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Posted by ブクログ
娘のおあいから見た父西鶴の話。娘は父を嫌っていたので、最初はビックマウスの声のデカい嫌なジジイにしか見えないが、段々父が娘を愛していることがわかってきて、娘も愛されていることを自覚していく。
井原西鶴は刀剣を商う商家の生まれだったが、完全な放蕩息子で家業は継がず、年いくらかを実家からもらって暮らしている。俳諧師をやっているが、声ばかり大きく、仕掛けの上手なだけで、上席にいけない。
妻があったが亡くした。娘のおあいは目が見えない。弟たちは養子に行って、女中のお玉と3人で暮らしている。
その西鶴がめっきり句を作らなくなった。何やら長い物を書いているらしい。父が急に淡路に行くと言い出した。おあいも同行した。父は15日間ずっと書いていた。面白い草子になったと言った。「好色一代男」である。しかし版元が見つからない。
西鶴は下戸なのだとおあいは思い込んでいたが、弟を養子にだしてからお酒を絶っていたと知る。おあいが大きくなるまで死なれんと言っていたらしい。
そうして昔馴染みの荒砥屋さんが出版してくれることになった。荒砥屋さんはもともと出版などしたこたとはないけど、引き受けてくれたのだ。西鶴は自分で挿絵を描く。草子は売れに売れた。続編も出した。
西鶴は松尾芭蕉を毛嫌いしている。今度は住吉さんで大矢数俳諧二万三千五百句を興行する。
西鶴が浄瑠璃を書くようになって、しばらくして近松門左衛門が訪ねてきた。好色五人女を浄瑠璃にしていいか、わざわざ聞きにきたのだ。
綱吉が自分の娘と同じ鶴の字を名前に使ってはいけないと触れを出した。仕方なく西鵬と名を変える。
しばらくして西鶴は書けなくなるが、最後に「世間胸算用」を出版する。
Posted by ブクログ
大矢博子さんの解説を読んで、そうだったのか!とスッキリした。読み初め、やや物語に入り込めない感があったのだが、「おあい」を見ていた自分が、いつしか「おあい」として見るようになっていき、すっかり作品世界に没入していたからだ。大矢さんが書かれている「思えば、目が見えない ー 映像情報がないということは、テキストのみで構成される小説を読む行為と似ている、と言えるのではないか。さらに本書はおあいを語り手にしたことで、物語の中にも人の目鼻立ちや風景の直接の描写はまったく出てこない。しかし読者の目には、台所に立つおあいの姿がはっきり目に浮かぶ。桜鯛を捌く彼女の手が、彼女が出会った人々の様子が、それぞれの読者の心の中で再現される。」「もちろん、著者の筆力あってこそだが、これが物語の力だ。」という言葉に、非常に納得した。
とはいえ、解説は作品の読後に読んだのであって、このように整理された考えを頭で理解し読み進めていた訳では、もちろん全くない。
徐々に解き明かされ深まっていく親子の時間を共に生きることで、二人の生涯は幸せだったのだなぁと、静かに満たされて本を閉じることができた。世の中が落ち着き文化が成熟していく時代の、大阪の市井の人々の闊達な暮らしぶりがまた、気持ちを晴れやかにしてくれた。朝井まかてさんは、やっぱり面白い。
Posted by ブクログ
おあいが父、西鶴の本音というか気持ちに、少しずつ気づいていく様子がとても良かった。
おあいの目線なので、読んでいる方も最初は西鶴のことをうとましく思い、理解不能だと感じるように引っ張られている。
それが、辰彌、それから荒砥屋、そしてお玉らの言葉によって、父の内面、知ろうとしなかった気持ちに気づかされる。
見えていれば、もしかしたら、言葉と表情が違うことがもっと早く分かったかもしれない。でも、おあいには口に出された言葉が全てだった。でもでも逆に言えば、言葉がしっかりしていればなんだって伝わるってことなのかも。
西鶴の造形もなかなか興味深かった。けしていい父親ではなかったけれど、人として一本筋が通っているというか。ぶれなければいつか、どこかにたどり着けるという泥くさい道を地で行った人生だったんだろうか。
おあいのふとした言葉に「そうか、曲節や」とヒントを得るところ。
商人の物語を出そうとしたら本屋に難色を示され、「何が安心や。好色ものを出す時、お前はんら、何て言うた」と啖呵をきるところ、とかが良かったな。
「お前はんらは、己の足で道を見つけたいとも思うてないんやろう。ほなら黙ってわしについて来んかいっ」
そして、西鶴が貧乏人の身過ぎ世過ぎを書いた新作を聞いて、「これぞお父はんの真骨頂や」と思うおあい・・・じーんとしたなぁ・・・。
Posted by ブクログ
井原西鶴とその娘おあいの物語。
亡き母親から炊事洗濯を仕込まれた盲目の娘おあい。
見栄っ張りで威勢だけはよく、娘の気持ちを忖度しない父西鶴を嫌っているのだが――。
日常の音や匂い、人の声、季節の気配を繊細にとらえるおあいの一人称で書かれているため、あらゆる描写が新鮮に感じられます。
かたくななおあいの心。
近くにいるのに互いに伝わらない父と娘の気持ち。
物語が進むにつれて変わっていく様子が、温かくも切ない。
すべて読み終えて、帯にある「お父はんのお蔭で、私はすこぶる面白かった」という言葉を見ると、ぐっとくるものがあります。
大阪弁の会話、ってなんかいい。
感情とか情感が加味されて、表現としてずるいなあ、という気もします。
Posted by ブクログ
西鶴の娘おあいが主役。
盲目のおあいだが、家のことは一通りこなせる。
近所への買い物もできる。
同時に、談林派の俳諧師でのちに戯作者になる父西鶴の越し方も描かれる。
元禄のころ。
好色一代男などのヒット作を生み出した西鶴と、その周辺のあれこれが勉強になる。
西鶴の妻、つまりおあいの母は早くに亡くなる。おあいの弟たちは他家へ養子に出されるが、おあいは西鶴の手元に残された。
父の気持ちがわからないまま、父と娘の日常生活があり、おあいは父の身の回りの面倒を見る。付き合いの広い父の客のために料理をする。
なかなか大変な生活。
読みどころは、目の見えないおあいの感覚で作られる家庭料理の匂いと味の表現。とてもとても美味しくそう。
いい小説だった。
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