東浩紀のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
グローバリズムに対する反発から世界中で排外主義やナショナリズムが台頭した原因として、正しさを求めすぎて他者を排除する「真面目すぎるリベラリズムの限界」を指摘し、政治的・共同体的責任を負わず、興味のある場所を訪れ、消費して去っていく不真面目でユルい「観光客」のコミュニケーションを提唱する。様々な場所で人と会い、偶然の繋がりと失敗を繰り返すことが分断された世界を寛容にする突破口になるという主張。目の覚めるような切り口ではなく泥臭い手法の見直しで、社会の分断に直接的に働きかけるより、時間をかけて遠回りに変えていこうという試み。それ自体は受け入れ易いし実際の行動にも移しやすいとは思うけど、現在の状況か
-
Posted by ブクログ
ネタバレ訂正する力とは、一貫性を持ちながら変化する力のこと。しかし、日本には変化=訂正を嫌う文化があり、かつての自分の意見とわずかにでも異なる意見を述べると、「以前の発言と矛盾する」と指摘され、集中砲火を浴びて炎上する。また、すぐにゼロかイチか、過去を否定するか肯定するか、リセットするかなにも変えないかの対立の議論になってしまう。少しでも動こうとすると両方の勢力から批判される。
このような状況を変えるには、相手が意見を変える可能性をたがいに認めあわなくてはいけない。「ひとの意見は変わるもので、われわれも意見が変わるし、あなたがたも意見が変わる」という認識をみなで共有すし、相手の意見を受けて自分の意見 -
Posted by ブクログ
動物化するポストモダンの続編として書かれた本である。文学おけるリアリティ(現実の解釈)がマンガ/アニメ的リアリズム(一回性の死/物語)から0年代以降ゲーム的リアリズム(並行世界/メタ物語)へと変化していった事を明示している。
昨今の文学のみならずゲームやアニメ、漫画、SNSなどあらゆるコンテンツがゲーム的リアリズムになったであろう。ゲームをプレイする主体と、そこに存在するゲームシステム、何度も繰り返す物語の分岐とはじまり。あらゆるものがカオスに、そして再生産され消費される。最近だと異世界転生物が流行っているが、あれも世界系からの新たなるライトノベルの系譜であり、現代社会の表層が現れていると常 -
Posted by ブクログ
國分功一郎『暇と退屈の倫理学』の注でも紹介されている本書。初版は2001年なので、もはや23年前の本になるが、今年は東浩紀氏の本をたくさん読んでみたいと思っているので、彼の思考を辿る意味でも読んでみることに。
本書はオタク分析からアプローチしているので、サブカルチャーやアニメ、プログラミングなどオタクの世界の読み解きについていくのは正直大変。
したがって、一度全体を読んでから哲学的な考察を拾いながら振り返った。
『暇と退屈の倫理学』でも「動物になること」はキーワードとして出てきているが、改めて「動物化とはどういう状態か」に注目。
本書はアレクサンドル・コジェーブの考え方を参考にしていて、