上野千鶴子のレビュー一覧
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この本で、あらゆる場面でのミソジニーをこれでもかと考察されて、好きで見ていたアベマの番組や、女性誌に載っているエッセイが、完全にミソジニーの文脈で読み解けてしまうことに気づいて嫌な気持ちになった。
そういうものを楽しく見れてしまうこと自体、私が「自分を女の例外として扱い、自分以外の女を他者化することで、ミソジニーを転嫁」していて、それでもあわよくば女としての評価を得たいがために、男を立てよう、と潜在的に思っている証拠なのかなと思う。
不用意に他者を傷つけたり自分を貶めたりしないように、自分の中のミソジニーに気づくアンテナを持っていたい。
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Posted by ブクログ
まず著者群の面子を見て、少なくとも既知の名前において、それぞれの発信することばを追いかけている人が多いことを確認。演繹的に、その他の著者についても、かけ離れた立場にはないであろうと判断。あわよくば、今後の人生指針になり得る存在と出会えることも期待。前置き長いけど、そんな考えの下、発売前から気にかけていた本書。日本学術会議任命拒否問題についても、どこかでちゃんと読まなきゃと思っていたけど、その欲求も本書で満たされた。中曽根時代から綿々と受け継がれて今に至るってのも、何とも根深くて嫌な感じ。そのあたりまで遡って、ちゃんと勉強しなきゃ。あとは、己でさえままならない自由の取り扱いを、更に次世代に伝えることの困難も、改めて実感。自分も不断の努力を続けることにしか、それに対する答えはないですわな。
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Posted by ブクログ
NHK 100分de名著 2021年7月はボーヴォワール「老い」を上野千鶴子が指南しています。
「そう言えば、上野千鶴子の著作は、これ一冊持っていたはず。」と、
初版1982年発行のカッパサイエンス版を読み返しました。
岩波現代文庫に収録されていることは、今検索して、初めて知りました。
僕が読んだのは、1986年4月1日発行の第9刷り。穢れを知らない(^_^)十代での初読でした。
カバーの袖の山口昌男と栗本慎一郎による紹介文を読むと、本書は「衝撃的」な内容だそうです。
僕にとっては、全く衝撃的ではありませんでした。
どこが衝撃的なのか、ワカリマセンでした。
なるほど、広告のポスターでの男女の描かれ方は「男が威張っている」と読み取れるわけね。
そのほか、いろいろ分析してありますね。
と思いました。
「それならば、僕も機会があれば注意しましょう。」
と、高校の行事では性差別的な役割分担がないように留意し、自分の結婚式の時は、親族の紹介など新郎側と新婦側とで、先になる機械を均等にしたり工夫しました。
これらの事から類推すると令和になった現代において、「今の若者は」と言われても、今の若者の皆さんは何が言いたいのかワカラナイことでしょう。
例えば「草食男子」と揶揄されるのも、意味不明だと思います。
わかるのは「あんたがた、年寄りは、いろいろ偏見があったんですね。」ということでした。
第3章「女は「曲芸」に生きる」
の
「やらせる女」は「いい女」か
の議論が気になったので記します。
人間の性行動の解釈について、
学界では結論が出ていない二つの仮説を併記しています。
「攻撃と服従」
「ピースフルなコミュニケーション」
本書では(性行動に於いて攻撃的ではないであろう)ビートルズのジョンレノンが子どもをもうけていることを指摘して「ピースフルなコミュニケーション」説を支持できることを匂わせています。
本書が世に出た後、LGBTへの理解が進み、動物行動学が長足の進歩を遂げたので、
この二点についての記述は、大目に見る必用があります。(この二点を指摘して、否定するのは難癖の類いになることに留意が必要です。)
その他の点、例えば記号論としての記述は、現代でも通用する、と言うか、前提として認識するべき基礎知識になっていることに驚きます。
今で言えば「ノン・バーバル・コミュニケーション」の指南書としても読めます。
ちなみに性行動が「攻撃と服従」なのか「ピースフルなコミュニケーション」なのかについて、学界での結論が出たのかどうか、僕は存じ上げませんが、
僕が思うところでは(個人の少ない経験からですが)
「人によって、どちらかを常識として捉えている」
ということではないか、と思います。
「男は、性行動によって征服欲を満たしている」
と考える人もいれば、
「男も女も、二人で親密な関係を築きたいと思っている」
と考える人もいるように思います。
男については僕はワカリマセン。(男を性の相手として付き合ったことがないので)
女性については、歴代の彼女については、半々だったように思います。
「あんたの、征服欲を満たしてやるわよ。」(攻撃と服従と捉えている)
と言う態度で臨む人と、
「一緒に楽しみましょう。」(平和的な交歓と捉えている)
と言う人とが、
ちょうど同じ人数でした。(全部で何人か、は言いません(^_^)、そんなに多くないです)
「男は征服欲を満たしたいはず」と考える女性は「二人で仲良ししましょう」と言う男性の性に対する態度があることは思いも寄らないようでした。(必ず男は征服欲を持っている、と信じて疑わないようでした。)
このあたりが、相性があうかどうか、と言うことなのでしょう。
ただし、男はあまり相手を選ばないので、この感覚が不一致でも結婚して平然と性生活を営んでいる人もいて「たくましいな。」と思います。僕はうんざりして(その相手とは)子どもをつくりたくなくなってしまいましたが。 -
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ネタバレいろんな発見があった!
それに長い歴史の流れの中に自分がいる実感、発信することの大切さを感じた。
私もミソジニーとしての女になりたくない気持ちからフェミニズムを主張していたけど、女である自分を愛するためにフェミを名乗ることもできるのだと思った。
支配的な男になりたいわけではなく、弱者として弱者のまま優しい世界で生きていきたい。
【以下メモ】
個人的なことは政治的なこと
一人一殺
相手を巻き込んで自分も巻き込まれる。それこそ恋愛と結婚
ミソジニーからフェミが始まる
フェミニズムと性欲はもちろん共存する
長いヘテロの歴史が身体にインプットされている
オーガズムはシナリオ通り
落とせる女オーラを出せは簡単にモテる
それが必要ないなら満たされてるってこと
言葉という洗脳で恋愛を知る
感情は言語化されてはじめて経験になる
「女も戦争に行け」に対しては、兵士、殺される側の人権の侵害それがなくなる戦争自体に反対の姿勢。人権尊重としてのフェミ活動。
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購入済み
やはりそうか。在宅死に決めた!
現在67歳。ここ3、4年最後はどこで終わるのが良いかとずっと考えていた。結果、訪問看護や訪問介護を受け、最後は病院で死ねば良いと考える様になっていた。が、この本を読んで、在宅死に決めた。自由や金銭において懸念されていた事が払拭されたからだ。
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学問の自由は私たちの生活とも関係している。学問をすることが自由なのもあるが、学問はそれ自体国の権力から自由で独立したものでなくては、また再び、戦争に使われる可能性がある。過去の過ちを繰り返さないという学者の決意から生まれた学術会議の経緯を知っていれば、今回の件は学者集団にとって、赤信号であるとともに、私たちの身にも危険が近づいていることを示している。
さまざまな学会から声明が出され、報道を賑わせたが、最近また忘れられそうになっている気がしてならない。しかし、このことは決して忘れてはならない。
個人的には内田樹さんの部分が、自分が薄々感じていたことをはっきりと明文化して提示されたようで戦慄が走った。