東浩紀のレビュー一覧

  • ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2

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    西尾維新や舞城王太郎などの講談社ノベルス作家、馴染み深いハルヒシリーズをとりあげ、それらの作風と絡めながらいわゆるポストモダンの現代社会を批評している。そういうことだったのかと思えるような面白い分析、前作の動物化するポストモダンよりもとっつきやすいかもしれない。

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    2011年04月29日
  • 郵便的不安たちβ

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    ひとは、わかってることしか分からないのかも。知ってること、体験したことに言葉が当てはめられたときに、説論ていうのはカチッとくるものなのかなー。整理されて視界が開ける。確かな快感。それだ、と膝を打つような。あるいは、そういう見方、つなげ方があったか!とか。いずれ、身のうちに既にあるものを見て読んでるー。

    わからないものも沢山読んで、宿題として転がしておくと、十年後とかにカチッときたりする。けど、これは自分がわかる、が後から追いついただけのことだしなん。

    というようなことを延々と考えさせられました。半分くらい、"先生ここわかりません"。批評になると、批評の対象作品まず深読み

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    2011年05月15日
  • ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2

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     大きな物語の終焉と小さな物語の氾濫、増殖がポストモダンの特徴であると著者は指摘する。前近代においては、人々は神話や民話を通して現実を、近代では写実的現実を表現した自然主義的文学から現実を、知ろうとしたのに対して、ポストモダンではキャラクター小説にみられるデータベースを前提として成立した新しい現実を求めることになっている。理想の時代・虚構の時代が過ぎ去り、いまや、身体性を伴った快感原則の追求が希求され社会について人々は考えなくなる時代を「動物の時代」としたのだった。
     このような時代にあって、まんが・アニメ的リアリズムの台頭ののち、ゲーム的リアリズムが誕生することになった。これは時代環境に導か

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    2011年07月24日
  • ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2

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     ポストモダン下では大きな物語は衰退し、データベース消費に基づいた小さな物語が多発し、また消費者はそれを受け入れている。ラノベや小説、ゲームの中に存在する一貫した部分を著者は見出しているし、実際説得力がある。作品を作る側はもちろんひとりひとり違うし、個性が出てくるのは当然なんだけど、実はそのひとつひとつも大きな枠組みの中で見ればどれも一貫してゲーム的リアリズム性を持っている。環境分析的な視点はなるほどなーと思いました。

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    2011年02月12日
  • 父として考える

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     主としてコミュニケーション能力に起因する問題について議論が進められていき、エリート目線の宮台に東が疑問を提示する形でのやり取りなどは読み物としても非常に面白い。
     しかし、ちょうど同年代の幼い娘をもつ父親としては、まったりと子育てを語る第1章に惹かれる。
     実際に幼児を抱えて世界の見え方がガラリと変わってしまう体験をしている身として、ただ単純に共感しちゃうんだもの。
     子供を介しての地域ネットワークへの繋がりとか、ショッピングモールなどに対する見方とか。
     この感覚はおそらく子供のいない方には理解不能なものだろうし、逆にもっと子供が大きく成長してる親御さんにとっては「はぁ?」というものであろ

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    2011年02月10日
  • 父として考える

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    頭の悪い私は途中から議論についていけなくなった…(涙目)

    そんな身分でレビューを記すのはあれなので、備忘録的に自分が思ったことを記しておく。

    自分は「親」でありたい。
    親になれば、子どもの存在が故に、
    地域その他色々なコミュニティに否応がなしに関与することになる。
    この本でいうところの「グルーブワーク能力」が求められる。

    人ってのは色んな顔を持っている存在であって、各コミュニティで担う役割も違ってくる。
    また、全ての役割を担うこともできないから、相互のコミュニケーションで扶助し合うことになる。

    「親」とはそれを実践する存在であって、その背中を見て、というか真似して育つ。
    そんな親子関係

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    2010年09月28日
  • 父として考える

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    小難しい記述が多々あるが、お二人の間の年齢で、子どもが同じ年代と言うこともあり、
    書いてある内容については、同意できるものが、たくさんあった。

    自分がなんとなく思っていたことが、文字となって書かれていて
    自分と同じ考えの人が知識人にいると言うことが分かり、勇気をもらった気がした。

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    2010年09月28日
  • リアルのゆくえ おたく/オタクはどう生きるか

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    東浩紀が大塚英志に絡まれ続ける対談集。もの凄く息苦しくなるのは,過去に大塚英志にダメ出しされた経験故だろうか(爆)東浩紀の忍耐力には感服します。いたたまれない気分を殺して読み進めると,第3章あたりでモダンを信じる大塚英志とポストモダンを堅持する東浩紀の対比がぱっと頭に浮かんで来て,ああ,対話って重要だねと思った。どっちの言うことも分かると思ってしまう自分はどこに居るのか?ポストモダンとモダンの対話からポスト・ポストモダンを考えさせられる。

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    2009年10月07日
  • リアルのゆくえ おたく/オタクはどう生きるか

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    為政が見えにくくシステム化していく社会にあってなおも為政する側の主体の存在を疑い、また、社会に関わるための「主体のあるべき」を議論しようという大塚氏と、まずは主体を切り離した中から見えてくる世界像を考察しようという東氏の、立脚点の差異に最初から最後まで互いが歩み寄らず、話が噛み合わない。が、現在の社会の状況についての洞察には両者ともに肯けるところが多く、両者ともに基本的に相手の考察を認め合っているので、「その噛み合わないところはいいから話を進めてくれ」と思うことはあっても、対談そのものが破綻しているというわけではない。どちらのとらえ方をするのかで、どちらがどういうものが見えてきて、どういうもの

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    2011年08月31日
  • ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2

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    動物化するポストモダンの続編として書かれた本である。文学おけるリアリティ(現実の解釈)がマンガ/アニメ的リアリズム(一回性の死/物語)から0年代以降ゲーム的リアリズム(並行世界/メタ物語)へと変化していった事を明示している。

    昨今の文学のみならずゲームやアニメ、漫画、SNSなどあらゆるコンテンツがゲーム的リアリズムになったであろう。ゲームをプレイする主体と、そこに存在するゲームシステム、何度も繰り返す物語の分岐とはじまり。あらゆるものがカオスに、そして再生産され消費される。最近だと異世界転生物が流行っているが、あれも世界系からの新たなるライトノベルの系譜であり、現代社会の表層が現れていると常

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    2026年02月26日
  • 観光客の哲学 増補版

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    毎朝の通勤時間の読書とするには、量がハードだったかな。この手の本は、つまり哲学的なテーマの本は、あるまとまった時間を確保して、カッコつければ思索的に読んでみないとなかなか理解は難しいのかれない。そもそもそんなことが自分にできるのか分からないけれど。
    その中でも東さんの本は、何とか最後まで読める書き方を、テーマを提供してくれている。

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    2026年02月13日
  • 動物化するポストモダン オタクから見た日本社会

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    読解力が足りなく、内容を半分も理解できていない。
    ベストセラーになるほどこの本は評価されているため、また改めて読みたい。

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    2026年02月10日
  • ゲーム的リアリズムの誕生 動物化するポストモダン2

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    かなり難解だった
    終わり方が唐突に感じたので、難しかった人向けにわかりやすいまとめがあれば幸せになれたと思う
    時折り着いていけないほど難しかったが、それも含めて妙にクセになる感じで、次回作に期待していないと言えば嘘になるかも

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    2026年02月10日
  • 訂正する力

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    ネタバレ

    訂正することは弱さではなく、発見のチャンスだ。
    「実は……だった」という一言が、過去の経験の意味を更新し、人生を豊かにする。
    一方で、日本では訂正がなぜここまで嫌われるのか。
    その背景を考えさせられる一冊。
    変化の判断を求められる経営者にこそ読んでほしい。

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    2026年02月08日
  • ゲンロン戦記 「知の観客」をつくる

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    いま心に残った。
    ・言葉は貧しい。
    →言葉で語られたものを観客として体験し、解像度を上げることが大事。手触りの情報の大事さ。

    ・誤配が大事。
    →偶然のことか。自分好みの情報に最適化されないことが大事なのかも。

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    2025年12月26日
  • 動物化するポストモダン オタクから見た日本社会

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    「大きな物語」「小さな物語」「大きな悲物語」「データベース」「シミュラークル」、様々な言葉で当時の文化を言い換えて、思考遊戯をしている、そういった本。
     2025年の現在においては、今を読み解くためのツールとしての意味は当然のことながら喪失していて、今も活動されている著者の思索の源泉を読み解くための原典、という立ち位置だと思う。
     2001年の発刊当初に出会っていれば、また全然違った感想になっただろうな。

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    2025年12月06日
  • 訂正する力

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    著者の訂正する力の定義。
    過去との一貫性を主張しながら過去の解釈を変え、現実に合わせて変化する力の事。
    自分の形を変えて行く力。
    繋ぎ直す力。

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    2025年11月26日
  • 動物化するポストモダン オタクから見た日本社会

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    國分功一郎『暇と退屈の倫理学』の注でも紹介されている本書。初版は2001年なので、もはや23年前の本になるが、今年は東浩紀氏の本をたくさん読んでみたいと思っているので、彼の思考を辿る意味でも読んでみることに。

    本書はオタク分析からアプローチしているので、サブカルチャーやアニメ、プログラミングなどオタクの世界の読み解きについていくのは正直大変。
    したがって、一度全体を読んでから哲学的な考察を拾いながら振り返った。

    『暇と退屈の倫理学』でも「動物になること」はキーワードとして出てきているが、改めて「動物化とはどういう状態か」に注目。

    本書はアレクサンドル・コジェーブの考え方を参考にしていて、

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    2025年11月24日
  • 一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル

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    いつだか積読に入れていた本。さすがに読むのが遅すぎたか。
    ミクシィやUstreamやニコニコ動画といった懐かしい単語がちらほら。

    ルソーの社会契約論に着想を得て、オンライン上のデータから得られる人々の意思を「一般意志2.0」と呼ぶ。
    「熟議型」の政治だけではなく、人々が日常的に発信している情報(欲望)を掬い上げ、政策的な指標にしようとする提案だと理解した。

    エッセイだからか、自分の教養不足のせいか、寄り道と蛇足が多いと感じる。
    5章から12章を中心にコンパクトにして新書サイズにしてもらえるとありがたいのだが。

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    2025年11月23日
  • 訂正する力

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    東浩紀の本は「動物化するポストモダン」「一般意志2.0」「弱いつながり」「ゲンロン戦記」など面白く読んでいて、今回久々に手にとった本。新書なので内容は入門編で、わかりやすい語り口。語り下ろしなので余計にスラスラと読める。訂正力高めていきましょう。

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    2025年11月17日