昔、大阪に住んでいたので、タイガースは身近な存在です。駅で縦縞ユニフォームを着たファンの方々が楽しそうに帰路へつくのを見て、あー今日は阪神勝ったんかなと調べたら負けてたりして。虎キチさんたちは勝敗関係なくいつも楽しそうだなーなんて、チームよりファンのファンだった私です。あとは坂井希久子さんも好きなのでこれは絶対面白いだろう! と手に取った次第。坂井さんが全然野球を知らずにこの物語を書き切ったことにまずはびっくり。
各章、二軍の帝王と呼ばれた打手・仁藤全を取り巻く人々の聞き書きで構成されています。本人が野球オンチって言い切っている仁恵さんの章はほとんど野球の話が出てこないし、スカウトマンや中日のベテラン投手・山村の章はがっつり野球の話。野球ファンもそうじゃない人も楽しめるようバランスよく書かれています(といってもターゲット読者は野球好きの人でしょうが)。
聞き書きってずっと続くと単調になりがちですが、本書は各章で語り手が変わるし、各キャラクター造形が秀逸だし、なんといっても半数以上の人が関西弁を扱う、そのリズムが心地よくて一気に読んでしまいました(私が関西在住歴が長かったからかも。ずっと東住まいの人が、関西弁のセリフは読みにくいといっているのを聞いたこともあるから)。
特に全が場外ホームランを放ったときの、山村の語りがよい。ここで涙がどおっと溢れてきました。
ひとつ個人的に残念だったのは、最終章の「私」。これは蛇足ちゃうか?と思ってしまった。
本書はゆくゆく仁藤全のノンフィクションとして発刊されるという体で書かれているみたいだけど、一般的なノンフィクションものでも著者(スポーツライター)は背後に隠れていることが多い。なぜこの本を書いたか、みたいな動機は読み手は正直興味ない。選手が偉大でその功績を残したい、それが執筆の動機であることがほとんどだし。
最終章まで読んできて、仁藤がどんどん好きになり、各登場人物への思い入れもぐんぐん高まり、ろくでもないオッチャンやなと思ってた秋人さんすら魅力的に感じるようになってたところで、唐突に出てきたタドコロタカアキという人物が自分の職業遍歴とか仁藤との関わりとか語っても、なんというか「しらんがな」と感じてしまった。
じゃあ最終章としてふさわしい語り手は?と考えると、本が発刊された後で皆川さんが読むとか、メジャーリーガーになったイッキ君が読むとか、そんな感じでどうでしょうかね……。
ヒーロー・仁藤本人が一切出てこないのは素晴らしい。様式美として美しいです。