朝井まかてのレビュー一覧
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日本民藝運動の創設者、柳宗悦と、
妻で声楽家の兼子や夫妻の子どもたちと暮らす
日々を、住み込みで働く女中のサチ(ねえや)
の目を通して描いた物語。
宗悦達が買い付ける、古い日用品の器や、汚れた布などは「下手物」扱いとされ、誰も買わない。
それを影で店主達に笑われていた。だが、宗悦達はそれら品々の中に美しさを見出し、価値あるものとして考え、光を当ててゆく。新しい美の基準として
「民藝」と呼び、確立し、活動していく過程が興味深かった。
柳宗悦さん、物静かな人を想像していたが、
意外と癇癪持ち笑 もちろん彼はすごい人だと
思うが、この物語の中で私が一番魅了されたのは、
宗悦の妻、兼子さんだ。
とにかく彼女はパワフルな女性。宗悦が金に
無頓着なために柳家の家計は常に火の車。
そのため、兼子さんが声楽家として稼ぐ。
妻であり、母親であり、声楽家として自分の夢(留学)も決して諦めず、宗悦を支えていく(かっこいい)大恋愛の末に結婚したこの夫婦は、よく喧嘩をするのだが、結局はお互いを認め合っている。
この時代に女性が好きな仕事で稼ぎ、家計を支え、堂々と夫と意見を言い合う。それを認めている
宗悦はこの時代の男性にしては進歩的な考えの持ち主だろうと思う。女中のサチが、この奥様に次第に感化されて、逞しくなっていく姿が良かった。
家計が火の車の柳家だが、美味しいもの好きの宗悦のために、工夫して作る奥様(兼子さん)や、
ばあや、サチ達の料理が本当に美味しそう。
京ばんざいやこの時代には珍しい、ハットケーキやプディング、レアのチーズケーキ、サンドウィッチなど、食の描写に思わず涎が出そうになった、
「輝ける仲間たちとは旦那様たちのことにございますね」と、グロリアソサエテを「輝ける仲間たち」(Gloria Society)と勘違いしたサチは、宗悦から
グロリアソサエテは出版社の名前であると教えられる。勘違いを恥ずかしがるサチに、微笑みながら
「ねえや(サチ)の勘違いは光栄だ」と言う宗悦。
この小説のタイトルは「グロリアソサエテ」だが、
輝ける仲間という意味ならば、宗悦や河井寛次郎、
濱田庄司らだけではなく、彼の取り巻く全ての人々を差しているように思えた。
史実に沿いながら、魅力的な人物がたくさん
登場して進んでいく展開が見事で面白かった。
良書を読むと気分がいい〜♪
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とても読み応えがある。高知市にある牧野植物園を訪ねたのをきっかけに本書を手に取った。博物館にあった、高齢になってもなお屈託のない少年のような笑顔を見せる牧野の写真を重ねながら読み進めた。
東大研究室を出禁にされるのも、借金を全て片付けてくれた孟との確執も、そりゃそうなるだろうと思う。そうなってもなおわが道を行き続け、自分のやり方、自分のペースで研究を進める富太郎には何も言えない気分になる。
子だくさん、30回以上の引越し、莫大な借金とその取り立て、家の中には山のような標本と書物。研究者としては間違いなく超一流だが、こんな人が夫だったら本当にたまらない。ただただスエさんに頭が下がる。
そうは言っても、富太郎の無邪気さ、純粋さ、植物に対する一途な思いは、全て「ま、仕方ないか」と思わせるような魅力があったんだろうなあと思った。
緻密な取材に基づいて本書を書き上げた朝井まかてさんにも敬服。 -
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大正から昭和初期に「日用の美」「下手ものの美」を提唱する民藝運動を立ち上げた柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司(作者は彼らを「奇跡の3人」の呼ぶ)らの交わりと宗悦一家の生活をねえやサチの目を通して描く。
それまでの美術界からは見向きもされなかった朝鮮の陶磁器や木喰仏、無名の職人によって作られた下手物に日用の美を見出した宗悦。
河井、濱田たちも宗悦の影響を受け、自ら作陶に打ち込む。
美を追求しながら邪念を持てば台無しになる、無我無欲の境地を得ることの難しさ。
既に高名を得ながらも納得できる作品群を作るのに、河井は数年を要した。
一家の大黒柱で、自ら傑出した声楽家でもあった、宗悦の妻兼子。
収集と執筆、民藝美術館設立に奔走し家計を顧みない宗悦に対し、育児、家政、生活費調達を一手に引き受ける兼子の献身は感心するに余りある。
あまつさえ育児の傍ら自ら段取りしてドイツに声楽留学し現地のリサイタルで絶賛された兼子も、戦後も1984年に92歳で没するまで歌手として歌い続けた傑物だった。
本書に書かれた、共通の目的を追求し支え合う仲間たちの姿は、ある意味作者の理想か。
ねえや、ばあや、大ばあやの存在など、当時の知識階級の暮らしが生き生きとユーモラスに描かれているのも本書の魅力。
最終盤、サチは真鶴という名で沖縄出身であることが明かされる。
宗悦らが朝鮮と並び沖縄にも深い関心を持ち、度々訪れていたことの反映だろうか。
全編で語り手となった本書のヒロイン、サチの行く末はその恋も含めて気になるが、2・26事件、支那事変が起き、徐々にきな臭くなる世情の中で沖縄に暮らすサチの将来には近づく暗雲の存在を感じてしまう。 -
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舞台は江戸。共に三十路(みそじ)を迎え、私生活で行き詰まりを感じていた幼馴染の女子三人が主人公。ある日、彼女たちは突如として日々の鬱屈を爆発させ、家族や仕事に何も告げず、着の身着のままで江戸を飛び出す。目指すは伊勢神宮。いわゆる「抜け参り」。金も計画もない行き当たりばったりの旅だが、東海道を西へ進む中で、さまざまなトラブルや出会いを経験する。彼女たちは笑い、怒り、食べ、泣きながら、「女としての自分」と「これからの生き方」を見つめ直していく。辿り着いた伊勢の町で迎えた結末は。。。最強の「女子旅」エンターテインメント作品。「アラサー女子の弾丸旅行」のような疾走感満載。三人の軽妙な掛け合いが最大の魅力で、思わず吹き出してしまうシーンも。作者得意の重厚な歴史作品を封印した軽快な筆致にさすがの直木賞作家。一気読み間違いなしの作品ですよ~。
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「民藝」を生み出した柳宗悦とその仲間、生活ぶりを、女中のサッちゃんが語る物語。当時の日本の空気が伝わってくる情景描写はまかて氏ならでは。サラダを「サラド」等、より実際の発音に近いカタカナ表記がモダンさを一層感じさせる。あるものでサッとこしらえる料理の描写も素晴らしい。
家中物で溢れようが、お金をどれだけ注ぎ込もうが、一般の民がつくり使った物の価値を広めようとする姿に、宗悦の一途さを感じる。併せて、宗悦らを応援しつつも自らの夢も貫き通す強さ、同時にセッちゃんに対する温かさも併せもった「奥様」がとても魅力的だった。
本書の記憶の新しいうちに「民藝美術館」に足を運びたい。 -
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ネタバレ今回は、民藝という運動が多くの芸術家と関わっているためだろうか、経緯を登場人物の台詞で説明することが多いのが気になった。一人称ではないのだから、客観的に描かれてもよかったのではないかと思う。
それにしても、まかてさんの描く女性は相変わらず素敵だ。
男たちは物事を成し遂げてはいるが、なんとなく印象が薄い。時代の影響もあって、まだ女性の地位は低く、男性優位な社会にも関わらず。
中島兼子という声楽家の存在感が素晴らしい。彼女は、芸術家として自分を表現する欲求と、家庭の主婦のタスクの間で苦しむ。しかも、柳の活動を金銭面で支えなければならず、そのためには公演会を催して稼がなければならない。
芸術家として、表現者として学びたいという当たり前のことさえ、柳は許さない。半年のドイツ留学に至るまでの経緯は兼子の聡明で情熱的な描写が印象的だ。
民芸運動という芸術活動を推進しておきながら、妻の芸術活動を認められない宗悦は、ここではただのわがままで寂しがりやの夫でしかない。
サチは架空の人物だが、柳家には当然女中がいたであろう。
女学校出で、関東大震災後に京都に来て、柳家の女中となる。どこか訳ありの雰囲気な「ねえや」は、白樺も読んでおり、書物をジャンル別に書棚にしまうこともできる。民藝の品物を市で贖った後の荷物持ちや、家族や客人をもてなすための食材の買い出しなど、力もあるようだ。ただのお嬢さんではない。そして、西洋料理にも果敢に挑み、かなりの腕前で子供達のおやつに「ハットケーキ」を作ったり、客人をもてなす。他にも大ばあやや、ばあやがいて、威圧を感じたり、嫌味を言われたりするが、うまく切り抜けている。
彼女の視点で語られる、柳家や河井寛次郎や濱田庄司らとの交流は、穏やかで微笑ましい。最後にサチの出自が明かされるが、ネタバレになるのでここでは控える。 -
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これまで葛飾応為はさまざまな作品で描かれてきたけれど、この物語の応為像が一番好き。出戻りであったり、炊事や洗濯といった日々の暮らしに不器用だったりと、男社会で理想とされる“良妻賢母”の女性像には収まりきらない存在でありながらそんな価値観に縛られることなく、ただ絵筆一本を頼りに自分の人生を切り開いていく、その揺るがない生き方は凛としていて、とても格好良かった。
父である葛飾北斎と滝沢馬琴の関係性も魅力的。特に北斎が病に伏した際、馬琴があれこれと助言を与える場面は、健康オタクの側面があったとされる馬琴の人となりがよく表れていて面白かった。
自分の技ひとつで世の中を渡り自らの道を切り開いていく応為の姿は、静かだけど確かな光を放っていて格好良いᕙ( ˙꒳˙ )ᕗ
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中島歌子は、歌人というより、樋口一葉の師としての方が通りが良いくらいだが、しかし明治におけるれっきとした歌人である。私もこれを手に取った時は、古風な和歌を詠む歌子の創作の様子や、上流階級の子女が集まる「萩の舎」について描かれているのだろうと思っていた。
ところが読み始めると、水戸藩のお家事情と、(のちの天狗党の)武士林以徳に嫁いだ池田登世(歌子)の半生が主な物語で、その内容にとても驚いた。水戸藩のお家騒動の顛末は凄惨であるが、その筆は冷静で、とても読み飛ばそうなどとは思えない。
有栖川宮織仁親王の第12王女、徳川慶喜の母である貞芳院や、天狗党の武士の妻たちの描写が素晴らしく、しっかりと人格が読み取れるように表現されていて、さすが、まかてさんと思わせる。
歌子の手記は、弟子で小説家の三宅花圃が、入院中の師匠の家で書類を整理しているときに発見される。そこで手伝いをしていた澄(すみ)と一緒に手記を読み始める・・・。
中島歌子の遺言も有名だが、それに至る経緯について、最後に一つ、ドラマがあるところも思わず手をうつ。そういう仕掛けも怠らない。 -
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2021年 第71回 芸術選奨文部科学大臣賞
2021年 第34回 柴田錬三郎賞
本日は森鷗外の誕生日。
文久2年1月19日、旧暦のままです。
誕生日当日は、文京区の森鷗外記念館が無料開館となります。今年は残念ですが、鷗外の旧居・観潮楼跡に建てられたこの文学館に行けませんでした。来月には伺う予定にしています。
今年は、その文学館が建てられた観潮楼で育った森鷗外の三男・類を描いた朝井まかてさんの『類』
この小説は、1911年(明治44年)に生まれ、1991年(平成2年)に亡くなるまでの森類の生涯を 本人の視点から描いた作品です。
時代と家と個人が重なり合うこの構成は、大河小説としてよいのではないかと思います。
類さんは、いわゆるイケメンですね。
茉莉さん、杏奴さん、そして類さん。
三人姉弟の母が大変美しい人だったことも、なるほどと腑に落ちるます。
そして鷗外はというと 家では子どもたちに甘い「パッパ」でした。
物語は、パッパ森鷗外の死後、森家に訪れる「あれやこれや」を、類さんの性格を映した、実におっとりとした雰囲気で描かれます。
鷗外は第二章で亡くなり、妻と子どもたちには、多くの資産と、豊潤な人脈が残されます。
それでも、主人を失ったあとの家の不安定さは拭えません。長男の於菟さんは、すでに家族を持っていらして、それなりには気を配っているようなのですが、そこは前妻さんのお子さんというところで 鷗外自身も遠慮がちな関わりになっていたようですね。
鷗外の子として見る社会。
優秀な姉たちの存在。
その間で揺れ動きながら、「何者かになろう」とし続ける類さん。
森家の内情の深さには、ただ驚かされるばかりだが、これほど踏み込んだ描写が可能だったのは、
森類氏のご子息ら、ご家族の理解があってこそ。
この小説で初めて知った森家の話は数多いが、特に印象に残ったのは次の三点ですね。
⚪︎森鷗外の日記のこと
鷗外の日記のうち、「小倉日記」は長年所在不明とされていた。
松本清張は、この日記を追い求める青年を描いた『或る小倉日記伝』で芥川賞を受賞しました。実際にその日記を見つけたのは、引越し準備をしていた類さん本人だったという事実。
⚪︎類さんの長女の名付け
類さんは、長女の名を木下杢太郎に頼んでつけてもらった。その名は、森鷗外『渋江抽斎』に登場する妻の名前から取られたものだった。
……正直なところ、これは少し嫌だったのではないか、とも思ってしまう(笑)。
⚪︎『半日』と嫁姑
森鷗外の短編『半日』は、嫁と姑の関係を描いた作品だが、モデルとも取られかねない嫁の志げさんは、この作品を鷗外全集に収録することを拒否していたらしい。
文学史の陰に、「生活者の意思」があったことを思わされる。
森鷗外ファンはもちろん、
そうでなくても東京・谷中界隈が好きな方には、
ぜひこの『類』を、急がず、ゆったりと読んでほしい。類さんという方が、あのお二人の才媛を持ちながら 穏やかにちょっと大丈夫かなって感じさえ漂わせながら 浮かびあがります。