諸田玲子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
加賀藩でお姫様の身の回りの世話をする女子衆の一人として働く主人公。その前田家のお姫様(富姫=おふうさま)が天皇の姻戚の貴族の当主に嫁ぐことになり、お側役を命じられる。当時、徳川家光の時代。徳川の世は安泰となったが、江戸から見て京都はまだまだ信用できない勢力であり、前田家としても豊臣恩顧の大名として徳川家から警戒の目で見られている。おふうさまは、そんな時代の、天皇+公家と徳川家と前田家の、微妙なバランスを取るための政略結婚だった。それまで自堕落な生活をしていたが、おふうさまの一言で命を賭して姫を守ろうと決意する。公家との水面下での争い、おふうさまの夫はそんな状況を知ってか知らずか何もしない。おふ
-
Posted by ブクログ
岡藩(九州のたぶん現在の大分あたり)第三代中川久清は、江戸時代初期、伏見で正室ではない女性から産まれ、後継として江戸にやってきた。父の正室には男児がなく、無事跡を継ぐことができたが、父が亡くなった後に39歳にして岡藩を継いだところ、父がかなり切支丹に甘い政策をとっていたことが次々と明るみに出た。
おりしも天草の島原の乱の後であり、もとより厳しかった切支丹の取締りは更にキツくなり、そして周囲の大名家も徳川に睨まれたくないので、どんどん取締りをキツくしており、周囲より取締りの甘い岡藩領内には切支丹の百姓が逃げ込んでくる。幕府の隠密も入り込み、かなり厳しい情勢になっている。 -
Posted by ブクログ
初出2023〜24「小説新潮」
秋田藩(久保田藩=佐竹家)の家臣に小田野武助(直武)という画家がいて、江戸で平賀源内・司馬江漢から蘭画を習い、杉田玄白の「解体新書」の挿絵を描いたというのは史実なのだろう。
源内が佐竹家の存亡にかかわる密書を持っているという情報がもたらされたため、この武助が源内の許に密偵として送り込まれる。武助の才能を見出したのは直接の主人である佐竹一門の又四郎だったが、藩主となる次郎に紹介したため武助は次郎のそばに仕え絵を教えていた。この3人の微妙な関係と、久保田藩が置かれている財政難と、10年余以前の銀札騒動での改革派藩士の大量処分事件の余波が物語の背景にあることが -
Posted by ブクログ
徳川家康最後の側室、お六の話。
これまで読んできたのは、そこそこの身分の武士の娘だったり、生まれながら身分の高い姫君の話だった。だから落ちぶれた家臣の娘が「成り上がる」話にワクワクした。しかしながら、こんなにも気が強かったらさぞかし敵(側室たち)に恨まれ憎まれていたんじゃないのかしら。お六は家康の寵姫とはいえ、阿茶局あたりが黙っている訳がなさそうではある。
タイトルの「仇花(あだばな)」とは、「咲いても実を結ばずに散る花。転じて、実 (じつ) を伴わないもの」という意味だという。実を結ばなかった(子を産まなかった)お六は大御所の寵を一身に集めても立場の弱い人間だった。果たしてお六は儚なく散っ