宮本輝のレビュー一覧
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明治の時代が本格化。版籍奉還、廃藩置県、岩倉具視を代表とする使節団派遣、征韓論の勃発・・・
不平士族が溢れ、新貨幣への交換、太陽暦への移行、郵便制度、鉄道敷設、駕籠から人力車へ、庶民の生活も大きく変化する。
北前船が寿命を迎え、主人公・川上弥一を取り巻く環境も変わる。
弥一は新しい時代に対応しようと、売薬仲間組から「カンパニー」創設を目指す。
東京、大阪に支社を作り、琉球経由での清国貿易を止めた薩摩藩の動向を見極め、「松場屋」という廻船問屋を使い、独自に清国との交易に乗り出す。
干し昆布を積んだ船・昇光丸に、清国語をた才児が乗り込み、危険承知で、中国・福州の現地商人・朱祖善との交渉に向かう。
昇光丸が無事帰還して、交易の道が切り開かれるが、弥一の息子・太一郎の身に異変が生じる。
並行して、台湾出兵や神風連の乱、秋津の乱、前原一誠の乱、そして西南戦争へ政府への不平士族による戦乱も終息を迎えていく。
名もなき庶民である富山の薬売りの目を通して、幕末・明治維新の動乱期をビビッドに描く大作で読み応えがあったが、正直、基礎的な歴史認識がないと、ピンときにくい箇所が多かった。
弥一や彼を取り巻く登場人物との間の人間ドラマの要素よりも、歴史史実に重心を置いているので、ストーリーの面白さは味わえなかった。
また、太一郎の異変の真相が最後まで明らかにならなかったのは、やや残念だった。
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「幻の光」は1979年に単行本、1983年に文庫化された短篇集で、表題作ほか3編収録
久しぶりの宮本輝さん
未読タイトルとの出会いという新潮文庫のフェアに見事にハマった一作
「幻の光」
能登の漁村を舞台に、夫を突然の自殺で喪い、
悲しみと息子を連れて再婚した女性が過去と向き合いながら新しい生活に向き合っていく姿
“愛する男を失った女の美しすぎるため息”
(こんなコピーがついていたらしい)
秘めていた本心を打ち明け 次の幸せへと向かう
「夜桜」
一度の浮気を許せず、離婚した女
若くして息子を失い、新婚夫婦と知り合ったことで、人生の選択の是非を問う
「こうもり」
泥の河と似た色合い
「寝台車」
子供の頃溺れ死にかけた少年が、大学生の時寝台車から落ちて亡くなる
救われたかと思った命の途中下車のような人生に
想う
宮本輝さんは、昭和中期くらいまでの女性の心情がどれもお上手
現在だと多少社会が変化しているけれど
それでもしっかりと読ませてくれます
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Posted by ブクログ
しおり欲しさに、新潮文庫の100冊に選ばれている「幻の光」を読んでみました。
「錦繍」とはまた違った切なさが心に残る一冊です。
ある日突然、自ら命を絶った夫。
原因もわからず、残されたのは妻と子どもだけ。
夫の死から三年が経っても、妻はその理由を模索し続けます。
あれこれと思い返してみても、はっきりとした答えは見つかりません。
なぜなら、答えを知っているのは、もうこの世にいない本人だけだからです。
人は、中途半端で終わったことが、ずっと心に残る生き物だと思うのです。
たとえば、仕事でも何でも、完結していないことって、頭の片隅に残って、ふとした時に思い出してしまうじゃないですか。
人の死もそれと同じ。
答え合わせができないからこそ、忘れようと思っても忘れられない。
再婚して別の家族と新しい生活を送っていたとしても、ふとした瞬間に、亡くなった夫のことを思い出してしまう。
四六時中思い出すわけではなくても、なぜか、どこまでも面影がついてくるのです。
それはもう、呪いのようにすら感じられます。
そんな“呪い”を解いたのは、民雄(現夫)のこのひと言だったのではないでしょうか。
「人間は、精が抜けると、死にとうなるんじゃけ」
私は、「人はお役目があって生まれてくる」と聞いたことがあります。
この“精が抜けた”という状態は、そのお役目を果たしきった状態なのかもしれません。
つまり、夫が命を絶った理由は、何か一つの明確な原因があったわけではなく、ただ“精が抜けてしまった”のだと。
この言葉が、主人公の心に変化をもたらしたことは間違いありません。
それまで宙ぶらりんだった思いが、やっと自分の中で区切りをつけられたのだと思います。
亡き夫の魂と距離を置くのではなく、共に抱えて生きていく覚悟ができた――そんなふうに感じました。
感想を書くために読み返したのですが、不思議なことに、一度目よりも二度目の方がじんわりと胸に沁みてきました。
あんなに短い文章なのに、なんて深いのでしょう…。 -
Posted by ブクログ
禁門の変の後、幕府は長州残兵隊を追って捕縛、惨殺を続け、次第に市民の感情は長州への同情、幕府への反感に移っていく。
長州征伐に加われと命じられた各藩も本音は迷惑、水戸の天狗党の乱で350人の尊王攘夷派の浪士が斬首され、「幕府のやり方はあまりにひどい。降伏している者を」との声が上がり、幕府の威光は地に落ちていく。
そんな中で、大政奉還という「:慶喜の大博打」が打ち出され、西大小(西郷、大久保、小松)が動き出す。
慶応4年1月3日、鳥羽伏見の戦いが始まる。
新政府が樹立される中、弥一は新しいカンパニーの設立を目指す。
越中富山の薬売りと、薩摩藩との切っても切れない結びつきをベースに主人公弥一の言動や多彩な人間関係に焦点をあて、読んだ。
だが、この小説は、人間的ドラマの要素は3割程度といったところ。
7割は幕末の歴史的事実を忠実に伝えるノンフィクションのような気配がする。
弥一ら富山の薬売りは、情報を集めて薩摩の役に立とうという立場だが、あくまでも斥候であり、幕末の史実を読者に親しみやすく伝えるための媒体役だ。
幕末の日本史をそれほど深く知らない自分にはやはり、難読だった。