朝井まかてのレビュー一覧
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ネタバレよかった!さらっと読めてしまうけれど、江戸の職人気質がささる。妙青尼の優しくも凛とした言動も心が洗われた。
人ってのはすごいもんだ。一度小さな失敗をしておくと軀が覚えちまう。・・・新セtが過ぎるとその機会を奪っちまう。もしかしたら俺が拵えようとしてた庭は、そういうことなんすか(P83)
→トレーニングの時には注意しないと!
あの人たちをいずれ世間に帰すのが私の務めです。ですが、この世は強い人間ばかりではないのですよ。何の希望も持てず辛苦に立ち向かえず、捨て鉢になってしまう人間の方がむしろ多いでしょう。そんな人々をお助けするのが仏の道であるはずなのに、何をして差し上げればよいのかが見いだせずにおります。(P212)
→ついつい相手も自分と同じ強さ・弱さがあるという前提で会話してしまうけど、相手の弱さにも配慮できる人間性って素晴らしいね。。
死ぬのもええもんやと思いますわ。皆、死ぬために生きる。いつか死ねるから、生きてられる。この世におるのも少しやと思うたら、こんなにつらかったことも懐かしいもんになる(P221)
→まだこの境地はわからないけど、そう思いながら死にたいねぇ。 -
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辛い…辛くて苦しい…辛くて苦しすぎて読まずにはいられなかった。
樋口一葉の師である中島歌子さんの半生。
幕末から明治を生き抜いた。
と言ってしまえば簡単だけど、そんなどころではなかった。
クマに襲われて命に別状はないと言っても、とんでもない傷だった。みたいな。
幕末にこんなことがあったなんて。
ミステリーでもなんでもないのに人がどんどん死んでいく。
家重公の名前が一瞬出てきてふふっとなったのなんて一瞬で吹き飛ぶくらいに辛かった。
幕末の混乱期に水戸藩の内政の衝突で命を落とすとか、本当やりきれなさしか残らない。
でさ、ってここから先言ったらネタバレにしかならないじゃん。
ええ…辛…。
でもこのタイトルの恋歌はこれで合ってるのよ。
間違いないのよ。
恋歌よこれは。
でも辛い…
ちょっと次は明るいの読まないと辛いわぁ。
夢に見そうだもん。
家政婦は見た状態で読んでてもこれはちょっと…いや…だいぶしんどいなぁ。
なんか楽しいことしよう。
でもね、みんみんお母さん、読んでよかったとは思うの。だからありがとうございました! -
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「民藝」という言葉がまだない大正時代。
民衆の日常のなかにある物に美を見いだした柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司たちを、柳家の女中・サチの目線で描いています。
三人が暮らしの中にある美を見つけ、愛で、仲間たちと心を躍らせる様子はとても無邪気で、楽しい気持ちがこちらまで伝わってくるようでした。
彼らは、いつも美について熱く語っていて、佳きものを探し求めてじっとしていない。
そうして、彼らが「民藝」という言葉を生みだすに至った過程を、知ることが出来ました。
『「民」は民衆の民、「藝」は工藝の藝、民衆の工藝という意を持つ呼称だ。』
以前、日本の植物分類学の父である牧野富太郎氏を描いた「ボタニカ」を読んだときにも感じましたが、歴史に名を残す人というのは金銭感覚が特殊なのでしょうか……(朝ドラ「らんまん」では描かれてなかった部分)
牧野富太郎に妻・スエがいたように、柳宗悦の偉業は兼子夫人なくしては語れないものだと思う。
柳家の美味しそうなごはんと、それを盛り付ける器の美と、食事シーンは想像する楽しみもありました。
女性の生き方について考えさせられたり、サチの恋心にドキドキしたり……なシーンも!
明るい未来を感じさせるラストも良かったです。
『下手物は京都の古道具商のいわば隠語、ーーー。美術品のようにはもて囃されない、かえりみられぬものだ。だが、そこには簡素で誠実で健康で、自由な心がある。』
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ネタバレ大正末期、民藝運動の提唱者である柳宗悦の京都宅で女中奉公するサチの目線から民藝運動や女性立身を描いた物語。
面白かったー!これまで「民藝」という言葉を意識したこともなく、「白樺派」も教科書に出てたかも…程度の知識しかなく。骨董やアンティークは詳しくはないけど好きで、お手頃なもので気に入ったら買ったりもするぐらいで。
柳宗悦のことも知らず、オシャレなキッチン用品で有名な(?)柳宗理のお父様なんだー!という軽い気持ちで読みました。
大正末期の暮らしが色鮮やかに目に浮かんで、慣れ親しんだ近所の風景も季節の行事も、時を越えて旅をしているようにワクワクしました。
女中さんがいるような家の奥さまなんて大層優雅な暮らしかと思いきや、奥さまで声楽家でもある兼子は家事育児に加えて自ら稼いで家計を預かって……。この時代の女性の不自由さも強さも、しなやかさも逞しさも感じて本当に尊敬しました。今わたしたちが選べる生き方は、先人が切り開いてくれた道の先にあるのだなと改めて感じました。
そして少しだけ、琉球王国をはじめ他国に征服されてしまって失われた文化にも思いを馳せました。大国に挟まれつつ独自のしなやかさと高度な政治力で長らく繁栄した琉球王国の文化や思想はとても興味深くて、色々な本でしか知らないながら失われないでいて欲しいと思っています。琉球王国に限らず、そこに生きる民衆の暮らしに寄り添うものを“美しいもの”と肯定する「民藝」という言葉を確立させた柳宗悦にも感謝を。
別の作品も読んでみたいし、原田マハさんも同時代の民藝に関わる人物の話を出版されているようなので、そちらも是非読みたいなと思っています。
*以下本文から引用*
工藝の美は親しさの美であり潤ひの美である。
美が自然から発する時、美が民衆に交る時、そうしてそれが日常の友となる時、それを正しい時代であると誰が云ひ得ないであらう。私達は過去に於てそれがあった事を示し、未来に於てもあり得べき事を示す為に、此『日本民藝美術館』の仕事を出発させる。
「彼らの歩く道は我執を捨て去る道だ。個性を沈黙させる道だ。なればこそ自然で自由な美が生まれる」
その道はいかほど険しいのだろう。たとえ強固な信念や天性の陽気さがあろうとも、同伴者があろうとも、道を歩くのは己の足。いかほど孤独であろうとも。
「書物の題。民藝の道ではなく、工藝の道となさったのですね」
「そうだ。Fine Artと呼ばれる美術に対する工藝、Craftだよ」
「Fine Art。美術は実用から離れているがゆえに純粋。そう賛美されてきたのだよ。かたや工芸は実際の使用に即しているがゆえに、二段も三段も下に置かれてきた。工芸の美は純粋でなはなく、応用に過ぎないとね。しかもあの文芸復興期には個人主義が勃興した。美は個性が発露されてこそ美である。それは誤りではない。個の表現も一つの美ではあるが、すべてではない。だが今日まで、美の基準は美術からのみ論じられてきた。今日の美学はほとんどまったく、美術の上に構築された論だ」
「だがね、ルネサンス以前に遡ってみれば、個性なんぞどこにも跋扈していない。かつての美はどこまでも実用だ。だからゴシック時代には驚嘆すべき秩序の美があった。正しい伝統の守られ方があった。その意味においては、絵画も彫刻も美術というよりは工芸なんだ。単独で辺りを睥睨したがる個性ではなく、建築物に共鳴し、調和する一部だったのだよ」
「六朝や推古の仏教藝術もしかりだ。今、途方もない値で取引される大名物の茶碗や茶匙を、初期の茶人たちは日常の雑器として親しんだ。陋屋に炉を切り、松籟を聴きながら茶を点てた。身近な素材の、簡素な器でね。ゆえに彼らは宇宙の一部たる己を感じ取ることができたのだ。すべての一部はすなわち、すべてである」
「工藝は現実に交われば交わるほどに、親しめば親しむほどに美しい」
「子供が最初に出会う理不尽が父親なのよ。いずれ世に出たら必ず出会う理不尽、不条理。その最初の壁なの。(中略) もしパパが壁でなかったら、ママがその壁になっていたわ。自ら進んでね」 -
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草野丈吉、こんな名前の料理人がいたんだと初めて知った。長崎から出てオランダ船のボーイから始めて、艱難辛苦を耐えて西洋料理の味を覚えて、日本で最初の西洋料理の店を始めた人。この人の味が本物だったからこそ、維新から明治にかけての傑出した人たちがその味を楽しみに訪れ、陸奥宗光、五代友厚らと巡り会い、志を分かち合ったのだと思える。そしてこの話は実は丈吉のつまのゆきが主人公とされている。丈吉は「お前はほんに旨そうに、大事そうに食べとったとたい。頬や顎を動かすさまは、気持ちよかほど元気で」と食べっぷりに惚れて、いや食べっぷりからゆきの強さを見抜いて嫁にした。その目線で江戸から明治の世の人を一人一人丁寧に描ききることにつながっているのだと思う。浅井まかてにまたやられました。誰か映画かドラマにして映像化してほしいなと思った。
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樋口一葉の和歌の師・中島歌子。その雅な立ち姿の奥に秘められた壮絶な半生を描いた長編小説。
主人公・登世(のちの中島歌子)は、ただ過酷な運命に耐え忍ぶだけの女ではない。かといって、闇雲に反発するわけでもない。どんな苦難の中でも自分を見失わず、運命を静かに受け止めるたおやかで、柔軟な心を持った女性だ。
裕福な商家に育ちながら、水戸の志士・林以徳へ一途な恋を貫き嫁いだ登世。しかし待ち受けていたのは、水戸藩内における「尊王攘夷派」と「佐幕派」の凄惨な内乱だった。同じ藩の人間同士が殺し合いを繰り広げ、妻子まで斬首されるという理不尽な連座で牢獄に繋がれる登世。紙も筆すらない極寒の牢内で仲間が倒れていく過酷な環境に置かれても、彼女はそのしなやかさで地獄のような日々を生き延びる。
本作の核にあるのは、一人の女性の切ない物語にとどまらない、時代の大きなうねりとそこに巻き込まれる人間たちの姿だ。
維新が成り、命を懸けた志も、彼女たちが嗜んだ大和言葉の美徳すらも時代の変化とともに過去のものとなっていく中で、登世は過剰に固執することなく、新しい明治の世を柔軟に生き抜いていく。
弟子である三宅花圃が手記を開くまで秘められていた、歴史の影に埋もれた無数の記憶。それを胸に抱きながら、己の美学で時代を渡った一人の女の生き様が静かに心に残る一冊。 -
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植物学者として名高い牧野富太郎の伝記的な小説。
遺族の全面協力を得て、資料を駆使、存在感ありあり。
さすが、朝井まかてさん。読み応えがありました!
2023年前期の朝ドラ「らんまん」に取り上げられた牧野富太郎。
子供の頃から、その名は知っておりました。とにかく、牧野富太郎が名前をつけた植物が多くて図鑑に載っていたのでね。
ドラマを見終わってから読んだのは、一種の勘?(笑)
ドラマより、ヒドイやつ…とんでもない旦那だわ…!
…ま、天才ですから?
天才ぶりも、想像を超えてますね。
明治初期の土佐、佐川村。
老舗の造り酒屋に生まれ、頭は良かったが。
制度として始まったばかりの小学校は中退。ただ、それ以前に寺子屋や塾で教育は受けていたので、既に基礎は出来ていました。
家業には興味を示さず、木や花や草を見て歩いてばかり。その標本の数の多いこと。
絵は上手で緻密で正確。本は読んだにしても、ほぼ独学という。驚嘆に値するものでした。
帝国大学理学部植物学教室にも出入りを許され、どんどん学問にのめり込んでいく。
跡を継ぐために従姉妹と形ばかりの結婚をして、自分は研究の費用を送金してもらうのみ。
ついに、実家は倒産…
東京では、恋女房の壽衛(すえ)さんにやり繰りを任せ、植物の採集と本の出版に打ち込み、借金の取り立てから逃げて、引っ越しを繰り返す。
次々に子をもうけながら。
壽衛さんは夫を支えて頑張りますよ~すごい女性です!
ドラマでは、富太郎がモデルの役(神木隆之介)を支える兄弟分の手代(志尊淳)の活躍もあり、実際にはその人は東京にはついて来なかったのだけど。
最初の妻で酒屋を継いだ従姉妹と、手代さんが後に結婚する運びになるのは史実通り。
従姉妹さんが幸せになっていて、良かったわ~!(笑)
牧野富太郎の写真は目がキラキラしていて、明るく人当たりがいい性格だったことは、現れてますね。でも、借金あるのに大盤振る舞いしたりしちゃうのね…それだけはやめて!(笑)
学歴がないため、楽な道のりではなかったが、才能と実績に感嘆する支援者も、少なくはなかった。
研究だけでも大量のものを書いているのに、手紙や日記も書いている。
生々しい肉声に「どの口が言うか」とか言ってやりたくなったりしますが。
壽衛さんの並々ならぬ苦労、内助を超えた貢献。
夫を心から尊敬し、また自分も店を経営する程に力を発揮出来たことで、充実していたのではないかな。
その愛に免じて?許してあげましょうか(笑)