キャッチーな邦題だが、中身は比較的堅実。原題は”Nobody’s Fool: Why We Get Taken In and What We Can Do about It(誰にも騙されない(抜け目のない)人:なぜ我々はだまされるのか、どうすれば防げるのか)”。
著者のダニエル・シモンズは心理学者。クリストファー・チャブリスは認知科学者。
2人は2004年、「見えないゴリラ実験」でイグノーベル賞を受賞している(イグノーベル賞2004年受賞者(英語))。「白と黒の2チームがあります。白いTシャツを着ている人たちがボールをパスをする回数を数えてください」と被験者に求めると、彼らは課題に集中するあま...続きを読む り、画面をゴリラが横切ったことに気づかない、というものだ。ちょっとしたフックで、人は見えるはずのものが見えなくなりがちであるということになる。2人はベストセラーとなった『錯覚の科学』の共著者でもある。
「世に盗人の種は尽きまじ」ではないが、本当に犯罪のニュースは尽きない。特に昨今、よく耳にするのは詐欺で、投資詐欺、ロマンス詐欺、還付金詐欺、よくもまぁ次から次にいろんな手を考えるものだと呆れるほどである。
こうした詐欺にあう被害者の方も、どこか隙があったのではないかと思われがちだが、果たしてどうだろうか。手口が巧妙化している中、傷ついている被害者に自己責任と言い放つのもいささか冷たい。実のところ、明日は我が身かもしれないのだ。それなら敵の手の内を知り、お互い、なるべく騙されないようにしよう、というのが本書の肝。
重要なのは、「心理バイアス」である。先入観や思い込みが意思決定や判断に影響を及ぼすことはままある。
人の思考には意外にクセがある。詐欺師はここに目をつける。
予想通りの結果が出ると大して疑わずに信じてしまう。数字が細かければ細かいほど信頼性が高いと感じる。誤った記憶に固執する。うまい話につい乗ってしまう。何度も見かけた馴染みのあるものを受け入れる。自然素材なら人工のものよりよいと思ってしまう。
別段、取り立てて愚かでなくても、多くの人が多かれ少なかれ、先入観を持って生きている。何でもかんでもまっさらな状態で判断していたら効率が悪すぎる。大概のことは、それまでの経験に基づいてさっさと処理して先に進んでいる。
本書では、こうした「心理バイアス」に基づく詐欺の事例を、参考文献をあげながら紐解いていく(最近の翻訳書ではよくあるように、注は書籍版には収録されず、ホームページからPDFの形でダウンロード可能)。
具体的な事例は本書に譲るが(何しろ数が多いので)、「結論」で、ではどうすればよいかがコンパクトにまとめられている。何か高額の、しかし魅惑的な提案をされた際には、一呼吸置いて、自分に問いかけてみること。客観的な判断が難しいときには、第三者の意見を聞いてみること。
さまざま実用的なアドバイスがあるが、おもしろいのは最後に“「たまにだまされる」人生を楽しむ”とあることだ。疑心暗鬼になって何でもかんでも疑う人生というのも淋しい。常に収支が黒字でなくたっていいじゃない。たまには損したりだまされたりするのも人生の彩りだ。破滅的な損害でなければ。
ところで、邦訳版のタイトルに添えられた「世界最高学府で教える人心操作の授業」という文言。本作、特に授業の講義録というわけではないのである。ただ著者2人とも、過去にハーバード大学で教鞭を取った経歴がある。それを匂わせているということかもしれないが、少々あざとい感じがする(「ハーバードで教える〇〇」的な)。何だかこのキャッチコピー、本書で扱う心理操作の実例みたいに見えるのだが、逆に読者が気付くことを狙った仕掛けなのだろうか(いや、それは考え過ぎかな)。
また、本書は「人心操作」を行う指南書ではなく、「人心操作」に踊らされないようにという注意喚起である。この辺りもこのキャッチコピーからはわかりにくいように思う。