帚木蓬生のレビュー一覧
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ネタバレ急がず、焦らず、耐えていく力
ネガティブ・ケイパビリティ
問題解決型の教育で育ってきて、
仕事もマニュアル・手順型で
だんだんとそういうのに違和感を感じてる中よんで、腑に落ちた本。
芸術家が芸術家に発見した力なのは驚いた。
源氏物語の説明はちょっと長く感じた。
本にでてくる事例は、戦争や病と直面してる問題がかなりハードなもの。
わたしの日常のネガティブ・ケイパビリティってなんだろうな。
キーツの、シェイクスピアの人生や作品から、相反する2つの視線が含まれるところはすごく伝わってきた。
イマイチ、ネガティブ・ケイパビリティの説明と、事例のつなぎに
すっと理解が及ばずだったので、折に触れてこの考え方にふれたり考えたいなと思う
【2026.5.9再読】
この考え方を大事にしたいなと再読。
その後部下を持つようになったので、ネガティヴケイパビリティや、日薬、目薬の考え方は、部下育成や、組織の変化にも言えるのかなと思いながら読んだ。自分の目の前のことならどうとでもなるけれど、やはり対人に関してはすぐに結果は出ないし、報われないなと思うことも多くて。
この本での病、芸術家、医者たちの環境ほどハードではないものの、自分も日々の仕事や生活でストレスはある。【急がす、焦らず、耐えていく力】を大事にして過ごしたいと思った。
早急な課題解決やルーチンの真っ只中にいるのでバランスは難しいけれど。 -
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蒙古襲来、元寇・・・
必ず異国が海を渡って日本を攻めて来ると考えた日蓮様は漁師の出である見助を対馬へ送る。見助は日蓮様の耳目として13年間その任にあたり、ついに巨大な船団がやって来る。圧倒的な力に立ち向かうこともできず、ひたすら「見る」事に徹する見助。
蒙古の襲撃の場面は読んでいて胸が張り裂けそうになる。
それにしても帚木先生の作品は、なぜこうも優しさに満ち溢れているんだろう。日蓮様はもとより、鎌倉の干物屋のおかみのたえ、対馬のくったん爺さまと、とい婆さまや密かに心を寄せあうなみ。兄のような馬場冠治、そして海を渡ってやってきた馬の蒙古。全ての登場人物の笑顔が目に浮かぶ。
蒙古襲来がロシアのウクライナ侵攻に重なって見えるのは私だけだろうか。日蓮様は戦いの犠牲となった蒙古兵に対しても祈ることを忘れなかったという。ロシアの兵士も戦いの犠牲者なのかも知れない。 -
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私はギャンブルはしないが、友人にパチンコ・パチスロ狂がいて、その心理を理解する為にこの本を手に取った。
筆者は本書の中でギャンブル依存症患者の事を「鬼・ロボット以下」と評する。
そしてそれは当たっていると思う。
本人だけでなく周りの関係者も不幸のどん底へ叩き落とすから。
ただ、ギャンブル依存症は本人の意志ではなく病気なのだ、という認識は自分には無かったので新たな発見。
本書を読み進めて行くと、なんとこの日本にはギャンブルの誘惑の多い事か。
それも政治がギャンブル狂を作っているフシさえある。癒着と利権まみれ。
単純に個人の弱さと片付けられない。
恐ろしい事だ。 -
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主人公の作田信は30代の外科医師。心臓移植手術を学ぶため、南アフリカの大学病院に留学している。この国では、白人の命を助けるために黒人の臓器が提供され、その逆はない。医学技術の進歩が人種差別の犠牲の上に成り立っている皮肉に、作田も疑問を感じざるを得ない。
作田は、勤務時間外を利用して、町のスラム地域にあるサミュエルの診療所を手伝い始める。
サミュエルはエリート医師として豊かな生活も出来るが、使命感と反骨精神から、自らスラム地域に留まっている。しかし、スラムの環境は劣悪で、医者の手はいくらあっても足りない。
そんな中、黒人の子供たちの間に奇妙な病気が広がり、特に体力の乏しい幼児は次々に落命していく。
ウィルス性の伝染病ではないかと推測するが特定出来ず、作田が大学病院へ患者を連れて行っても、黒人だという理由で診察を拒否される。直面した驚くべき黒人差別に怒り、貧しき人々を救うため、作田は正義の闘いに命をかけてゆく…。
南アフリカ共和国がモデルとなっているであろうこの作品。
絶滅したはずの天然痘を使って黒人社会を滅亡させようとする非人間的な白人支配層に立ち向かう若き日本人医師の冒険サスペンス!と裏表紙にも書かれていて、そういう側面としての面白さも抜群で、どうなるの⁉︎ と先が気になり映画のようで夢中で読みました。そして、何よりも“名誉白人”とされる日本人であり、エリートでもある作田が、その立場に甘んじることなく身を挺して戦う姿に、深い深い感動があるのです‼︎
改めて「人種差別」というものについて考えさせられました。人間って、何か人と区別をしたい生き物なんだろうな〜とは思いつつ…。自分自身も生きている中で、なにか「差」を意識することは、大なり小なりあるとは思う。しかし、同じ人間でありながら、ただ生きているだけで、それを虫けらのように考え扱う、白人優位の思想、白人至上主義というものの怖さ、薄気味悪さを強く感じました。ある意味、単純でありすぎるがゆえに、力を持ってしまうというか…。
作田も気付く「日本にいる時は、自分の皮膚の色など考えたこともなかった」という気持ちは、日本人である自分には、とてもよく分かります。もちろん日本にいても、格差というのは大なり小なりあるけれど、やはりレベルが違う。簡単に、本当に簡単に次々と子供たちが犠牲となり、死んでゆく場面は心が痛みました。
サミュエルや、黒人解放運動の闘志のニール、その妹のソーシャルワーカーのパメラ、そして自らの危険を承知しながらも協力する、国立衛生研究所部長の父と、ウィルス学の助教授である息子のレフ親子。損得ではなく、本当に虐げられ命の危機にある人々を救おうと闘う人々に頭が下がります。世界はこういう人達の働きで救われるんだなあ〜と思ったのでした。
恥ずかしながら…アフリカのことや、人種差別のことなど、TVや映画で知ってはいても、身近な生活に結びつけることは出来てなかった私でしたが、この作品で多少ながら理解が深まったような気がしています。
人間の“尊厳”を求め、耐えて、武器を持たずに闘い抜く場面に心震え、ラストの作田の言葉に涙が滲みました。
やっぱり、帚木蓬生さんは、凄い!少しずつ、また読み進めていきたい作家さんです。
心に残ったところを少し。
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解剖学的にみれば、白も黒もたかだか皮膚のメラニン色素の量の差です。脳だけ取り出したら、黒白の見分けはつかない。
シン、ここが大切なところなんだ。黒人が解放されることは、白人が解放されることなんだよ。
解剖や生理学を嫌というほど叩き込まれた医者でさえ、偏見からは自由でないのだ。精神的に盲人なら、目がどんなに見開いていても、何も見えない。
いつかこの街がパリみたいになればいい。街路や建物は整然としていても、なかにいる人間は種々雑多なんだ。白人も黒人もアジア人も、そこがまるで花園みたいにいい顔をして生きている。
「あなたが生きていてさえくれるなら、たとえ何年会わなくても私は平気よ」
最後の自分の砦は、身体じゃなくて〈意志〉です。これがある限り、拷問には負けない。・・・(中略)
ぼくは、多分そんな拷問にあえば骨なしになるかもしれない。しかしそれでも構わない。このままあの国を去っては、生きていても無意味なのだ。
歌だけは奪えない。歌には原料も維持費もかからない。息さえできていればうたえる。
赤ん坊はすべて先祖の生まれ変わりです。人が死ぬとき、必ずどこかで赤ん坊になって生まれているのです。
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真っ当な小説を久々に読んだ気がします。勉強不足で、同県民なのに大石堰と五庄屋の事知らなかった…素晴らしい業績。
時代もので農民が中心に描かれてる作品って確かにあまり読んだことが無いかも。その上、庄屋様もお奉行様も利他な人が多くて凄い。庄屋たち、苦労は我々の代で終わらせて次世代に引き継がないという強い意志を感じます。身代潰しても、磔にされても構わない、って相当強い。
農民と庄屋や奉行、階級差は歴然とあるけど下々を虐げることは全く無くて凄い。農民のキツさは今の時代とは比べものにならないけど、農民を虐げて温々暮らす庄屋が居ない……庄屋って悪徳な印象だったけど五庄屋の面々には覆されました。
権がかわいい。忠犬。 -
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ネタバレ帚木蓬生さんは、〇〇病棟シリーズとかけっこう読んで知っていたのに、この作品を読んでいなかったなんて、何たる不覚!!!もっと早く読むべきだった。
北九州に住んでいたことがあったのに、主人公の息子と同じように中学校で社会科を教えているのに、これを読まないまま今に至ってしまったことを恥じるばかりです。
小説は、強制連行で朝鮮から筑豊炭田に連れて行かれた人物の回想という形をとっている。回想しつつ、決意を固め、三たび海峡を渡って40年ぶりに日本へ行く。わけもわからぬまま日本に連れて行かれる場面、親と別れる場面や移動中の辛いできごと、同胞に助けられたことなど、いちいち涙なしでは読めない。
そしてもちろん、強制労働させられた炭鉱がどんなに過酷で、日本人の現場監督や、少々日本語ができたためにその片腕となり同じ朝鮮人を痛めつける立場になってしまった同胞がどんな酷い仕打ちをしたのかという述懐も生々しく、感情が揺さぶられる。
主人公は貧しい農村の出身だが、一番若くて体力があったこと、そのために老練な同胞から可愛がられたこと、悪く言えば小心だが冷静に周りを見ており無謀なことをしなかったこと、読み書きができ賢く、日本語も比較的早く覚えたことなどから、過酷な炭鉱で運よく生き残る。しかし1年と少しの間に何度も拷問を受けたり、仲間を殺されたり、筆舌に尽くしがたい体験をする。
そして命がけで炭鉱の寮を脱出し、日本人の女性と知り合い…
私は女性なので、どうしてもその女性、千鶴に感情移入したりするが、その時代、強制連行で日本に来た青年を愛し、愛し抜き、終戦後朝鮮半島に渡る覚悟をすることがどんなに大変なことか考える。なかなかできはしない。しかし事実、そのような女性は少なからずいた。
朝鮮半島に渡った女性たちのその後も過酷極まりない。もちろん帰らないという決断をし、日本で暮らした在日の人達の苦労もしかり。
上っ面の歴史ではなく、様々な立場の人の、様々な運命に想いが至り、胸がいっぱいになるばかりだった。
私は北九州で育ち、遠賀郡で5年勤務していたので、炭鉱やボタ山、遠賀川の堤防についての記述にも胸が痛んだ。なぜ今まで私はこのことを知らなかったのだろう…と考え、いや、知っていたはずだと思い至った。知っていたのに、この小説にあるような一人一人の物語にまで想像力が足りていなかっただけなのだ。
小説の終盤は、未来への希望が語られるが、この作品自体が随分前のもので、令和4年の現在、ここに書かれたような理想的な未来にたどり着けなかったことがはっきりしていることが、どこまでも哀しい。 -
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すごいなぁ。素晴らしい作品だった‼︎
602ページ夢中で読み、今朝の電車で読み切ってしまいました。何度も胸が熱くなり涙が滲みました。ますます帚木蓬生作品、好きになりました。
人間性そのものへの探究と、事件性のミステリーとの両面、どちらも読み応えたっぷりです。
ちょっと大袈裟な言い方だけど…全人類が読めば良いのに…なんて思いました。
泌尿婦人科の医師、秋野翔子は、天才と評判の医師、岸川に誘われて、サンビーチ病院に転勤する。
医療技術や人材も、施設も充実した病院で、翔子の人柄と技量に魅了され、病院にも活気がでる。
そんな中、翔子は、岸川の周辺での奇妙な変死に気づき…!
両性具有という言葉は知っていたけれど、インターセックスというのは『性分化疾患』という医学用語も使われているそうです。ネット検索したら、
「体の性に関する様々な機能・形・発達が、一般的に『男』『女』とされる典型的な状態と一致しない部分がある」という状態。
(以下ネタバレあります)
染色体の区別だけではない、形や機能も、そして気持ちも…。
医学的な考え方で、早くどちらかに決めた方がいいと、赤ちゃんのうちから手術され、思春期にも周りに隠しながら、何人もの研修医たちに見られながら、手術を繰り返す。
それに対して、翔子は言う。
(注: 私の抜粋です、本文ではもっと詳しい)
「しばらくこのままでいい。形はどうあれ、赤ちゃん自身が元気なのに、白黒つけるための手術は…幼い頃から何度もメスを入れられ取り返しのつかない傷をつけられる。書類やしきたり上は、男か女か決めろと、世間の目もそうでしょう。でも、親や家族は真ん中も許されるのだという信念を持っておくべき。大人になって、18歳くらいになって、本人が決めれば良い。それまでの辛さをやわらげてあげるのが、両親、家族、そして医師です。
もちろん辛いこともあるでしょう。形以上に気持ちが揺れ動く。気持ちは外見で決まるものではない。
男、女ではなく「人間」として考えて接してあげる。家族の中ではタブーとせず、オープンに話し合う。もちろん私もずっと相談に乗ります。
自分の意思でしたことは耐えられます。意思に反してされることは、傷として心の中に残ります。」
この辺りの、悩む両親とのやり取りが…もう、翔子の素晴らしさに、当事者たちの苦悩に、涙が出ます。
ドイツでの自助グループのシーンも切なくて力強くて、素晴らしい。
この中でも、男と女だけでなく、その真ん中を3つに分けて5つの性として考えるといい!という話もあり、なるほど〜と感じました。
日本中に、世界中にそういう人たちが本当はたくさんいて…言えないからわからないだけなのだということ。
もちろんこの世には沢山の病気があり、難病、心の病、それは数限りないと思う。好きで病気になる人はいないのに…。
大っぴらに言えない、周りの目が嫌で、恥ずかしくて、何を言われるか差別が怖くて…そういう理由で人に言えない病気って多いと思う。(私自身も経験あります)
翔子の言葉にもあります。
「コソコソする必要なんてありません。何も悪いことをしてないのだから」そう!そうなのに…。
人間として生まれ、人間として生きることが大切。そんなことを、いろいろ考えながら読みました。
インターセックスに限らず、人に言えず悩んでる人、みんなに読んで欲しい傑作です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ帚木蓬生「老活の愉しみ」、2020.4発行。「終活」でなく「老活」。高齢者のためのバイブルみたいですW。大切なことが網羅されています。内容の骨子は: ①2025年は団塊世代がすべて75歳に。健康寿命を延ばすこと ②失うものばかり増える高齢者 ③筋肉こそが日本を救う。著者は1日120回のスクワットを ④この世で大切なのは歯。あいうべ体操とパタカラ体操 ⑤睡眠時間帯を一定に ⑥脳トレ ⑦食がすべての土台 ⑧酒は百薬の長にあらず ⑨タバコは命取り ⑩笑いが人を若くする ⑪健康についての正しい知識と応用 ⑫人(やペット)とのつながりは命綱。
世は終活ブームだけど、老活こそ生命線。帚木蓬生「老活の愉しみ」、2020.4発行。再読。老活に必要なすべてが紹介されている気がしました。まとめると: 立つ、歩く、握る、噛む、話す。この5つを愉しみ、鍛えることに収斂すると思います。あと、朝の日光を浴びることと人とのつながりを大事にすることでしょうか。サプリメントは通常の薬より肝障害を起こす割合が高く、要注意とのことです。 -
真実は此処に在る…!
2021年8月読了。
この前に著者の『沙林』を読んで大いに心を動かされ(これはこれで必読!)、長らく積ん読状態だった本書を読んだ。
和歌山カレー事件は、オウム同様についこの前の出来事ぐらいの認識だったが、あれからもう20年以上経つのか…。
先日加害者家族(=「林真須美死刑囚」の家族)のドキュメンタリー番組を見たばかりであったのと、その直前には「(彼女の)長女が幼い娘と心中自殺」と云う報道も有った為、この事件の真実は何だったのかを改めて確かめたい思いも有った。
地下鉄サリン事件の方も凄まじかったが、こちらの方も何と凄惨な事件だった事か…、文中にも出てくる「ガヤガヤと騒々しいメディアやワイドショーの類の取材攻勢」ばかりが記憶に残っていたので、本書で綴られる詳細を読み、改めてこの事件の残酷さに言葉を失った。
上記の番組で、事件後あの家は放火され全焼したと知り、「そこまでしなくとも…」と云う気持ちも多少有ったのだが、事件の仔細を知るにつれ、誰が放火したのかは知らないが「(決して良い事ではないが)止むにやまれぬ気持ちが有ったのかもしれない」と、思い直す気持ち
に至った。
それにしても一審判決から最高裁まで、「物的証拠が確定」していたとは…。
「本人自供(無し)」にばかり拘るメディアに翻弄され、騙されていた様な気分にも正直成った。詳しくは本書を読んでいただきたい。
これでは再審請求など今後も通らないだろうし、刑の確定は必然と思うが、本人が真実を語らぬまま執行される日が来るのかと思うと、オウム事件同様やるせない気持ちにさせられる。
又、前著『沙林』同様、こんなにも毒物の検出や対策が困難であった事、更にこの主人公が居なかったらこの事件とてこんなに迅速且つ正確な捜査~公判には到らなかった事などを読むにつけ、改めて当時の関係者の苦労と主人公の活躍に心から敬意を捧げたい。
日本国民であれば一度は読むべき貴重な労作だと強く推奨する。