東浩紀のレビュー一覧
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東浩紀(1971年~)氏は、東大教養学部卒、東大大学院総合文化研究科修士・博士課程修了の、批評家、哲学者、小説家。1999年に発表したデビュー作『存在論的、郵便的 ジャック・デリダについて』は、浅田彰氏が「自著『構造と力』が過去のものとなった」と評して脚光を浴び、哲学書としては異例のベストセラーとなった。
また、2010年に合同会社コンテクチュアズ(後の(株)ゲンロン)を創立し、代表取締役社長を務め(現在は取締役)、批評誌「ゲンロン」や書籍の出版、カフェイベントの主催、スクールの運営、及び放送プラットフォーム「シラス」の運営(合同会社シラスの元代表取締役)等、様々な事業に携わっている。
本書は -
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海外の有識者2人への個別インタビューに対して、国内の有識者2人が討論するという面白い構成。
各国のコロナ対策の是非、ロシアのウクライナ侵攻に対するスタンスなど、インタビューを掘り下げていくと、有識者によって意見の食い違いがあることが分かり、国籍や立場によって複雑な事情があることを理解した。
SNSやデジタル技術によって、人々が「単純化」された理論への志向が強くなり、少しでも異質なモノを見つけ次第排除しようとする傾向は、私自身も含め危惧している。リアルの交流が減ると、ついつい異質な他者を排除できるからだ。ただし、同じ価値観を共有できるほど、社会が単純ではない。
人間は不確実で不完全な生き物。理解 -
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今日は令和4年8月15日だ。正午少し前から毎年の様に戦没者への哀悼を示す番組が国営放送(NHK)で流れ、武道館には天皇皇后両陛下だけでなく岸田首相も訪れ、正午の時報がなれば1分間の黙祷が捧げられる。1945年8月15日は昭和天皇による玉音放送が流れた日であり、ラジオで初めて聞く天皇の言葉の前に、何やら難しい事を言っている様だが、日本が戦争に負けた事だけは確からしい、と膝をついて泣き出すもの、心の中では生き残れたと安堵するもの、様々な感情が渦巻いた日でもある。特に戦争遂行の最前線にいた軍部には腹を切って自決するものも多数いた。
終戦記念日と呼ばれるこの日は、この様に先の大戦において国民が戦争に負 -
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【314冊目】批評家の東浩紀さんと、社会学者の宮台真司さんが父親になられてからの考察を対話形式にしてしたためたもの。2010年出版。論壇では時の人であったこともあり、従来からお二人の議論を追っている人には目新しさはないのかもしれないが、私は興味深く拝読。
「大きな政府」ではなく「大きな社会」という相互扶助のネットワークを構築していかないといけない。だけど、絆を構築・維持するには相応のコストが必要で、その覚悟が日本人には希薄。今後は個人のスキルを磨くことよりも、スキルのある誰かと繋がれるコミュニケーション能力が大切で、そうした能力を培うことが教育の目的…というのが大まかな議論の流れかな?
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コロナ禍をテーマにした、識者たちの短いインタビュー記事が集められたものだが、人間の生死について、人間どうしの関係性について、また経済について(これに関しては私自身の基礎知識がなく、よくわからなかったが…)など、コロナ禍に限らず、人間社会が抱える普遍的で本質的な事柄が多岐にわたって言及されていた。
色々なるほどと思う言葉に出会ったが、特に、世界的な傾向にある「分断」が抱える問題について、アメリカ人経済学者の言葉が腑に落ちた。彼は、それは誰か一人の責任ではなく「差異を超えて互いに話し合うことを妨げている深い分断そのもの」が問題であると語った。特定の人物に責任を転嫁させるような報道に違和感があったが -
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Googleの創業理念「世界中の情報の体系化」
→ルソーの一般意志の実装化
『社会契約論』=個人主義どころか、ラディカルな全体主義の、そしてナショナリズムの起源の書として読むことができる
「個人の社会的制約からの解放・孤独と自由の価値」と「個人と国家の絶対的融合・個人の全体への無条件の包含」という矛盾
集合知・群れの知恵の再検討
→「多様性予測定理」と「群衆は平均を超える法則」
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関係規定でなく、結合された人々、支配者も被支配者もともに属する共同体(→一般意志)を生み出すための本
社会契約(社会を作ることそのもの)→一般意志→統治機構
政府は一般意志の手足にすぎない
一般意志の