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日本にいま必要なのは「訂正する力」です。保守とリベラルの対話にも、成熟した国のあり方や老いを肯定するためにも、さらにはビジネスにおける組織論、日本の思想や歴史理解にも、あらゆる局面で「訂正」は大きな「力」になります。人が生きることにとって必要な哲学を実践的に示した決定版です。
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Posted by ブクログ
いろんな視点が得られた。 ぶれないことが大事と思ってたのは、もしかしたらそう思わされてたような気がした。 日本の周りを気にする空気感があまり好きではなかった。自分は意味がないと思ってても周りが気にしてるから何かやめよう、変えようとは言い出しづらい空気感。これを批判してもそれすらもまた一つの空気感にな...続きを読むって、結局は誰にも本気に取り上げられず、何も変わらない。そこで行うのが訂正力。「実は実情はこうだから変えよう」と言って実際に変えていく。 文系と理系の科目の違いは面白かった。確かにプラトンなど昔の人たちの本を読む理由は何?と言われると説明できなかった。理系の知識は確かに古いことに価値はないような気がする。あくまで世界の説明言語だから。古いかどうかではなく、説明できるかどうか。文系は言葉の世界にしかないものを扱うから、常に新たな視点に照らし合わせるとどうなるか、をやっている。やれることが訂正しかない。 現代はAIが台頭してきて、理系が優位のような空気になっている。つまり、新しいこと、数字化できるかを重要視している。人間を機械に近づけようとする。 こんなに長い時間人類が続いてるのに、いまだに人生どう生きたら良いのか?などのような問いに明確な答えが出てないのは、考えてる問題が外部と接点を持たず、知識の訂正をずっと続けてるから。 とにかく面白かった。もっと理解したい。
『動物化するポストモダン』を読んだあとだったのでかなり読みやすく感じた。この本が応用編で『訂正可能性の哲学』が理論編な気がするのでそちらも読んでみる。 「老いるとは変化することであり、訂正することだ」という序文の言葉が良かった。悲観的に捉える以外の老いへの見方を教わった気がする。
非常に読みやすく、そしてとてもタメになる本だった。 ★「訂正する力」とは、過去との一貫性を主張しながら、実際には過去の解釈を変え、現実に合わせて変化する力。(p. 76) ※ちな、古来から日本には訂正する力のゆたかな伝統があった(p. 77) p.148 「固有名詞になれ」」「属性を超えたなにか」で...続きを読む判断される環境をつくる p.156 人生は、自分を属性でジャッジする人に囲まれても、決して豊かにはならない。 p.134 ゲンロンカフェ…登壇者への「実は…だった」という気持ちの生まれる場所→これこそが、今の作家生(p.137) p.161 社会には、親密な公共圏がたくさんある方が、豊かになる →これを作ることで、柔軟な人が周りに集まり、「訂正する力」をはたらかせることができるようになる。(p. 181) p.175 人文知や論壇の再生には、地味なつながりが大事。 p.120 未来の可能性は、過去の訂正によってこそ切り開かられる
面白かった!新しいことをやろうとすると前例がないという理由で壁にぶつかりがちだけど、過去との共通項とか共感できる何を足がかりに訂正するスタイルを試してみたいと思った。
昨年、『訂正可能性の哲学』(ゲンロン)と立て続けに発売されていて気になっていた、東浩紀さんの「訂正」シリーズ。どちらから読もうかと迷った結果、新書のこちらの本から手に取ってみました。 「訂正する力」とは何か? 読み進めてみると、「聞く力である」「続く力である」「老いる力である」とたくさん出てきま...続きを読むす。どうやら一言で説明するのが難しそうな力です。 「この状況認識は「脱構築」に似ている」とあり、千葉雅也『現代思想入門』でジャック・デリダの脱構築という考え方もおさらいしながら読み進めていくと、一気に理解が進みました。 「脱構築」とは、何か対立する場面において、自分が安定していたいという思いに介入して、他者の考え方にも開いて対立を乗り越えていこうとする考え方。 要するに、「訂正する力」はデリダの「脱構築」をより現代の私たち日本人に伝わりやすいように東浩紀さんがアップデートしてくれたもので、さらに対立を乗り越えるだけでなく、それを持続させていこうというときに、状況に合わせて訂正し続けることがその解決策になるのだ、と理解しました。 そして、東浩紀さんは私たち日本人こそが訂正が得意なんだと訴えかけています。 「ぼくはなぜか、いまの世界には考えるひとがあまりにも少なく、それはまずいと感じてしまった。みなが「考えないで成功する」ための方法ばかりを求める国は、いつか破滅すると感じてしまった。そう危機感を抱いたこともまた、本書執筆のきっかけのひとつです。」 最後のこのメッセージは刺さりました。 AIが躍動する便利な世の中だからこそ、しっかり学び考える力を養わないと! 続いて『訂正可能性の哲学』に進みます
人は過去の過ちを認められなかったり、自分が正しいと思い込んでしまいがち。間違いを認めたり、謝罪したり、考えを変えたりすることは悪として、日常の出来事から政治・社会問題まで軌道修正ができないことは往々としてあること。思想・イデオロギー先行の分断社会だからこそ、今一度立ち止まって、何をもって正しいことな...続きを読むのか訂正可能性を踏まえながら物事を考えることがAI時代の現代において不可欠となる。
あまりにも誤りが許されない(風潮にあると感じられる)のが辛いと日常感じていた時に、本書を手にした。この本は「訂正する力」を提言している。大事なのは「ぶれない」「リセット」の上手いバランスをとること。過去を訂正することなんてざらにあるわけで「じつは・・・だった」にあふれている。過去の解釈を変えて現在に...続きを読む適用することは別におかしな話じゃない。 作興、特に SNS では一度でも誤るとものすごい非難が来る。そのためにそもそも誤らないように行動することになる。生きづらい、訂正することが許されないし、訂正する余地がないとも言える。つまり過去言ったことにしばられることになる。SNSの過去の言動を切り出して言ってること違うよ、というのは一定正しいけど、それが過剰になると非常につらい。それでずっと責められる。だいたい10年20年経てば意見が変わるだろうに。やはり「ブレない」と「リセット」のバランスを見て、なんとなくうまい具合に判断することが大事なんじゃないかと思う。0と1で何でも白黒つけるなんて厳しすぎる。
人も社会も時間と共に常に変化し続けている。物事を前に進めるために、訂正する力が必要。 だからいつまでも過去を遡って、「あの時はこうだったじゃないか…!」と意見を固執しては、議論は停滞して、日本は衰退していくだけ。「実は…だった」と再発見することが豊かな人生を作る。 訂正する力について様々な例と定...続きを読む義を挙げていたけれど、私自身は本書全般を深く理解できなかった気がする。ただ、時代は変化するもので、その時、その状況次第で、柔軟に意見を変えていくことが自己や社会の成長のために必要であることは分かった。
論破を目的としたディベートと議論は似て非なるもの。 議論が成立するためには、自分も相手も意見は変わるものという認識が必要。 訂正とは、自分に都合よく現実を見ることではない。 現実を直視して、少しずつ変化させながら続けていく。 すべてが交換できる世界(その場が嫌ならば転職や転校をすればいい)というのは...続きを読む、人を自由にしてくれる。最近は、この交換可能性を高めることが善として語られることが多い。でも肝心の自分の心身は交換できない。環境を交換しただけでは対応できないケースが起きたとき、本当に自分を自由にしてくれるのは「訂正する力」だ。 物事を単純に友と敵に二分して対立するのではなく、両儀的に考える。両者を往復するかたちでより良い状態を探っていく。対立するしかないと思い込んでいるだけで、両立できるものは意外とあるのだと気づいた。そのために必要なのが、訂正する力。
結局、日本人の問題は他人(あるいは組織内の人)は自分と全く同じ考え方をするのが当然だという前提に立っていることだ。このため、訂正するということは、考慮の対象外となっていることが多い。 本書は問題提起は良いが、著者の専門である哲学に気を取られすぎて、本質的問題の解明に至っていない印象だ。
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