あらすじ
東京・神楽坂の老舗料亭「吟遊」で修業をしていた紫紋は、料亭で起こった偽装事件を機にすべてを失った。料理人としての夢、大切な仲間。そして、後輩・悠太の自殺。逃げ出した紫紋は、人生の終わりの地を求めて彷徨い、尽果というバス停に降り立った……。過去に傷がある優しい人々、心が喜ぶ料理に癒され、紫紋はどん底から生き直す勇気を得る。
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傷ついた人たちの再生の物語。
紫紋は職を失い、死の影がチラついていた。所持金は千円。19歳の浅川悠太が自殺したのだ。海沿いを走るバスに乗り、所持金の額になったところで降りた。歩いていると「まぐだら屋」とある料理屋さんの前に差し掛かった。マリアと名乗る女性がご飯を出してくれた。食べてしまった。無銭飲食だ。食堂を手伝うことになる。
また行き倒れをマリアが拾う。丸狐くんという。紫紋の家で世話をする。元引きこもりらしい。母を殺したという。
丸狐くんの母が生きていたことがわかって、丸狐くんは帰っていく。マリアが指のない男と去る。紫紋はひとりになる。もともと体調の悪かった女将さんが、いよいよ危なくなる。
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ドラマ化され再読しました。
ドラマは4回でまとめてあり、それでも内容は濃く感動で終わりましたが、原作はやはり最後の章まで丁寧に描かれていて涙が止まらずでした
生きることに絶望した人々に温かい食べ物を与えてくれ、母のような愛で支えてくれるマリア
マリア自身も壮絶な過去を抱えて生きてきたからこその贖罪の思いもあるのでしょう…
子を想う母の深い愛情、全ての人に生きる糧を与えてくれるような物語だと思いました
私自身が身内を亡くしたばかりでしたので余計に感情移入したお話でした
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テレビをみて本を読むパターンはあまりしたことがなかったんですが、何だか気になって読み始めました。
違いは当然あるんですが、そう大きく変わらずよかったなと。これまで、映像化するとがっかりすることの方が多かったので、配役の良さやエンディング曲にも引っ張られたのかと思います。喪失と再生の話でしょうかね。
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降り積もる寂しさとせつなさ。
尽果(つきはて)にやってきた人たちの物語に
胸を抉られるような思いだった。
ドラマを観た後でこの原作を手にした。
水平線のつづく青い海
バスは「つみびと」を乗せ
尽果でおろす
海を見下ろす崖っぷちに立つ
「まぐだら屋」の戸口には
大きな壺に投げ入れられた
紅葉のひと枝が 赤々と
マリアの心温まる料理に癒され生かされる紫紋。母を殺したと泣く丸弧の背を撫でるマリアの優しい手。
マリアと与羽の激しい恋に傷つけられた人たち。「償いのために」この尽果にやってきたマリアと、死ぬまでマリアを赦さない女将の桐江。
老舗料亭「吟遊」の後輩、悠太の自死とその後の春香。それぞれの思いが哀しく交差する。
映像を頭の中で再生しながら原作を読むと、季節の移り変わりや温かい料理の匂い、そして生き直そうとする人らの表情が言葉から立ち上がって見えた。真っ白な雪に死を、菜の花の黄色に光のような生を感じた。
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過去とどう向き合い、どう折り合いをつけていくのか問われる物語だった。
かけがえのない場所が心の故郷となっていくこと、そして人がそれぞれの形で再生していくことが、とても印象に残ります。
ドラマと並行して読みました、その中で生きる人々の佇まいや、そこに流れる時間が心に残る作品でした。
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人生を諦めた人たちがたどり着く地塩村の尽果。
老舗旅館の偽装事件で、親友を失い自分も死を決意した青年が出会った、マリア、まぐたら屋という料理店。救いを求める人たちの料理を通じた再生の物語。
題名と登場人物、地名から分かるようにキリスト教がモチーフとなっている。
2026年NHKでのドラマ化を機に読んでみました。
黄色
ドラマの宣伝を見て、どうしてもストーリーが知りたくて読み始めた。マハさんはsuper eightの安田さんが出演された演劇の原作ということで存在を知った。ゴッホをテーマにしたそのストーリーは出演された安田さんの色と同じ青。純粋なゴッホの悲し過ぎる生涯がテーマを描いたストーリー。優しくても、報われないと印象が強く残り過ぎて、あまり好きなれなかった。もちろん演劇としても脚色されていて、マハさんの世界からは少し離れていたのかもしれない。でもその後、ストールを探していたら、綺麗な青に白い花のゴッホの絵の物を見つけ、少し悩んで手に入れた。マハさんのゴッホの世界に惹かれていたのだなと思った。この作品の紫苑の薄紫の景色も素敵だなと思っが、血のつながりはないけれど家族の本質に触れたこの作品のイメージカラーは最果ての春の菜の花の景色の、優しく輝く黄色だと感じた。孤独を感じさせながら、強い優しさに溢れる作品だった。
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東京・神楽坂の老舗料亭で修業をしていた紫紋は料亭で起こった偽装事件で、すべてを失った。逃げ出した紫紋は、人生の終わりの地を求めて彷徨い「尽果」(つきはて)というバス停に降り立った。そこから、この深くて、感動の物語が始まる。
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2回目
キリスト教にちなんだ名前の通り、母子の愛や赦しがテーマになっている。
特に紫紋と母のお互いを思い合う様には心を打たれる。いつまでも息子を待ち続ける母からのメールのシーンには涙した。
また美味しそうな料理や食事シーンの数々に、食べることは生きることなんだと改めて気付かされる。
マリアの過去がメロドラマチックすぎる気はしたけど…
少し寂しさも残るがとても良い読後感。
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紫紋が、マリアが、みんなが、
様々な辛い過去を乗り越えて、
生きていて良かった、と思えるような、
心穏やかな毎日を暮らしていけるような、
そんな未来が待っていることを願わずにはいられません。
優しい人たちがたくさんいることが、ほんと、救いになります。
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原田マハさんの本はどれも美しくて羽が生えているよう。
少し想像がつく展開ではありましたが、
マグダラなのかマダグラなのか時々混乱するのが、今回でばっちり覚えました!
マグロとタラの怪魚のお話最高です。
女将に許されるシーン、鳥肌が立ちました。
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2024年の暮れか2025年のはじめにNHKでドラマを見た
すごく良かったと思って、また見て考えようと思ってこのドラマをずっと探してた
つい最近やっとNHKオン・デマンドでやり始めたので見た
作者の表現するものは
無償の愛
すれ違う無償の愛
なのか
赦す、とは、
見返りを求めないの愛
なのか
それが悲劇をバックグラウンドに浮き彫りにされる
原田マハの見る世界を見たくなった
これ原作読んで確かめないといけない
2026/1/6
よんだ
ドラマは脚本家の解釈が強く入っているんだなぁ
脚本家が見たまぐだら屋のマリア
原作 まぐだら屋のマリア 自分の解釈
料理、罪、憎しみ、恨み、母親、教師、罪人、贖罪、マグダラのマリア、聖母マリア
を背景に浮き彫りにされる無償の愛、見返りを求めない無限の愛
それが命も源ととなる生きる力となる
生きることの真理を想像させてくれる物語だった
美術、絵画のような小説だった
NHKドラマでは
マリア失踪から3ヶ月間の先生との共同生活が描かれる
原作には無いシーン
脚本家はナゼこの部分を創作したのか
印象的なシーンがそのなかにある
先生のセリフ(脚本家の創作)
あれは無償の愛なんかじゃない、有馬を求めただけの打算的なものだ
その前に、先生から無償の愛をいただいた、と言う趣旨のマリアのセリフがある
死に場所を求めて尽果にきた先生を、生きなければダメ、と3ヶ月かけて諭した部分が、
原作ではマリアの口からシモンに語られた
わざわざ創作シーンをドラマにブチ込んだということは、脚本家の見た世界はそこに力点があるのだろう
ボクにはこの小説が
罪人かもしれない悪人かもしれない今にも死にそうな人と、その背景をいっさい問わず、何も言わず、その人をただ抱きかかえる女性、母、聖母
という絵画に見えた
Posted by ブクログ
最終回はイマイチ感がありましたが、ドラマを観て面白かったので原作を買って読んでみました。
ドラマはドラマでそこそこ良かったですが、やはり本(原作)の方が、色々と細かい情報なんかがあって理解しやすく、良かったです。まりあの由来なども、ドラマで出たかもしれませんが、本で把握したし。
例の自傷の箇所は流石に原作とドラマでは違うんですね。
Posted by ブクログ
テレビドラマを見て読む。テレビの方が良かったと思う本。物語はいいのだが、少し無理があるような設定。テレビの方がシンプルに脚色したので心に残ったのかも。それとも中島みゆきの魔術?
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自分と同い年の男の子が主人公で冒頭から引き込まれて1日で一気読みした。
一流料亭の料理人に夢を描いて掴み取ったと信じていた主人公が不可抗力で全て失ってしまうところから始まる。
現実から逃げるようにたどり着いた「尽果」という名前のバス停で「まぐだら屋」という小さな定食屋に出会いそこから人生を再スタートをする話。
世の中の理想であるキラキラしたレールから外れてしまい人生が終わったのかもしれないという絶望を抱える登場人物がふとしたきっかけから見落としていた小さな幸せを得る話が好き
毎回そういう話ばかり読んでる気がする。
みんな各々地獄はみているし、死にたくなるときもあるんだろうけどそれでも生きていこうとする力をもっているんだなというところと何者にもなれないという一種の諦念が大人の人間らしくていい
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挫折や悲しみを味わった人が生きる希望をなくす。
そこから、出会う人や経験によって生きる希望を見つけ、再生していく物語。
方言も心地よくて、お腹も空いてきて、前に進んで行く勇気がもらえるお話でした。
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人生につまづいたり、うまくいかずに絶望した時、どのように生きるのか。
何かを信じる、何かにすがることができる、つまり信仰があれば、生きがいをもって日々を続けることができていずれ道が開けるのかもしれない。家族、恋人、友人、客、つながりをどこに作れているか。意識して生きていきたい
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様々な事情を抱えた人が流れ付くように集まる町、尽果。
そこに、ある事件をきっかけにたどり着いた、主人公・紫紋の視点で描かれていた。
尽果で料理店を営むマリアと呼ばれる女性。
その彼女もまた、ある過去を持っていて、その過去については終盤まで触れられることなくストーリーが進んでいくので、紫紋と同じタイミングで衝撃を受けることになり、より入り込んで読むことができた。
基本的には穏やかに、あったかい気持ちになるストーリーがベースなだけに、登場人物たちの罪について描かれる部分とのコントラストがよけいに引き立っていた。
出てくる人がみんないい人なだけに、絶望的な状況から救われていく流れでよかった、報われてよかったと思う。
過ちを犯したときに1番苦しいのは、他人から責められることだけではなくて、自分自身を赦すことができないことなのかもしれないと思ったりもした。
何もかも受け入れ赦してくれる、まさに「聖母マリア」のようなマリアが、1番赦しを乞い、最後の最後までそこが描かれないのも、作品に入り込む要素だろうと思ったし、タイトルや登場人物としての設定がさすがだなあと思った。マハさんの作品、やっぱりすき!
Posted by ブクログ
期待通りの絶望感と小説にはきちんとハッピーエンドがあるという安心感。
罪を償い赦しを乞う人々がたくさん出てくるが、救いようがないと思いながらも読み進めていくと一片の光があり、最終的に救いが待っている感じが気持ちよく終われた。これを出来すぎているという声もあるかもしれないが、これぞフィクション‼️という感じで良かった。
ただ、マリアやシモン、マルコなど贖罪の意識がある人の裏側には本当に1ミリも罪のない人たちがいて、その人たちを傷つけまくっているのがなんだかなあという感じ。
母と子という関係性がたくさん出てきて、マグダラのマリアというよりマリアそのものがモデルとなっている人が多い印象。
Posted by ブクログ
重たい内容でありながらも、ちゃんと希望がある話で良かった。
食べることは生きることで、生きることは食べることだなぁと改めて感じた作品。
ラストが泣ける。
まだまだ若くて青い、主人公・紫紋のこれからを応援したい。
Posted by ブクログ
ふわっと系。現実的にあり得ない話だけれど、登場人物の気持ちの変化が丁寧に描かれていて、また登場人物達が素直な人たちで救われる系文学。ほっこりしました。
Posted by ブクログ
読み味スッキリ、良い終わり方で新年1発目は良書に出逢いました
原田マハワールドに引き込まれて、あっという間のエンディング
登場人物の名前の付け方、タイトル、食堂の店名は賛否ありそうですが、マグダラのマリア、聖母、イエスキリストの教えに繋がる無償の愛、無慈悲の愛、そんなことを感じられるお話で、とても良かった
Posted by ブクログ
最初は重い話に入り込めず。。。
たまたま行き着いた尽果という場所で主人公の紫紋の人生が好転してゆく。
最後はすっごく胸が痛くなった。
食堂、まぐたら屋。行きたいよー、食べてみたいよ!
Posted by ブクログ
原田マハさんは初めて。
人は何かしら背負って生きている
その過去をどう捉えて生きていくのか、自分の人生を諦めただただ贖罪として生きるのか、重い内容でもあり 人と人との関わり方は難しいなと感じる内容だった
Posted by ブクログ
想像していたより重いお話。人間の強さ脆さが隣り合わせになっているような物語でした。ひとりの人の人生を深掘りすれば、それぞれにこんな話が出てくるのではと思ったりも。マリアという名前が独特の世界観を作り出していて、重い中でも温もりを感じる読後感でした。
Posted by ブクログ
原田マハ氏は初めまして本。
品の良さが感じられる、手際よく丁寧に作られていく和食の世界が魅力的。
暖かく柔らかい表現かと思えば、内容全体は結構ヘビー。救いようがない事情を抱えていると尽果に辿り着く因果関係があるのだろうか。不思議な伝承も多くある土地のようだ。
罪を感じているのか、とにかく認められたいだけなのか、捉え方ひとつで生き方に大きく影響される様子が見られる。
正直言うと所謂モヤる部分も多かったが、すべてがすべてスッキリ綺麗に片付く訳が無いのでそういった不条理も作品の味と言えるのだろう。