恩田陸のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
>居酒屋が舞台の、怪談ではあるけれどそれほどには怖くはない、どちらかといえば「奇妙な話」テイスト。でも少しは怖い。お話がわりと身近だから?
>ひとつひとつの章はさりげなくて、短くて、あっさり。
>愉しいです。好きなタイプです。
>この著者の似たような作品『珈琲怪談』はキャラクタの個人名があるけどこちらでは名前は書かれない。その分お話のエッセンスのようなものが際立つ。
>いくつかの話では場所が特定できそうやけど無名というか気にせずにいたほうが趣が増すような気もします。
■居酒屋についての簡単な単語集
【跡継ぎ】《常連が跡を継ぐというのは、お店にとっては理想のひとつかもしれない。》跡継ぎの条件p.12
【一行目】その街は、どことなく水底にいるような心地になる街だった。(跡継ぎの条件)
【各章の題名】跡継ぎの条件/夜のお告げ/昭和94年の横丁/風を除ける/黒の欠片/曇天の店/三味線の音/笑うカピタン/歌うカステラ/祖父の墓/白の迷路/アトランダムな神々/空飛ぶ梅/あとがき/特別編 ムーン・リヴァー
【菅原道真】(空飛ぶ梅を読んで)話に聞いている菅原道真の性格からすると祟り神なんかにゃならんやろうと思います。「やれやれ、仕方ないなあ」と諦念というか失意みたいなものはあったやろうと思うけど。
【曽根崎心中】(アトランダムな神々を読んで)お初天神が恋愛の聖地? 僕もちょっと違和感覚えてました。だって心中したやん、と。成就してへんやん、と。
【出島】(笑うカピタンを読んで)僕が最後に長崎に行ったときには出島は街の中に埋もれてて筋みたいなのがあっただけやったような記憶がある。今は昔の姿が復元されてるのかぁ。そういや高知のはりまや橋も最後に見たときには道に埋もれていたけど今は川が復元されてるらしい。観光資源として元に戻そうとしてる動きが各地にあるんやなあ。無くなったものを復元させるのはええような気もするし「う〜ん」と首をひねるような気もする。あと妙に綺麗らしくするのもなあ。寺社仏閣なんかも色を塗り直したり新しくしたりしてるのはなんかなあ、と。地元倉敷のなまこ壁も昔は薄汚れてたけど今はピッカピカで味わいがない。せっかく古びてきてええ感じやったのに元に戻してもうたらアカンやろう、と思ったりします。
【トゥーツ・シールマンス】(ムーン・リヴァーを読んで)ハモニカ奏者。大好きです。一番好きなミュージシャンかもしれない。これくらい吹けたら楽しいやろうなあと羨望(するのもおこがましいですが)。
【ビリケンさん】(アトランダムな神々を読んで)純粋な大阪人ではないので最初ビリケンさんのビジュアルには違和感覚えました。なんか不吉な感じというか不愉快さを与えるような感じ、人を嘲笑ってるような感じなのにあんなに大阪人に好かれてる。なぜ? 今でもその感覚は抜けません。
【闇】(黒の欠片を読んで)僕も闇の存在だけは確実と思ってます。色の世界というか光の世界というのは宇宙の中でもかなり例外的であり、世界のデフォルトは闇やろうから。
【来夢来人】(夜のお告げを読んで)昔、僕の知人もこの名前のカフェを出しました。 -
Posted by ブクログ
2026.02.13 ★3.3
古道具店の兄弟と飼い犬、芸術家の女性を巡る家族のファンタジー。
兄の古道具店を手伝う弟、散多(さんた)は特にこれまでの人生で役に立ったことのない不思議な力を持っていた。
恩田陸得意のファンタジー、と期待値が高かったからか、ふんわりとゆるい雰囲気の、何が言いたいのかよく分からないまま終わってしまった。
何のために白いワンピースの女の子は現れ、散多は何故両親に会えたのか、その理由付けがもう少し固くあって欲しかったかと。
↓↓↓内容↓↓↓
白いワンピースに、麦わら帽子。廃ビルに現れる都市伝説の“少女”とは?――太郎と散多は古道具店を営む兄弟。ものに触れるとそこに宿る記憶が見えるという散多は、古いタイルからこれまでにないほど強烈なイメージを受ける。そこに映し出されたのは幼い頃に亡くした両親の姿だった。タイルと両親にまつわる謎と、廃ビルで目撃された少女の都市伝説が交差するとき、時を越えた物語の扉が開く……。再開発予定の地方都市を舞台に、兄弟のひと夏の不思議な冒険を描くファンタジックミステリー長編。 -
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ネタバレ恩田陸さんの別な話題作を読む前に、と思い読んでみた。 読み終わってこれが日本推理作家協会賞受賞作?と少し疑問だったが。登場人物がそれぞれ語るという形式は、真相とどう絡むのかを考えながら読むのは面白かった。
ミステリのような犯人当てもあるし、ホラーじみた描写もあり、異空間をさまようような雰囲気もあるという面白い構成で。こういう作品は好きだが。
語りには事件の関係者やメインになる人たちの気質の違いが話中にあり、その一部が非現実のようなファンタジックな少し不思議な作風を感じた。
17人の人間が一気に毒殺された背景に犯人と目ぼしい盲目の少女がいるのだが、実行犯は別にいて自殺してしまい、それで解決したことになる。事件に関して常に彼女の心の中の、現実てきでない、不思議な世界が語られる。
一方、街の名士の令嬢だった少女にあこがれて、見守っている少女の話がある。
その少女が大学生になった10年後、事件の傍に居た人たちへのインタビュー記事が本になってベストセラーになるのだが、その本も作者とともに忘れられて行く。
当時関わりのあった刑事は、作者の意図に腑に落ちないところがあって、事件のことを退職後も引きずっているが、この刑事も単に登場人物の一人で警察小説にはなっていない。
そして31年後にやっと話が終わるのだが、それがよく分からない。
動機も犯人もうやむやになったまま終わってしまう。読者はそれぞれの話から自分なりの解決を強いられる。ヒントになる「サルスベリ」「青い部屋」「実行犯の青年とのかかわり」「ユージニア」、などは目の見えない当時の少女の心の風景が多く、現実との齟齬がある、それについて述べられてはいるのだが、結論は一つではないように思える。
中年になり視力が回復して、ついに真実が語られる場面も、一方的で要領を得ない。この曖昧さがなんとも割り切れない。
「ユージニア」については好きな世界だったがあまり成果は無く読後はモヤモヤが残った。 -
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作者本人があとがきで「SFメロドラマ」と書いている。うれしいねえ。これでもミステリに分類されていたらぼくは怒るよ(笑)。時間SFとしての出来はSF読みにしてみるといまひとつひねりが欲しいような気もしますが……。テイストとしては梶尾真治を読んでいるような気になりました。各編の題名は絵画に由来しているのですね。なるほど、絵画というのは時を生きたままに留めておく良質な方法ですからね。
「エアハート嬢の到着」不可思議な心踊る幕開け。ヒロインがいきなり……なのもさすがに時間テーマというべきか?
「春」これがいちばん時間SFしているか?美しいなんとも切ない話。人生のうち一瞬だけ出会うために生きている男女という設定はすばらしい。
「記憶」時を超える物語を収斂させるには偶然を装うしかないか?いや、ほんとうに<今>運命とやらをふたりは手に入れることができたのか? -
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400円文庫のなかでもテーマ競作ってのがありまして、本作もそのひとつ。テーマは<無人島>。そして、これは関根ファミリーもの(というジャンルづけをしてしまってよいのか?)のひとつでもあるという贅沢さです。無人島で同日に不可解な死を遂げた複数の人物に共通していたのは……ということで、物語冒頭、これがどういうふうにつながるの、ってな無秩序な断片の数々。うーむ、本格ミステリですね。<さまよえるオランダ人>、<2001年宇宙の旅>、<昭和改元>、そしてなぜか料理のレシピ……。面白い、面白すぎますね。とりわけ昭和改元の記事なんかは、ぼくとしては眉村卓の「名残の雪」なんかを思い出すわけで。中編にここまでやっていいの、というほどの贅沢さを堪能させていただきました。
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あの『三月は深き紅の淵を』の続編。まあ、続編というよりは、その一部と世界を共有しているといったほうが正確ですかね。全寮制の学校という閉鎖された空間は、やはり物語世界として魅力的といってよいでしょう。「これは、私が古い革のトランクを取り戻すまでの物語である」という書き出しも、なにやら耽美で好みです。
物語的には前作よりミステリに傾いているのですが、うーむ、どうなのでしょう?謎を追うことよりもやはり「世界」に酔いながら楽しみたい作品だと思います。道具立てのひとつひとつ、また登場人物のひとりひとりが、妖しい世界を構成する見事な要素になっていると思いました。 -
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少年は大人になる。これはしごく単純明快な事実なのだが、少年という時間にその身をおいているときは、忘れているのかもしれない。
冬休み、それぞれの事情により学校の寮に居残ることを決めた4人の高校生……。シチュエーションとしてはとても好きだ。作者は「『トーマの心臓』をやる予定だった」とコメントしているが、季節が季節であるし、ぼくの頭にあったのはケストナーの『飛ぶ教室』だったりする。
読んでいるうちに気づくことになるのだが、あの時間、自分にとってのあの時間もけっして光だけに満ちたものではなかったかと……。過ぎ去るとわかっている時間、あるいは過ぎ去ってしまったと認識している時間、通りすぎてしまったものだからこそ、それを思い出すこともできるのか?
ミステリとしてどうかと問われると困るのだけれど、わずか7日間のエピソードに、通常の学園生活では表出しえない何かがうまく配置されている雰囲気のいい物語だと感じた。 -
Posted by ブクログ
月の裏側を見ることはできない。なぜなら、地球の自転する周期と月が地球を巡る周期が同じだから、だっただろうか?何で読んだのだったか思い出すことができない。とにかく、地球上にいる限り月の裏側を意識することはない。それは単なる偶然なのだろうか?ふと、何者かの底知れぬ悪意がそのようにしたのではないかという疑念にかられることもある。だが、知らなければ疑惑をおぼえることもないのではないか?そして、人間には知らなくてもよいこともあるのかもしれない。
九州の水郷都市箭納蔵を舞台にしたこの物語、土台になっているのは作中にも出てくるフィニイの『盗まれた街』ということなのだろうけれど、読んでいる最中ぼくの頭にあったのはむしろ、あの啄木の謎に迫った山田正紀の『幻象機械』だった。日本人というのは、ほんとうに妙な種族だ。多数に属することで安心するのはなぜか?多数とはその場合どのような定義か?何かに気づいた人々が、文学作品として発するメッセージさえ、ぼくたちのなかでは歪めて受け取られているのか?淡々とした展開のなかに潜むものこそが、この物語の恐怖である。
考えてみてほしい。他人とちがったところがないことに、もしもあなたがほっとしているのであれば、それこそが何かに「盗まれている」証拠ではないのかと?