井上理津子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
今日は仕事で、後継ぎがいない個人商店になんとか後継ぎを見つけられないかという話をしていました。いろいろ今の日本を取り巻く問題は山積していますが、コロナで働き方を見直す人が多くなっていることは光明です。
私にも、惜しまれつつ閉店したお寿司屋さんの思い出の味があります。生まれたときから親しんだその味をもう一度味わいたくて、ナイトスクープでご主人を探してもらおうか、いやもう亡くなっただろうな、あんなに繁盛していたのにどうして誰も継がなかったのかなと切なくなります。
ちょうどこの本を読んでいたところなので、余計になにもかもが胸に響いているみたい。
東京の佃煮屋さん、豆腐屋さん、銭湯…全部で18軒の「町の宝」がいきいきと語られ、ああ行ってみたいな、お買い物したいなという気持ちになります。コロナ終わったら一軒一軒訪ねたい。それまでどうか…!!
著者井上理津子さんのことは「さいごの色街 飛田」以来の大ファンです。こんなふうに街を訪ね、こんな文章を書いてみたいな。 -
Posted by ブクログ
女性作家さんが描く色街の真実。
物語の中に出て来る遊郭は知っているが、今でも実在し、しかも女性が突撃取材をすると言うルポタージュは衝撃的。
普通の風俗でも、中でどのようなことが行われているのか、女性が知る由もない。そんな中で法的には違法とされる飛田を包み隠さず、描く今作はまさしく私にとって、知りたい世界だった。
仕事柄、宴会コンパニオンさんと一緒になる機会が多い。その度に自分では出来ないと思う仕事だと思う。コンパニオンと飛田の「女の子」とでは全く事情が違うとは思うけど、やはり飛田の「女の子」も自分では出来ない仕事。
ここ数年で「女の子」の働く理由は変わってきたようだが、作者が取材を続けていた当時は、やはり昔の遊郭同様、自分には逆らえない何かしらの理由で働いていることが多い。戦後、どんなに経済が高度成長を遂げても、変わらない世界があることを知った。
この本が出版されたのは2011年。その後、文庫版にするにあたって、「文庫版あとがき」が追加され、単行本が出た時の感想が付け加えられている。しかし、その中に女性の感想がない。普通の女性がこの作品を読んで、何を感じるか?
私はそれが知りたい。 -
Posted by ブクログ
「東京広しといえどもああいう町はどこにもない。」
ひょんなことから飛田に行き、衝撃を受けた。あんな空気を、今まで吸ったことがなかった。心臓がバクバクした。そして、今まで聞いたこともなかった飛田新地のことを知らないといけないと思い、読んだ本。ブログの面白半分な情報よりは、女性目線、10年かけた取材、という所から歴史を知る手がかりになった。
女の子と、やり手婆。風俗というと黒服で強面の男性、という印象だったが、客引きが女性のしかもおばさんであることに驚いて、そこが理解できなかったが、この本を読んで女の子とやり手婆の信頼関係があることを知った。売り、買い。性というものがこういう使い方をされることはやはり嫌悪感を抱くが、飛田という街の生々しさは生きること、を考えさせられる。
「怒ったり、笑ったり、騙したり、騙されたりを、どうしようもなく繰り返す人間の性がむきだしのあの町」
ハリボテのような嘘にまみれたどこにでも蔓延している空虚の街よりも、人間らしいある種のひさむきささえ感じた。
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「ヒトは多面的です。きれい事では済まされない。人間は汚れた部分を持たざるを得ないから、取り巻く社会にも何重もの構造がある。だから、世の中、面白いのだと思いませんか。」
「この商売をして、よかったと思うことは一つもない」と、料亭経営者のマツノさんは言った。「現状満足度はゼロ%や」と、女の子を経ておばちゃんになったタエコさんも言った。それでも、みんな、生きていくために飛田にいる。
「そりゃあ、風俗という選択をしないで人生を送るほうが、女性としては幸せなんだと思いますよ。でも、何かの事情でやむを得ず風俗の世界に飛び込んだのやったら、(風俗の仕事を)ポジティブにとらえて、頑張って一円でもたくさん儲けるほうがいいに決まってますやんか。」 -
Posted by ブクログ
大阪市西成区に今なお存在する「飛田」という「色街」があるという。何とかこの街の記録を残したいと、興味を持った作者が2000年からこの街について取材を始めた。
女性である作者にとって、この街の取材はやりにくかったのではないか。
飛田界隈は、昔でいう遊郭というべき性質の街だから、お客様は男性ばかりで、客引きおばさんも女性には目もくれない。店に中に入れないから取材もできない。
そこで作者は男性の知り合いに頼んでお客となって店に潜入し、お店の「おねえさん」から飛田で働くことになった顛末や、飛田での労働条件などの待遇を聞き出してもらうことから始めた。
足掛け12年の取材。そのうちに飛田で知人もでき、飛田を取り仕切る「飛田料理組合」の存在を知る。そこから調べあげたのが飛田の歴史とそこで働く人々の移り変わりだった。
飛田で働くことは戦前は「人身売買」ではないかと言われ、行政が関与して借金を払い、「おねえさん」たちを田舎へ帰したこともあったそうだが、飛田で働く「おねえさん」にはここでしか働けない家庭の事情があり、いつの間にか舞い戻って来たという。
飛田にある店は一応「料亭」となっている。しかし、その2階で行われていることは売春ではないのか。警察はなぜ黙っているのか。作者はそこも鋭く、警察へ取材していた。
警察も分かっているのだが法に触れるところは何もないとし、歯切れの悪い回答だったそうだ。風俗とヤクザという関係も思い当たり、作者は、暴力団にも飛田との関係を取材しに行っている。この飛田に関しては何もないという、ヤクザの回答に拍子抜けたようだったが…。
それにしても今だにこのような街が本当にあるのが不思議な気がした。もちろん、観光客お断り、写真撮影お断りと、特殊な環境をマスコミや興味本位の目から避けているのが、知っている人は知っているのだ。
風俗業は呼び名も形態も多種多様になったのに、場所もやり方も遊郭のままの情緒を残している飛田には、常連客やリピーターが多いという。現在、自主的に働く「おねえさん」たちには、借金のためとか家のために働くという昔のイメージはない。自分の生活のために、この仕事をしているという観念があるのが進歩的だ。
「娼妓」というのは哀しい女と思いがちだが、現代の飛田の「おねえさん」たちはみなたくましい。それぞれが複雑で暗い半生を持っているが、それでも生きていくために働いているのだ。そして、一生懸命にお店のために働く子は「いい子」だからとお店の主人にかわいがられ、そこそこに安定した暮らしを与えてもらえるという。
21世紀における亡霊のような存在の色街「飛田」の物語だったが、ここでもまた印象深かったのは『女性の生き抜く力』だった。
飛田の「おねえさんたち」にもルポライターとして必死の取材をした作者にも同じように、図太く生きるしたたかさを感じた。 -
Posted by ブクログ
遊廓の名残りをとどめる、大阪・飛田。社会のあらゆる矛盾をのみ込む貪欲で多面的なこの街に、人はなぜ引き寄せられるのか?取材拒否の街に挑んだ12年を綴る。
ダ・ヴィンチの上半期エッセイ・ノンフィクションジャンルで堂々の1位になっていて気になって読んでみた。
内容はすごい。正直女性がここまで乗り込んで取材できたのは著者の並々ならぬ執念があったからこそだとは思うし、絶対に知ることができないだろうなと思う飛田の「中」を紹介しているという意味では価値がある。無駄に下世話な話ではないし、飛田に対し良いとか悪いとか極端な意見を述べていないのも良かった。ありのまま、ただ飛田を知りたいだけだから。
一番心に残ったのはやっぱり曳き手のおばちゃんの話。振り返ってこの道を選んで良かったなんて思わない人生。それでも選ばざるを得なかったという事実。その道を蔑む権利なんて私たちの誰にもないと感じました。飛田にいる人だって、好きで選んだわけではないのだと。ここで生きて行かなければいけない社会を作ってしまった私たちに、女の子やおばちゃんは関係ない話ではない。今まで遠いと思ってた世界がガラリと変わった。それはこのルポルタージュが大きな役割を果たしたと言えると思う。
ただ、人として取材対象者に対しだまし討ちのような事を繰り返すのはどうかと思う。もちろん踏み込んだ取材をするためには必要かもしれないけど、嘘をついたことを平然と書き綴るのは頂けない。協力者に対し、もっと敬意を払うべき。内容だけなら星5つなんですけどねえ。