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「数」の論理と資本主義が支配するこの残酷な世界で、人間が自由であることは可能なのか? 「観光」「誤配」という言葉で武装し、大資本の罠、ネット万能主義、敵/味方の分断にあらがう、東浩紀の渾身の思想。難解な哲学を明快に論じ、ネット社会の未来を夢見た時代の寵児は、2010年、新たな知的空間の構築を目指して「ゲンロン」を立ち上げ、戦端を開く。ゲンロンカフェ開業、思想誌『ゲンロン』刊行、動画配信プラットフォーム開設……いっけん華々しい戦績の裏にあったのは、仲間の離反、資金のショート、組織の腐敗、計画の頓挫など、予期せぬ失敗の連続だった。悪戦苦闘をへて紡がれる哲学とは? ゲンロン10年をつづるスリル満点の物語。
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Posted by ブクログ
ゲンロン、シラスの取り組み、そしてこの取り組みを本にまとめたことについては、本当に尊敬している……ホモソーシャルから抜け出たようには見えないけど……
「ゲンロンはたしかにぼくがつくった。
でもぼくのためのものではない。
「ぼくみたいなやつ」のためのものでもない」
p222引用
「特定のトピックに焦点をあてて、無理に「最先端」のシーンを演出するようなことをしていません。
ぼくがその場その場で関心をもった方々、関心をもった主題を集めている」
「言い換えれば、ぼくは自分の関心が自分だけのものであること、自分が孤独であることを受け入れたわけです」
p223引用
「「ぼくみたいなやつ」はぼくしかいないし、そもそもすでにぼくがいるのだから、これ以上は必要ない。
ぼくは「ぼくみたいじゃないやつ」と一緒に行動することによって、はじめてゲンロンを強くすることができるし、多様で開かれた場にすることができるのです」
p224引用
「10年後には、ゲンロンがひとつの中心になって、ホモソーシャルな従来の論壇とはかなり異なった、多様な言論のネットワークが形成できるかもしれません」
「それはもしかしたら、従来の「批評」の読者には満足できないものかもしれません
そこには「最先端」もなく、「シーン」もなく、ゆるやかにつながる話し手と聞き手しかいないからです」
P225引用
「多様性が大切だとひとは簡単に言います。
けれども、その大切さを、自らの人生に引きつけて実感するのはそれほど簡単ではありません」
「自分のなかには「ぼくみたいなやつ」を集めたいという強いホモソーシャルな欲望がくっている。
それこそがリスクであり限界なので、意識的に対峙していかないとどうしようもない」
p226引用
Posted by ブクログ
「訂正する力」を読んだ上での「ゲンロン戦記」。この二冊が思索編と行動編のニコイチのセットであることがあまりに感動的でした。「観光客」とか「誤配」とか著者ならではのキーワードも決して理論の意味深なメタファーなのではなくゲンロンというリアルな模索から生まれたド直球の意味であることを知りました。なので「修正」ではなく「訂正」という最近の言葉の提案も非常に実感を伴ったものであるものとして受け取れました。学生の時からスポットライトを浴びてマスコミにも良く登場し大学でのポジションも確保できそうだった論客が、それを捨ててのビジネスでの七転八倒ヒストリー。考え違い、思惑の違いに翻弄され、自分の弱さから逃げ、やがて向き合う10年間の歴史の痛々しさは、まさに戦記です。その血が流れている感じがSNS論壇とか研究室論考とかと違う、強さを持っていることに繋がっているのでしょう。この「ゲンロン戦記」の結果生まれた「訂正する力」が先日発表された新書大賞2024で第二位になったのは大納得です。こんどこそ「訂正可能性の哲学」読まなきゃ!
Posted by ブクログ
この本の中では東浩紀さんがずっと展開してきた「誤配」という言葉について何度も語られている。まさに私も東浩紀、そしてゲンロンに出会ったこと自体が「誤配」の結果であり、そこから多くの影響を受けているということを読みながら改めて実感した。震災後の福島について、人文知的アプローチをしているところを探していたらゲンロンに出会い、よく分からないままゲンロンカフェに行って小松理虔さんの出版イベントに参加した。東さんや飛び込みで津田さんなどがいて熱く語り、観客もまた熱心に聞く、物凄い熱量の空間であった。まさに私もあの場で「知の観客」となっていた。しかし、ゲンロンがそこに至るまで、そしてそれ以降、裏では大変なことになっていたというのが本を読んで初めて分かった。2018年末、東浩紀さんのツイートがネガティブでゴタゴタしている感じを見ていたくなくてゲンロンから離れてしまったが、実はえらいことになっていたのだった。これはまさに「戦記」と呼ぶにふさわしい内容。
しかし、ゲンロンがどんな想いで作られ、守られてきたのかがわかり、そして会社をやるというのがどういうことかも生々しく知ることができる本だった。
Posted by ブクログ
ゲンロンの経営者としての東浩紀の試行錯誤を記した本。あとがきで東はもともと「とてもややこしい現代思想の世界を専門としていた」が「専門書ではなにも伝わらないし、なにも変わらないと感じるようにもなっている。哲学は生きられねばならない。」と書いている。うーんそうなんすかね、まあそうなんだろうな。ただ別のなにかのインタビューで、専門書を読めば俺は専門書を読めるし実際すでにほとんど読んだぞと自信に繋がって、その手のコンプレックスを抱かなくなると答えていた。亀の甲より年の功てきなことかもしれないけど、それでも専門書を読む意味が消えることはないんだろう。
仲間を集めたいという動機で始めたゲンロンだったけど、その欲望自体が弱点でさまざまな失敗を繰り返した結果「ぼくみたいじゃないやつ」と一緒にやっていくことを決意する。「ぼくみたいなやつ」がどこにもいないことの孤独を受け入れて、「それでいい」的な態度で哲学を続けるーー。
これは批評空間と対比関係にあるものとしての「社会」に出て、実践的な経験を積んできたからこそ得られた経験則によるものが大きいんだろうけど、なるほどなあと思った。
そのあとで、「信者=アンチ」関係から脱却するためにゲンロンは株式会社でありビジネスであることに拘ったと記している。貨幣と商品の等価交換こそが友と敵の分割を壊す。質のよい商品を提供すれば関心をもってくれるし、そうでなければ観客は離れていくーーこの一見冷淡にみえる態度こそがコンテンツのクオリティを高く維持するための鍵となる。
これもなるほど! ですね。質を高く保つために緊張感を感じながらやっていくには「信者」とか「アンチ」とか、「仲間」とか「敵」とかそういうところからは離れなければいけない。
まあ、そうなんでしょうねえ…。
Posted by ブクログ
本人も前置きしている(自分は書きたくなかったとまで言っていたような)ので、わざわざ刺す必要もないが普通に内容が陳腐と感じてしまった。
東浩紀ということで、何かすごく壮大なもの、メッセージを受け取れるのかと期待して読んだが、
簡単に言えば、しょぼくないか、、というもので、
でもそれは勝手な自分の思い込みのせいであり
逆に言えば、哲学の分野では著名な方でも、専門外の領域に踏み出すとこんなにも泥臭いというか、初歩的なミスを繰り返すのか、という様が生々しく描かれている。
なので、読んでるとちょっとイライラくらいとんとん拍子に進まない。
等身大の実体験という感じが、本当に素晴らしい作品なんだなと、
星1をつけて書き始めたレビューが書き終わる頃には4になっていました。
でもただのまぐれのことを「誤配」と言っているだけのように感じてしまった。
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