朝井まかてのレビュー一覧

  • 豆は煮えたか

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    ネタバレ

    そういえば久々に読んだような気がする朝井まかて作品

    手を握れば、その人の近い未来が見えてくるお茶屋の女将さんお玉が主人公。お茶屋の名物はその占い…ではなく(そっちは裏家業)、豆大福。しかしあることで豆大福を作っていた旦那を亡くし、お玉には美味しい大福を作ることができずにいた

    というところから話が始まり、時系列順6編の短編がお茶屋とお玉と常連たちをつないでいく。
    占いやちょっとした超能力の話が出てくるものの、基本的には朝井まかてらしい、洗って干したてのこざっぱりした手ぬぐいのような市井人情モノで、読んで心がさらっろ綺麗になる感じ。

    俺自身未来をしってどうなることもなくなったような歳になり、占って欲しいことはないものの、ここの豆大福と番茶は味わいたいなぁと、そんなことを考えていた。

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    2026年11月01日
  • グロリアソサエテ

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    奥様はとてつもなく 大きな素敵なお人です。
    ねえやのしあわせを 心の底から強く強く願ってしまいました。

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    2026年11月01日
  • 豆は煮えたか

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    手を合わせることで相手の近未来を言い当てる力を持っている女将のもとへやってくる、悩みを抱えた人々との交流を描いた少しファンタジー味のある新鮮な時代小説。 淡々と過ぎる日常の中、どのお話にも人間味あふれる温かい場面がちりばめられていてほっこり。上品な甘みの中にほんのり塩気が効いた、まるで作中に登場する塩大福のような味わい深い作品。

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    2026年10月29日
  • 残り者

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    面白かった

    解説にも書いてあったことだが、味噌の事情が天璋院と薩摩藩の関係を反映していて、ささやかなことだけど味わいの決め手になっていたように思う

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    2026年10月28日
  • 朝星夜星

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    長崎の貧乏な家で生活しやがて船の
    調理人となり外国語と料理を武器に
    長崎から大阪に外国人が宿泊できる
    ホテルを建て奮闘する男に嫁いだ女を中心に明治の黎明期をドラマチックに
    描いて面白い
    やり手の男につきものの女達の描き方もちゃんと最後まで面倒をみる所など
    昔の男と女はさすがである
    特に働きものの女将はいい
    おおらかな人でこんなふうに生活して
    みたいな

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    2026年10月27日
  • グロリアソサエテ

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    大正の終わり頃に提唱された民藝運動の当事者たちを、”ねえや”目線で描いたお話。柳宗悦という名前はなんとなく聞覚えがあるように思ったものの、恥ずかしながら”民藝運動”自体を知りませず…なのでちょっと口絵なり挿絵なりがあるとありがたかったのですが(^^;)
    しかし当時の暮しぶりがよく分かるし、出てくる料理も美味しそう。自分ちの家計に一切頓着せずに様々な物を蒐集する旦那様には呆れ返りますが、それを自らの歌声で稼いで必死に切り回す奥様のなんと素晴らしいこと!!
    ねえやの自己評価の低さが初めから気にはなっていましたが、最後にそうやったんか…って感じで納得。ぜひ幸太郎さんと幸せになってほしいです。

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    2026年10月25日
  • 豆は煮えたか

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    水茶屋の女将・お玉。
    彼女には、掌と掌を重ねることにより
    相手の人生の束の間が見える異能がある。
    その符牒は“豆は煮えたか”。
    豆は煮えたか 身のほど知らず いつ咲く
    雲隠れ 宝引き くらぶ者なき
    参考文献有り。

    ささげやの名物は豆餅だったが、亭主が亡くなってからは、
    お玉はうまく作れない。そんなときに出会ったのが、新次郎。
    それは30歳のとき。それからのお玉の人生の歩みを描く、
    人情あふれる江戸時代を舞台にした、短編連作。
    お玉から未来を告げられる相手は、
    恋に悩む娘たち、先行き不安な役者、
    己の運命は占えない易者、倅に出ていかれた種樹屋の主人、
    隠居夫婦の老妻、新次郎にも伝えた。
    視えるものを言葉にするのは難しい。
    しかも見えるのは、せいぜい5,6年先くらいのもの。
    それでも掌と掌を重ねることで繋がる縁がある。
    ささげやを営むことで繋がる縁もある。
    「雲隠れ」での侠客たちから店を守ろうとする人々と、
    あの女に幻のどんぐりを礫の如く降らせた椎の木は、
    この土地の皆の縁での証。
    また、異能を持った人々との縁も生まれた。
    「くらぶ者なき」は40歳近くになった、お玉へのご褒美?
    まさか生姜大好きな元・将軍にまで縁が繋がるとは。
    か細い光る縁が手繰り寄せられて繋がってゆくことに
    ある先には、人情という人と心の鎹がある。
    だから今日も、お玉は「煮えてますとも」と迎えいれる。
    あぁ豆餅が食べたくなってしまう。

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    2026年10月24日
  • 豆は煮えたか

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    ネタバレ

    他人の将来が見えるお玉の話ではあるが、その特異な力のお話というよりは、お玉や周りの人達の人情にほろりとするお話。
    新次郎を匿っていたことが分かってしまい、どうなることかと息をのんだが土地の人々の協力で事なきを得る『雲隠れ』がよかった。

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    2026年10月22日
  • 豆は煮えたか

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    人付き合いっていいものだなぁ。
    誠意を持って向き合うと相手も誠意を見せてくれる。
    全体的にそんなお話に思えた。
    なんだかうまくいく気がする!と思って実際うまくいったり、嫌な雰囲気の場所を感じることはあるが、もっともっと強めたら実際に大きな事件が起きたり未来がなんとなく見えることもあるの…かも…?
    私はこう言うお話を読んでもやはり占いに頼りたくないと思うが、占い師も実際に見える見えないは別として、客をより良い未来にするために言葉を尽くしてくれることもあるんだもんなぁ。悪くないイメージになった。
    心がほんわり温まるお話だった。

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    2026年10月15日
  • 恋歌

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    辛い…辛くて苦しい…辛くて苦しすぎて読まずにはいられなかった。

    樋口一葉の師である中島歌子さんの半生。

    幕末から明治を生き抜いた。

    と言ってしまえば簡単だけど、そんなどころではなかった。

    クマに襲われて命に別状はないと言っても、とんでもない傷だった。みたいな。

    幕末にこんなことがあったなんて。

    ミステリーでもなんでもないのに人がどんどん死んでいく。

    家重公の名前が一瞬出てきてふふっとなったのなんて一瞬で吹き飛ぶくらいに辛かった。

    幕末の混乱期に水戸藩の内政の衝突で命を落とすとか、本当やりきれなさしか残らない。

    でさ、ってここから先言ったらネタバレにしかならないじゃん。

    ええ…辛…。

    でもこのタイトルの恋歌はこれで合ってるのよ。

    間違いないのよ。

    恋歌よこれは。

    でも辛い…

    ちょっと次は明るいの読まないと辛いわぁ。

    夢に見そうだもん。

    家政婦は見た状態で読んでてもこれはちょっと…いや…だいぶしんどいなぁ。

    なんか楽しいことしよう。

    でもね、みんみんお母さん、読んでよかったとは思うの。だからありがとうございました!

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    2026年09月21日
  • 朝星夜星(上)

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    幕末の長崎で日本初の洋食屋を始めた草野丈吉とゆき夫婦。しかし、材料も満足に揃わないなか、経営は窮地に。明治の世になり、一家は新天地を求め大阪へ。

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    2026年09月07日
  • グロリアソサエテ

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    柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司たちが「民藝」という新たな美の世界を切り拓いていく姿を、柳家の女中・サチの視点で描く物語。

    いやー、面白かった!
    原田マハさんの「リーチ先生」も読んでいたので、今作の登場人物たち親近感が。

    ねえや・サチ視点なのが秀逸だなぁと感じました。
    ニュートラルな視点で読める。
    宗悦よりも、奥様で声楽家の兼子さんがすごいと思う。なんてカッコ良い女性なんだろう!

    サチもさりげなくすごく教養があるかんじでしたが、最後に出自がわかり納得。
    サチの淡い恋にもときめきました。
    サチに幸あれ!

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    2026年09月02日
  • グロリアソサエテ

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    ネタバレ

    民藝運動の始まりの高揚を、女中サチの視点から描く。男はたいがいこんなもので、外ではいいが、と思って読んでいたが、被害者とも言える奥さまの言葉にハッとする。「子供が最初に会う理不尽が父親なのよ。いずれ世に出たら必ず出会う理不尽、不条理。その最初の壁なの。・・・」やはり家族にいろいろな人がいるのはいいことかもしれない。

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    2026年08月31日
  • どら蔵

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    あー、面白かった!
    久方ぶりのまかてさん作品だった。

    テンポよく読めたのは上方言葉のせいか、どら蔵のへらず口のせいか。
    鬱陶しいけど憎めない、煩いのにいなくなると寂しいお調子者の言動をニヤニヤしながら読んでいた。

    最終盤はちょっと泣かす。
    でもジンとするだけじゃなくて、ニヤニヤも。
    終わり方もいい。ニヤニヤしながら読み終えた。


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    2026年08月26日
  • 類

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    読みごたえがあった。鴎外の息子ということでの生涯はあまりに波乱万丈で・・・
    時代に流されながらも生き抜いていく強さみたいなものも感じられた。兄や姉たちとの個性のぶつかり合いも、なるほどーと・・・面白かった。

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    2026年08月22日
  • 恋歌

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    とても重い話だが、さすがの直木賞受賞作。それを越えて一気に読ませてくれました。幕末の水戸藩、こんなひどい状況だったとは分かってなかった。ひでえ・・・

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    2026年08月17日
  • どら蔵

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    読み応えたっぷり。
    どらちゃんの人柄に作中の人も読者も惹きつけられる。
    「目利き」のことはさっぱり分からないけど、良いものを見分ける力って簡単には手に入らないだろうし、習得するのも難しそう。
    一休宗純師の一行の競り合い、ドキドキだったよ。

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    2026年08月16日
  • グロリアソサエテ

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    「民藝」という言葉がまだない大正時代。
    民衆の日常のなかにある物に美を見いだした柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司たちを、柳家の女中・サチの目線で描いています。

    三人が暮らしの中にある美を見つけ、愛で、仲間たちと心を躍らせる様子はとても無邪気で、楽しい気持ちがこちらまで伝わってくるようでした。
    彼らは、いつも美について熱く語っていて、佳きものを探し求めてじっとしていない。
    そうして、彼らが「民藝」という言葉を生みだすに至った過程を、知ることが出来ました。

    『「民」は民衆の民、「藝」は工藝の藝、民衆の工藝という意を持つ呼称だ。』

    以前、日本の植物分類学の父である牧野富太郎氏を描いた「ボタニカ」を読んだときにも感じましたが、歴史に名を残す人というのは金銭感覚が特殊なのでしょうか……(朝ドラ「らんまん」では描かれてなかった部分)
    牧野富太郎に妻・スエがいたように、柳宗悦の偉業は兼子夫人なくしては語れないものだと思う。

    柳家の美味しそうなごはんと、それを盛り付ける器の美と、食事シーンは想像する楽しみもありました。
    女性の生き方について考えさせられたり、サチの恋心にドキドキしたり……なシーンも!
    明るい未来を感じさせるラストも良かったです。


    『下手物は京都の古道具商のいわば隠語、ーーー。美術品のようにはもて囃されない、かえりみられぬものだ。だが、そこには簡素で誠実で健康で、自由な心がある。』

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    2026年08月15日
  • 恋歌

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    幕末の時代が好きで、題材としている作品をさまざま読んできた。
    現代人の視点で「ターニングポイントを作り出した」と見なされるような人物は、やはりピックアップされやすい。
    たくさんの作品を読んでいたとしても、上記のような人物が登場するものばかり読んていると、やはり偏った考えが育つな、と思った。

    朝井さんの作品には、社会の主導権を握り得ないような人物が見た時代の姿が描かれている。
    立場上どう足掻いても権力者にはなり得ない人たちこそ、体裁や理想論に惑わされない、客観的な視点を持っていたのではないだろうか。考えさせられた。

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    2026年08月14日
  • グロリアソサエテ

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    ネタバレ

    大正末期、民藝運動の提唱者である柳宗悦の京都宅で女中奉公するサチの目線から民藝運動や女性立身を描いた物語。

    面白かったー!これまで「民藝」という言葉を意識したこともなく、「白樺派」も教科書に出てたかも…程度の知識しかなく。骨董やアンティークは詳しくはないけど好きで、お手頃なもので気に入ったら買ったりもするぐらいで。
    柳宗悦のことも知らず、オシャレなキッチン用品で有名な(?)柳宗理のお父様なんだー!という軽い気持ちで読みました。

    大正末期の暮らしが色鮮やかに目に浮かんで、慣れ親しんだ近所の風景も季節の行事も、時を越えて旅をしているようにワクワクしました。

    女中さんがいるような家の奥さまなんて大層優雅な暮らしかと思いきや、奥さまで声楽家でもある兼子は家事育児に加えて自ら稼いで家計を預かって……。この時代の女性の不自由さも強さも、しなやかさも逞しさも感じて本当に尊敬しました。今わたしたちが選べる生き方は、先人が切り開いてくれた道の先にあるのだなと改めて感じました。

    そして少しだけ、琉球王国をはじめ他国に征服されてしまって失われた文化にも思いを馳せました。大国に挟まれつつ独自のしなやかさと高度な政治力で長らく繁栄した琉球王国の文化や思想はとても興味深くて、色々な本でしか知らないながら失われないでいて欲しいと思っています。琉球王国に限らず、そこに生きる民衆の暮らしに寄り添うものを“美しいもの”と肯定する「民藝」という言葉を確立させた柳宗悦にも感謝を。

    別の作品も読んでみたいし、原田マハさんも同時代の民藝に関わる人物の話を出版されているようなので、そちらも是非読みたいなと思っています。



    *以下本文から引用*

    工藝の美は親しさの美であり潤ひの美である。

    美が自然から発する時、美が民衆に交る時、そうしてそれが日常の友となる時、それを正しい時代であると誰が云ひ得ないであらう。私達は過去に於てそれがあった事を示し、未来に於てもあり得べき事を示す為に、此『日本民藝美術館』の仕事を出発させる。

    「彼らの歩く道は我執を捨て去る道だ。個性を沈黙させる道だ。なればこそ自然で自由な美が生まれる」
    その道はいかほど険しいのだろう。たとえ強固な信念や天性の陽気さがあろうとも、同伴者があろうとも、道を歩くのは己の足。いかほど孤独であろうとも。

    「書物の題。民藝の道ではなく、工藝の道となさったのですね」
    「そうだ。Fine Artと呼ばれる美術に対する工藝、Craftだよ」

    「Fine Art。美術は実用から離れているがゆえに純粋。そう賛美されてきたのだよ。かたや工芸は実際の使用に即しているがゆえに、二段も三段も下に置かれてきた。工芸の美は純粋でなはなく、応用に過ぎないとね。しかもあの文芸復興期には個人主義が勃興した。美は個性が発露されてこそ美である。それは誤りではない。個の表現も一つの美ではあるが、すべてではない。だが今日まで、美の基準は美術からのみ論じられてきた。今日の美学はほとんどまったく、美術の上に構築された論だ」

    「だがね、ルネサンス以前に遡ってみれば、個性なんぞどこにも跋扈していない。かつての美はどこまでも実用だ。だからゴシック時代には驚嘆すべき秩序の美があった。正しい伝統の守られ方があった。その意味においては、絵画も彫刻も美術というよりは工芸なんだ。単独で辺りを睥睨したがる個性ではなく、建築物に共鳴し、調和する一部だったのだよ」

    「六朝や推古の仏教藝術もしかりだ。今、途方もない値で取引される大名物の茶碗や茶匙を、初期の茶人たちは日常の雑器として親しんだ。陋屋に炉を切り、松籟を聴きながら茶を点てた。身近な素材の、簡素な器でね。ゆえに彼らは宇宙の一部たる己を感じ取ることができたのだ。すべての一部はすなわち、すべてである」

    「工藝は現実に交われば交わるほどに、親しめば親しむほどに美しい」

    「子供が最初に出会う理不尽が父親なのよ。いずれ世に出たら必ず出会う理不尽、不条理。その最初の壁なの。(中略) もしパパが壁でなかったら、ママがその壁になっていたわ。自ら進んでね」

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    2026年08月13日