朝井まかてのレビュー一覧
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ネタバレそういえば久々に読んだような気がする朝井まかて作品
手を握れば、その人の近い未来が見えてくるお茶屋の女将さんお玉が主人公。お茶屋の名物はその占い…ではなく(そっちは裏家業)、豆大福。しかしあることで豆大福を作っていた旦那を亡くし、お玉には美味しい大福を作ることができずにいた
というところから話が始まり、時系列順6編の短編がお茶屋とお玉と常連たちをつないでいく。
占いやちょっとした超能力の話が出てくるものの、基本的には朝井まかてらしい、洗って干したてのこざっぱりした手ぬぐいのような市井人情モノで、読んで心がさらっろ綺麗になる感じ。
俺自身未来をしってどうなることもなくなったような歳になり、占って欲しいことはないものの、ここの豆大福と番茶は味わいたいなぁと、そんなことを考えていた。 -
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大正の終わり頃に提唱された民藝運動の当事者たちを、”ねえや”目線で描いたお話。柳宗悦という名前はなんとなく聞覚えがあるように思ったものの、恥ずかしながら”民藝運動”自体を知りませず…なのでちょっと口絵なり挿絵なりがあるとありがたかったのですが(^^;)
しかし当時の暮しぶりがよく分かるし、出てくる料理も美味しそう。自分ちの家計に一切頓着せずに様々な物を蒐集する旦那様には呆れ返りますが、それを自らの歌声で稼いで必死に切り回す奥様のなんと素晴らしいこと!!
ねえやの自己評価の低さが初めから気にはなっていましたが、最後にそうやったんか…って感じで納得。ぜひ幸太郎さんと幸せになってほしいです。 -
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水茶屋の女将・お玉。
彼女には、掌と掌を重ねることにより
相手の人生の束の間が見える異能がある。
その符牒は“豆は煮えたか”。
豆は煮えたか 身のほど知らず いつ咲く
雲隠れ 宝引き くらぶ者なき
参考文献有り。
ささげやの名物は豆餅だったが、亭主が亡くなってからは、
お玉はうまく作れない。そんなときに出会ったのが、新次郎。
それは30歳のとき。それからのお玉の人生の歩みを描く、
人情あふれる江戸時代を舞台にした、短編連作。
お玉から未来を告げられる相手は、
恋に悩む娘たち、先行き不安な役者、
己の運命は占えない易者、倅に出ていかれた種樹屋の主人、
隠居夫婦の老妻、新次郎にも伝えた。
視えるものを言葉にするのは難しい。
しかも見えるのは、せいぜい5,6年先くらいのもの。
それでも掌と掌を重ねることで繋がる縁がある。
ささげやを営むことで繋がる縁もある。
「雲隠れ」での侠客たちから店を守ろうとする人々と、
あの女に幻のどんぐりを礫の如く降らせた椎の木は、
この土地の皆の縁での証。
また、異能を持った人々との縁も生まれた。
「くらぶ者なき」は40歳近くになった、お玉へのご褒美?
まさか生姜大好きな元・将軍にまで縁が繋がるとは。
か細い光る縁が手繰り寄せられて繋がってゆくことに
ある先には、人情という人と心の鎹がある。
だから今日も、お玉は「煮えてますとも」と迎えいれる。
あぁ豆餅が食べたくなってしまう。 -
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辛い…辛くて苦しい…辛くて苦しすぎて読まずにはいられなかった。
樋口一葉の師である中島歌子さんの半生。
幕末から明治を生き抜いた。
と言ってしまえば簡単だけど、そんなどころではなかった。
クマに襲われて命に別状はないと言っても、とんでもない傷だった。みたいな。
幕末にこんなことがあったなんて。
ミステリーでもなんでもないのに人がどんどん死んでいく。
家重公の名前が一瞬出てきてふふっとなったのなんて一瞬で吹き飛ぶくらいに辛かった。
幕末の混乱期に水戸藩の内政の衝突で命を落とすとか、本当やりきれなさしか残らない。
でさ、ってここから先言ったらネタバレにしかならないじゃん。
ええ…辛…。
でもこのタイトルの恋歌はこれで合ってるのよ。
間違いないのよ。
恋歌よこれは。
でも辛い…
ちょっと次は明るいの読まないと辛いわぁ。
夢に見そうだもん。
家政婦は見た状態で読んでてもこれはちょっと…いや…だいぶしんどいなぁ。
なんか楽しいことしよう。
でもね、みんみんお母さん、読んでよかったとは思うの。だからありがとうございました! -
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「民藝」という言葉がまだない大正時代。
民衆の日常のなかにある物に美を見いだした柳宗悦、河井寛次郎、濱田庄司たちを、柳家の女中・サチの目線で描いています。
三人が暮らしの中にある美を見つけ、愛で、仲間たちと心を躍らせる様子はとても無邪気で、楽しい気持ちがこちらまで伝わってくるようでした。
彼らは、いつも美について熱く語っていて、佳きものを探し求めてじっとしていない。
そうして、彼らが「民藝」という言葉を生みだすに至った過程を、知ることが出来ました。
『「民」は民衆の民、「藝」は工藝の藝、民衆の工藝という意を持つ呼称だ。』
以前、日本の植物分類学の父である牧野富太郎氏を描いた「ボタニカ」を読んだときにも感じましたが、歴史に名を残す人というのは金銭感覚が特殊なのでしょうか……(朝ドラ「らんまん」では描かれてなかった部分)
牧野富太郎に妻・スエがいたように、柳宗悦の偉業は兼子夫人なくしては語れないものだと思う。
柳家の美味しそうなごはんと、それを盛り付ける器の美と、食事シーンは想像する楽しみもありました。
女性の生き方について考えさせられたり、サチの恋心にドキドキしたり……なシーンも!
明るい未来を感じさせるラストも良かったです。
『下手物は京都の古道具商のいわば隠語、ーーー。美術品のようにはもて囃されない、かえりみられぬものだ。だが、そこには簡素で誠実で健康で、自由な心がある。』
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ネタバレ大正末期、民藝運動の提唱者である柳宗悦の京都宅で女中奉公するサチの目線から民藝運動や女性立身を描いた物語。
面白かったー!これまで「民藝」という言葉を意識したこともなく、「白樺派」も教科書に出てたかも…程度の知識しかなく。骨董やアンティークは詳しくはないけど好きで、お手頃なもので気に入ったら買ったりもするぐらいで。
柳宗悦のことも知らず、オシャレなキッチン用品で有名な(?)柳宗理のお父様なんだー!という軽い気持ちで読みました。
大正末期の暮らしが色鮮やかに目に浮かんで、慣れ親しんだ近所の風景も季節の行事も、時を越えて旅をしているようにワクワクしました。
女中さんがいるような家の奥さまなんて大層優雅な暮らしかと思いきや、奥さまで声楽家でもある兼子は家事育児に加えて自ら稼いで家計を預かって……。この時代の女性の不自由さも強さも、しなやかさも逞しさも感じて本当に尊敬しました。今わたしたちが選べる生き方は、先人が切り開いてくれた道の先にあるのだなと改めて感じました。
そして少しだけ、琉球王国をはじめ他国に征服されてしまって失われた文化にも思いを馳せました。大国に挟まれつつ独自のしなやかさと高度な政治力で長らく繁栄した琉球王国の文化や思想はとても興味深くて、色々な本でしか知らないながら失われないでいて欲しいと思っています。琉球王国に限らず、そこに生きる民衆の暮らしに寄り添うものを“美しいもの”と肯定する「民藝」という言葉を確立させた柳宗悦にも感謝を。
別の作品も読んでみたいし、原田マハさんも同時代の民藝に関わる人物の話を出版されているようなので、そちらも是非読みたいなと思っています。
*以下本文から引用*
工藝の美は親しさの美であり潤ひの美である。
美が自然から発する時、美が民衆に交る時、そうしてそれが日常の友となる時、それを正しい時代であると誰が云ひ得ないであらう。私達は過去に於てそれがあった事を示し、未来に於てもあり得べき事を示す為に、此『日本民藝美術館』の仕事を出発させる。
「彼らの歩く道は我執を捨て去る道だ。個性を沈黙させる道だ。なればこそ自然で自由な美が生まれる」
その道はいかほど険しいのだろう。たとえ強固な信念や天性の陽気さがあろうとも、同伴者があろうとも、道を歩くのは己の足。いかほど孤独であろうとも。
「書物の題。民藝の道ではなく、工藝の道となさったのですね」
「そうだ。Fine Artと呼ばれる美術に対する工藝、Craftだよ」
「Fine Art。美術は実用から離れているがゆえに純粋。そう賛美されてきたのだよ。かたや工芸は実際の使用に即しているがゆえに、二段も三段も下に置かれてきた。工芸の美は純粋でなはなく、応用に過ぎないとね。しかもあの文芸復興期には個人主義が勃興した。美は個性が発露されてこそ美である。それは誤りではない。個の表現も一つの美ではあるが、すべてではない。だが今日まで、美の基準は美術からのみ論じられてきた。今日の美学はほとんどまったく、美術の上に構築された論だ」
「だがね、ルネサンス以前に遡ってみれば、個性なんぞどこにも跋扈していない。かつての美はどこまでも実用だ。だからゴシック時代には驚嘆すべき秩序の美があった。正しい伝統の守られ方があった。その意味においては、絵画も彫刻も美術というよりは工芸なんだ。単独で辺りを睥睨したがる個性ではなく、建築物に共鳴し、調和する一部だったのだよ」
「六朝や推古の仏教藝術もしかりだ。今、途方もない値で取引される大名物の茶碗や茶匙を、初期の茶人たちは日常の雑器として親しんだ。陋屋に炉を切り、松籟を聴きながら茶を点てた。身近な素材の、簡素な器でね。ゆえに彼らは宇宙の一部たる己を感じ取ることができたのだ。すべての一部はすなわち、すべてである」
「工藝は現実に交われば交わるほどに、親しめば親しむほどに美しい」
「子供が最初に出会う理不尽が父親なのよ。いずれ世に出たら必ず出会う理不尽、不条理。その最初の壁なの。(中略) もしパパが壁でなかったら、ママがその壁になっていたわ。自ら進んでね」