宮本輝のレビュー一覧
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体の弱い妻と息子のために大阪での商売をやめ、神戸御影の家も売り払って、故郷愛媛の南宇和へ帰ってきた熊吾。ここでも存在感あるキャラを発揮する。暴れ牛ややくざも恐れぬ獰猛さを持ちながら、涙もろく人情深い。裏切ったやつでも、あの野郎と思いながらも手をさしのべずにはいられない。会社の金を猫ばばして逃げた男が見つかった。しかもそいつは仲間の女にも手を出していたと聞き、怒りに震えながら会いに行ったはずなのに、不治の病で臥せっているそいつの顔を見るや情がわいて、高額な薬を送ってやるとか、恋人を裏切ってそいつの愛人になった女にも援助の手を差し伸べるとか、なんせ助けが必要な人をそのままにはしておくことができない、困った人だ。
しかし、このおっさんの長ーい話にあと7話分もつき合うかどうか……それほどワクワクするような話でもないしなぁ。3話めからはまた大阪に戻って新しい商売を始める。うーん、もうどうでもいいなぁ。
でも南宇和の昭和の情景はとっても良かった。海、川、畑、山、豊富な自然の中で、熊吾が怒りに燃えながら自転車をこいだり、息子とのんびり歩いたりしている光景が映画のように目に浮かぶ。5歳の息子が肥溜めに落ちてフンまみれになった。嫁の房江は素手で鮎をつかみ取りできる。そんなちょっとしたエピソードも心に残る。とりわけ、親子3人で星空を眺めに夜風吹く野原を歩くシーン。熊吾は5歳の息子を肩車し房江と手をつないで歩く。暗い中、花の香りが漂ってくる。その後は息子ひとり家に帰らせ、夜空の下でコトに至るわけだが……。もう故郷に戻ることはないだろうと決心した後の田舎の風景はキラキラ輝いている。
熊吾は時々哲学的になる。例えばこうだ。
子は親を選べないのではなく、子は親を選んで生まれてくるのだ。ならば、その二人の男と女を両親にしなければならなかった理由とは何だろう。…とかね。
もうひとつこの話に入り込めない理由のひとつは、作者の女性蔑視的な視点が垣間見えること。熊吾が狙った女は必ず落とせると自信を持ってることもそうだが、例えば第二部では「釈迦は、生涯にぎょうさんの経を説いたが、法華経以外の経では、二乗(インテリ)と女人の成仏を説かんかったそうじゃ。どんな女も本質的に嫉妬深くて、愚痴っぽくてどろどろの欲望につつまれとるそうな。しかし、もっと掘り下げて女の特徴を見ると、どうも女っちゅうもんは、非はいつも相手にあり、何か事が起こると相手のせいにし、自己反省っちゅうことをせん。」などと言わせてる。えらい言いようだ。釈迦の説法でそういう言葉があるのかもしれないが、解釈はまったく作者のねじ曲がった考え方だと思う。
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Posted by ブクログ
1982年に開始したこの「流転の海」シリーズが、2018年6月の第九部「野の春」をもって完結したということが話題となった。宮本氏も、この37年間に及ぶ大河小説の完結に、躊躇することなく自らを褒めていた。
物語の主人公は、松坂熊吾。宮本輝氏の父・宮本熊市氏の物語である。第一部は、敗戦から2年たったばかりの大阪を舞台。松阪熊吾が事業の再興を始めるシーンから始まる。そのとき、熊吾50歳にして初めての子を授かる。
物語の中では、その子を「伸仁」と名付けるが、まさに宮本輝(本名宮本正仁)自身のことである。
宮本氏は、「私は、自分の父をだしにして、宇宙の闇と秩序をすべての人間の内部から掘り起こそうともくろみ始めた」と述べている。
なるほど、主人公・松坂熊吾は、豪胆な実業家のイメージで描かれているが、この物語は凄腕実業家のサクセスストーリーを筋とするような軽いものではない。そんなものならすぐに飽きられただろう。
この松坂熊吾という人物は、凄いけれども欠点もボロボロあわせもっている。彼の周りにはありのままの人間ドラマが繰り広げられていく。
人を信じたり、騙されたり、妻を愛する心や尊敬する気持ちが根底にあるかと思えば、妻に支配的になり暴力をふるったり、暴言を吐いたり。事業に野心を抱きながら、一方で虚弱な子どものために自分の野心を捨てさろうと悩む。その主人公像は、決して精錬されたものではない。
スマートではないが、人間臭さの中に魅力があるように思う。粗暴とも思えるような一面を持ちながらも、その熊吾から発せられる言葉の端々に、宇宙を貫く法則的なものや、哲学的な視点が感じられたりする。
「宇宙の闇と秩序をすべての人間の内部から掘り起こそうともくろみ」とはこのような狙いのことだろうか。
生まれた「伸仁」の顔を見ながら「お前が二十歳になるまでは絶対に死なん」と宣言した熊吾は、これからどんなドラマを展開していくのか、それが非常に興味深い。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ物語の舞台が東京、京都、富山に跨り、登場人物もやたらと多くて、相関図がいるほど。さらに、普通なら省かれる脇役一人一人のエピソードまで事細かに描かれているから、何が何だか状態で混沌としてくる。
それでも、入善市の田園風景、黒部川の流れ、立山の姿、旧街道の街並み、風を受けて走り抜ける自転車のスピード感は十分に富山の魅力を伝え、やっぱりその地を旅したくなるのは間違いないし、京都の花街の風情ある佇まい、芸妓の世界の伝統を守り抜く女たちの強さと美しさにも惹かれた。
だけど、死亡した賀川直樹には最後まで魅力を感じられなかった。有り体にいえば、養子で婚家に居場所がなかった婿が、京都で羽を伸ばして若い子に軽く手を出した挙句、孕ませてしまったという話にしか思えなかったのが残念。
父親の秘密を知った娘が、亡き父に嫌悪感を抱いたことだけは納得の感情だけど、それ以外は出てくる人全てがいい人ばかりでどうにもおとぎ話のよう。
ラストで関係者が同じ日に上手く滑川へと集結する感じも出来すぎで、その割に終わり方が唐突で急に幕を降ろされたようなところも物足りない。
悪い話ではないし、富山への旅情は掻き立てられるけど、主人公が誰なのかも結局、よく分からなかった。