原田マハのレビュー一覧
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ヘレン・ケラーをモチーフにした小説
サリバン→去場 安 ヘレン→介良 れん
舞台は明治中期、9歳からの14年間をアメリカで留学していた去場安は伊藤博文から青森の知人の娘の教育係を依頼された。
安は、帰国後、アメリカで学び、体験した知識を日本の教育や女性の地位向上に役立てようと誓っていた。
しかし、その娘は乳児期の高熱の後遺症で「盲目で、耳も聞こえず、何も話せない」のだった。
青森に着き、その屋敷を訪れた安は、娘の置かれた状況に絶句した。
なんと6歳の娘は「けもの」のように扱われ、実父には悲観され、世話人にも影でいじめられ、小さな部屋に風呂も入らされず軟禁させられていた。
そのせいで、れんは決して人を信用しておらず、自分の身を守るためいつも暴れ、奇声を上げているのだった。
そんなれんを安は、体を殴られながらも必死に抱きしめ、おにぎりを使って教育をしたのだった。
しかし、すぐに大きな壁にぶつかった。れんはいままで、自分の好きなように寝て起き、排泄し、食べ物を与えられてきた。
そこで、いつも食べ物が入っている木箱が「ない」ことに気づき、暴れだした。
そう、れんにYESとNOは伝えても、「ある
」と「ない」を伝えることは容易ではなかった。暴れだしたれんに、油断した安は引っ掻かれてしまったのである。
れんを教育する安には、無為に過ごす時間などなかった。れんとの一瞬一瞬に意味があり、それらの繋がりがれんを成長させるのだった。
れんが開化したきっかけは「文字」だった。
目も耳も口も聞けないれんが、「文字」を知ることは、本が読めるようになり、世界がぐんと広がる。
そう思うと、子供たちが文字を早くに学ぶことは、彼らの世界を広げる素晴らしい習得なのだと、さらには、当たり前のように小学校へ入学すれば、文字を学ぶが、人類にとって大きな進歩だったのだと驚嘆させられた。 -
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30代後半~40代後半の大人の女性が主人公の、六つの短編集。
結婚歴のある人物もいるが、みな現在独身であり、そこ至るまでの多彩な人生模様が、もちろんある。
彼女たちは、結婚や出産という人生の選択について悩んだ時期もあっただろう。
だけど、後悔やコンプレックスを抱くこともなく、今自分のいる状況を肯定的に捉えているのが、とても魅力的。
原田マハさんのこの作品は、『人生への不安も抱えながらも、孤独を愛する人の豊かさを否定しない』という優しさがあった。
そして、タイトルの【あなたは、誰かの大切な人】
刹那的でもいい、一瞬でも誰かにとって、自分が大切にされたなら、誰かを大切にしてあげたいな。
~備忘録~
『最後の伝言』
犯した過ちはきえない、罪は一生償わなくてはいけない。
ずっと想い続けていることが、罪滅ぼしにもなるのかな。。
『月夜のアボガド』
~いちばんの幸福は、家族でも、恋人でも、友達でも、自分が好きな人と一緒に過ごす、ってこと。~
人付き合いから逃げちゃダメだ。。いつかきっと自分に返ってくる。
『皿の上の孤独』
メキシコシティにあるルイス・バラガン邸。
原田マハさんの作品のおかげで、美術や芸術の知見のない自分にも、その奥深さを見させてくれて、新たな世界へと導いてくれる。
しかも、それらをストーリーに織り交ぜながら、バラカンと主人公の孤独をリンクさせる展開も、読み応えあり。 -
Posted by ブクログ
実在した画家たちと、彼らのそばで生きた人々を描いた短編集。史実をもとにしながら、残されていない会話や心情を想像して物語にしていると知り、「これはどこまで本当なんだろう?」と調べながら読むのも楽しかったです。
中でも一番お気に入りは「タンギー爺さん」。
画家本人ではなく、彼らをそばで見ていた人たちの視点から描かれることで、セザンヌをはじめとする有名な画家たちが、歴史上の人物ではなく一人の人間として身近に感じられました。
絵だけを見ているだけでは知ることのできない、画家たちの人生や人間関係に触れられるのが原田マハさんの作品の面白さ。読み終わると、登場した画家や作品についてもっと知りたくなります。
美術館で作品を見る楽しみが、またひとつ増えたような一冊でした。 -
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もともと知っていた作品だったけど、限定装丁に惹かれて購入。
こういう「装丁が好みで読むことになる本」って、なんだか嬉しい。
今回、1番良かったのは、物語がずっと日和の日記形式で進んでいくこと。
常に日和の目線で話が進むから、そのときの日和の驚きや戸惑い、喜びまで一緒に味わえる。日記だからこその、その瞬間の温度感が伝わってくる感じが好きでした。
一方で、日和から見ている凛子の姿しか分からないのも面白い。凛子の発言や表情、行動は分かっても、本人の脳内までは見えない。だからこそ、日和と一緒になって凛子の気持ちを想像しながら読めました。
そして、物語が進むにつれて、最初は「総理大臣」として見ていた凛子が、少しずつ「一人の女性」として見えてくる感じも良かったです。
大きな責任を背負って、堂々と振る舞う姿だけではなく、悩んだり、迷ったり、夫の前で見せる表情があったり。「総理大臣」という肩書きの向こう側に、一人の人間としての凛子が見えてくる。
そして、そんな凛子の隣にいる日和も好きでした。
総理の夫としては、正直ちょっと頼りなさそうに見えるところもあるけれど(笑)、それでもいつも凛子のそばにいる。
何か大きなことをして支えるというより、ただそばにいて、見守っている。その距離感がすごく良かったです。
政治の世界が舞台ではあるけれど、読んでいて印象に残ったのは、総理大臣としての凛子だけではなく、一人の女性としての凛子と、その隣にいる日和の関係。
「支える」って、何かをしてあげることだけじゃなくて、相手のそばにいることなのかもしれない。
日和の目線で最後まで描かれているからこそ味わえた、二人の物語でした。 -
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人生の成長とおばあちゃん、お父さんの優しさに涙
人生の成長過程すごすぎる。人生だけじゃない。純平もだ。
純平は正直、就活してる今の自分と重なってしまった。上場企業じゃなきゃとか言ってるあたりが。
田畑さんのセリフ「大学受験でも就職活動でも、一度失敗したらもう取り返しがつかないと尻ごみしてしまう。だから、思い切ってジャンプすることができないんだ、あいつは。」っていうのと「失敗を繰り返してこそ、成長できる。自分が傷ついてこそ、人の痛みを理解できる大人になれるのに。」ってめっちゃだから響いた。
米作りって大変なのは知ってたけどこんなにも沢山の過程があること。認知症と向き合っていくことの怖さや徒労も少しは理解できたのではないか -
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母から薦めてもらいました。
1910年から1922年までの「山中すてら」の半生を描いた物語です。
病床の父を支えるために12歳から倉敷の紡績工場で働き始めた少女すてらは、小説を愛し、やがて自らも小説を書き始めるようになります。
貧しい暮らしながらも小説を書くことを諦めず、様々な人や文学、アートに刺激を受けながら大きく成長していく姿が眩しかったです。
主人公のすてらやすてらが憧れた女作家・和田イサは架空の人物みたいですね。
紡績会社の社長・大原孫三郎はすてらにとって第二の父のような存在にあたるのですが、この方は大原美術館を設立した実在の人物のようです。
また、当時の作家として夏目漱石や武者小路実篤が登場したり、ゴッホやセザンヌの作品もすてらに大きな影響を与えたものとして描かれています。
ただの歴史上の人物としか思っていなかった人が、この物語の中では確かに生きていて、リアルとフィクションが混ざり合う感覚が面白かったです。
いつか行きたいとずっと思っていた倉敷の大原美術館。行きたい気持ちがさらに高まりました(笑) -
Posted by ブクログ
原田マハさんの作品は、『本日は、お日柄もよく』『キネマの神様』『生きるぼくら』『たゆたえども沈まず』『総理の夫』に次いで6作目になります。
「高級料亭での食材の使い回しや賞味期限切れ食材の使用」「不倫相手の妻子が目の前で自殺」「ネット上での殺人依頼」など、マスコミにとって格好の事件に巻き込まれ、生きる気力を失った人々が、『尽果(つきはて)』というバス停近くにある食堂『まぐだら屋』で再生していく物語です。
主要な登場人物たちの身の上が明らかにならないまま、物語は終盤へと進んでいきます。ラストは、皆が前を向いて生きていけるような場面で締めくくられます。ハッピーエンドが好きな私にとって、好きな作品のはずなのですが、無条件に喜ぶことができない自分がどこかにいて、読後もしばらく考えさせられました。