瀬戸内寂聴のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
瀬戸内さんの本は久しぶりです。
不倫経験や、夫や子を捨てたこともあるある瀬戸内さんは数々のバッシングにもさらされてきました。
とても強い女性だなぁという印象ですが、こうした女性に特有の芯の強さや信条に触れられるのはやはりいいものです。
昔ほど切羽詰まっていないからか、心を励ましてくれたり、生き方を示してくれるような本よりも、具体的な生き様に興味を持つようになりました。
そうした意味では本書は考え方や励ましの言葉をくれる本で、心に入ってくるものは少ない…。
とはいえ、正直に、ポジティブに生きていた寂聴さんの元気の秘訣を聞くことができたし、歳をとるにつれての自分の中の変化にも目を向けることができた。
身体の衰え、老化だけではなく、自分の中の価値観ですら変わっていくのだと今の自分の中に起こりつつあるものを認識するきっかけをもらえました。
嫉妬のような他人を貶める感情、
自分のことばかり考えること…。
今は自分のことばかり考えてしまい、いっぱいいっぱいになっているけれど、本書の中に出てきた、「自分のことばかり考えていないで、いつも宇宙と自分、世界と自分、日本と自分ということを意識しながら生きていきなさい」という言葉が印象的でした。
こんなふうに行きたい。
広い視点を持てる人でありたいと思いました。 -
Posted by ブクログ
なぜ瀬戸内寂聴さんが多くの人に受け入れられているのか興味があり読んでみようと思った本。
有名人の不倫にとても厳しい世の中なのに、何十年も前のこととはいえ、不倫して世間を賑わせた寂聴さんをどうして世間の方は受け入れているのか、ずっと不思議に思っていました。
そもそも有名人の不倫を批判している人と、寂聴さんを受け入れている人は違う人たちなのかもしれませんが。
なぜ受け入れられているかは、例えば↓のような話をされるからなんだろうなぁと思いました。
「そういう人とは関係を切ってしまってもいいと思います」
「不倫はしてはいけないと分かっていてもしてしまうのです。それは仕方がありません」
「道徳なんて所詮は人が作ったものですから、気にすることはありません。」
「学校や会社で理不尽にいじめられたら、すぐにそこを辞めて、他に移るべきです。」
「そんなこと(自分の悪口)を言うやつは不細工に決まっているから放っておけ」
波瀾万丈な人生を送り、色々な経験をされたからこそ、説得力があり、また公然と口のするには躊躇するようなことも、はっきりと言ってくれるので爽快感もあるのかなと思いました。
この本は秘書だったまなほさんとの対談形式でしたが、寂聴さんが執筆された本も読んでみたいと思いました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ女性だから生み出せる表現ばかりで、下品な感じは全くしなかった。これを子宮作家と馬鹿にするとはなんと表面的…時代柄、仕方ないのか。。
女性として分かるものも多かったけど、勿論、分からない価値観も多かった。感動したとか共感した、ではなく、深く考えさせられた文章をメモ程度に。
・恋愛なんて、結局、誤解の上に発生する病状(p34)
・まだ男はできる…ということばよりも、まだこどもは産めるということばの方が、女にとって、なんとみずみずしく、涯しない可能を孕んだひびきをもっていることでしょう
(p37)
・愛とはもっと透明な、炎のように掌に掬えないものではないだろうか。
(p107)
・人間はどうしてだれも彼も結婚したがり、味気ない噓でぬりかためた家庭の殻の中にとじこもりたがるのだろう。出来ることなら生涯、独身ですごせないものだろうかと、私は度々空想した。
(p110)
・人間のだれもが逃れることの出来ない行為
(p118) -
Posted by ブクログ
瀬戸内寂聴さんと、秘書の瀬尾まなほさんの対談形式で進む本。
66歳も歳が離れているし、寂聴さんは超有名な尼僧であり作家。堅苦しい関係になりそうなものだけど二人はとても仲良しなようです(笑)
まなほさんが寂聴さんの頭を二の腕で締め上げたり、体を抱えあげたり、逆に寂聴さんがまなほさんを短い足で蹴ったりすると書かれていて、想像して思わずクスクス笑ってしまいました。
読んでいくと、お茶目で愛嬌のある寂聴さんと、優しくて面白いまなほさんだからこそ成り立つ関係なのだなぁと分かります。
全体を通して感じたのは、寂聴さんは「これが好き」「こういうことは嫌い」ということがはっきりしていて、素直に生きているということでした。
一度刑務所に入ったことがあるような男が好きというのは、強烈ですが、私も自分の生きている間に自分を確立して、なるべく好きなように楽しく生きていきたいと思いました。 -
Posted by ブクログ
表題作『花芯』は1958年の作品,1957年に「女子大生・曲愛玲」で新潮同人雑誌賞を受賞した後の第1作で,ポルノ小説であるとの批判にさらされ,批評家より「子宮作家」とレッテルを貼られ,しばらく干されていたのだという。
直接的な性愛描写を,隠すことを美徳としてきた(一部の)世間に対する,堂々たる反抗と読んだ。家庭というのは女性にとっては大きな制約なのであって,作者の裏表のない讃歌によって,子宮は自由へと解き放たれた。これは悪女でなければ雌獅子でもない,一娼婦の目覚めの話である。まだ熟しておらず粗削りではあるが,有り余るパワーを黙殺するのはもったいない作品である。
現代からすれば,陳腐にも思えるポルノと言ってしまえばそれまでなのだが,戦後間もない時代背景を見てこういう風土もあったのだという,慎重かつ真っ向からの批評が求められる。