上野千鶴子のレビュー一覧
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20年前から僕がずっと私淑している上野千鶴子先生。昔はフェミニズムや近代社会での共同体をテーマとした社会学者として名を馳せていたけど、今は高齢化社会や介護問題の第一人者。「おひとりさまの老後」がベストセラーになったことは記憶に新しい。
その上野先生が若い学生と対談した本を出したと聞いて調べてみると、相手はなんと今をときめく若手社会学者の古市憲寿君だった。これは面白いに決まってると即入手。(と言ってもこの本の存在を知ったのは発売して1年も後ですが・・・。)
本書は、タイトル通り介護問題について現在の状況と今後の展望について対談形式で語ったもの。対談形式と言っても古市君はほぼ聞き手で、上野先生に直球の質問を投げる役。この役、簡単そうに見えてかなり難しい。ある程度の社会学のバックグラウンドが無ければ的を射た質問はできないし、逆に読者を置いてけぼりにして「なるほど、分かりました」と納得されても困る。そのポジション取りが絶妙で、話の流れの中で読者が訊きたいと思ってることをしっかり訊いてくれる。前書きの通り、社会学者として、そして現代の情けない(?)若者代表として、両方の立場で介護という大きな問題に挑んでいる。素晴らしい人選だった。
上野先生は相変わらずの上野節で、かつて女性がフェミニズム運動で自らの地位を自らで勝ち取ったという自負を持っているだけに、今の若者がじれったくて仕方ないのがとても伝わってきた。その上で若者にエールを送る。未来はそんなに暗くない。君らも頑張んなさいよ、と。
そして内容は、まさに目から鱗、知らないことだらけで驚いた。僕もいいかげん介護問題が他人事でなくなる年代なのだが、あまりの無知さを恥じるとともに、この本に出会えて本当に良かったと思った。とくに介護保険についてと、介護の現状。上野先生らしく極めて冷静に、介護にまつわる数多くの実例とデータを紹介しながら世間の誤解や偏見を解きほぐしていく。古市君は古市君で、「2人に1人」という負担を背負う宿命にある彼らの世代の代表として、将来に向けてどのように戦略を立てて遂行すべきか上野先生に教えを請いつつ、自分の社会学者としての役割を考える上で一つのヒントを見つけていたようだった。彼の今後の活躍に期待したい。
ということで、とにかく介護問題について知りたければまずこの本を絶対に読むべし。そして親子兄弟に読ませるべし。
発売は2011年だが、僕が読んだのは2012年初頭。そして2012年度断トツのマイベスト。 -
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年齢差30歳余りある二人の対談集。上野さんは言うまでもない名の知れた社会学者ですが、昨年既に大学院教授の仕事をリタイアしています。社会の第1戦からは退いた形で、団塊の世代の旗手である自分の老後はすでに研究者生活でレールを敷いたようなもの。一方対談のお相手の古内君は弱冠26歳、大学院に籍を置いている一応社会学者(この表現は彼自身の表現です)という立場の団塊の世代ジュニアの年若い方に位置するまさに見た目も今どきの若者。彼は著書もあるしメディアの露出度も高いのでよくお見かけします。故に、この二人がこのテーマでする話ですから、興味が湧かないわけはなく、会話文で読みやすかったのでするすると読めました。上野さんはおひとりさまの老後でも持論を展開するのに分かりやすい砕けた表現を使うので、シビアな内容でも笑えるのですが、この本でもそんな表現が満載、聞き手の古内君に講釈する様子はとても面白いものでした。古内君は「絶望の国の幸福な若者たち」で主張したように今の時代に生まれたことに不満はない、しかし将来の不安がある、そんな彼の不安は何なのかということを上野さんは順を追って聞き出して、将来の処方箋を考える手助けをします。この対談で古内君が親が死ぬのが怖い・・・いかに自分が大人になりたくないかわかったといっていますが、私たちの年代の若い時もモラトリアム人間なんて言う言葉が流行ったなあと思い出しながら、今は家族ぐるみで一体化してモラトリアムを生んでいるのだと感じました。つまり上野さんがいうように「大人になりたくない子どもと、大人にしたくない親との利害が一致。親の方も一人前になりきれなかったので、子どもを一人前にしないでお互いにしがみついている。」・・・果たして、問題を先送りしても何も解決しませんね。
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日本のジェンダー論をわかりやすい二軸論にたてかえ、フェミニズムとマルクス主義における女性論を整理した本。
もちろんわかりやすくしたのだから、種々の議論が抜けている、視座が偏っている、などなどの批判はある。が、≪男性=女性≫という対立関係の中から抜け出せないで議論されていた女性論、僕なりに言えば「解放される主体としての女性をどこにおいたらいいのか論」を、マルクス主義批判をもって非常にわかりやすく転回しまとめたという点でこの本の価値はある。
またこの家父長制と資本制という二軸から女性論を捉える視座の批判から、それをすることによって初めて明らかになる人間関係を規定する制度もあるだろう。
本人の過激な発言で脚光を浴びまた批判を浴びることの多い筆者だが、マルクス同様人間性に囚われない新しい批判がこれから登場しさらなる男女論、そして社会科学(科学?笑)の発展のためにも真摯に読まれ批判されて欲しい一冊だ。 -
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ネタバレいわゆる良い大学を出た人間の最大の強みは「やればなんとかなる、自分にはそれだけの力がある、という意識を持てていることである」、という言葉が印象的でした。学歴がもたらすものは「知識」よりも「自信」なのだということ、そしてその「自信」が無ければ先に進む為に行動を起こすことすら出来なくなってしまうこと等が書かれていました。
低学歴でかつニート・フリーターなど社会的に弱い立場にある人達が思考停止しそこから脱出しようとする意欲すら持たなくなる背景にはこのような心理的背景があるのだということ、本人達の「怠け」ではなく学歴社会による心理的な圧迫があるのではないかという疑問に思い至り、社会問題を感情論ではなくロジカルに読み解くためのひとつのヒントになりました。 -
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日本のフェミニズムの40年近い闘いの歴史は、本当に闘いであったのだなと思わされた。大きくとらえれば、既存の男社会が敵ということになるのだろうが、そのなかでも、当初はとにかく現状打破という感じであったのが、最近ではバックラッシュ派との闘いが主になっている。つまり、敵がその時々で変わりながらの40年だったというわけで、それはそれで非常に骨の折れることだったろうと思うけれど、一方では、この変遷はフェミニズムの発展……というよりも世間の女性蔑視の風潮の変化(それも遅々とではあるが前進している)の表れでもあるのだろう。
本書を読むと変化の激しいなかでも上野千鶴子はブレていない。考えの変化はあるのかもしれないが、迎合したり流されることなく意志的に自分の言行を一致させてきた人。なかでも一貫しているのは、フェミニズムは世の中から生まれてきたものであると解釈していること。同時に、世の中に対して努力しない女を非難するような態度ではないこと。少なくとも上野千鶴子のなかでは、フェミニズムは意識の高い女のものであるといったことはないのだろう(自分は意識の低い女には腹立つけど)。この参加しないものを排除したり蔑視しない、口を出す者が手も出すといったネットワーク的な思考が根付いている。この空気(ネットワーク感)も、自分がフェミニズムに共感を覚える一つの要因ではないかと思った(と言っていると、上野千鶴子は「男性学をやれ」と言うだろうけど)。 -
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「おひとりさま」という流行語の本家本元、上野さんの「男」バージョンおひとりさま道です。
上野さんは女性であるので、どれだけ分析できるかという興味もあって手に取ったのですが、
やはり社会学の達人、いろいろな書物からの参照のみならず、いくつかのインタビュー等による分析は流石です。
未婚率も年々上昇しているし、男のほうが頭数も多いし、熟年離婚によるおひとりさまも増えている状況で、男おひとりさまも笑えない状況です。会社時代の栄光とか上下関係とか、そういうのは一切通じない(逆にそれらを楯に話すと村八分にあう)世代の仲間に入っていくには、40代・50代のうちから「人持ち」になることが一番重要とのこと。お金はあぶく銭、死んではあの世にも持って行けませんし。遠くの身内より近所の友人が大事、それもある程度の距離をおいての接し方が重要。ベタベタくっつかず、けれど大事なときにお互いが助け合える距離感ですばらしいですね。
世の中のオジサン諸君に一読をオススメです。 -
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ジェンダーの理論家である上野千鶴子さんの最近のテーマは「おひとりさまの老後」。
若い頃からずっと扱ってきたフェミニズムというテーマでは、上野さんは研究者であると同時に、自分自身が研究対象でした。
あらたなこのテーマにおいても、上野さんは、研究者と研究対象を兼務しています。
幸福な人生の典型として描かれるのが、「夫婦子供二人」だとしたら、「おひとりさま」に対して人が抱く思いは、孤独であり、寂しさでしょう。
でも、この本では、「おひとりさま」であることに、肯定的で、潔い決意を持った上野千鶴子という研究対象が描かれています。
これを読むと、私たちも、「どんと来い!おひとりさま」という気分になれそうな気がします。
父母を相次いで亡くし、年末年始を供に過す人がいなくなったとき。供に過す「家族」を探そうと思い、女友だちに声をかけました。
「お願い。大晦日と元旦を一緒に過して」
三人で、缶ビールで乾杯し、明け方には初詣に出かけました。
わたしはそのときのことを、いまでも恩義に感じている。会うたびに、「あのときは一緒に『お正月家族』したねえ」となつかしく思い出す。
ひとりものが「家族持ち」を心底ねたましいと思うのは、こんなときだ。
というより、こんなときだけだ、と言ってもよい。
最近では、大晦日を一緒に過す友人は、誰にしようかと迷うほど増えました。
私はこれを「大晦日家族」と呼んできた。
あれこれ考えると、選択肢がいっぱいあって迷ってしまう。
家族持ちではないが、自分が「人持ち」だと感じるのは、こんなときだ。
自ら「おひとりさま」を選択した人ばかりではなく、絶対に「おふたりさま」を望んだ人も、いつか、「おひとりさま」になってしまうことはあります。
結婚は社会契約。「つがい」は繁殖期の行動。夫婦は子育ての戦友だ。だが、子供を育てるという一大事業が終わったあとは、いったん契約を解除してもっとゆるやかな関係を結びなおしてもいいのではないだろうか。
超高齢化社会には、家族の義務から解放された男女のおひとりさまが、あらためて男女共学の仲間づきあいをできるようになればよいのに、というのがわたしの「おひとりさまの未来」だ。人生八十年時代、つがいでいる期間はその四分の一。人生百年ならその五分の一だ。「おふたりさま」がゴールであるような考え方を、そろそろ捨ててもいいんじゃないかと思う。 -
Posted by ブクログ
ほとんど高2の時に読んだ『スカートの下の劇場・・・ひとはどうしてパンティにこだわるのか』(1990年・岩波書店刊行、のち岩波現代文庫2009年)以来、単行本を手にしていなかった上野千鶴子ですが、それでも雑誌掲載論文とか対談集やアンソロジーくらいは読んでいましたが、このあたりで全貌を明らかにするために少し読み込んでみようと思っています。
フェミニズムについても、もう一度おさらいする時期だとも考えていますから。
それにしても、他を圧倒する気っ風のいい論客として名高い千鶴子センセですが、昨年アラカンを迎えられたとはとても信じられませんし、少し前にヒットしたのは、なんと『おひとりさまの老後』(法研刊行2007年)という著作でびっくり仰天した覚えがあります。・・・・・