ウィリアム・シェイクスピアのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレヘレナさんがかっこよくて一気読みしてしまった。王の病気を絶対に治すという強い意志を見せるところがかっこいい。口振りは謙虚でも、行動するところがとにかくいい。策略家だ。
『あらすじで読むシェイクスピア全作品』(河合祥一郎さん、祥伝社)によると、「離婚が許されないというカトリックの考えに基づく芝居と考えるべき」「どうしようもない男と結婚した妻はどうすべきかという問題は/この時期の(他の作者含む)作品に多く見られる」のだそう。時代かぁー。
でも無理矢理結婚させられたバートラムにも同情しなくはない。もちろん妻帯者なのに別の女に手を出そうとするのはアカンけど。
終わり方なぁ。バートラムがペーローレスの一件で「自分は人を見る目がない」と気づくから、誓言通りヘレナさんを愛する希望がないわけではない、が……?
ペーローレスの一件は笑っちゃった。味方の秘密も悪口もペラペラ喋るなこいつ! フォールスタッフと戦わせてみませんか。
女性のセリフから始まる点も他のシェイクスピア作品にはない特徴らしい。女性の劇、という感じがした。
強くて賢くて勇敢な女性は最高だなと感じる話でしたね。 -
Posted by ブクログ
ネタバレしかしアーサーの最期……観客の庇護欲を煽ってた後にそんな……。『リア王』のグロスターのときも思ったけど、命の危機を脱しておいて、その後で今度はお命が……って展開は辛さがアップしますね。
コンスタンスさんの巧みなセリフが好き。彼女以外も魅力的なセリフがさまざま。やっぱシェイクスピアはおもしれー!
皇太子のセリフ「私は自分を愛したことなど一度もありませんでした、いま、彼女の瞼のにこやかな額縁にはりつけられた自分の姿を見るまでは」も見事なセリフ回しだ。(すぐ2人の中に不安の影が見えるけど……)
解説にあった「利益」という言葉にナルホドと思った。フランス王とか。アーサーの最期を知って怒って寝返った人が、危機を前に戻るところとか。
ジョン王→ヒューバートの態度も利益重視って感じだよね。
アーサーで言えば、死刑執行人たちが来てピンチになったときのアーサーは興味深かった。暴れないのね。身動きひとつしない選択を取れるなんて、すげー判断力のある子やな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ別の方の訳でハムレットを読んだ1年後、本作を松岡和子さんの訳で拝読しました。
ローゼンクランツとギルデンスターンは初見時にあんま注目してなかったけど、今見るとハムレットがすごく辛いな。旧友だったのに敵側に……。最後に処刑ってなって『良心はちくりとも痛まない』ってハムレットが言うシーンは悲しかった。
ふたりのことあんまし友だちだと思ってないからこんなこと言ったのかなって思ってたけど、逆な気がする。ハムレットは彼らのことを好きだったんじゃないかな。ハムレットは愛する人に裏切られ続けるよね。旧友ふたりもだし、ガートルードさんもだし、オフィーリアちゃんもだし。もしかしたら叔父も。
(この雰囲気、意外とアテネのタイモンに似ている?)
ハムレット自身も言ってたけど、ハムレットも被害者なんだと今は思う。「関節の外れた世界」が生んだ「狂人ハムレット」の被害者。
なお、クローディアスひとりが悪いというのもちょっと違うと思っている。何だかもっと大きなものが後ろにありそう。権威への欲望という概念、演技という人類が覚えてしまった悪しきシステム、……。
弱き者、汝の名は人間。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ堂々とデズデモーナさんに「悪口だけが私の取り柄」と言うイアーゴー。騙す側の彼が「特技は悪口だ」と公言してるのは意外だ。オセローもデズデモーナさんも身分のある人だから、誠実なフリをして近づく悪党には慣れているのかな。だからむしろ悪口が得意なんて言うイアーゴーが正直に見えるのかも。もしくは道化みたいで接するときに警戒心が薄くなるのかも。
しかし「正直」という言葉がしょっちゅう出るね。オセローはイアーゴーを正直と言いすぎ。だから心の内では彼を疑ってるのかなとも思う。後戻りできないから正直だと信じようとしてる、みたいな。
面白いくらい鮮やかに騙されていくので、ラストを見るまでは悲劇か喜劇か分からない感じがした。これは興味深い発見だ。
読みながら私は何度もシェイクスピアの喜劇『ウィンザーの陽気な女房たち』を思いだしていた。(イアーゴーがロダリーゴーを刺した後、芝居がかった喋り方するのも、実はちょっと面白かった)
もし誰も死ななければ悲喜劇カテゴリになった作品かもしれない。
シェイクスピア作品はジャンルに縛られない魅力がある。
松岡和子さんの「デズデモーナさんは若い女の子」説はかなり濃厚だと私も思う。第二幕第一場のイアーゴーのセリフに、オセローとデズデモーナさんは年齢の釣りあいが取れていないと明示されているし。(角川版の訳も年齢差へ言及した訳だった)
若いのに狡猾、というセリフもあるね。
年の差の悲劇と言えるかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ根拠ないけど考えたことのまとめです。
■ハムレットの覚悟とは何だったのか?
後半に出てくる名言に「覚悟がすべて」という言葉がある。何の覚悟なんだろうとずっと思ってたけど、今回の再読で「自分の行動に責任を持つ」という覚悟ではないかと思った。
主人公ハムレットには、ラストで「社会が悪いんだ! ホレイショー暴れてくれ!」と従者のホレイショーに頼む選択肢があったかもしれない。そうじゃなくても、「俺可哀想だから一緒に死のうよホレイショー」と言う展開もあったかもしれない。
でもハムレットはそうしなかった。ホレイショーには「生きろ」と言った。
自分の不幸に他人を巻きこまない、という態度は、ハムレットがこの物語を通して学んだことなんじゃなかろうか。この話のハッピーエンド的な部分じゃなかろうか。
■復讐は必要だったのか?
上記の考え方を元に想像していくと、復讐の必然性が気になってきた。
ハムレットの父は亡霊になった後、息子ハムレットに告げた。「自分の弟であるクローディアスが自分を殺したのだ」と。
だからクローディアスに復讐しろと言った。
もちろん、殺したのは悪い。被害者であるハムレットの父がブチギレるのは当然。
でも現代人の私の安直な考えでは、本当に復讐って必要? と思った。
もし仮に、ハムレット父にも何か原因があったとしたら、息子を巻きこむのは何か違くね? という気がした。
本当に落ち度はなかったのか?
例えば『テンペスト』のプロスペローさんは、弟が悪者になった理由のひとつとして「自分も悪いところがあった」(政治をほったらかしにして魔法の研究に没頭した)と言っている。
ハムレット父は、自分の落ち度について考えてから復讐を命じていたんだろうか。
復讐が時代的に立派な位置付けだったとしても、ハムレット父は勢いで言ってはいないだろうか、と余計なことを考えた。
■「上の者の意見に愚直に従うな」がテーマ?
現王クローディアスの命令を素直に実行した、家臣ポローニアスや、ハムレットの友人であるローゼンクランツとギルデンスターン。この3人は亡くなった。
父親の言葉をそのまま喋る女性、オフィーリアも亡くなった。
父親の復讐の意志を継ごうとしたハムレットも同様だ。
このことから、私はこの話を「上の立場の人の意見に愚直に従うと死ぬ」劇だと考えた。
17世紀の初めごろは、現代よりもっと上下関係が厳格だったはずだ。その中でこのテーマ、だとしたら興味深い。
上の者の言うことを聞くのは大事。でも自分で判断することも忘れちゃいけない。
これは実はいつの時代でも通じる価値観だったのかもしれない。
◾️オフィーリアの自己主張について
前述の「父の言葉をそのまま喋るオフィーリア」という表現は、新潮文庫の『深読みシェイクスピア』で言及されていた内容だ。その本によると、ハムレットからの贈り物を本人に返すシーンで、オフィーリアの喋り方が「ポローニアスそっくり」なんだとか。たぶんこの場面で彼女は、父ポローニアスから事前に吹きこまれたことをそのまま喋ったんでしょう。
オフィーリアはとにかく自己主張が苦手な子のようだ。一人称もほとんど使わないんだとか。
■オフィーリアが花を配るシーンについて
そんな彼女の好きな人であるハムレットが、彼女の父を殺した。この異常事態に、彼女はどう反応する?
オフィーリアは「狂う」ことを選んだ。意味不明な言動で周囲の涙を誘う。
悲劇のヒロインのオフィーリアは、父が殺された直後、何故か楽しそうに花を配る。律儀に花言葉を教えてくれる。
しかしその花言葉、奇妙なことに皮肉が効いている。王さまやお妃さまにも、おべっか使いだの不誠実だのと容赦がないようだ。優しい彼女はどこへ行ったのだろうか。狂ってしまって悲しいな。
……本当に?
■オフィーリアは狂っていない?
彼女は本当に狂っていたのだろうか。
彼女はわざと「狂ったふり」をしたと言っても納得できる。気がする。
この物語の作者は、千の心を持つと言われるほど登場人物の感情をたくみに表現するシェイクスピア。狂気にも何か意味があるはずである。
狂った素振りをして、今まで抑えてきた本心をぶちまける。これが彼女の周囲に対する「復讐」なのかもしれない。
◾️オフィーリアの死の理由?
花を配るシーンの後、オフィーリアは水死に至るわけだけれど……。
この水死も何か理由があるんじゃなかろうか。
オフィーリアは元々「他者の言動をトレースする」性格だった。だとすればこの耐えがたい状況に対する対処方法も、普段と同じではないだろうか。
ハムレットが狂った。だから自分も狂うことにしよう。そんなふうに、ハムレットの行動をトレースした結果が、あれなんじゃなかろうか。
オフィーリアはハムレットがこの後に死ぬことを予期していて、その先の部分も含めてトレースした結果、自分も死ぬことになった……。
さすがに考えすぎだろうか。
◾️オフィーリアの「言葉」
自分の言葉を持たなかったオフィーリア。
そんな彼女が「復讐」の際、言葉の代わりに使ったのが、花言葉、歌、そして水死。
「言葉ではない言葉」によって、オフィーリアがこの後の物語を動かしていく。
そう考えると不思議な感じがある。
◾️余談 ポローニアスの性格
オフィーリアの父、ポローニアスさんはコントロールしたいタイプなのかもしれない。息子レアーティーズに「2、3アドバイスさせて」って言ってめちゃくちゃ喋ってるし。
ちょっと怖い人なのかも。
■真の主人公は「言葉」?
この話では「言葉」が独特の立ち位置を得ているように思える。
「何を読んでいるんですか?」という問い対してハムレットが「言葉、言葉、言葉」と答えるシーンが印象深い。
さらに気になるのはハムレットの父の死因。「耳に毒を注いだ」という殺し方は違和感がある。シェイクスピアの劇にはさまざまな種類の死因が出てくるが、とりわけトリッキーなのがこの死因。何でこんな奇妙なものを選んだのか。
意味がありそうだ。
「上の者の命令に愚直に従うな」がこの話の肝だとしたら、「上の者の言葉」=「耳に注がれる毒」と表現しているんじゃないだろうか。
上の者の、と限定しなくても、人が人に伝える意志を「毒」と呼んでいるのかもしれない。
この話は、登場人物の言葉の中に表の意味と裏の意味が存在している気がする。(主人公の独白が多いのもそれを象徴している印象だ)
世の中を真に支配するのは「言葉」。もしそうだとしたら、ハムレットの最期のセリフが「あとは沈黙」なのは象徴的でかっこいい。
------------------------------------------------
■本作のあらすじ
デンマークの王子ハムレットの元に、亡き父の霊が現れる。その亡霊は「私を殺した男に復讐しろ!」と告げてきて……。 -
Posted by ブクログ
『シェイクスピア全集 ジョン王』
白水uブックス
『シェイクスピア全集 ジョン王』は、イングランド王ジョンの治世を舞台に、王位の正統性をめぐる争い、陰謀、裏切り、そして国家の不安定さが重層的に描かれる政治劇で、権力がいかに脆く、また人間の思惑によって揺れ動くかを鮮やかに示す作品です。物語の中心には、ジョン王の王位継承問題と、フランスとの対立、教皇との衝突があり、国家の命運が個々の人物の判断や感情に左右されていく様子が緊張感をもって展開されます。
また、シェイクスピアらしい言葉の力が随所に光り、政治の混乱の中で人間の弱さや誇り、恐れが立ち上がってくるのが魅力です。この作品は、王権とは何か、正統性とは何かという問いを投げかける、シェイクスピアの歴史劇の中でも思想的な深みが際立つ一冊です。
-
Posted by ブクログ
『シェイクスピア全集 夏の夜の夢』
白水uブックス
恋人たちのすれ違い、妖精たちのいたずら、そして森の夜の幻想が入り混じる、シェイクスピアの代表的な喜劇。アテネ近郊の森を舞台に、若者たちの恋愛模様が魔法によってかき乱され、思いもよらない展開へと転がっていく。妖精パックの悪戯が物語を軽やかに動かし、現実と幻想の境界が曖昧になるような夢幻的な雰囲気が魅力。白水uブックス版は翻訳が読みやすく、古典劇のリズムを保ちながらも現代の読者がすっと入り込める文章になっている。恋愛劇としても、幻想文学としても楽しめる一冊で、静かな午前に読むと気分がふわっと軽くなる。
-
Posted by ブクログ
『シェイクスピア全集 リチャード三世』
白水uブックス
王家の一員であるリチャードは、身体の歪みと同じく心にも深い闇を抱え、兄王の死をきっかけに王位奪取の野望を燃え上がらせる。彼は巧みな言葉と冷酷な策略で周囲を操り、身内を次々と失脚させ、幼い王位継承者たちを塔に幽閉して排除していく。自らの悪行を独白で観客に語りかけながら、リチャードは「悪の主人公」として物語を進めるが、血で固めた権力はやがて崩れ始め、反乱軍を率いるリッチモンド伯が勢力を伸ばす。最終的にリチャードは戦場で追い詰められ、「馬を!王国をやるから馬を!」と叫びながら討ち死にし、長く続いた内乱は終息し、テューダー朝の新たな時代が幕を開ける。物語全体を通して、権力欲が人間の心をどこまで歪めるか、そして言葉が人を支配する力を持つことが鮮烈に描かれている。
-
Posted by ブクログ
『シェイクスピア全集 タイタス・アンドロニカス』(白水uブックス)
古代ローマを舞台に、名将タイタスが帰還した瞬間から、世界がゆっくりと軋み始める物語。
栄光と名誉の影に潜んでいた感情が、ある出来事をきっかけに表へと噴き出し、登場人物たちの関係は次第にねじれ、歯車が狂っていく。
この作品の魅力は、「人間の激情がどこまで世界を変えてしまうのか」という問いを、容赦なく突きつけてくるところ。
ローマの荘厳さと、そこに渦巻く生々しい感情の対比が強烈で、読んでいると“文明の皮膚の下にあるもの”がじわじわと見えてくる。
シェイクスピアの中でも特に激しい作品だけれど、ただ残酷なだけではなく、
誇り、忠義、家族、復讐、そして人間の限界
といったテーマが重層的に絡み合い、読む者に独特の緊張感と深い余韻を残す。
白水uブックス版は、硬質な雰囲気の中に現代的な読みやすさもあって、作品の“鋭さ”がより際立つ一冊。
-
Posted by ブクログ
『シェイクスピア全集 5 間違いの喜劇』
白水uブックス
エフェソスの町を舞台に、そっくり同じ姿をした双子の兄弟と、その双子に仕える、これまた瓜二つの召使いの双子が巻き起こす騒動を描いた喜劇。
商人エジオンは、嵐で家族と引き離され、双子の息子と双子の召使いのうち、それぞれ一人ずつしか手元に残らなかった。成長した息子アンティフォラス(シラクサのアンティフォラス)は、失われた兄を探すため、召使いドローミオ(シラクサのドローミオ)とともにエフェソスへやって来る。
しかしエフェソスには、もう一組の双子──エジオンのもう一人の息子アンティフォラス(エフェソスのアンティフォラス)と、その召使いドローミオ(エフェソスのドローミオ)が暮らしていた。町の人々は二組の双子を見分けることができず、妻は夫を誤解し、召使いは主人を取り違え、借金や贈り物、嫉妬や怒りが入り乱れて、次々と「間違い」が連鎖していく。
やがて混乱は頂点に達するが、最後に家族が再会し、すべての誤解が解け、物語は和やかに幕を閉じる。