谷津矢車のレビュー一覧
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ネタバレ憧(あくが)れ写楽
著者:谷津矢車
発行:2024年11月10日
文藝春秋
(書き下ろし)
来年の大河ドラマは江戸の出版元である耕書堂を営む蔦屋重三郎の話。NHKは特に原作をあげておらず脚本家の森下佳子の作としているが、谷津矢車著の小説「蔦屋」が原作だと思われているふしがあり、結構、読まれているようでもある。間もなく始まる予習というわけである。同じ著者の手になる本書「憧れ写楽」は、蔦屋と同業者であり、蔦屋の才気を認めている仙鶴堂主人・鶴屋喜右衛門(きえもん)が主人公。もちろん、両者とも実在の人物。この話も予習になる。
アイデアや行動力で伸してきた蔦屋に対し、先代から引き継いだ大手の鶴屋という位置づけだが、どちらも錦絵や戯作などを出版する地本問屋が本業。ところが、老中・松平定信の政策により贅沢や娯楽が制限され、そうした本が出しにくくなって、儒学書や学問書などの「物の本」ばかりが店先に並ぶようになってきた。物語は寛政8(1796)年。
その2年前の寛政6年に突然現れて話題をさらったのが、新人絵師の東洲斎写楽だった。とくにこの年5月の芝居「恋女房染分手綱(そめわけたづな)」の江戸兵衛を描いた役者絵は、誰でもが知っている有名な錦絵である。それまで役者絵は全身図を描くのが普通だったが、顔から胸を大きく描く大首絵に、雲母を塗りつける雲母摺(きらずり)という手法が衝撃的だった。版元は役者絵で実績があまりない蔦屋だった。そして、翌年、僅か10ヶ月ほどの活躍を最後に消えてしまった謎の絵師でもある。
写楽は阿波蜂須賀公抱え猿楽師、斎藤十郎兵衛であるというのが有力説らしいが、喜多川歌麿説を唱える本なども出ている。この小説では、斎藤十郎兵衛を鶴屋が訪ねる場面からスタートしている。ある武家の家臣で狂歌師から、江戸兵衛の肉質画を頼まれた鶴屋が、写楽だと噂されている斎藤十郎兵衛に肉質画をもう一度描いてくれと依頼していたのだった。しかし、版画をもとに肉質画に何度チャレンジしても描けない。斎藤十郎兵衛は、この絵は自分が描いたのではない、写楽は他にいるという。蔦屋は、最初はその言葉を信じず、前金を受け取っているのにうまく描けない言い訳だと思っていたが、次第に別に居ると思うようになる。写楽の作だとされている錦絵には2系統あり、斎藤十郎兵衛本人も自作だと認めている系統と、別人、すなわち本物の写楽が描いた系統とが存在すると確信する。
本物の写楽探しを始めた鶴屋。写楽に描かれた歌舞伎役者に会ったり、戯場(劇場)の座主に会ったり、絵師や戯作者に会ったりしているうち、なぜか蔦屋がやってきて写楽探しはやめといた方がいいと警告をする。理由ははっきりと言わないが、その方が版元としての鶴屋のためだと。いよいよミステリー展開に。赤犬の首が店に投げ込まれたり、刷り用の紙不足になったりと、嫌がらせもおきる。お互いに版元として尊敬し、認め合っている仲なのに、蔦屋が一枚噛んでいるのか?
結局、写楽に会ったことがあるというのは、俳諧師の内田米棠だけだった。10年ほど前、年齢は40歳ぐらい。喜多川歌麿ではないかと考え始めた鶴屋だったが、年齢があわない。しかし、写楽の作とされる6枚の役者絵に関する評価を色々な立場の人に聞くなかで、段々となぞが解けてきた。これまでにあった人物としては、市川蝦蔵が何かを知っていると考えた。蝦蔵は五代目市川團十郎であり、今は息子に六代目をゆずって蝦蔵として役者をしている。問い詰めると、蝦蔵は口を割り始める。そして、自らの解明を話す蔦屋に対し、同席した蔦屋とともに真相を明かしていく。蔦屋の推理は当たっていた。写楽の正体は、斎藤十郎兵衛でも、喜多川歌麿でもなく、別人だった。
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(ここからネタ割れ注意)
写楽の代表作、江戸兵衛は三代目大谷鬼次(二代目中村仲蔵)だとされているが、実は写楽はそう特定する書き込みはしていない。ただ、2年前の寛政6年5月に河原崎座で上演された「恋女房染分手綱」のときに出版されているので、大谷鬼次のはずであり、世間も鶴屋もそう思いこんでいた。ところが、実は蝦蔵だったのである。10年ほど前(9年前)の天明7年興行のそれで、演じていたのは五代目市川團十郎、すなわち蝦蔵だったのである。他の役者も、何人かはそのような人違いだった。
本物の写楽の正体は、戯作者として人気の恋川春町だった。もちろん、彼は絵師でもある(この小説が唱える新説?)。
春町は、天明7年の「恋女房染分手綱」を始めとした芝居の役者絵を描き残した。ところが、寛政元年(天明9年)に春町の戯作内容が問題視されて松平定信に呼び出された。春町は出頭前に自裁した。春町の正体はといえば、駿河小島藩年寄本役の倉橋寿平という武家だったのである。
蔦屋は、松平定信に睨まれた春町の名前で出版すれば、自らも危ない。だから、春町の名前を伏せ、写楽の名前で斎藤十兵衛を巻き込んで、何年か後に執筆時期を誤魔化して出版したのだった。
その蔦屋は、寛政9年2月、突如倒れ、5月に世を去った。
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鶴屋喜右衛門:仙鶴堂主人、寛政8年2月に写楽?に「三代目大谷鬼次の江戸兵衛」肉質画を依頼
お辰:妻、京都鶴屋の娘、校合担当、まかない担当
喜介:息子
蔦屋重三郎:
丸屋小兵衛:元版元で耕書堂の裏方に、
斎藤十郎兵衛:阿波蜂須賀公抱えの猿楽師、東洲斎写楽もどき?、寛政6年デビュー(蔦屋耕書堂)
和泉屋市兵衛:芝の名物地本問屋、役者絵では一番
唐衣橘洲(からごろもきっしゅう):御三卿田安家家臣、狂歌師
喜多川歌麿:44歳
曲亭馬琴:元耕書堂番頭
十返舎一九:
北斎宗理:勝川春朗→叢春朗→北斎宗理
大田南畝:狂歌師
山東京伝:
恋川春町:戯作者、駿河小島藩年寄本役の倉橋寿平、ペンネームは勝川春章のもじり、本物の写楽、
朋誠堂喜三二:戯作者、秋田佐竹藩江戸留守居役の平沢平角
歌川豊国:人気若手+絵師、和泉屋の稼ぎ頭
勝川春章:勝川春朗(北斎)らが弟子、写楽も弟子か私淑
河原崎権之助:河原崎座(木挽町の控櫓)
大谷鬼次:二代目中村仲蔵、三代目鬼次、
市川男女蔵:写楽探しに協力、恋女房染分手綱で一平役、父は市川門之助
谷村虎三:稲荷町(下っ端役者)、悪役、恋女房染分手綱で鷲塚八平次役
岩井半四郎:女形の最高位である三位、女房染分手綱で重の井役
小川常世:女形、九位、女房染分手綱で奴一平の姉や仲居役
市川蝦蔵:役者を引退し成田屋七左衛門に、息子は六代目團十郎
内田米棠(べいとう):俳諧師、本物の写楽と会っている(10年前に40歳ぐらい)
倉橋:本物の写楽の息子 -
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いよいよ6月の合同サイン会のサイン本の最後の一人,谷津矢車氏の作品。サイン本はもう一冊あるのだがそれは芦沢央さんのサインを2冊頂いたため。
本作は名前だけなら日本人で知らぬ人はいないであろう服部半蔵を描いた作品。とはいえ,服部半蔵の名前は当主が引き継ぐものだったようだが。服部半蔵といえば忍者のイメージだが,本作では伊賀の出の忍びの一族服部家に生まれた主人公が忍びとして生きていくことを拒み,武士として生きていこうとして家を飛び出すというところから始まるお話である。しかし名前だけ知っていてどういう人物なのか何も知らなかったことを知った。本作では絶妙にフィクションを交えて語られているので,これだけ読んで史実を知ったことにはならないと思うが,現実の服部半蔵は武士として数々の軍功を挙げた人物だったようだ。現行の大河ドラマ「どうする家康」は好みに合わず見ていないので知らなかったが,そちらにも服部半蔵は登場しているようだ。そして徳川家康の側で姪に従って行動する半蔵の目を通して今川家を打ち倒すところから本能寺の変の後の伊賀越えの大阪脱出までが描かれている。そもそも徳川家康にあまり興味がなかったのでこの辺のエピソードはよく知らないことが多く勉強になった。
何かと半蔵の命を脅かす存在の謎の凄腕の忍びの存在や,服部家当主の身を影から守る女忍びなどはフィクションと思われるが,物語に彩りを与えていて面白い。 -
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タイトルの通り、「陰陽師(夢枕獏著)」の基軸に、夢枕先生をはじめとするさまざまな作家の短編がまとまったトリビュート小説集。
過去作もありつつも、話や時系列が整っていて、初めて「陰陽師」の世界を読む人でも入りやすい内容になっている。
各作家の作品が、平安時代を飛び出したり、メインの晴明や博雅が出つつも、第三者の視点であったり、出なかったりと、意外な新鮮さがあって面白かった。
5作家・6作品の中では「遠輪廻(武川佑著)」が印象的かつ好きな内容だった。
「陰陽師」の世界の時間軸より時を経た舞台であるにもかかわらず、「陰陽師」の世界としっかり結びついており、作品内の美しい儚い描写に読み入ってしまうものがあった。
歌や桜で結びつく縁というところも良いし、鬼を退治することを目的としない対峙の仕方も興味深かった。 -
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江戸末期に活躍した天才棋士天野宗歩のエキセントリックな人生を小説に。
とはいってもこの方が実在の人物ということすら知らなかったのでどの程度がフィクションとして描かれてるのかさっぱりなんですが。
宗歩本人ではなく、没後に彼について周りが語るというインタビューのようなつくり。それはそれで面白かったですけどね。一遍が短いのでテンポよく読めましたし。
ただ、なんだろうな?最初から「宗歩は誰に殺されたのか?」みたいなテーマも根底にあったように思いますが・・・そっちはちょっと拍子抜けかな。それまで出てこなかった人物が急に出てきて、いわば実行犯であったような話をされても・・・まあそういうミステリ的な楽しみをするようなお話ではないのでしょうけども。。
ある意味で最重要人物である風吉もなんかなあ。将棋からずっと離れていながらとんでもない実力を維持しつづけたという点ではこっちのほうがはるかに「天才棋士」なんじゃないですかね?
史実を下敷きにしている部分と、おそらく創作であろうこの2点が妙に乖離してしまっているように感じてしまいました。うまくなじんでいないというか。。。 -
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数ヶ月前に この著書の
芳藤の作品を読みましたので
読みやすい本だろうと思って 読んでみました。
読みすすめて
あれ?? 安土城って 残ってなかったよね。。。確か・・・・
(旅行で 城跡は 見た記憶がある)
となると こんなに 命がけで描いた絵が 燃えちゃうの?!
と 思うと 悲しくなりました。
でも、唐獅子の絵は どっかで見たことがある。
まさか 城が燃える前に 持ち出せたのかしら??
などと 自分が 見た場所や 見た事のある 絵だと 読んでいて とても 身近に感じて 面白かったです。
若冲もそうだけど
昔の絵師さん達は 全てを投げ打って
絵に没頭していったのですね~~
凄い気迫を感じました。
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宗歩の死は病死と届けられているが、果たして?
とある人物が、宗歩を知る人たちを訪ねて歩き、宗歩が生きていた頃の様子を語り継いでいく。読んでいる側は、章を進めるごとに、宗歩への思いと死への謎を深めていくのだが、当然、死者である宗歩自身の語りは得られない。
彼に恩義を感じる者、その才に畏敬の念を感じる者、嫉妬し疎ましく感じる者、利用する者。
盤上の世界を「白黒が付く」簡単な世界と感じ、世間をそうはいかない、訳の分からないものと感じていた宗歩。
名人になることを断ち、旅に出る彼の胸中には、何があったのだろう。
どこまでも、孤独。
とも思うし、だからこそ『将棋精選』を残そうとした宗歩の気持ちを思う。
時空を超えて、棋譜は残る。
そして、棋譜を見れば、その人の指し回しが見えてくるという。
ふと。
御城将棋にも、賭け将棋にも見えてきた、エンターテイメントとしての将棋を、棋士たちはどう捉えているのだろうと、疑問に感じた。
スポーツにも言えるだろう、観る者のために歪められてしまう、何か。
天野宗歩は、やがて「棋聖」と呼ばれる。
現代の天才が、最初に手にした称号との縁にも、また感じさせられるものがあった。 -
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著名作家のアンソロジー『足利の血脈』ですが、副題で、さくら一族の聖戦と付け加えたい。鎌倉公方〜古河公方・堀川公方の興亡と支える忍者の物語。読後としては足利の歴史よりさくら一族の伝奇。面白い企画かと思いますが、個人的には各作品の波が合わず、一人の作家の連作の方が読みやすかったのでは思います。しかし第七話は最終話にふさわしく感動しました。本作は二度目の方が良いかもしれません。
足利義輝弑逆から織田信長謀殺はもっと盛り上げて欲しいところです。しかし敵城に大胆に忍びこめる信長の忍びは、どうして光秀の京洛進入を安々と許したのか?疑問のままです。某歴史の専門家は本能寺の変に即応した秀吉は忍びを信長の周辺においていた(史料なし)と匂わせていますが、光秀も本能寺進入の前に忍びを使っていたのではと(実際に変に参加した本城惣右衛門の覚書によると、最初に門は抵抗なく開いています)この辺の暗闘があるかと期待していました。
※以下、本作とは関係の無いものですのでスルーして下さい。
義輝の弑逆についてはフロイスの日本史が詳細で面白い(三好の兵、約1万の中には数百人のキリンシタンがおり、情報元かと)
『この目的(義輝殺害)をもって、三好殿(義継)は飯盛(城)から一方弾正殿(松永久秀)の息子右衛門佐(久通)は奈良から出発し、両者は約1万2千名のきらびやかで装備をよく整えた兵士たちを伴って都に向かい、市民を悩まさないようにと彼らは郊外半里のところに居を定めた』
『三好殿(義継)と右衛門佐(松永久通)は、自らの意図をより巧みに隠そうとして、約70名の騎馬の者とともに出かけ、慰安のために市街から半里距たった清水(寺)という名の僧院に赴くよう見せかけた。彼らはしばらく道をたどったが、突然向きを転じ、急遽公方様の宮殿に騎行した』
『(義輝は)長刀を手にし、まずそれで戦い始めたが、数名を傷つけ、他の者たちを殺戮した…敵に接近しようとして長刀を投げ捨て刀を抜き…彼の胸に一槍、頭に一矢、顔面に東傷二つを加え、彼が傷を負って地面に倒れると、敵はその上に襲いかかり手当たり次第に斬りつけ殺害』
そして最近注目されている『乙夜之書物』では本能寺の変で光秀は鳥羽にいたとのこと。確かに信長や寺近くに宿所をとる家臣に見つからずに1万超の兵士が侵入するのは不自然。斎藤利三が精鋭数百でまず奇襲したか。光秀は先例として永禄の変で成功した義輝殺害を当然頭においていたはず。永禄の変も、本能寺の変も通説では1万を超える兵が京の街を奇襲したことになっているが、あの街路を大軍で気づかれず奇襲とは作戦として矛盾している。
■目次
第一話 早見 俊◎嘉吉(かきつ)の狐--古河(こが)公方家誕生
第二話 川越宗一◎清き流れの源へ--堀越(ほりごえ)公方滅亡
第三話 鈴木英治◎天の定め--国府台(こうのだい)合戦
第四話 荒山 徹◎宿縁--河越夜合
第五話 木下昌輝◎螺旋(らせん)の龍--足利義輝弑逆(しいぎゃく)
第六話 秋山香乃◎大禍時(おおまがとき)--織田信長謀殺
第七話 谷津矢車◎凪(なぎ)の世--喜連川(きつれがわ)藩誕生
コラム 喜連川足利氏を訪ねて--栃木県さくら市歴史散歩
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初代燕枝が新聞に連載した原作を元にした書き下ろし
この落語は聞いたことがない。
軽井沢の脇本陣の次男理吉は空虚感を持て余し、10歳で博奕に手を染めて勘当されて高崎の居酒屋の奉公人となるが、そこの主夫婦は理吉の実の母親を殺して奪った金で店を始めていて、娘”お柳”を博奕の借金で売り飛ばそうとしたため、理吉は主とヤクザを殺し、娘を連れて逃げるが、籠かきにだまされて追い剥ぎにあい、お柳は行方不明になる。
魯心という僧に救われ、半年後に江戸の西海屋に奉公するが、やり手の番頭慶蔵の悪辣な片腕となる。主人を殺して遺児を追い出した慶蔵に憧れ、その女”お連”を寝取ったものの露顕し、理吉はお連をつれて房総に逃れ、黒旋風という二つ名のヤクザとして頭角を現し、9年ぶりに江戸へ戻って廻船問屋の主に収まる。
しかし、お柳と再会しために店を失って追われ、お柳と逃げる途中で身を寄せた庵にいたのはお柳の母親で、主人殺しを責められたために殺すが、母親をかばったお柳も殺してしまう。
大坂に逃れたあと、大磯に黒旋風が営む宿屋の噂を聞いて行ってみると、慶蔵が黒旋風になりすまし、お連と一緒にいた。ちょうどそこへ西海屋の遺児武松が仇討ちに来て慶蔵を討ち果たし、ついてきた魯心から理吉の父親を殺したのは自分だと告げられ、自分のように生き直せと言われるが、理吉は自分に刀を突き刺す。
幕末の閉塞感のなか、満たされない思いの人々が、人を殺して血みどろで欲望へ走る物語。救いがなさ過ぎる。
美人画の松浦シオリの装画が、美しくて悲しい。 -
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秀吉を揶揄する狂歌を歌った犯人として捕らえられた曽呂利。斬首されるかと思いきや、口八丁手八丁で生き延び、御伽衆として仕えることに。
彼が秀吉のそばに入ったのは、何が目的なのか。その行動の根っこにあるのはなんなのか。それを探りながら読み進めてゆくのが、興味をそそります。
目的と根底に流れるものが、明かされるのは最終話。その結果に驚きはなく、予想していたものでした。
一話一話それぞれに、曽呂利が裏の顔を覗かせる場面があるのですが、そこがゾクゾクします。あ、こいつやばいもの隠し持っているな、という。見てはいけないものを見せられる感覚。
獅子身中の虫となった曽呂利。そろりという響きが、権力者にすりよる様とマッチングしていて絶妙。
あくまで、耳の臭い嗅いでいるだけなんですけどね。
権力者である秀吉。曽呂利が活躍というか、暗躍したのは、末期の老醜を晒している頃か。煌びやかさと裏腹の影の濃さ。秀吉の人間味の好きなところです。
一緒に働きたくはないけどね。