谷津矢車のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
蔦屋重三郎の生涯を丸屋小兵衛を通して描かれている。日本橋の地本問屋・豊仙堂の店主であった小兵衛は店が傾いたことにより畳むことを決意していたがそこに重三郎が表れ豊仙堂を買い取ることとなる。重三郎は吉原の埒を壊すことを目標とし数々の本を出版し世間の流行を生み出していく。松平定信が老中となった時、定信の方針で世間が質素倹約を強いられておりそれを風刺するような草双紙を発売し大盛況となる。しかし幕府からの圧力により作者の恋川春町は自死し重三郎も圧力をかけられる。その後幕府の目をかいくぐりながら写楽などの絵師を発掘し流行を作り出していく。
登場人物が江戸訛りで喋っていおりとても当時の江戸の活気のようなものが感じれて良かった。重三郎と喜多川歌麿との関係も吉原という地から解き放たれようとする様が感動的だった。 -
Posted by ブクログ
二・二六事件を描く小説が好きで、これまで何作も読んできたけれど、この作品は今まで読んだ数々の作品とは一味違うアプローチ。
事件後主犯の一人として拘束された技術将校・山口一太郎と、彼の捜査を任じられた憲兵・林逸平を主軸に事変後の捜査過程を通して当時の国の混迷の姿、国家の大義、人としての正義のありようなどを描く大作。
この事変を題材にする作品は、どこに(誰に)焦点を当てて描くかで趣がガラリと変わる。まさに真実は人の数だけあって、それだけに興味が増していく。
この作品は山口大尉の人間的な魅力に引き込まれた。一人一人は非力でも、小さな水滴の一つとして声を上げていけば、いつか水滴は岩を穿つという終盤の軍曹とのやりとりは胸熱だった。
諦めてはいけない、声を上げても無駄だと嘯いて白けている場合ではない。迂遠であっても、正しいと信じることを求めて続けていくのだという強いメッセージを感じました。
いい作品でした。 -
Posted by ブクログ
久しぶりの谷津矢車小説。
なんと二二六事件とな・・・大好物w
あらすじは、山口一郎太大尉の事件への関与をめぐり、
憲兵隊の逸平が調査を進める。
一郎太と関わりのある、士官学校時代の同期、技術部の上司・・・
そこへ石原莞爾大佐がからみ、何かと便宜をはかってくれる
かと思いきや、突然陸軍上層部からの暴力を受け、邪魔される。
実は矢車小説から距離をとっていた。
前回読んだ小説が、もうとにかく暗くて、暗くて・・・
絶望的な気分になったからだ。
この人の著作は最初に読んだ『廉太郎ノオト』も暗く、重たかった。
今度も、その傾向はあるけれど、まずまずやりすごせる。
逆に言うと、う~ん、迫ってこないともいえるのだけれど。
とにかく二転三転、時間をおいて読み返すとわからなくなるほど。
そのせいかもしれないが、
山口がいったい何者で何を為ようとしているのか、や
周りの怪しさ、伏線めいたものが弱いのでは?
それともわたしが読み落としたのか?
それでも、最後は納得。
うん、良い終わり方だ。
谷津氏も、少し年齢を重ねたのかな? -
Posted by ブクログ
東京音楽学校で知り合った姉妹に幸田延と幸がいてこの二人は幸田露伴の妹たちだったとか。日本の西洋音楽の先駆けになったそうで、「鳩ぽっぽ」「お正月」を作詞した東くめと幸は親友で滝廉太郎とも親しかったとか。勿論作曲は滝廉太郎ですね。
優秀な人材が東京に集められ各方面で活躍が期待されていた時代。ビッグネームがうじゃうじゃいてそのつながりを想像するだけで嬉しくなりました。
そしてその中の音楽分野の第1線に幸田姉妹や滝廉太郎がいて互いの才能を開花させるために切磋琢磨した日々が輝いてみえました。結核にかかり23歳の若さで世を去った廉太郎の無念、関わった人たちが彼の未完の想いを繋げようと頑張っていく姿にビビってきました。
100年越えて、いまだに名が覚えられてるのは教科書にでてきた人物くらいになるんだなあとゆうところでした。
小説読んだことないのに幸田露伴とかの名前は知ってたりするところが歯痒かったりです。 -
Posted by ブクログ
瀧廉太郎の作曲『荒城の月』がとても好きだ。
哀調の調べが美しいし、今は石垣だけとなっている城が当時の姿を取り戻し、楼閣で酒を酌み交わす武将たちの姿が月光の中に浮かび上がるようだ。
傾ける盃に、夜桜の花びらがはらりと落ちる。
まさに日本の叙情の世界。
「クラシックTV」のメンデルスゾーンの回を観ていた時のこと、彼が作った音楽院に入って勉強した日本人がいる、それが「瀧廉太郎」!
と聞いてびっくりした。
そしてこの本を手に取った。
23歳の生涯はあまりにも短い。
明治は、「鎖国」の間に日本が取り逃していた世界の文化を貪欲に吸収すべく、各分野が活動に励んだ時代。
音楽に関しても、西洋音楽を取り入れようと力を尽くした人たちがたくさん居た。
子供の頃、教科書に載っていた唱歌。
『荒城の月』以外にも好きな歌はたくさんある。
何も考えずに歌っていたけれど、あの美しいメロディーは、西洋の音楽と日本の心の融合だったのだなあと思う。
もちろん、廉太郎はまだやりたいことがたくさんあったし、早すぎる死は無念だったと思う。
しかし、彼の作った歌は今も生き続けている。素晴らしいことだ。