瀬戸内寂聴のレビュー一覧
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⑥末摘花
末摘花とは紅花の異称。
また新たな恋だ。
今回は琴の音色にやられた源氏。
けれど「源氏の君はおよそ、一度関わりを持ったらどんな女も、すっかり忘れてしまうということが、お出来にならない御性分なのでした」という。
なんとまぁ罪作りな 笑
ここで、同性同士でも和歌を読みあう風習があることに少し驚き。
なにも知らなくて、男女間のことだとばかり思い込んでいたから。
もう1つ、同じ車に相乗りして横笛を合奏しながら帰るほど、頭の中将とは仲がいい。
無暗なことは言えない、気のおけない相手といったところか。
末摘花の姿に驚く源氏の君。
明るいところで見てみれば、胴長で、普賢菩薩の乗り物の象のような鼻(言い方!)をして、先の方が赤い。
顔立ちは長く、色も青白くて、肩のあたりは痛そうなほどごつごつしている。
唯一の取り柄は長く真っ直ぐな黒髪くらいだった。
そうなると余計に可愛らしく思えてたまらないのが若紫。
若紫の前で鼻の頭に紅を塗って戯れる。
……って、こういう感覚が良く分からないんだよなぁ。
普通の感覚でいうと悪い悪戯なんだけど、
まぁまぁお二人で仲睦まじく…な感じを描きたかったんだろうか?
とにかく、一旦末摘花とはここまでに。
⑦紅葉賀
朱雀院への行幸の予行練習。
冒頭、頭の中将と源氏の君を比べる文章があるのだが、
「源氏の君と並んでは、やはり咲き誇った桜のかたわらの、深山木のようにしか見え」ないと、きらびやかな源氏の君。
段々慣れてきたけれど、それにしても凄い。
源氏の君は「世にまたとはないほどのすばらしさ」なのだという。
その素晴らしさに帝は感涙するが、藤壺はあの夜のことがやましく思えて、複雑な心境に揺れ動く。
久しぶりに登場した弘徽殿の女御は相変わらずのいやな女。
この章で、藤壺が出産する。
生まれた子は呆れるばかりに源氏の君の生き写しなのだが、帝は、美しいもの同士は似るものだと思っている。
あらら~。
後半は源氏の君、頭の中将、典侍の、ちょっとしたドタバタ劇。
式部さん、たまにこういう章をぶっ込むよね。
ただラストで藤壺の若宮と源氏の君を並べて
「けれどもこのお二方は、あまりに似ていらっしゃるので、月と日が大空に並んで光り輝いているようだと、世間の人々も思っているのでした」
と結ぶ。
これは行く末の暗示?
⑦花宴
桜の宴が催される。
勿論、藤壺も参列。
宴の席が盛大であるが為、弘徽殿の女御も引きこもるわけにもゆかず参列。
源氏の君が兄の東宮に所望されて、ほんの少し雅楽の1つを舞って見せると、あまりの素晴らしさに左大臣も涙する。
相関図を少し整理すると、
今の帝は桐壺帝。
桐壺帝と弘徽殿の女御の間に生まれたのが東宮であり、後の朱雀帝。
桐壺帝と桐壺更衣の間に生まれたのが源氏の君。
東宮は源氏の君の兄。
弘徽殿の女御は源氏の君が持て囃されるのが面白くない。
そして左大臣とは葵の上の父。
葵の上と源氏の君は不仲だし、左大臣としては中々顔を出さない源氏の君が恨めしい。
宴を終えた夜、藤壺とばったり会えないものかとうろうろする源氏の君が出会ったのは、藤壺ではなく朧月夜。
そしてお酒の勢いで………あ~ぁ、またですか。
源氏の君は、昨日の女性はだれだったのだろうと思い巡らせて、東宮に入内する右大臣の娘だったら可哀想なことをしたかもと考える。
えぇ~っ、これ、いつかバチがあたるぞ。
⑧葵
帝が桐壺帝から朱雀帝(元東宮)へ。
帝が代替わりして、世の中が一新されたということだ。
ますます藤壺に近付きにくくなる源氏の君。
そして葵の上は懐妊。
さて、賀茂の祭の日。
この時は源氏の君ばかりではなく容姿の美しい上達部や御付きの者などがお通りに加わって立派な見物となった為、みながお忍びで祭見物にでかける。
葵の上の悪阻は重かったけれど、少し気分がおさまっているので出掛けることに。
そこで牛車の場所取りで揉めたのが六条御息所。
彼女については「夕顔」の冒頭でも触れられていた。
「原始の君が六条のあたりに住む恋人のところに、ひそかにお通いになられている頃のことでした」
でもこの章では夕顔と出会い、直ぐに夕顔が死んでしまうものだから、六条御息所の元へ通っている場合ではなくなった。
その後もあれよあれよと時は流れ…で、六条御息所は恨めしく思っていたというわけだ。
そのうえ今回の牛車の件。
人目を避けて粗末な風情で出掛けたものの、あとから来た葵の上の牛車に競り負けたうえ、身バレする。
牛車も一部が壊れたりして散々だ。
これは傷付くよね。
プライドも粉々だし、遠くから静かに眺めることも許されないなんて。
この一件は源氏の君の耳にも入り、御息所を訪ねるのだけれど、彼女は会おうとしない。
こんな時でもやはり可愛らしいのは若紫。
一層可愛らしく思えるのだろうな。
伊勢に下るのも、都に留まるのも、世間の笑い者になりそうで、思い悩んで具合も悪くなる御息所。
塞ぎ込む一方だ。
そんな中、葵の上が誰のとも知れず生き霊に取り憑かれる。
このシーン、ページをさいて丁寧に描かれていた。
もしかしたら自分かもしれないと思う御息所は、そんな自分が浅ましくてならない。
物の怪(葵の上)が源氏の君に申し上げたいことがあるというシーン。
葵の上がみるみる六条御息所の姿となってゆくのが恐ろしい。
御息所本人もまた、着物に祈祷の護摩に焚く芥子の匂いが染み込んでいることから、生き霊となっているのは自分なのだと分かる。
若君を産み、葵の上は死んでしまった。
若君(夕霧)の養育は葵の上の母が担うこととなる。
⑨賢木
伊勢へ下ることを決意した六条御息所との最後の一時を過ごす源氏の君。
章のタイトルは、源氏の君が歌を贈る際、榊の枝を差し出したことから。
そして桐壺院が崩御。
桐壺院の秘蔵っ子であった源氏の君にとっては、後ろ楯がなくなるということだ。
桐壺院も分かっていて、自分の亡き後も源氏や東宮を重んじるよう朱雀帝に遺言する。
桐壺院の崩御に伴い、藤壺は出家。
源氏の君からの求愛に耐えられなかったのだ。
朧月夜は尚侍に就任。
朧月夜といえば朱雀帝に召し抱えられる前に源氏の君と関係してしまった右大臣の娘。
懲りもせず関係を続けていた源氏の君に、とうとう罰が。
弘徽殿女御にばれてしまう。
そりゃぁ激怒するよね。。。
⑩花散里
右大臣の勢力も強まり、心労が増えて世の中が嫌になった源氏の君は、心の安らぎを求めて静かに暮らす姉妹の元へ。
「例の御性分なので、さすがにすっかり忘れておしまいにならず…」らしい 苦笑
それにしてもなぁ。。。
「こういうふうに、長い年月を経ても、一度でもお逢いになった女のことは、お忘れにならない御性質ですからかえって、それが多くの女たちにとっては、物思いの種になるのでした」
ほんと、それ。
それが情のもつれを呼んで、要らぬ哀しみに捕らわれる女性が多い。
でもきっと、源氏は源氏で分かってるんだよね(と思いたい)。
男女の恋の儚さとか、人の命の儚さとか。
けれど産まれ持った美しい姿と、若さゆえ浮気な恋心、どの女性もそれぞれの個性が魅力的だと感じる心、情けを掛けてしまう性分が、
己の人生を掻き乱す。
「中には、そうした淡々とした仲を不足に思う人もいて、とかく心変わりして離れてゆくことがあっても、それもまた、ありがちな当然の世の習いだと、源氏の君は達観していらっしゃるのでした。
さきほどの中川の垣根の女も、そうしたわけから、心変わりしていったひとりなのでした。」
小休止的な章だったけれど、ここから源氏の人生はなだらかに下り坂なのかしら?
内容を殆ど知らないので、想像でしかないのだけれど。 -
Posted by ブクログ
平安時代の平均寿命を調べてみると、男性33歳、女性27歳くらいとのことですが、これを貴族に限定すると、それぞれ50歳、40歳くらいとなり、やはり、あらゆる面で恵まれていたのもあるのでしょうが、今と比較すると、とても短命で、その刹那に生きた姿には感慨深いものもありますよね。
そして、巻四の源氏は、31~36歳までの人生を描いており、もう既に人生の半ば以上でありますが、まあ、何でしょうね。ここまで来ての、この体たらくに、最早何も言うことが無いというか、やはり、この作品は反面教師的意味合いが強いのか、貴族の驕り高ぶりを皮肉っているのか、どうしようもない性格の人間にも生きた証のようなものがあるのか、逆に、こんな奴はいないといったコメディとしての面白さなのか、色男故の悲劇を描いているのかは、分かりませんが、まあ、なるようになるんじゃないですかね。
「薄雲(うすぐも)」
初っ端から、「明石の君」とその姫君の別れの場面が、なんともやり切れなく、この後、しばらく母と会えなくなることを、まだ認識していない姫君の「お母ちゃまもお乗りなちゃい」には、胸が詰まる思いでいっぱいとなり、こんなことさせるなよと思ってしまうが、結果として、嫉妬に苦しむ「紫の上」に気を紛らわせる役割を与えるきっかけになりそうなのが、またなんとも皮肉的である。
また、源氏にとっての大きな悲しみが、「藤壺の尼宮」の崩御であり、そのすぐ後に、例の秘め事を「冷泉帝」が知ることになるのは、話の展開を狙いすぎた感があるものの、既に太政大臣もお亡くなりになった状況で、源氏に再び暗雲が立ちこめる中、何故か、「前斎宮の女御」を口説き初める、困ったお心も発現し・・・ほら、女御が少しずつそっと奥の方へお引き取りになる姿を見て、察しろよ。
しかも、彼の凄いところは、「こうした無理な恋に胸のふさがるような癖が、まだ残っていたのかと、我ながら思い知らされる」と、ちゃんと自己分析しているのに、それを抑えられない点にあり、更に、過去のあの過ちについて、「あれはまだ思慮の浅い若者の過ちとして、神仏もお許し下さったのだろう」と、堂々と言える姿には言葉もありません。はいはい。
「朝顔(あさがお)」
「朝顔の姫宮」の父、「式部卿の宮」がお亡くなりになり、その喪中のお見舞いを口実に、源氏は再度、朝顔の姫宮を口説きに通うが、それを隠している事に紫の上は本気で憎しみを燃やし、その思いは、「馴れてしまうのは、たしかに厭なことの多いものですわね」と辛辣で、以前はこんなこと言う人じゃ無かったのにと悲しく思うが、源氏はどこ吹く風で、女童たちと雪ころがしや雪の山作りを無心にしている姿には、却って、恐怖を感じさせるものがあったが、その報いを受けたかのように、彼の夢の中に現れた、ある女性の恨み言はまた恐ろしく、おそらくこれは、故桐壷院も交えて冥界で繰り広げられているのかと思うと、この現世と冥界の曖昧で緩い境界線こそが、この作品で最も恐ろしいものなのかもしれないと思い知った。
「乙女(おとめ)」
故「葵の上」と源氏の息子である「若君」がメインの話で、この若君に対して、源氏がいきなり高い位にせずに六位にしたことが、後々の悲しみを引き起こすこととなり、この源氏自身の価値観で子どもの事を決めつけるやり方には、普遍的な子育て問題にも通じるような、子どもの意志を反映させないものを感じさせられて笑えないものがあり、若君が好きになる「雲居の雁の姫君」の乳母に、「どんなに御立派なお方にしろ、せっかくの御結婚のお相手が六位風情ではねえ」と言われる始末で、そんな中でも、若君の御乳母の宰相の君の計らいで久々に会えた時の、若君の「恋しいと思って下さいますか」に対して、姫君がかすかにうなずく姿には、この作品を読んで初の正統派かと思わせるものがあったので、この後の、この作品特有の常道の展開にはがっかりさせられた。
「玉鬘(たまかずら)」
かつて源氏が恋した「夕顔」の娘「玉鬘の姫君」は、築紫で乳母の一家とひっそり暮らしていたが、ある日、そこに住む勢力のある武士から求婚されたことをきっかけに京へと旅立つのだが、そこで見られた、乳母の一家の主従関係の容赦の無さが印象的で、そこの長男は妻子を、妹は長年連れ添った夫を捨てての同行なのだから、その覚悟たるや凄いものがあったが、それに応えるように、かつて夕顔に仕えていて、今は紫の上に仕えている「右近」との劇的な再会も感動的な中、そのことを源氏に報告したときの彼の浅ましさには、ちょうど新たに造営した六条の院へ姫君を移すのを見ていた女房たちの、「厄介な骨董趣味だこと」が、誰よりもその勘の良さを発揮しており、なんとも侘しいものがあった。
「初音(はつね)」
新年早々、源氏が色々な女性を尋ね回った上、とある出来事で紫の上を怒らせたという、ごくごく、日常的ないつもの出来事。
「胡蝶(こちょう)」
六条の院で暮らすことになった、玉鬘の姫君は、その母親の良さを引き継いだ華やかな可愛らしさに、何人もの男が恋してしまう中、あの男も・・・「何とまあ、お節介な親心もあるものですこと」といった皮肉では済まされない、これは本当に怖いし、ここで次巻へ続くといった終わらせ方も、作者は、上手いところで終わらせたなと思っているのでしょうが、怖くて笑えません。もうここまで来ると常識を疑ってしまうが、元々、そんなものが備わっていないから、こうした歴史を積み重ねているのでしょうね。
ちなみに、「初音」で登場した「男踏歌」の行事は、紫式部が執筆した、一条天皇の時代には既に無く、物語の時代設定がもう少し昔の『延喜・天暦の治』の頃であることを表しており、この言葉は、当時の摂政や関白を置かない、天皇を中心とした治世を、後世に理想化し称えたものだそうで、そうした素晴らしき時代に、この男ありといった面白さも考えていたのではないかと、思わずにはいられなくなりました。それにしても酷すぎるけどね。あるいは物語の中に、帝を積極的に登場させたかったのかもしれないけれど。 -
Posted by ブクログ
コロナ禍をテーマにした、識者たちの短いインタビュー記事が集められたものだが、人間の生死について、人間どうしの関係性について、また経済について(これに関しては私自身の基礎知識がなく、よくわからなかったが…)など、コロナ禍に限らず、人間社会が抱える普遍的で本質的な事柄が多岐にわたって言及されていた。
色々なるほどと思う言葉に出会ったが、特に、世界的な傾向にある「分断」が抱える問題について、アメリカ人経済学者の言葉が腑に落ちた。彼は、それは誰か一人の責任ではなく「差異を超えて互いに話し合うことを妨げている深い分断そのもの」が問題であると語った。特定の人物に責任を転嫁させるような報道に違和感があったが、話し合い、過ちを認め合うことが「分断」から「結束」への橋渡しになると思った。