朝井まかてのレビュー一覧
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「民藝」を生み出した柳宗悦とその仲間、生活ぶりを、女中のサッちゃんが語る物語。当時の日本の空気が伝わってくる情景描写はまかて氏ならでは。サラダを「サラド」等、より実際の発音に近いカタカナ表記がモダンさを一層感じさせる。あるものでサッとこしらえる料理の描写も素晴らしい。
家中物で溢れようが、お金をどれだけ注ぎ込もうが、一般の民がつくり使った物の価値を広めようとする姿に、宗悦の一途さを感じる。併せて、宗悦らを応援しつつも自らの夢も貫き通す強さ、同時にセッちゃんに対する温かさも併せもった「奥様」がとても魅力的だった。
本書の記憶の新しいうちに「民藝美術館」に足を運びたい。 -
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ネタバレ今回は、民藝という運動が多くの芸術家と関わっているためだろうか、経緯を登場人物の台詞で説明することが多いのが気になった。一人称ではないのだから、客観的に描かれてもよかったのではないかと思う。
それにしても、まかてさんの描く女性は相変わらず素敵だ。
男たちは物事を成し遂げてはいるが、なんとなく印象が薄い。時代の影響もあって、まだ女性の地位は低く、男性優位な社会にも関わらず。
中島兼子という声楽家の存在感が素晴らしい。彼女は、芸術家として自分を表現する欲求と、家庭の主婦のタスクの間で苦しむ。しかも、柳の活動を金銭面で支えなければならず、そのためには公演会を催して稼がなければならない。
芸術家として、表現者として学びたいという当たり前のことさえ、柳は許さない。半年のドイツ留学に至るまでの経緯は兼子の聡明で情熱的な描写が印象的だ。
民芸運動という芸術活動を推進しておきながら、妻の芸術活動を認められない宗悦は、ここではただのわがままで寂しがりやの夫でしかない。
サチは架空の人物だが、柳家には当然女中がいたであろう。
女学校出で、関東大震災後に京都に来て、柳家の女中となる。どこか訳ありの雰囲気な「ねえや」は、白樺も読んでおり、書物をジャンル別に書棚にしまうこともできる。民藝の品物を市で贖った後の荷物持ちや、家族や客人をもてなすための食材の買い出しなど、力もあるようだ。ただのお嬢さんではない。そして、西洋料理にも果敢に挑み、かなりの腕前で子供達のおやつに「ハットケーキ」を作ったり、客人をもてなす。他にも大ばあやや、ばあやがいて、威圧を感じたり、嫌味を言われたりするが、うまく切り抜けている。
彼女の視点で語られる、柳家や河井寛次郎や濱田庄司らとの交流は、穏やかで微笑ましい。最後にサチの出自が明かされるが、ネタバレになるのでここでは控える。 -
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これまで葛飾応為はさまざまな作品で描かれてきたけれど、この物語の応為像が一番好き。出戻りであったり、炊事や洗濯といった日々の暮らしに不器用だったりと、男社会で理想とされる“良妻賢母”の女性像には収まりきらない存在でありながらそんな価値観に縛られることなく、ただ絵筆一本を頼りに自分の人生を切り開いていく、その揺るがない生き方は凛としていて、とても格好良かった。
父である葛飾北斎と滝沢馬琴の関係性も魅力的。特に北斎が病に伏した際、馬琴があれこれと助言を与える場面は、健康オタクの側面があったとされる馬琴の人となりがよく表れていて面白かった。
自分の技ひとつで世の中を渡り自らの道を切り開いていく応為の姿は、静かだけど確かな光を放っていて格好良いᕙ( ˙꒳˙ )ᕗ
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中島歌子は、歌人というより、樋口一葉の師としての方が通りが良いくらいだが、しかし明治におけるれっきとした歌人である。私もこれを手に取った時は、古風な和歌を詠む歌子の創作の様子や、上流階級の子女が集まる「萩の舎」について描かれているのだろうと思っていた。
ところが読み始めると、水戸藩のお家事情と、(のちの天狗党の)武士林以徳に嫁いだ池田登世(歌子)の半生が主な物語で、その内容にとても驚いた。水戸藩のお家騒動の顛末は凄惨であるが、その筆は冷静で、とても読み飛ばそうなどとは思えない。
有栖川宮織仁親王の第12王女、徳川慶喜の母である貞芳院や、天狗党の武士の妻たちの描写が素晴らしく、しっかりと人格が読み取れるように表現されていて、さすが、まかてさんと思わせる。
歌子の手記は、弟子で小説家の三宅花圃が、入院中の師匠の家で書類を整理しているときに発見される。そこで手伝いをしていた澄(すみ)と一緒に手記を読み始める・・・。
中島歌子の遺言も有名だが、それに至る経緯について、最後に一つ、ドラマがあるところも思わず手をうつ。そういう仕掛けも怠らない。 -
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2021年 第71回 芸術選奨文部科学大臣賞
2021年 第34回 柴田錬三郎賞
本日は森鷗外の誕生日。
文久2年1月19日、旧暦のままです。
誕生日当日は、文京区の森鷗外記念館が無料開館となります。今年は残念ですが、鷗外の旧居・観潮楼跡に建てられたこの文学館に行けませんでした。来月には伺う予定にしています。
今年は、その文学館が建てられた観潮楼で育った森鷗外の三男・類を描いた朝井まかてさんの『類』
この小説は、1911年(明治44年)に生まれ、1991年(平成2年)に亡くなるまでの森類の生涯を 本人の視点から描いた作品です。
時代と家と個人が重なり合うこの構成は、大河小説としてよいのではないかと思います。
類さんは、いわゆるイケメンですね。
茉莉さん、杏奴さん、そして類さん。
三人姉弟の母が大変美しい人だったことも、なるほどと腑に落ちるます。
そして鷗外はというと 家では子どもたちに甘い「パッパ」でした。
物語は、パッパ森鷗外の死後、森家に訪れる「あれやこれや」を、類さんの性格を映した、実におっとりとした雰囲気で描かれます。
鷗外は第二章で亡くなり、妻と子どもたちには、多くの資産と、豊潤な人脈が残されます。
それでも、主人を失ったあとの家の不安定さは拭えません。長男の於菟さんは、すでに家族を持っていらして、それなりには気を配っているようなのですが、そこは前妻さんのお子さんというところで 鷗外自身も遠慮がちな関わりになっていたようですね。
鷗外の子として見る社会。
優秀な姉たちの存在。
その間で揺れ動きながら、「何者かになろう」とし続ける類さん。
森家の内情の深さには、ただ驚かされるばかりだが、これほど踏み込んだ描写が可能だったのは、
森類氏のご子息ら、ご家族の理解があってこそ。
この小説で初めて知った森家の話は数多いが、特に印象に残ったのは次の三点ですね。
⚪︎森鷗外の日記のこと
鷗外の日記のうち、「小倉日記」は長年所在不明とされていた。
松本清張は、この日記を追い求める青年を描いた『或る小倉日記伝』で芥川賞を受賞しました。実際にその日記を見つけたのは、引越し準備をしていた類さん本人だったという事実。
⚪︎類さんの長女の名付け
類さんは、長女の名を木下杢太郎に頼んでつけてもらった。その名は、森鷗外『渋江抽斎』に登場する妻の名前から取られたものだった。
……正直なところ、これは少し嫌だったのではないか、とも思ってしまう(笑)。
⚪︎『半日』と嫁姑
森鷗外の短編『半日』は、嫁と姑の関係を描いた作品だが、モデルとも取られかねない嫁の志げさんは、この作品を鷗外全集に収録することを拒否していたらしい。
文学史の陰に、「生活者の意思」があったことを思わされる。
森鷗外ファンはもちろん、
そうでなくても東京・谷中界隈が好きな方には、
ぜひこの『類』を、急がず、ゆったりと読んでほしい。類さんという方が、あのお二人の才媛を持ちながら 穏やかにちょっと大丈夫かなって感じさえ漂わせながら 浮かびあがります。
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470頁の厚みに若干怯みましたが、読んで良かった!
軽快なストーリーに、骨董商の世界や様々な人間模様も面白かったです。
道具商の跡を継ぐはずがやらかしてしまい、骨董商の世界に足を踏み入れることになったどら蔵。
茶道具や生活用品など道具が好きで見る目はあるけど、態度や物言いが軽くて少々心配になる。
でも、このどら蔵、何か面白いことをしてくれそうな予感と期待感がずっとありました。
目まぐるしい展開で先が気になって仕方がない!
どら蔵の“心の声”に何度もクスリ、騙し騙されな展開も楽しい。
ブチブチ言いながらも何だかんだ真面目に目の前のことに頑張って取り組む姿が可愛いくもありました。
登場人物は魅力的だし、骨董商の商いの裏側のあれこれは興味深くておもしろい。“競り”の駆け引きにはドキドキ……。
くるくると変化する状況に、どら蔵のひとりごとや軽快な会話が楽しくて最後までスルスル読めました。面白かった!
どら蔵の今後が気になります。
こちらの作品を読んで、江戸時代の商いについて描かれた作品をもっと読んでみたいと思いました。