森博嗣のレビュー一覧
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孤独が寂しいとはマスコミの植え付けである。孤独とは自由だし、自分が何者かを知るには孤独であり考える事だと解釈している。孤独を絶対駄目な状態だと思い込んでいるのは損だとも語っている。寂しさを感じる精神が美しいともある。
マスコミにより受動的であっては自由を謳歌出来ない。孤独とは自由。森博嗣さんの言葉で好きだなぁ。
自分自身と重なる考えがふんだんに散りばめられていた。昔は孤独は寂しい悲しいものだと思い込んでいた時期もあり、今この孤独な時間こそが自分自身と向き合ったり、楽しさを感じる事が出来ている。
まあ仲間との交流ばかりでは辛くなり1人に成りたがる性格だと改めてこの孤独の価値を読んで1人の時間に価値が見出せているとも思った。 -
Posted by ブクログ
p10 人生だって断続するトンネルみたいかものだ。必ずどこかで意識は途切れ、ずっと明るいままの思考が連続しているわけではない。それなのに、たった今通ってきたばかりの道にトンネルが存在していたことさえ忘れてしまう。そうして人は、常に明るい綺麗な道筋を顧みようとする。
久しぶりの読書は読解力を求められる。p482の犀川先生のセリフ、頭にはいってこない。。
p483人は、自分以外の多数の他人を意識しないと、個人とはなりえない、個人を作りえない
p526 人間以外の動物たちは、喜怒哀楽を知ることはあっても、それを隠したり、保存したり、仲間に分け与えることはできない。すべては伝達に起因している。人間だけが、悲しいのに笑える。嬉しいのに泣けるのだ。
犀川は美味しい空気と一緒に煙草を吸うことができた。空気の美味しさを、煙草を吸って感じることができるのは、美味しい酒が良い水で作られるのに似ている。濁ったものでしか、人間は純粋さを測れないのだ。本当に純粋なものには、基準も尺度もないからである。 -
Posted by ブクログ
稚拙であれ、未熟であれ、幼稚であれ。
本タイトルとは別にサブタイトルが帯に記載されて、手に取った。2025年のエッセイ日常のフローチャートを読んで森博嗣さんの考えが好きになりこの本も読んでみた。森博嗣節が踏んだんに使われていて一般大衆から外れた物の捉え方が好きで堪らない。
一般大衆からみたら森さんが楽しんでいることなども稚拙や未熟さや幼稚な考えなんだろうなぁなんてことも自身でもわかりながらも敢えてやっている事自身が羨ましさや憧れでもあった。
自分もマイノリティの部類に入るから余計に今回も斜め目線から見た森さんの感性が好き。面白く読ませていただきました。
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百年シリーズ第2弾
百年もの間、外部との交流を遮断してる国イル・サン・ジャックを訪れる人間ミチルとウォーカロンのロイディ。
めちゃ良かったー( * ॑꒳ ॑*)
前作よりも人間臭くなってるロイディかわいいよ˙ᴥ˙
ミチルとロイディのやり取りが相変わらず素敵
人間、機械、クローン、ウォーカロンが混在する世界だからこそ湧き出る疑問。生きてるとは?死とは?頭脳と躰の役割は?
特殊な出生のミチルだからこそ感じるそれらの疑問に、すごく感情移入しました。ラストでメグツシュカが出した答えが素敵。
メグツシュカの雰囲気や言動が、真賀田四季そのものでドキドキする。どこかで本シリーズと繋がっていないかな。真賀田四季の子孫か、冷凍睡眠しながら百年後も生きてる本人か。 -
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Gシリーズ第7弾
目薬の中身を劇薬に替えるという無差別のイタズラ事件。その製薬会社の社員が変死体で発見される。
面白かったー˙ᴥ˙
過去作を通じて、真賀田四季の思惑に最も近づいた事件。重要キャラ総動員で真賀田四季に迫る熱い展開(四季は一度も登場しない_φ(・_・
矢場香瑠の考えと、西ノ園萌絵の考え、そして犀川先生の推理を合わせたのが真賀田四季の目的と考えていいのか_φ(・_・
・心は脳ではなく躰の細胞全体で感じるもの(矢場)
・社会の中の人は、躰の中の細胞と同じ(矢場)
・ネットワーク上に新たな頭脳を作る(犀川)
・動物実験ではなく人体実験だから時間かかる(犀川)
・時間や寿命はすでに解決済み(萌絵)
真賀田四季の目的が想像してた通りだったのも嬉しい˙ᴥ˙。合ってるか知らんけど -
Posted by ブクログ
ボイドシェーパーからはじまる5つの連作長編の完結編んである。禅という若い剣客の自分探しの道中の物語であり、成長の物語でもある。禅は、日本人が理想とする武士を体現する。強さ、やさしさ、潔さ、心の平静安定成熟、無欲、利他の心。一方で禅は武士の弱みである(とおそらく筆者が考える)「盲目的な忠義」からは自由である。5つの物語を読むことは、禅の道中に同行する喜びであり、至福の時間であった。たぶんそのくらい禅のことが気に入ったのだろう。一方で周囲の武士が見せる「盲目的な忠義」の非生産性・非合理性に今の日本社会の問題もみる。日本人の強さに武士道敵精神があるとすればこの盲目的な忠義にその弱さがある。官僚・小役人代表される「ルール」や「前例」からのがれられない姿勢や価値観がいまもある。オーストラリアに住む数学者である筆者ならではの視点と思う
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Posted by ブクログ
ネタバレ春・夏とは違い、四季は登場しませんが、娘の死と研究
所から出た理由が明らかになります。
読み始めてすぐに思ったのは、「萌絵ちゃんどうした?」
でした。挙動が凡人のようで…
でも思い返してみると、萌絵ちゃんは犀川先生のことに
なると、昔から「普通の女の子」でした。
「有限と微小のパン」が萌絵ちゃんが自信をなくしたの
ではないかと少し心配になる終わり方だったので、四季
と犀川先生の関係、それぞれに対する萌絵ちゃんの思い
がわかるようで第1章は読んでいて辛かった。
第2章ではとんでもない事が起きるけど、それに関して
犀川先生は言及しないし、萌絵ちゃんがハッキリ聞くこ
ともないので、「あの犀川先生だから」で読者も納得さ
せられてしまう。 犀川先生と萌絵ちゃんらしいです。
Vシリーズは未読なので、読んでおくべきだったと少し
後悔している。
それでも十分楽しめた。
一見終わったように見えて、タイミングや場所などに
四季の意図を考えると、終わりじゃないんだろうなと
思う。人々が好んで四季の後を追ってるとしても、四季
は色々な事に人を巻き込み過ぎてる気がして、彼女に対
する印象はあまりよくない。
それより、瀬在丸紅子が興味深かった。
扇風機と太陽のたとえには声が出てしまった。
いいね。 その話だけで好きになった。
力への憧れや恐れの話も面白かった。