂取して下半身から排泄する。子孫を残す機能は下半身に宿す。これに対して植物は真逆の構造になっている。下半身(根)から摂取して上半身に栄養が届けられる。植物の上半身(花や種)には子孫を残すための機能がある。
また細胞分裂も真逆である。人間は古い細胞が外側から抜け落ちていく。これに対して植物は、例えば木であれば、幹の中の細胞は死んでいて、外側に新しい細胞が広がっていく。細胞レベルで選択されたこの仕組みに意思が感じられるのが謎である。 -
面白すぎて時間を忘れる雑草のふしぎ
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Posted by ブクログ
ネタバレタイトルにもある通り、本作は主に食物(植物)を取り扱います。
やや劇的なタイトルではありますが、確かに歴史にインパクトのあった食物がフィーチャーされています。
列記しますと、コムギ、イネ、コショウ、トウガラシ、ジャガイモ、トマト、ワタ、チャ、サトウキビ、ダイズ、タマネギ、チューリップ、トウモロコシ、サクラ、となります。
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何が良いかというと、やはり稲垣先生の徹底的な植物好き、植物に関する深く広い知識が面白くてよいですね。
植物の生態だったり形状だったり進化の理由とかを説明しちゃう。そしてそれがまた非常に合理なのでついつい「へぇー」となる、という感じです。
例えば、イネ科の植物について。イネ科の葉は全般に繊維質が多く、消化しづらいそうですが、これは葉っぱを食べられにくくするためだそう。また成長点が地面スレスレにあり、それより上の茎が動物に食べられても成長点から再び生えてくることが出来るそうな。
って、世界史とは関係ないのですが、こういう「ちなみに、」的な話の方が印象深かったりします笑
こうした実った種は、単なる食糧であるに留まらず、将来の収穫を約束してくれる財産、分配可能な余剰、富ともいえるとし、貨幣経済の黎明とも連結していることをほのめかしていらっしゃいます。これまた「大きな」はなしなのですが私はこういうのが好き。
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それから、農業についての逆説的な説明も面白かったですね。
農業は重労働で、食物が豊かなところでは行われないという話。例えば稲作は弥生時代に九州に伝わり、東海地方まで瞬く間に広がったとされますが、東北地方にはあまり広まらなかったそう。これは稲垣先生がいうには「縄文時代の東日本は稲作をしなくても良いほどゆたかだったから」(P.35)とのこと。
東日本では西日本の10倍の人口密度があり、それを賄える豊かな食物が自然の中で手に入れられたとのこと。確かに東北や北海道に多くの縄文時代の遺跡がある話を思い出しました。
なお上記イネについての話が印象に強かったのですが、それ以外にもピーマンとかトウモロコシの話も面白かったですね。
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ということで稲垣先生の著作でした。
途中、あっという間に終わってしまう章もあり、何だか編集者に乗せられて書いたのか?みたいな素人の勘繰りをしてしまう所もありますが、植物についてはどれも詳しく、面白かったです。
故に、広く浅くで読むのには丁度よい書籍かと思います。
逆にもっと深堀りして歴史の移り変わりを知りたいかたは、よくある「〇〇の歴史」「○○の世界史」みたいな本を購入されたらよかろうと思います。
食べ物好き、うんちく好きにはお勧めできる一冊。 -
Posted by ブクログ
植物学者の稲垣栄洋さんの著書で、本書は「怖い」をテーマにした短編集になっている。怖いとは掲げているものの危険な品種や事例の紹介は少なく、「仕組み的に怖いと言える」「よく考えると怖い」「ある意味怖い」といったニュアンスが多いので、特に怖がらず楽しく読めた。
著者のほかの本や動画ですでに知っている話が複数あり、私は少し退屈だったが、話のチョイスは私の好みのものだったのでらまだ読んでいない人にはダイジェスト版的な意味で強く勧めたい。
「植物と動物の違い」より
60ページ
「進化論を唱えたイギリスの博物学者チャールズ・ダーウィン(一八〇九-一八八二)は、この議論を「もともと分けられないものを分けようとするからダメなのだ」と評しています。」
↓
61ページ
「しかし、すべての情報を脳で処理する人間は、区別して整理することによって安心する生き物です。だから、さまざまなものに線を引いて、区別してわかった気になるのです。」
→課題の本質への指摘と、非合理とわかってもヒトの性には逆らえないというもどかしさがある。それと、分類するとヒトは安心するという点は仕事する際にも念頭に置きたい。まずは分類しようとする、そしてうまく分類できる力をつける。
「もし、あなたが虫だったら」より
83ページ
「ハエトリソウにとって葉を動かすというのは、かなりのエネルギーを必要とします。ですから、葉を動かしたからには、獲物を捕らえなければならないのです。」
「そのためハエトリソウは、短い時間にセンサーに二回刺激があったときに初めて葉を閉じるような仕組みになっています。」
→ITシステムの監視で異常が出たときの通知の設計でも同じようなことを考える。一時的に閾値を超えたとしてもすぐに戻ってそのまま安定するなら、重い通知はしなくて良いだろう(ただし軽い通知や記録はしましょう)。すぐに戻ってこない場合や一度戻っても再発を繰り返す場合でも、たとえば再起動をかけて解決するなら重い通知はしなくて良いだろう。異常を何でも逐一に大声で通知するのではなく、特に対応が必要なものに絞り込んでから通知するべきである。そうしないと運用メンバーが必要以上に疲弊してしまう。