半藤一利のレビュー一覧
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ネタバレ首相原敬暗殺される!そして元老山県有朋死去…国葬だったのはこの漫画で知りました。明治、昭和天皇に挟まれあまりクローズアップされて来なかった大正天皇に焦点が当たっているのもいい。大正天皇、令和の御世にいらしたらもっと自分らしく生きて長生き出来たのかなとも思う。上皇陛下が退位されるに辺り会見で摂政を置くのに云々仰っていたのはこの巻に出てくる、御璽を渡すまいと大正天皇が嫌がるエピソード、それに近い事は祖母節子皇太后から幼少期お聞きしていたのかも知れないと思った。なんと二十番までもある!?世界漫遊の歌を天皇の一家は最後まで歌うのです、という裕仁親王の回想の中の元気な大正天皇の姿が哀しい。
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これからの未来を議論するために、歴史を紐解いているため大変勉強になった。
私は原子力について、経済が活性化するためには必要なものだと考えていたが、第五福隆丸の事件等を知り、考えを改めさせられた。
人がコントロールできないものは必ず問題が膨れ上がる。
また、ネット社会となったことで人の考えが偏ることも議論されていた。情報や人の意見を鵜呑みにせず、自ら考え、編集していく力が大切だと感じた。
核問題については地政学を用いていた。最近よく聞く地政学についての話を聞き、興味を持つきっかけにもなった。
歴史や地政学、文化への理解が未来を予測するためには必要だと感じた。こうした背景知識を基に情報を編集する力を身に付けていきたい。
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本屋でたまたま見かけて衝動買い。いわゆる「ノモンハン事件」を当時のドイツやソ連の外交状況などの国際関係も踏まえつつドキュメンタリー風にまとめた小説。一次資料を多く引用されていて、学ぶところの多い一冊だった。巻末の解説も執筆動機などに言及していて、非常に興味深いものだった。読んでいくうちに、当時の日本軍による太平洋戦争にも見られた調査不足・根拠ゼロの希望的観測に基づいた無茶な作戦計画が、ここでもなされているのがわかってやるせなくなってくる。全体的に抑制の効いた文章だが、行間から同じように感じておられただろう著者の怒りや悲しみが伝わってきた。
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必敗の戦争を始めてしまったのはなぜか。
流されたのだと思う。
ドイツに勝手に希望を託し、日本のために動いてくれると根拠なく想定し、それを前提に自分たちの行動を決める…。そりゃ見通しが甘すぎる。希望的観測、過度な楽観、リスクの過小評価。
自分たちしか見えなくなり、「こうあってほしい」という願望が、「こうあるべき」という思い込みに変わっていく。その思い込みは決意と呼ばれ、準備に進み、最悪の場合を想定せずに、勝利は何かを決めずに始めてしまう。空気に流された。
そして日本人の意思決定の方法は現在も変わっていない。必ず同じ過ちを犯す。
軍は解体されたが戦争を始めたプロセスは温存されている。道具はなくなったろうが、なぜ日本人が戦争に突き進んだのか、その原動力はまったく処置されていない。
政治的な右派も左派もまったく同じプロセスで意思決定している。誰も変わっていない。
そうならないためには雰囲気で考えず、ファクトを積み重ねて考え抜くこと。最悪のことを想定して注意深く罠を避けること。相手を知ること、自分を知ること。自分自身に注意深くなること。 -
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ネタバレお盆の時期なので何か戦争に関する本を読みたいが、子どもの遊びにも付き合わねばならないから分厚いものは無理だなあと考えながら、本屋で見つけたのが本書。半藤氏の過去の著作からの短い引用が、戦前〜戦中〜戦後の順に並べてあり、時代をざっと概観するには良かった。次は引用元である著作のどれかをじっくり読んでみたい。
以下、面白かった点。
P16-17
人工的な神国意識や天皇観。
P20
新旧両思想に帰依せず『宙吊りの孤独に堪えねばならなかった』勝海舟。
P34
日露戦争で日本兵の精神的弱さが認識されていたにもかかわらず、戦史には残されなかった。
P44-45
「非常時」の掛け声の下の軍国化。
P46
売るために積極的に戦争を煽った新聞。
P133
資料の整理保存が国家の仕事。
P142-144
石原莞爾の平和主義と人間味。
P146
東条英機の形式主義。
P151-152
『人間そのものから考えずに、機械や組織や権力や制度や数字といった人間とは別のものから考える傾向』『非人間的ーそのことがすなわち「戦争」』『大本営の学校秀才的参謀どもの机上でたてた作戦計画』
P185
日本はもう現状維持でいい。 -
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ネタバレ本書はなかなかユニークな構成です。
話は「偕行社」という陸軍将校の集会所の説明から始まります。
この組織は戦前から存在し、現役・OB問わずにメンバー制で構成され、親睦や研究などの集会から冠婚葬祭の援助など多方面で活動しています。終戦時に解散しましたが、戦後しばらくして再開されたとのこと。
本書は偕行社の機関紙である『偕行』にて掲載された「大東亜戦争の開戦の経緯」と題する座談会の内容をまとめたものです。内容は戦争に至るまでの陸軍内の動向をまとめているが、戦争に至ってしまったことを「反省」する趣旨が強い内容となっている。
著者は早くからこの ”陸軍反省会” の資料を手に入れておきながら長らく書籍などのアウトプットにつなげてこなかった旨が冒頭で述べられています。しかし、書籍化を決意した理由は語っていながら、なぜ今まで長らく手を付けてこなかったのか、その理由は述べられていない。
おそらく著者は、この反省会で語られる内容に少なからず首肯できない点があり、しかし表立って反論をして偕行社とのコネクションが失われることを懸念したのではないか。というのも、本書では反省会でのやり取りの合間に、著者による解説や座談会参加者たちの誤認への指摘、そして当時彼らの上司であったろう開戦時の陸軍主要メンバーたちへの皮肉や批判が述べられているからです。
座談会参加者たちはすでに全員この世を去っているということで、それを待って、と言っては何ですが、これを機に書籍化を決意したのではないか、というのは穿った見方でしょうか。
本書の特徴としては、三国同盟や南部仏印進駐、対英米開戦決意など歴史的なイベントに際して陸軍内がどのような状況だったのか、当事者たちがその生々しい状況を語っているという点が挙げられます。
座談会参加者はいずれも当時の佐官級の高級将校たちです。そのため配属していた各部署の内実が克明に語られています。例えば座談会参加者の杉田一次氏(参謀本部員(欧米課)/最終階級は大佐)がアメリカ出張を経て米国陸軍内が戦争を意識しだしてきた状況を上司に報告した時のドライな反応など、陸軍内の「雰囲気」を垣間見れる。これはなかなか他の書籍ではお目にかかれない情報です。
ただ、本書は以下の点を割り引いて読む必要があると思います。
一つは、座談会の発言をまとめたものなので、内容が整理されて記述されていないという点。そのため話の内容に脈絡がなかったり、質問に対してピントのズレた回答が行われたり、といった箇所が散見されます。しかしピントずれの回答がなかなか含蓄があったり、著者が個別に補足を差し込んでくれているので面白く読むことができます。
もう1つは、旧陸軍将校たちの座談会なので、陸軍びいきと思われる発言が散見されるという点。
これは致し方ないでしょう。自己弁護は人間の常です。本書では三国同盟の主導者は松岡洋右の一択で共通しています。しかし長引く日中戦争の調停役としてドイツに期待をした、という意味で陸軍内にも三国同盟を強力に主張した人間はいました。
私は『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(新潮文庫)の著者である加藤陽子さんほど松岡びいきではありませんが、それでも松岡にも弁解の余地があると考えています。
また本書では対米戦を強硬に主張したのは海軍であり、陸軍はそれに引きずられた、という内容の論調です。その上で海軍に恨み節な個所も多々あります(ただ、これらも彼等からすれば真実なのでしょう)。
しかし上記内容であっても自身の置かれた当時の状況や、その胸の内を虚心坦懐に語っているからこそ本書の面白みが増しているとも思います。
個人的に対米開戦においては陸軍に少し同情しています(対中戦においては弁解の余地はありませんが)。
単純に考えて対米戦を主唱したのは陸軍ではありえません。陸軍が米国を干戈を交える場合、戦場はアジアにおける米国領フィリピンだけであり、軍事的に日本の大きな脅威ではありません。よって南進するにしても米国に宣戦布告する必要性はありません。
また実際に対米開戦で遂行された作戦(真珠湾攻撃)は海軍の作戦です。真珠湾攻撃ほどの決戦主義的作戦では人員、弾薬、その他膨大な軍事リソースを消費します。海軍が犬猿の仲の陸軍のためにそれらリソースの消費に承諾するわけがありません。なので対米開戦は海軍が「前のめり」でなければ実現しないのです。
本書では陸軍将校たちから見た海軍の「前のめり」の姿勢が垣間見れます。
私は、日本人は「その場の空気」に流されやすい民族だと考えています。だから歴史的決断においてはその時々の雰囲気を知ることが大切だと考えます。
本書は割り引いて考えなければならない部分は多いものの、当時の陸軍内がどのような雰囲気だったのかが当事者たちの口から語られているという点で貴重な資料だと思います。