諸田玲子のレビュー一覧
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クリスティー没後50年、ミス・マープルへのオマージュを
込めたミステリー。舞台は日本の江戸時代。
いつもニコニコしている老女のおまあが、
様々な事件を解決する、短編連作。
うごめく怪文・・・一字ずつ切り貼りした誹謗中傷の怪文書。
地主の妻の死はそれが原因なのか。更に新たな死が。
袂に米粒を・・・茶碗屋の主人は毒殺された?続いて亡くなった
妻の袂には米粒が。ずいずいずっころばし胡麻味噌ずい。
眠れる殺人鬼・・・凶宅・榎屋敷に漂う死の影。それは過去にも
現在にも。15年ぶりに戻ったお古和の悪夢と狐の謎。
先触れ殺人・・・林之助の恋。不吉な張り紙のとおりに同心が
殺された。更に2人目。そして3人目は?
過去の悲劇を繰り返してはいけない。
銅鏡はくもって・・・歌舞伎役者を招いての宴の最中の毒殺。
それは悲劇の幕開けだった。過去の流行病の因果がここに。
復讐の咲耶姫・・・相模屋主人の謎めいた遺言に導かれ、
大山詣りへ。咲耶姫は富士山に帰った?彼女の正体は。
クリスティーのミス・マープル物が好きだったので、
揃って蔵書に収まっています。なので「おまあ推理帖」の
各話のタイトルは、それらの作品のリスペクト先が
すぐに分かってしまう。更に双方を比較読みしてみる。
クリスティー作品はほぼ長編。で、こちらは短編。
江戸時代に舞台を変えてキュッと絞ったような物語なので、
ちょっと進行がせわしない感じもしましたが、
その登場人物や小道具等の設定や創造は面白く、
著者も愉しんで書いたようにも思われました。
徐々に明らかになる、おまあの過去や仲間たち、
孫のような乙吉、息子のような林之助など、個性溢れる
登場人物が生き生きと描かれているのが楽しかったです。 -
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ミス・マープルのオマージュでもある連作時代ミステリ。高い洞察力を持つおまあは、身近で起こった、あるいは依頼された事件を鮮やかに解き明かしていく。穏やかな隠居生活を送る彼女には、しかし意外な過去があった。
ミス・マープルのオマージュということで、おまあのキャラクターが本当にミス・マープルを彷彿とさせます。そして各話のタイトルにもにやりとさせられます。「銅鏡はくもって」なんて、まんまクリスティのあの作品……もちろんそれ以上のひねりもきちんと加えられていて、原典を知っていても読みごたえは充分です。
おまあを取り巻く他のキャラクターもよいなあ。昔取った杵柄で活躍する「老士組」楽しすぎますって。事件そのものは悲哀に満ちたものが多いのだけれど、読み終えた後は少しの切なさとほっこりとした雰囲気に癒されました。おまあとあの人の過去にもしんみり。
お気に入りは「眠れる殺人鬼」。過去に起こった凶事、封印された惨劇の記憶、とどきどきの要素がみっしりと詰まっていて、わくわくすることこのうえなし。でもタイトルは「榎屋敷の怪」でよかったんじゃないのかなあ。 -
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恥ずかしながら豪は知ってるけれど真麻は初耳でした。戦国武将ものを読んでいるとその家族、特に妻はよく出てくるので特に茶々なんかは個性的でまた秘めた謎が多くあったのでいろいろな書物でも登場していたが、真麻は本書では要であるにもかかわらず縁の下の力持ちな存在でよくぞ主人公として書いてくれたと感謝したい。
武将の活躍の裏には必ずそれを支える裏方がおり、妻の役目は重い。また当時の武将家の女子の扱いが完全にモノ扱いで本書でも少し書かれた秀次の妻なんかは嫁ぐとともに処刑されるとか意味わからないし...
織田信長から豊臣秀吉、そして徳川家康へと時代が変わっている動乱を生きた二人の姫の対照的な生涯物語の描写が見事でした。 -
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中川家には家紋があり、一つは抱柏である。もう一つの家紋は中川クルスと呼ばれている。イエズス会の紋章はアルファベットのIHSであり、中川クルスにはこのIHSが巧妙に隠されているのではないかと言われている。九州は島原の乱にもある通り、キリシタンが多く、そのため弾圧の史実も多い。苛烈な取り締まりを行った当主が、なぜイエズス会の紋章を含んだような、怪しい家紋を採用するのか。
久清は時は四代将軍・家綱の世。天下をゆるがした島原の乱の余燼がくすぶり、幕藩体制が盤石ではなかった時代。公儀の執拗な締め付けに苦しむ豊後・岡藩の第三代藩主となった中川久清が、山中で不思議な娘と出逢う。行方をくらませた娘を探し求めるうちに「中川の誇りを貫いてくれ」と言い残して逝った先代が秘してきた切支丹庇護の痕跡が次々と露わになり、祈りの場に娘の姿を見つけた時、久清の運命は大きく変わり始める。やがて自らの出生にまつわる壮大な秘密も明らかになっていきなぜ大名はくじゅうの山に登ったのか? -
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豊後国岡藩の第3代藩主中川久清は、日本人離れした容貌と言われている。なぜそういわれるかというと、かなり目鼻立ちがくっきりした肖像画が残されているからだ。キリシタン摘発を目指しての絵踏みを行なった。久住連山の一つ大船山を愛し、「人馬鞍」と呼ばれる鞍を屈強の男性に担がせて何度も登山した。墓所は、自身が愛した大船山中腹1,300メートルを超える台地上に作られ、入山公墓と呼ばれる。岡藩中興の英主・天下の七賢将と称えられ、プライベートも充実していた、幸せな人生を送った大名のように見える。
ところが、諸田氏が描き出した久清は、これらの事実を全て裏返して作られた人物だ。彼の系図が冒頭に紹介されているが、有名人のオンパレードだ。賤ヶ岳の戦いで敵味方となり戦った中川清秀と佐久間盛政を曾祖父に持つ。祖父・秀成は、高山右近と従弟どうしで、父・秀成は、父親と戦った佐久間盛政の娘・虎姫と結婚した。母親紀為君は家康の異父弟・松平定勝の娘で、後に家康の養女となる。第四代将軍家綱のもとで老中となった酒井忠清や岡山藩主の池田光政とも、姻戚関係にある。更に、豊臣政権下で切腹に追い込まれた古田織部とも縁続きだ。 -
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「六郷宿は、雪の訪れこそまだないものの、吐く息が白くなるくらいには冷え込んでいたはずだ。」「道端の小暗い木陰には霜が降りていたかもしれない。」という描写が冒頭にあり、「おや」と首を傾げた。この小説はどういう視点で書かれているのだろう。想像や予測、そんな視点は作者自身の視点でしょうか。少なくとも、この2文、語り手は現場にいないのだね、と思いながら読み進めたが、これ以降はすべて、語り手は現場に寄り添っていた。ここだけなのですね。
ストーリーは面白かったのですが、もう一点、読み進めるのに抵抗を感じたのは、途中に出てきた「怒り心頭」という表現。歴史小説・時代小説をその当時の言葉だけで書けなどという、そんな無理無体なことを言うつもりは毛頭ないのだが、「怒り心頭に発する」からの後半省略するような言葉遣いがこの作品の雰囲気にふさわしいかというと、私にはそうは思えなかったのです。
作品全体は、とても面白く読みました。
小田野直武の死は、いまだ定説がないような状況で、それに一つの解釈を見せてくれたのはとても興味深いものでした。秋田蘭画を作った3人が、それぞれの思い、地位、で動いていく、そのすれ違いや交流が、なんとも悲しく、美しく描かれています。それに対する源内の奇矯さは内容十分であるものの、そこにいたる経緯をもっと書いてほしかった。田沼の不気味さももっと書いてほしかった。
「背景が沈んでおればこそ、鮮やかな花に目がゆくもので……」途中で出てきた言葉。印象に残ります。
これは、一冊の本としてまとめて読むより、連載の形のまま、一章ごとに時間をおいて読んだほうが味わいのある作品かもしれません。語り手と時間の動きがそのように作られていると思いました。