芥川龍之介のレビュー一覧
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“地獄変”はアーティストとは?という問いを芥川が投げかけているようだった。自分もアーティストとはどんな人なのかよく考える。類まれな才能があって、ストイックで、人生より芸術に重きを置いている人、私生活や人付き合いを犠牲にしてでもただひたすら、独りで何かを考えたり作り上げたりしている人なのかなと思う。例を出すと、ハリウッドの巨匠、スピルバーグや毎日コントを上げているジャルジャルとかかな。
ただ地獄変の絵師、良秀は娘を殺されてまでも、自分の求める芸術を追い求め続けた。作中の高僧は仏教的な立場から、いくら芸に優れていても、人を殺してはダメだ的なことを言っていたが、実際はどうなんだろう。自分もこれはや -
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十代の頃、新潮文庫で初めて「侏儒の言葉」を読んだ時、閃光のようにきらめく知性と厭世的なポーズに酔いしれ憧れた。二十代で再読した時には、頭でっかちで底の浅いひ弱な精神しか見出せなかった。不惑を過ぎて「文藝的な、余りに文藝的な」と合わせて改めてこの箴言集を読み、芥川がなぜ自ら命を絶たねばならなかったのか少し分かるような気がした。
詩人兼ジャーナリストでありたいと願った芥川は詩的精神と知性をともに追い求めた。だが彼の知性は詩人に徹することを肯んぜず、その詩的精神は散文芸術としての総合性とあい入れなかった。芥川の中の詩人とジャーナリストがギリギリのバランスを保つことができたのがアフォリズムという形式 -
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大正10年(1921年)98年前
藪の中に男の死体
事件に関わる登場人物が証言をする
それぞれの人が
どう見えて
どんな風に語るか
を遠巻きに見ていて
その違いを皮肉ぽく見ている話
(どんな風に思っているかではない)
違いが大きい程ハッとするし
衝撃受けて心に残る
最後の方に作者の
0〜35才までの年譜が
載っていて興味深かった
辰年辰月辰日辰刻
生まれなので龍之介
7ヶ月 実母フク発狂
10歳 フク死亡
12歳 実母の妹と父の間に異母弟
母の実家(芥川)の養子になる
29歳 「藪の中」執筆後
中国等に視察員として特派
この後多数の病気
35歳 -
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乙女の本棚シリーズから、芥川龍之介さんとげみさんのコラボ作品「蜜柑」です。やっと手にすることができました!!
横須賀線の汽車の車中が物語の舞台…。鬱々としていた私が出会ったのは、見すぼらしい風情をした13,14歳くらいの少女だった…。そもそもなぜ自分とこの少女が一緒の車両に乗らなければならないのか…と感じながらも、その少女から目が離せない…。だけど、少女が車窓から見送りの弟たちに蜜柑を放る場面は、そこまでの重い雰囲気が一気に晴れて清々しさを感じさえ感じさせます。きっと、少女は家族のもとを離れて奉公先に行くのであろう…見知らぬ場所へ行くのに不安もあるだろうに、こうして家族の幸せを願っている -
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地獄変を読みたくて。
地獄変だけ読んだ感想です。
平安時代かぁ…。
私は大昔に思いを馳せる時、きっとこの時代、一部の特別な人をのぞき人の命は道端の石ころのようなものだったんだろうと思う。
今のような人はみな平等という考え方は一切ないし、気に入らなければ殺される。病気も治す術はないかったのではないか。死体が道端に転がっていたような時代。
絵師良秀は、大殿様から地獄編の屏風を描くように指示され、地獄の様子を描くために弟子を縛りあげたり、鳥に襲わせたりする。路端に転がってる皆が目を背ける死体にも近づいて行って具に観察したりする、奇人変人だ。
そんな良秀は一人娘のことは可愛がっていて、大殿様のもとで -
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新技巧派ならではの表現の癖を感じられて面白い。夢と現実を行き来するような虚構の遊戯性を強調する文体は反自然主義ならではで、どこか童話らしさをも感じさせる。
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①『地獄変』
完全な地獄屏風を完成させるために娘を豪華の炎に追いやる良秀。彼の中に「完璧なる芸術」を希求する欲求と、非人道的な方法で愛娘を美の遂行のために殺してしまう事への葛藤が相剋しており、なかなかに考えさせられる作品。特に炎の描写は圧巻。生きたことのない時代にも関わらず、燃え盛る馬車のイメージがまざまざと浮かんでくる。あっという間に物語に引き込まれてしまった。
地獄変が人々に認めら -
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雨の羅生門。下人が雨宿りのため、門の二階に上がると、老婆が死体の髪を抜いている。髪でカツラを作って売るらしい。芥川龍之介『羅生門』1915
芥川龍之介『鼻』1916
人間は時として、満たされるか満たされないかわからない欲望のために一生を捧げてしまう。しかしその愚を笑う人は、つまるところ、人生に対する路傍の人に過ぎない。芥川龍之介『芋粥』1916
お釈迦様は地獄で苦しむ罪人カンダタ(犍陀多)を救うため、地獄の底に蜘蛛の糸を垂らす。カンダタが細い糸を登り始めると、下から多くの罪人がわらわら登ってくる。カンダタ「お前たちは下りろ」と叫ぶと、糸が切れてしまった。芥川龍之介『蜘蛛の糸』1918