帚木蓬生の作品一覧
「帚木蓬生」の「香子」「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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「帚木蓬生」の「香子」「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
Posted by ブクログ
慶長13年、家康は全国の外様にイエズス教徒取締りを命じる。慶長16年、毛利家でも修道士処刑、松浦唐津肥後でも弾圧開始。一方で上秋月や柳川に教会が建つ。
慶長17年3月、切支丹禁教令。小倉中津博多甘木の教会閉鎖。天領で弾圧開始。慶長19年10月高山右近マニラ追放。
元和7年、領主が替わり取締りが厳しくなる。
寛永元年、中原ジュリアン神父来訪。各地での殉教の様子を語り、各地で弾圧による逃散も起こっている旨話す。
寛永7年、信徒ではないという証文および血判提出。
寛永8年、道蔵磔刑。
一般人はあまり死なないけれど、ペドロ岐部神父や中浦ジュリアン神父など神職の人たちはほぼほぼ処刑されてしまう。
寛文
Posted by ブクログ
あけましておめでとうございます。
お正月に長崎に行って大浦天主堂を見てきました。26聖人の碑は怖いから見てきませんでした。というよりこの頃のキリスト教のあり方には明確な反発があります。というわけで読まざるを得ない守教。上巻から。
永禄12年。大友宗麟より毛利との戦で足を怪我して使い物になくなった一万田右衛門は、高橋の村の庄屋を任される。彼の息子はキリスト教の孤児院で育った子で大友宗麟の斡旋で養子に来た子だ。名を米助というが、元服名久米蔵をいただく。
大友宗麟の一万田にかける思いは、「小さなイエズス教の王国を築いてほしい」ということだった。農民も庄屋たちも妻も子も小作人もこぞって洗礼を受け、
Posted by ブクログ
ネガティブケイパビリティという
すぐには解決できなくても
なんとか持ちこたえていける能力。
これは本当に大切な力だなぁと
よく理解できました
本の中では
このネガティブケイパビリティの力が
高い方々として
ジョン・キーツ
シェイクスピア
紫式部
といった歴史上の方々が紹介されているのですが
勉強不足の私は彼らのお名前は存じ上げているものの、その作品についてはあまり知らず…
それらを著者さんがわかりやすく
作品内容の紹介もしてくれていたり
その方の生涯も少し紹介してくださっているので
1冊を読んだというよりも
途中、「私、今、3冊くらい読んだ?」
…と、まるで各著書を読んだ気持ちになり