芥川龍之介のレビュー一覧
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〈乙女の本棚シリーズ〉
芥川龍之介+Sakizo
鹿鳴館の階段の両側にある大輪の菊の花は、花びらが乱れ咲いていて、その側を昇り降りするのは菊の花にも負けぬほどの色とりどりのドレスを纏った婦人たち。
その中で17歳の明子もフランス語と舞踏の教育を受けていたので、見知らぬフランスの海軍将校と「美しく青きダニウブ」のヴァルスを踊る。
踊りのあと…
花火のことを考えてたと言う将校。
夢のひとときのような舞踏会。
それぞれに何を思い、感じたのだろうか。
時が過ぎ…
汽車のなかで見た菊の花束を見て思い出すのは、舞踏会のこと。
お菊夫人を書いたピエル・ロティではなく、ジュリアン・ヴィオ。
菊と舞踏会の絵が、最初は不思議だと思っていたが見ているうちに日本の象徴を感じて印象深く記憶に残るものとなった。
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購入済み
ごく短い作品だが
芥川龍之介のお時儀は芥川龍之介が得意とする短編の中でもとりわけ短い作品である。当時流行していた私小説の典型であるが、誰しも思い当たるであろう心の揺れ きらめきをやや衒いを帯びた文章で語っている。この作者にしては鋭さがないかな。
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購入済み
芥川龍之介の切支丹物
芥川龍之介が得意とした擬古文短編の中の代表的な切支丹物である。芥川龍之介らしい深い洞察やシニカルな見方はなく、割合と素直に読める作品である。もっとも、擬古文はなかなかに読みにくいが。
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本書は「王朝もの」と呼ばれる一群の短編小説である。『今昔物語集』や『宇治拾遺物語集』といった古典を題材に、芥川独自の視点で再構築された作品群だ。
私は原典である『今昔物語集』は未読だが、著者にはそこに強く惹かれるものがあったのだろう。
事実、本作のうち5編は同書を土台として創作されている。
いずれの作品も人間心理を深く追求しており、そこで描かれる「侘び寂び」は単なる静けさや美しさにとどまらない。人間のエゴや無常観、人生の残酷さを背景とした、妖しげで寂しい空気感を伴っているのが特徴だ。
特に興味深く感じたのは「邪宗門」である。
しかし、物語が最高潮となる主人公と法師の対決場面で、突如として話は終わる。未完の理由は体調不良とも展開への行き詰まりとも言われているが、いずれにせよ残念でならない。 -
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乙女の本棚シリーズ。
表紙の紳士の顔が濃く、どんなお話なんだろう…と思ってみたら。イラストと内容がピッタリの素敵な作品でした。
明治時代、とある舞踏会に出席した令嬢明子の体験が語られていきます。何と言っても描写が素晴らしく、イラストと相まって華やかな舞踏会の様子がこちらに伝わってきます。舞踏会の様子も、そこに集う美しい令嬢達も、叶うことならぜひ直に見てみたい…そんな気持ちになりました。
きっとこの将校と過ごしたのは、この日だけだったのでしょう。明子にとってこの舞踏会の夜は、まさにこの本の表紙のように美しく儚く、素敵な一夜だったんだろうなと思いました。 -
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あの太宰治が偏愛していたという芥川龍之介の代表作。学生のときに教科書で初めて読んだ羅生門に加え、名作の数々をゆっくりじっくり読んだ。
今昔物語を題材として書かれたものが多いとのことだったが、特に印象に残ったのは「芋粥」と「俊寛」。あとがきにもあったが、芋粥は「理想や欲望は達せられないうちに価値があるので、達せられれば幻滅するのみ」というテーマに共感した。「俊寛」は、作中の俊寛様の台詞が胸に響く。大事にしまっておいて、つらいことがあったとき、取り出して眺めてみようと思う。
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人間は、時として、充されるか、充されないか、わからない欲望の為に、一生を捧げてしまう。その愚を哂う者は、畢竟、人生に対する路傍の人に過ぎない。
一体我我人間は、如何なる因果か知らないが、互に傷け合わないでは、一刻も生きてはいられないものだよ。
「しかし会えぬものならば、──泣くな。有王。いや、泣きたければ泣いても好い。しかしこの娑婆世界には、一々泣いては泣き尽くせぬ程、悲しい事が沢山あるぞ」
「女房も死ぬ。若も死ぬ。姫には一生会えぬかも知れぬ。屋形や山荘もおれの物ではない。おれは独り離れ島に老の来るのを待っている。──これがおれの今のさまじゃ。が、この苦艱を受けているのは、何もおれ一人に限った事ではない。おれ一人衆苦の大海に、没在していると考えるのは、仏弟子にも似合わぬ増長慢じゃ。『増長驕慢、尚非世俗白衣所宜』艱難の多いのに誇る心も、やはり邪業には違いあるまい。その心さえ除いてしまえば、この粟散辺土の中にも、おれ程の苦を受けているものは、恒河沙の数より多いかもしれぬ。いや、人界に生れ出たものは、たといこの島に流されずとも、皆おれと同じように、孤独の歎を洩らしているのじゃ」
「有王。三界一心と知った上は、何よりもまず笑う事を学べ。笑う事を学ぶ為には、まず増長慢を捨てねばならぬ。世尊の御出世は我々衆生に、笑う事を教えに来られたのじゃ。大般涅槃の御時にさえ、摩訶伽葉は笑ったではないか?」
「〈彼は人生を知る為に街頭の行人を眺めなかつた。寧ろ行人を眺める為に本の中の人生を知らうとした〉」 -
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ネタバレ羅生門と鼻をそれぞれ青空文庫のPDFをダウンロードして、分からない単語をメモしながら読んだ。
羅生門
高校の頃授業で読んだ時、「右頬のニキビ」を繰り返し書いてある意味がよく分からなかったのを思い出した。思い出したタイミングでどういう意味なのか検索して「ニキビは若さの象徴」であることや、「最後にニキビから手を離す事で盗みをはたらく躊躇いを払拭した暗喩」という解釈を読み、これは自分で自分なりに見つけたかったなぁと検索した事を後悔した。まだまだ読書初心者なので、今後自分なりの解釈が持てるようにしていきたいと思わされる作品だった。個人的には遭遇した男もニキビ面とあったので、不衛生な環境を表現したのかなと感じた。
老婆はあの後、死体から着物を剥ぎ取って着るのかもなぁと想像。
鼻
読んだことがあるか覚えていなかったが、何となく覚えのある話だった。これも授業でやったのだろう。
内供が健気で愛おしい。
鼻が短くなって何故笑うのか?と疑問だったが、人の心の矛盾には私も常々感じていたので納得した。他人の容姿を噂話や笑いのネタにする様が、SNSなどで好き勝手他者に干渉する現代を思い浮かべ、やはりあまり他人と関わらないのが平穏への道なのではと思った。しかし内供も可哀想ではあるが、あそこで不機嫌になるのは僧侶として修行が足りないのではとも思った。
それにしても、鼻って長すぎると痛覚無くなるもんなのか?毛抜きで抜くシーンを肉まんを食べながら読んでいたので少し気持ち悪くなった。