宮本輝のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレなんていうか「染みた」っていう感想。ものすごく面白くてぐいぐい引き込まれる、というわけではないのだけれども、静かに染みてくる話だった。幼い息子を不注意で死なせてしまった男性がギリシャでギリシャ人女性と再婚して。。。という話なのだけれども、特にこの男性がどのように、自分の過失による息子の死を乗り越えていくか、、、という話。観光の側面からだけではわからない、ギリシャの混沌とした雰囲気がまた興味深かった。
「ものごとにはすべて原因と結果があるのに、人間の運命だけこの原因と結果の法則からはずれるのはおかしい」という言葉にちょっと考えさせられたな。 -
Posted by ブクログ
「夢見通りの人々」は、十章の短編からなるオムニバス小説である。
登場人物は詩人志望の里見春太と彼が思いを寄せている美容師見習いの光子。 そして、競馬狂いで夫婦ゲンカの絶えない太棲軒の親父・ライオンズクラブのメンバーになりたくて幾つかの役職に名を連ねているパチンコ屋の経営者。金儲けが人生のすべてとおもっている村田時計店。
ホモと噂されているカメラ屋の若主人。美男のバーテンしか雇わないスナックのママ。もとやくざの組員だった肉屋の兄弟──。
これら、ひと癖もふた癖もある夢見通りの人々がある章では主役になり、ある章では脇役で登場する。
例えば、ある章では、淫乱で自分の店に雇ったバーテンをいつのまにかものにすると描かれていたスナックのママが、第8章で主役で登場した時は、実は顔に痣があるためにつぎつぎと男から逃げられていて、その痣のためいかに深い傷をおいそれを隠しながら生きてきたかを。
また、乱暴者の肉屋の兄弟がいかに母親の愛情に渇望しているか。ホモの若主人が外観とはうらはらにインテリであり、微細で傷つきやすい神経であること。が、わかってくる。
だから、他の章で悪く描かれていた人が主役として登場し、一人一人の胸の奥に隠されている感情を知るにしたがってそれらの人々を観る見方も変化してくる。
それぞれの者が劣等感を持ちながら、ある者はその劣等感をバネとし、ある者は心に深く傷をつけている。
春太の場合はどうか。彼の劣等感は、自分が平凡で臆病者であるということだった。
彼は自分らしい気宇壮大な目的を持ちたいと考えていた。
彼が思う自分らしい気宇壮大な目的とは他者の幸福に、自分が何らかの形で役立つことである。
ところが、自分の生活を固めていくという基本と、それを他者の幸福に役立たせるという応用は、どうしても、彼の中では矛盾してしまうのだ。自分が生活に勝つとき、そこでは誰か敗者が生まれるに違いないからである。
春太はかって理想共産主義に強くひかれた時期があったが、「プラハの春」のソ連軍の行為に理想共産主義への失望を深くしていた。
だから、いまのところ矛盾でしかない自分の幸福と夢との共存は、春太の知らない深い深い場所でみつけるしかなく、それゆえに彼は詩を捨てることが出来ないのであった。
短編の中には、ハッピイエンドではなく、彼等の夢を無残にたたきこわして終わって
いるものもある。
行間から「人生とはそんなに甘いものではない」という、宮本輝の声が聞こえてきそうだ。
今年の8月に公開された映画は森崎東監督。里見春太に小倉久寛、美容師見習いの光子に南果歩、肉屋の竜一に大地康雄。
夢見通りの人々に関西の芸能人が出演して、ぼくとしては、おもしろい映画だったと思っている。
映画を観てこの作品を読んで感じたのは、小説での台詞がそのまま映画のせりふとなっていたことだ。小説そのものが、生き生きと描かれていたともいえる。
作者は、作品の最初に名称にそぐわない人が住む街だと書いているが、読み終わってみるともっとも似つかわしい人が住む街だと思うようになった。
夢をみつづける人々が住む街が夢見通りなのだ。そして、夢見通りの人々がみる夢は、
人間として暖かみのある夢でもある。
このような人に出会うからぽくもまた文学を捨て切れないのだ。