ブレイディみかこのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2020年の春と秋に、ブレイディさんと鴻上さんが、イギリスと日本の対比をしながら、「世間と社会」「シンパシーとエンパシー」を縦軸に対談した本。2026年に読んでも、とても面白く、多くの気づきがあった。時代はコロナ禍だが、初期の混乱が少し落ち着き始めた頃。菅首相の「自助、共助、公助」と、自助しかなかった昔のサッチャーと、それを皮肉くるジョンソン首相や、英国と日本の教育、国会討論でのエンタメ性の有無などを、「世間と社会」というモノサシで読者に提示している。タイトルの「何とかならない時代の幸福論」は、本文中にはハッキリと示されてはいないのだが、読み終えて本を閉じると、なるほど、私の中にしっかり残っていることがわかる。さすが演劇の演出家だ。
不透明な時代の幸福論は、「自分で考える」ことと「他人の靴を履いてみるアビリティ(エンパシー)を磨く」ことで手に入れられるんだよ、と言っていたと思う。そのために、大人は子供に仕掛けよう、旅をさせよう。同調圧力を極力減らそう。くだらいルールを見直し、自分で考えさせよう。
日本は、社会がなく、世間がある。世間認定されれば生きやすいが、されないと地獄。同調圧力、sameness、無意味な校則、人情と絆。この前読んだ「庭の話」の共同体批判ともつながった。だからイノベーションも無い。自分で考えない方向にいく。それは権力者にとって都合のいい状態。ほんと、2026年の今を予言してる。法のルールと言う「社会」が軽んじられ、「世間」の同調圧力に従順に従う、今を。(たぶん、2020年の筆者たちには想像できないくらい、ヤバさは加速してると思います)
個人的に印象に残ったのは、コミュニケーションについての定義。誰とでも友達になれるとか、わりと簡単に人間関係が築けるとか、そのように定義されるのは「社会がなく、世間が優位」な日本独特のもの。多様性の高い世界では、「物事が揉めたときに何とかできる力」として定義され、そのアビリティが高い人がコミュ力のある人。これ、ストンと腑に落ちた。だよね。人脈ネットワークを自慢する「自称コミュ力高い人」は、本当につまらないし、物事の解決力も持ち合わせていないことが多い。
SNSにも言及。とくにXは「自分と似た世間を強化する」システムだから、社会性も身に付かず、コミュニケーション力も上がらない。日本では「社会」は信用されてない。安倍政権で言われた道徳教育とシチズンシップ教育が混同され、「世間」というご都合主義の枠組みで古い価値観を強要していく。同調圧力、事勿れ主義は、考える力をそぎ、カウンターも生まれにくくなる。◯◯一強。息苦しくて発展性のない体制。まさに今だ。
演劇教育(ロールプレイ)の重要性に、少し希望を見た。分断の時代こそ、エンパシーがマジ大事だと思う。即効薬はない。教育に踏ん張ってほしい。とにかく、旅をしよう、させよう。スマホを置いて、違う価値観と触れ合おう。世界は広い。
まとめれば「みんなで幸せになろう、という人の方が、自分の人生の幸福度も高くなる」ということ。そういうことだね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ私たちの世界は、ここから始まる
貧困、身分、親ガチャなど。
社会問題についてあらためて考えるきっかけになる1冊。
これらの状況を脱却するには、周囲の支えも必要だ。
今、このようなことで困っている人を見ても、自分は無力だ。
何もできることは思いつかない。
最初は、行政に助けを求めるのが最善の策と思っていた。
しかし、本作を読んでいるとミアと弟が離れることは必ずしもいいことではないと知る。
そのため、対応が難しい事案だなと思った。
カネコフミコの自叙伝。
自身の境遇を重ねながら、ミアは読み進める。
ここに記された言葉が、ミアを支えたように、信じられる何かがある社会であってほしいと切に願う。
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Posted by ブクログ
こんな風に文章のやり取りができたら素敵だなぁ,と素直に思った.
大好きな二人の手紙のやり取り.
・・・「鋼鉄爺さんvsパンク姐さん」笑
僕の中では谷川俊太郎さんは「鋼鉄爺さん」だし,ブレイディみかこさんは「パンク姐さん」なのだ.
谷川俊太郎という人は,本当に不思議だ.
とても優しく,含みを多分に持ち,いくらでも解釈できる余白を残した詩を書く.
なのにその奥には,社会を見通す鋭さと,人間への冷静な観察がある.
人間という生き物を,どこか冷徹に捉えている.
そして最後には必ず,「それでも生きろ」と言う.
ただ漂って生きていればいいわけじゃない.
しなやかに,鋼の魂で生きろ.
そんな檄を飛ばしてくる.
だから僕の中ではどうしてもメタルな感覚になってしまう.
優しい言葉の奥に,鋼の芯が通っている.
一方のブレイディみかこさんは,相変わらずパンクだ.
地べたを這う生活者としての怒りや違和感を,力強く言葉に紡ぐ.
思想を語るときでも,必ず生きる者の感覚を手放さない.
現実の泥の中から,言葉を引きずり出してくるような強さがある.
そんな二人が語る「あの世とこの世」.
音楽,人生観,死生観・・・
あの世の代表=谷川俊太郎?
この世の代表=ブレイディみかこ?
え?なんて大変失礼かつ不謹慎なことを思って,ちょっとニヤニヤしながら手に取った一冊だったけど・・・
読んで良かったなぁ.
ますますお二人が好きになりました!
人を思い,自分を思い,言葉にする.
出来そうで出来ないこのシンプルな難題に,二人はまったく違う方法で答えてくれている.
メタルとパンク.
方法論は違うけれど,どちらも同じ方向を向いている音楽だ.
お二人のやりとりは,言葉という楽器でセッションしているのを見ている気分だった.
この往復書簡は,論争でも対話でもなく,
生きることについての熱い共同戦線のように僕には映った.
こんな会話を続けながら歳をとれたら,きっと悪くない人生だと思う. -
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ブレイディさんの本が好きで読むのが楽しみだった1冊。
自分メモ
・アイスランドのウィメンズストライキのことは知らなかったし、絵本の「I dare! Ican! I will!」が読みたくなった。
→追記。柚木麻子さんの「本がひらく」の連載2025年12月25日に載っていたのを読んでいたのにつながらなかった。たぶんクッキー13種類つくる話で横転して辛くなってしまったのだろう。
・印象に残ったのは、「自分の足もとを忘れるのではなく、誰かの足を引っ張るのでもなく、ともに地べたに足をつけてそこからつながり、前へ進む」という文末のことば。
バイアスなく、人と付き合えるようにならないとな。 -
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仕事で向き合う辛さも、理不尽さも、不甲斐なさも、そしてそれらの苦しみから簡単には逃れられないことも、苦しい中にも救いがあることも、リアルに描かれていて読んで励まされた。
「面倒を避けるということは、つまり正面から物事に対応しないということは、本来やるべきことをせずに場を切り抜けるということだ。そんなことばかり続けていると、いつの間にか物事がすっかりあべこべの状態になってしまって、いいことは悪いことになり、悪いことがいいことになる。
(中略)
だけど、あまりにも物事をあべこべにして、それがどんなに露骨でもオッケーなんだということにしてしまうと、そのうち本当にたいへんなことが起きてしまうのではないかと思う。」 -
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最近重い話ばかり読んでいる気がする
中盤までミアの現状もカネコフミコの自伝も全然救いがなくて結構鬱だったな
正直自分は本当に有難いことにそこまで貧困に対しての想像力が豊かではないから恐らく登場人物達の苦悩を1/10も理解できていないと思うけど、子供が子供を育てるとはどういうことなのか、生活保護とは誰のためにあるのか、母親とはどういう存在であるべきなのか、大人は子供にとってどんな存在であるべきなのかを考えさせられた。
内容としてはジャクリーンウィルソンのタトゥーママに近い気がする
フミコの時代から100年も経ったのに相変わらず救われない子供たちがいる世の中であるという事実には悲しいものがあるが、少なくとも100年で社会が子供を助けられる可能性を見いだせるようになったのは進歩なのかもしれない。
しかし14歳の子が幼い弟を連れて逃げるなんてできっこないのに、誰も頼れない、この方法しかないと誰にも相談せず街を出た事にはやはりかなりの衝撃があった。少し前に自分と同じ境遇からソーシャルワーカーになったレイチェルに少しだけだが心を開いたような描写があったのに、メールアドレスと電話番号の書いた紙ももっていたのに、結局彼女を頼らず一人で判断したという事実が、ミアがまだ大人は信頼出来るものではないと考えていた証拠であり、悲しい気持ちになった。
誰にも頼れない子供たちを社会がどう接していくべきなのか、いつの間にか子供時代を抜け出して大人になってしまった自分も考えなくてはならないと思う。 -
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谷川さんの関わるものは、詩集以外にもいくつか、触れたことがある。
エッセイや対談等々、それぞれに発見があり面白い。
ブレイディみかこさんの作品も、読んだことがある。この取り合わせはちょっと不思議で、どんな化学変化が起こるのかと興味があった。
往復書簡の体裁を取るやりとりで、谷川さんからの返信にはいつも、詩が入っている。詩という形が、彼にはきっと一番、自分を表現できるツールなんだろう、というよりも、彼自体が詩の一部のような感じなのかも、と想像してしまうようなやりとりだった。
何かを論じるというのでもなく、と言ってブレイディさんが無理に合わせるというのでもなく、それぞれの発したものにそれぞれが、それぞれの感性で受け取ったものをそのまま、反射して跳ね返したら、また違う光が予想もしないところから当たって違う色を見せてくれるような。
ブレイディさんのエピソードは、なんとなく、うんうん、そうだろうなぁ、という感想。対する谷川さんの反応は、これまで読んできたものから私が勝手にイメージしていたものとはちょっと違って、意外で、面白かった。
ゆるやかなちぐはぐさが却って、2人をそれぞれに際立たせているような気がする。
なんだか、新たな谷川さんに出会えたような気がして、これまで出会ってきた作品とも出会い直せるような気がして、嬉しくなった。 -
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ネタバレ地獄の中で「生きる理由」を掴み取る物語
この物語は、主人公・ミアが金子文子の自伝を読み進めながら、過酷な現実を生き抜く姿を描いた再生の物語である。
ミアと金子文子には、共通点が多い。
共に父親が不在で、母は男性や薬物に依存している。子供時代を子供らしく過ごすことすら許されない、あまりに過酷な環境だ。
食事や住環境といった生存のベースすら危うい中、ミアは幼い弟の世話を一身に背負う「ヤングケアラー」として生きている。今の時代ならソーシャルワーカーに頼る道もあったはずだが、彼女はそれを拒む。助けを求めることは、最愛の弟と引き離されるリスクを意味するからだ。ミアにとって自分自身のことは二の次であり、弟こそが彼女をこの世に繋ぎ止める唯一の「光」だった。
金子文子の自伝の中には、彼女が死に希望を見出す瞬間がある。しかし、死の淵で文子は自然の美しさに気づき、「地獄のような世界の外には、こんなにも美しい景色が広がっていたのか」と生を思い直す。文子にとっての「自然」が、ミアにとっては「弟」だったのだ。
人はそれぞれ、異なる生きる意味や価値を持っている。あるいは、そんなものを持たずに生きている人もいるかもしれない。
しかし、どんな絶望的な状況にあっても、その命がそこに留まるための理由は、何かしら見出せるのではないかと感じた。
一方で、そんな「生きる理由」を必死に探さずとも済む世界であってほしいとも強く願う。
ミアは極端に大人を信用していない。それは彼女の冷めた視線や、世間に対する頑なな態度から痛いほど伝わってくる。彼女の過剰なまでの責任感は、「自分以外に弟を守れる者はいない」という絶望的な孤独の裏返しなのだ。
そんな彼女の価値観を揺さぶったのが、ソーシャルワーカーのミッチェルとの出会いだった。レイチェル自身もかつてミアと同じような境遇にあり、大人に助けられた経験を持つ。彼女の「子供を守りたい大人もいる」という言葉は、ミアの凍てついた心を少しずつ溶かしていった。物語の終盤、ミアを迎えに来たのがレイチェルであったことは、ミアがこれから「子供」として生きていくための大きな希望となるはずだ。
子供時代に受けた愛情やトラウマは、その人の人格形成に計り知れない影響を及ぼす。DVやネグレクトの傷跡は、大人になっても消えることはない。それを乗り越えるには、本人の努力だけでなく、周囲の理解と専門的なケア、そして社会全体の想像力が不可欠だ。トラウマと共に生きることは、それだけで膨大なエネルギーを消耗する。
そうした過酷な運命を強いないために、大人は子供を守る義務がある。それは親個人だけでなく、社会組織、そして私たち全体で取り組むべき課題だ。
社会がその責任を果たすことこそが、ミアに「トカレフ」を手渡さずに済む未来を作るのだと信じたい。 -
Posted by ブクログ
もしかして、
ほぼ実体験なのかなと思いました。
調べてないので脚色がないかどうかは
確信があるわけではないです。
「私」とあるし
小説のような大袈裟な物語性はなくて
続きが気になるというより
労働に対しての私見が書かれてるような文体に感じられました。
東京でのスナックが舞台であったり
アイルランドの富裕層の屋敷での清掃業務が舞台だったり
スーパーの店員さんに洋品店の店員さんと
接客業が多めです。
最後はカード会社の催促
淡々とドライでありながら、何故かホロリと涙が流れる的な背景描写もあったりで
他人描写の
表現方法に悪口がないんですよね(笑)
ハーフの息子さんのことを書いててヒットした
イエローホワイトブルーでも
わたしだったらアジア差別を繰り返す子供に
この〇〇ガキがと思いそうなとこ
レイシストは差別する相手を知らない
「無知」だからと説明していたり
この私労働小説でも嫌われてるであろう上司に対してもエンパシーという視野と視座を大いに発揮されて表現されてました。
ドライに感じるけど暖かい何かを感じます。
木ではなく森を見る努力をする人て印象です。