森博嗣のレビュー一覧
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秋はそう、「四季」の深まり
四季シリーズも3作品目となり、いよいよ少しずつ出されてきた伏線や繋がりが一気に回収されていき秋らしく実りのある、深まりのある一冊になっていた。
犀川先生と西之園さんの関係性もS &Mシリーズから少しずつ前に進んできたものが一層深まりを見せ、将来に向かってのカタチを探し始めていた。その中で二人にある「四季」の影が、西之園さんの心と行動に揺さぶりをかけていく中で、犀川先生との関わり、そして紅子さんとの関わりにより、「自分らしさ」を見つめ直していく過程、「自分らしさ」を受け入れていく過程がとてもよかった。
四季さんの一面にもまた違った見え方が、「春」のような少女らしさ、「夏」のような女性らしさを超えた先に「秋」には読者も周りの人物たちにも何か優しさをむけるような母親らしさを感じた。「すべてはFになる」で起こったことに対する四季なりの「血」の繋がりへのイメージやらインスピレーションやらをこれから先、彼女はどのような結末に結びつけるのであろうか。
S &Mシリーズ、Vシリーズ、そして四季シリーズと経ていくなかで感じられる「血」の繋がり、「知」の繋がり。読み手の中にあった人々の相関関係という「既知」が、登場人物の「未知」から「既知」へとどのように明らかになっていくのかを楽しんで欲しい。 -
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この上ない満足感。圧巻の一言。
ミステリーとしてもヒューマンドラマとしても極上の作品であった。
今後好きな作家を問われた際の回答には森博嗣の名が加わるだろう。
普段は自分の考えが上手く整理できるかと、少なからず億劫になる感想も今は思うがままに書いている。考えをまとめている場合などではない。
ここからは少し冷静に。
作中の登場人物も言っているように一見すると事件自体は地味なようにも感じた。
それでも退屈しなかったのは西畑刑事や萌絵が次々と仮説を立ててくれたおかげだろう。
巧妙なトリックも衝撃の犯人も最後まで見破ることができず、ミステリー作品として充分面白かった。
那古野の屋敷で銃声が響いたシーンの伏線回収には驚いた。
最終章ではあらゆる謎の解決、華麗な伏線回収、予想だにしないどんでん返しなどミステリー作品の魅力が次々と溢れてきてページを捲る手が止まらなかった。
しかし、"面白いミステリー"だけでは終わらないのが森博嗣。
杜萌を筆頭に様々な人間関係が描かれている点も今作の魅力の1つであった。
素生の間に起きた出来事や萌絵との友情、そして何よりラストに明かされるとある人物との関係性には驚いた。
そして登場人物の間で交わされる会話にユーモアがあるのも森博嗣作品の特徴であると思う。
萌絵と犀川のタッグにはその要素がふんだんに盛り込まれていて飽きることなく読むことができる。
すべてがFになるに次いで夏のレプリカもこの満足感。S&Mシリーズは読破しようと心に決めた。
個人的に50~60ページという丁度いいページ数で章が区切られていると読みやすいことに気がついた。
他の作品の解説は一作者として書かれているものが多いが、今作の解説は散文的な要素もあったことから一読者としての解説かのような親近感を感じる解説であった。
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夏はそう、「四季」の高まり
「四季」シリーズ二作目の今作品はより四季の内面に触れながら、S &MシリーズとVシリーズとの繋がり、補完を成す作品であった。個人的にいうとある登場人物の正体がはっきりと本人の口から出たのは初めてなのではないかなと思う。今までの伏線から読み解いてきた予想を、このように作品の中に落とし込んでくれているのもありがたい。
今作品で描写された四季の姿にはどうしても年相応の等身大の「女性」であってみたいといった気持ちと天才が故にもう全てがわかりきっているといった状況との狭間の中で、一夏の彼女の実証実験だったのではとも思ってしまう。叔父である聖二との関係性にもどこか、血のつながりといった血縁、既婚者であるという縁組を超えたところにある本心からの愛のカタチを見てみたかったのではと思うと、そこには儚さもそして切なさ、刹那さも感じる。
またVシリーズの紅子さんとの対比構造もこれから先の秋、冬と続く中で重要になっていくのだなと感じた。運命の人と出会い、結婚して子供を授かった紅子と四季の運命との対比、そしてこれから先のその血のつながりが織りなす数奇な運命それらが四季の頭の中にあるのであろうか。
「すべてはFになる」に至るまでの筋道が、研究所で起こった惨劇の真相が明らかになってきた今、もう一度シリーズを読み返すのも楽しいと思う。「血」によるつながりがこれから先の季節をどのように彩るのか楽しみである。 -
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僕は、自分が楽しめることに、自分のお金を使っている。自分が一番楽しんだ時間、楽しめたことは、人に話さない。たとえば、僕は自分が写っている写真を一切撮らない。作家の仕事をしているため、ブログに載せる写真だけはデジカメで撮影しているけれど、ネットにアップしたあとは、即座に消去している。つまり、写真は僕には価値のないものなのだ(例外として、模型を作るための資料として撮影するものはある)。
写真を撮らなくても、美味しいものは、美味しく食べることができる。その美味しさを人にわかってもらう必要はない。自分が美味しいと感じることが、美味しさのすべてではないか。楽しさも、まったく同じ。自分が楽しいと感じることが、非常に重要なのだ。人に見てもらわないと楽しめないような感覚になっているとしたら、それは、僕からみれば異常である。
一方で、本当にやりたい、どうしてもやりたいと考える人は、「時間」も「お金」もなんとか工面してしまう。自分の好きなことをしている人は、まるで自由人のように傍から見えるけれど、時間とお金が潤沢にあるから、好きなことができるのではない。それは全然違う。かなり苦労して、時間やお金を生み出している。
目的があれば仕事も楽しくなる
自分が楽しめるもの、自分が面白いと思えそうなものを、どんどん試してみることをおすすめする。その経験を積み重ねるうちに、自分は何が好きかが、だんだんわかってくる。一つ楽しいことが見つかると、つぎつぎと関連したものに興味が湧き、もっと大きな楽しみができるはずである。
そういった体験が、自分にとって何が価値があるのか、を理解する元になる。「価値」を知る体験こそが、価値を生むのである。
そうすると、初めて「お金」というものの価値もわかってくるだろう。お金は、働いて稼ぐものだが、もし自分に確かな楽しみがあって、そのために仕事をする場合には、その仕事も楽しみに変わる可能性がある。
憧れの海へ行って、スキューバダイビングをするためには、まず、船に乗らないといけないし、そのまえに飛行機に乗らないといけない、それどころか飛行場まで電車で行かなければならない、切符を買うために並ばなければならない、少々辛くても真面目に働く必要がある、というような想像をすると理解できるだろう。目的が本当に価値があるものならば、そこへ向かうための道程が、すべて嫌なものではなくなる可能性がある。そういう体験をたいていのひとが持っているはずだ。
借金をして、今すぐに手近なものに飛びついてしまうと、あっという間に抱いていた夢は菱んでしまい、自分の将来に大きなツケを残すことになる。借金というのは、金を貸してくれた人の夢を実現するための手法であって、金を借りた人の夢はむしろ小さくなるのが道理だ。そのためにこそ、利子というものがあり、投資という商売が存在するのである。
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動機の在処と、再構成された語りを
Vシリーズラストの本作品は題名に色が用いられているように、その色のついた名前の人が殺され、その色のスプレーで染められてといった連続殺人事件。最近の作品がどちらかというと哲学的な要素が多かったのと、今までの森博嗣さんの作品に多かった密室殺人という要素ではないところに新鮮味を感じながらもテンポよく話が進んでいった。
こういった見立て殺人、古典的名作のABC殺人事件を思い起こさせる今作品、そういえばABC殺人事件は事件の法則性とか探偵への挑発といったところから犯人を絞り込んでいく作品だったなと思いつつ、今作品も読み進める中で読みの視点となるものは「なぜ?」といった動機の部分、以前にも森博嗣作品にて話しているがこの「動機」が誰にとって筋が通っているものなのか、万人に理解できる必然性があるのか、といった再検討を今作品においても感じさせられた。
また同時にシリーズラストということである意味オールスター感もあり、見せ場がそれぞれにありといったところはキャラクター一人一人が生き生きと描かれている森博嗣さんの作品ならでは。シリーズを通してミステリアスだった紅子さんと林さんの関係性の真相とか、ある意味ダーティーな雰囲気の保呂草さんの今作における幕引きとか、四色の本質的な意味合いとか、一回ではわからないところもたくさんあるけど、でも繋がったときの衝撃がとても心地よかった。
語り手の存在、解説でも語られていたことであるが探偵者においてはワトソン、ヘイスティング、色々な語り手がいる中で、この作品は保呂草さんを含め様々な人たちの視点をもとに再構成された言わば一つの作品、作品には作り手の思いがあるように、この作品においての保呂草さんと紅子さんの関係性の描き方は本当にキュン!となる。まさに姫と騎士。ただそこに加わる「林さん」の要素が、読み手の中のカップル論争を加熱させるのかしら。忘れないで欲しい七夏さんの存在、私七夏さんのキャラクター性も好きですよ。 -
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個人的にすごく面白かった。
最近読んだ本の中で、1番早く読み進められた。
この本は、著者の考えが記載されている。
情報やデータを元にした本と言うよりは、著者の考えを書いたエッセイ。
私は、人材系の仕事をしているかつ、自分自身のキャリアを考える機会が最近多いため、学びや気づきが多かった。
人それぞれ価値観がある。
結局は、その人自信が自分の人生に納得できるかどうか。
どういう形であれば納得できるのかを考えて、それが実現できるように行動をしていく。
今の社会は、他人の目という幻想や、社会のものさしに影響を受けやすい構造。
それに影響されすぎると、納得できる生き方と向き合うことができない。
検索結果にも、自分が作り出した誰かの目という幻想から起点して考えても、自分が納得できる人生、仕事のやりがいはない。
人の仕事を支援する上で、必ずしも仕事に対してやりがいがなければいけない訳では無いし、仕事に対して色んな考え方がある。
私は、その人の納得できる選択をサポートするまでだと感じた。 -
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ネタバレ最初面白いと思ったけど、なんかだんだん退屈になってしまい、読み飛ばして最後まで行った感じだった。
森博嗣さんの本を初めて読んだ。
わたしにはあんまり理解できなかった。
うーん。
なんならハギリ先生だってウォーカロンかもしれないじゃん。人間と区別するための研究してるってゆーけども、信じ込んでるだけかもしれないじゃん?
と余計なことを思ったりもした。
最終的に人工の人間て本当に作れるんだろうか。
そうなったとして、悩むのかな。自分が人間と信じてしまうんじゃないかな。
もしそこを区別しなきゃいけないなら、争いが生まれそう。
読み飛ばしちゃったから、この人何読んでんの?って感なんだろうな、たぶん。
結構読むの辛かったかも…!!
続きは読まないかも。 -
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全てが明らかになったときに、見える新たな読み
Vシリーズも段々と読み進め、登場人物たちの人となりもだいぶわかり始めてきたころのこの作品は、スタイリッシュなどんでん返しが清々しい作品になっていた。個人的には一番好き。
豪華客船から一人の人間と、一つの絵が消えたとあるように大きく分けると二つの事件が起こっているように見える。紅子さんや保呂草さんなどいつものメンバーのやりとりや推理の中から見えてくるものもあるし、こういった舞台設定においてはどのような結末になりやすいかというものもあるので、人間サイドの方の方法論はあらかたわかりやすいものになっている。
ここからすごいのがこの作品で、掛け算のように交差した二つの事件を解し、全体像が見え始め、役割がわかり始めた時、明らかに引き算していく中で「欠けているピース」が存在し、それが一体なんなのか、ラストの手紙の独白で明らかになる衝撃の落ちが読後感を揺さぶる。確かにそうすれば全てがつながるがそれはとても読み手からすると衝撃的。
作品が進むにつれ、若くして離婚し母である紅子さん、探偵業とはまた違う姿を持つ保呂草さんの人物像が、分かりそれが二人の行動原理や論理構成に結びついているんだなと思う。