半藤一利のレビュー一覧
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ネタバレ第二次世界大戦へといたる日本人の「過ち」の半藤一利なりの捉え方。
15歳のときに8月15日の終戦をむかえた半藤にとっては、いろいろな命題がある。
・薩長がつくり薩長が滅ぼした
・統帥権の問題は、帝国憲法制定の前から埋め込まれていた
・日本人固有の心性として、根拠なき自己過信、驕慢な無知、そして底知れぬ無責任という3つがあった
・海大、陸大の軍人の育て方に問題
・もともともっていた指揮官のイメージと参謀の関係が問題だった
・明治天皇は、対外的な問題をよく理解していた。昭和天皇には、情報がよく入らなかった
・第二次大戦で死んだ軍人のほとんどは餓死だった
後半は、陸奥宗光を通じて、外交上の取り組みがどのように厳しいものだったか、また、石橋湛山を通じて、小日本主義といった当時のおかしな日本の精神のあり方に対する反発心の例も示している。メディアや知識人のありかたとしては、小泉信三の名前も上がっている。ある種の「気概」や「気骨」といったものだが、日本人の弱さというのは、とどのつまり、自らを相対化できないということではないか。
そして、まさに題名にもなっている「この国のかたち」。これが「国体」に対応した概念であることは指摘されて初めて気がついた。天皇を中心とする政治秩序を国のありかたと同一視するのはやや無理があるというのが率直な印象だが、それくらい第二次大戦当時の考え方として「国体」というのが何にも増して重視されていたというのは驚くべきことだ。
司馬遼太郎が晩年に希望をもつとすれば国民が自然をこれ以上破壊しないという一点だと述べていたようだが、そのあたりは、確かに期待してよいのではないか。 -
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ぼくの地元は土崎空襲の地域でした。空襲は終戦の前夜。あと1日降伏が早ければ。。。そんな話をひたすら聞かされ、小学校の学芸会では空襲を題材にした劇を演じました。
また、ぼくの祖父母は子どもの頃に戦争を経験した世代。だから、食卓の会話として戦争の話が出てくることがふつうにありました。でも、もう少し年齢が下がると、祖父母も戦争経験がないということになります。だから、本書にある「最近のひとは戦争を知らない」という話は、ぼくが持っている印象よりもリアルなんだろうなと。
さて、本書は、戦時下の「名言」とそれにまつわるエピソードをとりあげ、そこから教訓を学んでいくという構成になっています。ぼくがいちばん印象に残った名言を紹介しましょう。
太平洋戦争末期、アメリカにボコボコにされてもはや死に体の日本でしたが、そこに追い討ちをかけるように、8/9、ソ連が満州に攻め入ります。この時、参謀次長河辺虎四郎中将の名言(?)が「蘇は遂に起ちたり! 予の判断は外れたり」 であります。実は、ソ連の侵攻というのは、日本軍には寝耳に水でした。半藤さん(著者)は以下のように分析しています。
・当時の日本陸軍の戦争指導層の大半が楽観していたのは、正確にいうと、ソ連がでてきたら太平洋戦争における今後の全作戦構想(本土決戦)は壊滅する、であるから、ソ連にはでてきてほしくはない。こうした強烈な「来たらざるを恃む」願望が、〝でてこないのではないか〟という期待可能性に通じ、さらにそれが〝ソ連軍は当然でてこない〟となった。つまり、起ってほしくないことはゼッタイに起らないという、根拠のない確信になっていったのです。
原爆の映像とかを見せて、戦争はこんなに悲惨なんだ、だから絶対にしてはいけない。こんな論調も多いと思いますが、これだけでは、さっきのソ連と同じで、「戦争は嫌だ→戦争はゼッタイに起きない」という思考回路にハマってしまわないでしょうか。今のひとに戦時中を想像しろというのは難しい話ではあるけれど、当時がどういう状況で、その中にいる人がどんな判断をして、結果どうなったか。これをひとつひとつ読み解いて、教訓を得ていくというのが、同じようなことを繰り返さないために必要なことだと思います。
最後に、半藤さんの奥さまが長岡空襲を遠くから見たとき、「息をのむほどに美しい眺めだった」という形容をされていますが、ぼくの亡くなった祖父も、同じようなことを言っていました。それを聞くたびに、じぶんは空襲を受けなかったからといって、なんて呑気な、と思っていましたが、実際の空襲は現実離れしすぎていて、そういうように感じてしまうものだったのかもしれません。
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日本史だけを見るのではなく、世界史の中でその出来事がどうして日本で起きたのかを見なさい。豪華なこのお二人の対談のメッセージです。明治維新の頃、欧米では何が起きていたか(ボーア戦争で英仏は手が離せず、アメリカは南北戦争)。高度経済成長が可能であった条件とは(冷戦、人口ボーナス、軍事費負担なし)。現在の日本の諸問題も、同じように世界の状況の中で考えなければならないだろう。
それにしても、出口さんの博識ぶりにはあらためて驚愕。半藤さんがあとがきで書いておられますが、出口さんは対談中、一切のメモ書きを持たずに、これだけの内容をすらすらと話されたという。ビジネスの世界に身を置きながら、ここまで教養を深められるのか。 -
ネタバレ 購入済み
作者ならではの視点
半藤一利という作家は好きで種々読んでいる。中でも昭和史シリーズは好きな本である。本歴史探偵シリーズは、前記昭和史に比較し、作者の個人的興味、主観の入り混じった、やや斜めから歴史に肉薄している点で興味深いものである。
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能條純一『昭和天皇物語 (8)』小学館。
昭和3年、若き天皇の思いと政府、日本軍との思いの相違は少しずつ大きな溝に。激動の昭和史の中心に身を投ずる若き天皇。詐欺師のような母子に翻弄される今の皇室とは雲泥の差のあるこの時代の人びとの天皇に対する畏怖と敬虔な思い。
しかし、随分と端折り始めたストーリー展開は大味でしかなく、前の7巻とのアンバランスさを感じる。
中国大陸で起きた張作霖爆殺事件への日本軍の関与を否定する田中義一の報告の嘘を見破り、内閣総辞職を促す裕仁。田中義一に替わり、総理の地位に就いた濱口雄幸も凶弾に倒れる。やがて、中国大陸にきな臭さが漂い始める。
定価650円
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文藝春秋営業部が書店や取次会社に配っていたパンフ「新刊のお知らせ」に連載されていたエッセイと書籍に未掲載のものを合わせた氏の遺作。
生前に企画され、氏の逝去後に出版された一冊。多岐にわたるテーマの文をまとめたもの。20年以上の連載(1回書籍化)なので時期的にも話題的にも極めて広範囲。
江戸のご隠居さんのべらんめえ調に近い気さくな文体が良い。 [歴史探偵 忘れ残りの記 (文春新書 1299)]の感想
文藝春秋営業部が書店や取次会社に配っていたパンフ「新刊のお知らせ」に連載されていたエッセイと書籍に未掲載のものを合わせた氏の遺作。
生前に企画され、氏の逝去後に出版された一冊。多岐にわたるテーマの文をまとめたもの。20年以上の連載(1回書籍化)なので時期的にも話題的にも極めて広範囲。
江戸のご隠居さんのべらんめえ調に近い気さくな文体が良い。 -
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映画「風立ちぬ」公開に合わせて、公開前と公開後に実現した長時間座談の内容を記録したもの。半藤一利さんの追悼特集を読んで、やはりちょっとは読んでおきたいと思い手に取った。宮崎駿72歳、半藤一利83歳、8年前の対談である。
お二人とも軍事オタクだから、軍艦や飛行機の話になれば花が咲く。そのあい間にお二人の半生もちょこちょこ出てきて面白い。そしてやはり「風立ちぬ」の中身に突っ込んだ話が半分くらい占めて、私はあまり評価していなかったこの作品をも一度見直したくなった。
以下面白かった部分の要旨を箇条書き。
・半藤一利「日本は、海岸線が長くて、資源が無くて、守れない、持てない国だ。それなのに、基本的には外交で守るしかない、とは誰も思わなかった。生命線とか愚かな思想が出てくる。現代は、長い海岸線に54基もの原発を無計画につくる。原発のひとつでも攻撃されたら、日本が滅ぶというのに。この国は武力による国防なんてどだい無理なんです。日本は脇役でいいんです。小国主義でいいんです。(66-69p)
・宮崎駿「アニメはこの50年でやり尽くした。あとは子供の人口が減って、どんどんジリ貧になる。大人の観客が増えて鈍化はしたけど、流れは止まらない。
・宮崎駿「新河岸川の5分アニメを企画したことがある。郷土資料館で使ってもらえないかと。舟運の仕組み・歴史が一眼でわかる。でもついつい作ろうとすると30分ぐらいになっちゃう。
・宮崎駿「堀越二郎のことを描かないと、かつてのこの国のおかしさは出てこない。(略)これを描くと子どもは土俵の外に置かれる、と言ったら誰かが「あとでわかる時が来るかもしれませんよ」と言って「そうかもしれない」と思ったのです。(略)あの時代を代表する二人は、自分にとって堀越二郎と堀辰雄だったんです。零戦だって、ぼくは描きたくないと思っていました。(略)終わりの草原はノモンハンのボロンバイル草原だよ、とスタッフに言っていた。(略)庵野は選びあぐねていた時に気が付いたんです。庵野秀明と出会ったのは、ぼくが43歳、彼が23歳、最初見た時は宇宙人がきたと思いましたよ。とうとうこういう人間が日本に現れたか、と。近頃ではいろいろなものを背負って歩いている。ギリギリのところで生きている。(略)やっぱり存在感が大事なんです。思い入れたっぷりに演技されるよりも、ボソッと喋ってくれた方がいいんです。
・宮崎駿「堀越二郎は、真面目に一生懸命に仕事をしている。世界がいろいろ動いてもあまり関心を持っていない日本人。つまり、(宮崎駿の)親父です。(略)みんな刹那的でした。ドキュメンタリーをやってくれる人はいっぱいいますから、それはお任せしておいて、ぼくはやっぱり親父が生きた昭和を描かないといけないと思いました。
・半藤「まだうまくいっていませんが、それでも東アジアが向かうべきはEUのような方向ですよ。
宮崎駿「ええ。それしかないですよね。
←このことに関しては、私も全く「それしか無い」と思う!! -
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先日逝去された著者の絶筆となったあとがきが収録されたエッセイ集。
文芸春秋社の「新刊のお知らせ」に連載されたものや、「銀座百点」に綴ったものが6章で構成されている。
『昭和史おぼえ書き』では、著者らしい警句も。
「若いものがやたらにおだてられるのは、国家があらぬ方向に動き出したとき」とか。
終戦後一夜にして、軍国主義の権化たちが民主化の旗振りとなり、その厚顔無恥を思い知らされた経験から
「このぬけぬけとした自己欺瞞は今に続いているのではと。いや、もっとひどくなっているのではないかと」、憂慮する。
また、横文字まじりの略語が氾濫する現状を嘆き、「せっかくの日本語の語彙が貧しくなるのは、日本の財産が貧しくなるのと同じである」と、論破する。
『わが銀座おぼろげ史』では、著者が文芸春秋社の新入社員のころの古き良き時代の銀座の様子が綴られ、タイムスリップ出来たら、ぜひとも行ってみたくなる魅力がたっぷり。 -
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先日お亡くなりになった半藤一利氏と保阪正康氏の対談集である。
保阪氏は「名将の条件」を、「理知的であること」「原則論に振り回されないこと」と、陸軍士官学校をはじめとする陸軍教育の弊害をあげて話す。半藤氏は、「決断を下せること」「目的を部下に明確に伝えられること」「情報を直につかむこと」「過去の成功体験にとらわれぬこと」「現場に身を置くこと」「部下に最善をつとめさせること」としている。お気づきのように、まさにリーダー論である。
おなじ陸軍士官学校でも、アメリカは違うようだ。『ウエストポイント流 最強の指導力』では、危機に立ち向かうリーダーの三原則として、「リーダーは誰でも危機に直面する」「リーダーは誰も攻撃的でなくてはならない」「リーダーは誰でも自分の組織を勝利に導くため、全力を傾けなくてはならい」となる。半藤・保阪氏の名将論には、「勝つ」という視点がないが、ウエストポイント流ででは、「勝つ」ために強くなることを学び、「強い」ために恐怖を克服し、人格を陶冶し、組織に血を通わせ、失敗から学ぶことを知る。勝たなければ名将とはいわない。負けた武将への判官びいきがある我が国との違いかもしれない。
ちなみに「愚将」の条件は、「責任をとらないこと」らしい。毎日ニュースで愚将たちを見ていることになる。
あの戦争を率いていた軍事官僚たちの生死から学ぶことはおおい。