井上理津子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
小さな個人商店の店主たちにインタビューし、
店の、店主たちの生き様を探る、ノンフィクション。
添えられるイラストが、店の雰囲気を良く伝えている。
東京都内と横浜の19店が主役。
豆腐屋、青果店、靴屋、自転車屋、本屋、玩具屋など、
普通に街並みに溶け込んでいる店が紹介されています。
店に歴史有り。それは波乱万丈な人の歴史でもある。
長きに亘って、その場所で地域の人々に愛されてきた、個人商店。
家族の絆、培った人脈、常連さん、近所の人たちとの縁。
仕事への誇りが伝わってくる。
バブル前後やコロナ禍での苦境も伝わってくる。
地上げ、地域開発、競合店、大手チェーンの進出、高齢化、
後継者の問題等、絶滅に至る要因は様々あるけど、
登場した全店がこの本が出た当時に、
頑張って続いているという記述が嬉しかったです。
どっこいまだまだ頑張ってるよ! -
Posted by ブクログ
素敵な本でした。「本×猫」の本屋を開きたいというスタートから、様々な課題を乗り越え、そして猫が繋いでくれた縁もあり「キャッツミャウブックス」を開店させる事ができた店主の安村さん。その安村さんを近くで見てきた著者の井上理津子さんの本です。
感想を簡単にまとめるなら3つ。
①お店を開くのは(経営も)、想像よりも大変なんだなー(近所の本屋さん頑張ってー!←心の声)②やっぱり猫は人と人を結び付けてくれるんだなぁ…(しみじみ。。)③大変そうだけど羨ましい!(自分の働き方も顧みました…)
です。人生=猫と言っていいほど猫好きなので、いつかお店に伺いたいなと思いました。本のなかで紹介されていた本も読んでみたいと思います。
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Posted by ブクログ
親が1人で住んでいて様子がおかしいと子供達が気づく。
娘もフルで働き息子は海外で暮らしなどずっとつききりで父親に付いているわけにはいかない。
自分にも生活があり子供がいてだれか1人が面倒をみることなんて現実的でない
ここでは義姉がまあよくしてくれるが、それともに口も出すわけで それは仕方ないのかなぁ
でも誰も父親を1人に押し付けることなく 施設に入れることも反対されることもなくよく話し合って協力していてうまくいっていると思った
お母さまの最期に関しては意見が割れるのはやはりよくあることだが、突然で、初めてのことで、親の命のスイッチを家族が決めることなんて冷静な判断はむずかしい
でもお顔がパンパンになってしまうのは避けてあげたかっただろうに。 -
Posted by ブクログ
以前テレビでこちらの本屋さんが取材されていて、ずっと気になっていたので、タイトルを見て即購入。
意外にご本人が書いているのではなく、ライターさんが書いている本でした。
実は私、猫好きだし本も好き。
商店街の近くの3階建ての家に住んでいまして、1階はもともと店舗。
いつか本屋さんできたらいいな、と思っていたので、この「保護猫が店員の本屋さん」には並々ならぬ関心があったのです。
構想から実際に出店するにあたって数々の困難があり、そこを一つ一つ乗り越えていく様がこの本には描かれているのですが、率直な感想は「大変だけど楽しそう!」です。
いつか、同じようなことができるといいなと、さらに夢みがちになってしまいました。
もう一点、この「Cat’s Meow Books」の店主、安村さんはもともと「ビブリオバトル」をされていたそう。
私、この「ビブリオバトル」にも前々から興味津々だったもので、本当に楽しく読むことができました。
いつかビブリオバトルに参加することができたなら、この本で参加してみたいです。 -
Posted by ブクログ
抜群に美味しいコシヒカリみたいな一冊。日本人全員に欠かせないことなのに、こんなに知らなかったことが多いなんて…すごく良かった。知らなかったことを知れた。人々のリアルをあぶり出す、ルポルタージュが果たすべき役割の極致。
まずもって葬儀ってのは誰の為の物なんだろうか。故人のためにするもの?残された人のためにするもの?エンバーミングを例に取れば、残された人を救う技術ではあるけど、あれだけ苦しみ抜いてメスを入れて頑張った遺体をさらに傷つけてまですることなのか?
だからこそ最終章みたいに自分の最期をしっかり話し合っておくことこそ肝要だなと感じた。死に際はどう生きたかを表すってのは割とその通りだと思っていて、世の中に何がしか貢献してきた自負があるなら、自分の最期ぐらいきっちり自分で締めてやるわっていざとなったらなるのが自然ではないか
「葬儀屋は傘。深い悲しみに陥った家族がやがて一区切りついて日常に戻れば、傘なんかいらなくなる」
「死にたいという人にいつも僕は、その前にちょっと横を見てくださいと言いたいんです。あなたがこんなになっても、お顔を見たいというご家族がいる。あなたをなんとかしてさしあげたいと必死になる僕みたいなのもいる」
「生きている間、自分は存在しない。死んで、生きている人の心に入ってから、生きていたと世に証明される」
葬送に関わる人たちの言葉の重さったらない。本当に重たい。日頃関わりもないのに死ぬ時だけしゃしゃり出てくる仏様よりこちらに手を合わせたい気分になる。
人の死の数だけ葬送がある。家の繋がりが薄れている今だからこそ、多死社会への移行と合わせて劇的に変わっていくジャンルなのだろう。自分が死ぬ時はどんな葬儀にしてもらおうか…子供に伝えるときまでにたくさんの選択肢からあれこれ迷う羽目になることを願う。
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Posted by ブクログ
昨年9月に母の弟が亡くなった。入院してくださいと言われたときにはすでに癌が全身に転移していて医者から手の施しようがない、と言われたらしい。私は転職の合間だったこともあって、娘を連れて平日何度か病院にお見舞いに行くことができた。
お通夜、お葬式、火葬場でお骨を焼いてもらい、49日の納骨。
亡くなった人に対してたくさんの人が動くし、それぞれ働いている。そんなことに気付いてこの本を手に取った。
遺体に化粧を施したり、生きているかのように保存をきかせるエンバーミング。そんな職種があることを初めて知った。
火葬場は公営民営がある。遺体を焼くときの温度。火の入り方はオートではなく人間が目視して調整する。これを日々の生業にされている方には頭が下がる。