朝井まかてのレビュー一覧
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シーボルトの薬草園の園丁=お庭番となった熊吉を主人公とした、史実にフィクションを織り交ぜた時代小説。
熊吉の草木や彼の仕事に対する真摯な接し方に、心が和み「読んでいる身が浄化され」る。
シーボルトに敬愛の念を抱き、必死に彼のために熊吉は仕事をこなすが、台風により薬草園が甚大な被害を受ける。
熊吉が黙々と片付けをしていると、シーボルトが忌々しげに吐き出す。
「なにゆえ、やぱんの者は怒らぬのだ。怒りこそ闘いの力になるのであろうに、なにゆえ唯々諾々と受け入れる。・・・我々は常に自然を闘うことで知恵ば磨き、技を発達させてきた」と。
熊吉は目が歪み、天と地が揺れた様な気がした。
「先生にとって、自然は共に生きるものではなかったのだ」との腑に落ちぬ思いが次々と湧き上がって、熊吉は身を震わせた。
日本人と西洋人との自然に対する考え方の違いが浮かび上がる場面である。
歴史上有名なシーボルト事件で、熊吉も咎に問われ過酷な取り調べを受けるが、嘆願書によりようやく放免される。
『終章』で語られる、数年後の挿話が心地よい読後感をもたらす。 -
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選んだ読みたい本が、思わぬところでシンクロしていたという興奮をくれた「白光」。ロシア正教のイコン画家・山下りんの生涯を描きます。
自分の心が求めるものに人生を捧げる覚悟を持ち、そのためならばまず行動という人間の山下りん。彼女の心にたぎる熱意が走りすぎて、多くの軋轢を生み出してしまう。そのことに気づくのは、失ってしまってから。
熱意があればこそ、りんを支えてくれる存在や手助けしてくれる存在もあるのですが、大きすぎる故に持て余されてしまうことも事実。安易ではあるけども、時代が違えば、彼女と周囲の人間の関係性も違ったものになっていたはず。
互いに尊敬し、互いの長所短所を慮り、終生の友人となれたはずではないでしょうか
。
りん自身が終生の道であると思い定めた画業。それが覚束なくなってから、これまでを振り返り、多くの人々との関わりに感謝することができたのは、我執からの解放のように思えて美しさもあるけども、悲しみもあるように思いました。
いつも今いる場所から離れた時に、そこにいることの意義を知る。それを手遅れと諦めずに、手遅れであろうとも、失敗であろうとも、経験から何かを得てきた得ることを諦めなかったから、物語終盤の透徹さにつながっていったのだろうと思います。
『グッドバイ』に続いての朝井まかて。
困難と不屈の女丈夫でした『白光』も。 -
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西鶴の娘おあいが主役。
盲目のおあいだが、家のことは一通りこなせる。
近所への買い物もできる。
同時に、談林派の俳諧師でのちに戯作者になる父西鶴の越し方も描かれる。
元禄のころ。
好色一代男などのヒット作を生み出した西鶴と、その周辺のあれこれが勉強になる。
西鶴の妻、つまりおあいの母は早くに亡くなる。おあいの弟たちは他家へ養子に出されるが、おあいは西鶴の手元に残された。
父の気持ちがわからないまま、父と娘の日常生活があり、おあいは父の身の回りの面倒を見る。付き合いの広い父の客のために料理をする。
なかなか大変な生活。
読みどころは、目の見えないおあいの感覚で作られる家庭料理の匂いと味の表現。とてもとても美味しくそう。
いい小説だった。 -
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戯作者曲亭馬琴の一代記。
馬琴と先駆者山東京伝までは執筆料のみで生活する戯作者がいなかったとは知らなかった。
武家である滝沢家の三男として生まれた馬琴は、一度は家督を継ぎ仕官するが長続きせず、放浪生活を送ったのち、京伝、蔦屋重三郎と出会い戯作の生業を開始する。
次兄や実子に先立たれるなど家族運に恵まれなかった馬琴は、家族を守り滝沢家の家名を守るために全力を尽くし、家相が悪いと言われれば引越し、孫に御家人株が買えるとなれば家財をも処分する。
父や兄が出仕先から冷遇されたことや、士分や古典へのこだわりは八犬伝などの創作の原点となっているようにみえる。
癇気の女房、病弱な長男を抱え、版元などとの付き合いにも苦労する馬琴の心の慰みは猫や鳥や花木だった。
八犬伝の出版も版元とのトラブルにより一筋縄ではいかないが、八犬伝の創作開始以降、本書の熱量もひと際上がるように感じるのは、本書でも引用される八犬伝の持つ力によるものか。
失明しても息子の嫁、路に助けられ八犬伝の口述を続ける馬琴の創作に対する執念は、同時代を生きた北斎のそれとも通じるものがあり、二人が一時期一緒に仕事をしていたのは決して偶然ではないだろう。 -
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バーネットではありません。なんか、ぽくないタイトルですが「南総里見八犬伝」で有名な曲亭馬琴の一生を描いた歴史小説です。
最近のまかてさんは、歴史上の人物を虚飾することなく史実に沿って描こうとしているようです。いわばリアリズム。この作品もそうで、武家の二男として生まれた馬琴は悪人では無いものの吝嗇で教条的、作品に対しては偏執的で版元や摺師を辟易させる。奥さんの百も強烈で、癇性で周りに毒のある言葉を吐き続ける一方で、幼児には我が子でなくても気を遣う。病弱な息子の宗伯は父に対しては従順だが、母や妻女には母譲りの癇性を発揮する。そんな崩壊寸前の家庭の中、馬琴は膨大な量の小説を描き続ける一方で、何度も滑り落ちる滝沢一門を武家に留めようと奮闘する。
子を亡くし、妻を亡くし、自らは失明しつつも嫁の手助けを受けながら「南総里見八犬伝」を完成させていく「百年の後」と題された最後の一章で印象が変わって行きます。亡くなった妻子を懐かしみながら先を見つめる老いた馬琴の姿がどこか清々しく。
まかてさん、植物好きなのでしょうね。植木職を主人公にした作品も多く、『類』でも森鴎外の庭いじりが描かれました。この作品でも最愛の息子との庭仕事のシーンが多く『秘密の花園』のタイトルの由来になっています。 -
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ネタバレ馬琴についての小説を読むのは、確かこれが初めてではない。だが、これほどドキュメンタリーに近いものは読んだ事がなかった。
滝沢興邦という名をもつ、武士の次男であった馬琴は、幼い頃から、武士の立場ゆえの、苦しみが絶えない人生を送ってきた。書に親しみ、俳号をもち、読み本作家として押しも押されぬ立場となっても、武士の誇りを捨て切れなかった馬琴。滝沢家の武士の矜持を現代の自分が思い計ることはできないが、馬琴にしてみれば当然、子も孫も、男子は武士として育てねばならなかったし、子女は武士に相応しいところへ嫁さねばならなかった。そのために、筆耕で稼いだ金が費やされた。
その生き方は、師である東山京伝と対比させて描かれる。京伝は町人で、金勘定は得意ではないが、それでもいくばくかの財産を残していた。遊女を身受けして女房にしているが、馬琴にはそんなことはとてもできない。でも京山の菊も後添いの百合も、百よりよほど気がよく、出来がいい女房なのは皮肉だ。
朝井まかてさんの女性はどの物語でも巧みに描かれるが、ここでは、女房のお百が白眉。馬琴にとって良い女房とは言えなかったかもしれないが、その強烈な個性が爆発する様は読み応えがある。長男の嫁の路(みち)についてはあまり詳細には描かれないが、馬琴との、口述筆記における信頼関係を築きあげるまでの、ちょっとしたエピソードが微笑ましかった。
蛇足
馬琴は鳥好きとしても知られていたが、これほどの規模でたくさんの小鳥を飼っていたとは!野鳥の他、金糸雀(カナリア)を飼っていたと言われている。江戸時代にオランダから輸入された小鳥で、馬琴はその歌声を楽しんだのだろう。それにしても、これほどたくさんの小鳥の声は相当の騒音だったと思う。家庭のストレスをここで慰めていたのだろう。初めに飼っていたのは猫だった。