ススキノの便利屋である主人公。謎の女からの一本の電話で依頼を受けたことからはじまり、命を狙われたことで奮起して事件にどっぷりと巻き込まれる、ハードボイルドのテンプレのような話だ。
会話や文体は軽妙だが、扱っている問題は軽くはない。
主人公「俺」は自分なりに他者を尊重している(たまに問答無用で殴った
...続きを読むりもするが)。ススキノの客引きと黒澤明の映画を見て感想を言い合ったり、尾行を頼んだタクシーの運転手との見えざる心理戦に負けたり、ヤクザにブードゥーの呪いの講釈をしたり、耳の遠い人にきちんと話しかけてほめられたり…。
登場するたくさんの人物とちゃんと対話し、台詞から彼らだけの人生が垣間見える。現実世界でも忘れがちな「人に歴史あり」がきちんと描かれていて、これは作者の膨大な他者との会話の蓄積からくるものかなと想像する。
自分でものを考えているなら相手に貴賤は問わないが、権力を嵩にかけたり、汚い手段で利益を得ようとする低脳を軽蔑していて、自分が考えることに対してある程度の自負もある。
それでいて「自分で自由に選べないのに、いきなり生まれさせられて、そして自分の人生の責任を押しつけられる。それで楽しくやれる人間はそれでいいけど、ついて行けない人間はどうすればいいのだろうか」と、どうしようもない人間に対する同情とも、自戒ともとれる湿っぽさを見せることもある。
また謂れのない一方的な暴力を憎み、自分の被害に限らず、その現場に居合わせると断固として抵抗する。その手段として、暴力を使うことの矛盾。
それを正義感で覆って、結局のところ暴力でしか解決できない事柄が世の中にはある虚しさ、その結末の苦さを主人公に体現させているのかなと思った。
矛盾を多くはらんだ人間らしいっちゃらしい主人公なので、読み手の主義主張によっては好き嫌いが分かれるかもしれない。私はとてもおもしろかった。
「俺」シリーズは本作が2作目で、短編や過去編を含むと12作刊行されている。短編集を除いた4作目までが若き「俺」の活躍で、それまで怒涛の展開を見せる。次作の「消えた少年」も、個人的にラスボスに度肝を抜かれたのだが、本作がシリーズの中で一番ロマンがある気がする。文体が平易で読みやすいし、映画化云々の割に意外と知られてない作家さんなので是非多くの人に楽しんでもらいたい。