あらすじ
地獄に落ちた男が、やっとのことでつかんだ一条の救いの糸。ところが自分だけが助かりたいというエゴイズムのために、またもや地獄に落っこちる『蜘蛛の糸』。大金持ちになることに愛想がつき、平凡な人間として自然のなかで生きる幸福をみつけた『杜子春』。魔法使いが悪魔の裁きを受ける神秘的な『アグニの神』。健康で明るく、人間性豊かな作品集。
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Posted by ブクログ
目次
★蜘蛛の糸
犬と笛
★蜜柑
魔術
★杜子春
アグニの神
★トロッコ
仙人
猿蟹合戦
★白
芥川龍之介、蜜柑読んでまた鳥肌たった
「「使えますとも。誰にでも造作なく使えます。唯――」と言いかけてミスラ君は、じっと私の顔を眺めながら、いつになく真面目な口調になって、「唯、慾のある人間には使えません。ハッサン・カンの魔術を習おうと思ったら、まず慾を捨てることです。あなたにはそれが出来ますか」」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
「或春の日暮です。 唐の都洛陽の西の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。 若者は名を杜子春といって、元は金持の息子でしたが、今は財産を費い尽して、その日の暮しにも困る位、憐な身分になっているのです。 何しろその頃洛陽といえば、天下に並ぶもののない、繁昌を極めた都ですから、往来にはまだしっきりなく、人や車が通っていました。門一ぱいに当っている、油のような夕日の光の中に、老人のかぶった紗の帽子や、土耳古の女の金の耳環や、白馬に飾った色糸の手綱が、絶えず流れて行く容子は、まるで画のような美しさです。 しかし杜子春は相変らず、門の壁に身を凭せて、ぼんやり空ばかり眺めていました。空には、もう細い月が、うらうらと靡いた霞の中に、まるで爪の痕かと思う程、かすかに白く浮んでいるのです。」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
「 しかしいくら大金持でも、御金には際限がありますから、さすがに贅沢家の杜子春も、一年二年と経つ内には、だんだん貧乏になり出しました。そうすると人間は薄情なもので、昨日までは毎日来た友だちも、今日は門の前を通ってさえ、挨拶一つして行きません。ましてとうとう三年目の春、又杜子春が以前の通り、一文無しになって見ると、広い洛陽の都の中にも、彼に宿を貸そうという家は、一軒もなくなってしまいました。いや、宿を貸すどころか、今では椀に一杯の水も、恵んでくれるものはないのです。」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
「金はもういらない? ははあ、では贅沢をするにはとうとう飽きてしまったと見えるな」 老人は審しそうな眼つきをしながら、じっと杜子春の顔を見つめました。 「何、贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに愛想がつきたのです」 杜子春は不平そうな顔をしながら、突慳貪にこう言いました。 「それは面白いな。どうして又人間に愛想が尽きたのだ?」 「人間は皆薄情です。私が大金持になった時には、世辞も追従もしますけれど、一旦貧乏になって御覧なさい。柔しい顔さえもして見せはしません。そんなことを考えると、たといもう一度大金持になったところが、何にもならないような気がするのです」 老人は杜子春の言葉を聞くと、急ににやにや笑い出しました。 「そうか。いや、お前は若い者に似合わず、感心に物のわかる男だ。ではこれからは貧乏をしても、安らかに暮して行くつもりか」 杜子春はちょいとためらいました。が、すぐに思い切った眼を挙げると、訴えるように老人の顔を見ながら、 「それも今の私には出来ません。ですから私はあなたの弟子になって、仙術の修業をしたいと思うのです。いいえ、隠してはいけません。あなたは道徳の高い仙人でしょう。仙人でなければ、一夜の内に私を天下第一の大金持にすることは出来ない筈です。どうか私の先生になって、不思議な仙術を教えて下さい」
「老人は眉をひそめたまま、暫くは黙って、何事か考えているようでしたが、やがて又にっこり笑いながら、「いかにもおれは峨眉山に棲んでいる、鉄冠子という仙人だ。始めお前の顔を見た時、どこか物わかりが好さそうだったから、二度まで大金持にしてやったのだが、それ程仙人になりたければ、おれの弟子にとり立ててやろう」と、快く願を容れてくれました。 杜子春は喜んだの、喜ばないのではありません。老人の言葉がまだ終らない内に、彼は大地に額をつけて、何度も鉄冠子に御時宜をしました。」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
「「もしお前が黙っていたら――」と鉄冠子は急に厳な顔になって、じっと杜子春を見つめました。「もしお前が黙っていたら、おれは即座にお前の命を絶ってしまおうと思っていたのだ。――お前はもう仙人になりたいという望も持っていまい。大金持になることは、元より愛想がつきた筈だ。ではお前はこれから後、何になったら好いと思うな」「何になっても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです」 杜子春の声には今までにない晴れ晴れした調子が罩っていました。「その言葉を忘れるなよ。ではおれは今日限り、二度とお前には遇わないから」 鉄冠子はこう言う内に、もう歩き出していましたが、急に又足を止めて、杜子春の方を振り返ると、「おお、幸、今思い出したが、おれは泰山の南の麓に一軒の家を持っている。その家を畑ごとお前にやるから、早速行って住まうが好い。今頃は丁度家のまわりに、桃の花が一面に咲いているだろう」と、さも愉快そうにつけ加えました。」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
「しかし女房はあやまるどころか、鼻の先でふふんと笑いながら、「まあ、あなたは黙っていらっしゃい。あなたのように莫迦正直では、このせち辛い世の中に、御飯を食べる事も出来はしません」と、あべこべに医者をやりこめるのです。」
—『蜘蛛の糸・杜子春(新潮文庫)』芥川龍之介著
Posted by ブクログ
教科書で初めて読んだ芥川龍之介は『蜘蛛の糸』だったと思う。とても、胸に刻まれたから。
自分の事だけ考えて他人を貶めるような人は結局地獄行きなんだ…みたいな強烈な印象が残り、私は子供時代イジメに加担させられるくらいなら1人になったっていいんだと転校する先で度々一人ぼっちになりながらも、逞しくしていたら、最終的には周りの方々に別れを惜しんで頂ける人生を送られていると思うと本作には感謝しかない。
そんな蜘蛛の糸の他、実は未読だった杜子春も改めて読むと、これも最終的に自分だけ良ければいいという考えを改めたくなる話で他にも、そう言ったニュアンスを感じる作品が多いなと実感。
本作は、年少文学を集めているので、教訓が滲む話ばかりで、懐かしい気持ちになる。
そして、巻末の解説は2人の方が書かれていて、それぞれの見解は面白い、御丁寧に年表まであるので、芥川龍之介好きには宝物になる本でした。
東京都北区の田畑文士村記念館では、来年(令和7年1月)までクラウドファンディングで芥川龍之介記念館の建築を計画されてるので、ご興味のある方は北区のホームページを覗いてみてくださいませ。
Posted by ブクログ
最高におもろい!洗練されすぎている
なんで昔の話なのにこんなに今面白いんだろうと思うけど、結構その時代の話ってよりファンタジー要素みたいな創作の部分がでかいからなのかもしれん
Posted by ブクログ
『蜘蛛の糸』は芥川龍之介が初めて書いた児童向け文学で、仏教説話としても有名な名作短編です。私も僧侶という仕事柄、この『蜘蛛の糸』のお話を法話や仏教書で見聞きすることは数多くありますが、このお話はお寺関係という枠を超えて日本人全体に親しまれてきた作品ではないでしょうか。
そして本書巻末解説では『蜘蛛の糸』制作についての詳しい解説が説かれていたのですが、これが私にとってかなりの驚きでした。簡単に要点をまとめると、⑴『蜘蛛の糸』が元々仏教由来なのかどうかはわからないということ、⑵この作品がドストエフスキーやトルストイとも関係があるという2点があげられます。
これは興味深かったです。
Posted by ブクログ
学生時代に読みましたが、大人になって改めて読むと学びがあるのだと実感しました。
杜子春が好きですね。人としてどうあるべきかを
ストレートに伝えてくれるお話の数々。
Posted by ブクログ
再読に次ぐ再読。
大好きな作品集。
何度読んでも、面白さは変わらない。
トロッコが特に好き。少年の心細さを体感してしまう。
この時代の作家は凄いですね。
Posted by ブクログ
「蜘蛛の糸」
「犬と笛」これぞ龍之介の短編!!ってかんじがして大好き
「蜜柑」
「魔術」谷崎潤一郎の『ハッサン・カンの妖術』のマテイラム・ミスラを巧妙に利用して試みた二重虚構。粋。
「杜子春」
「アグニの神」
「トロッコ」帰り道のあの泣きたくなるような不安感が分かりみすぎる…
「仙人」
「猿蟹合戦」最後の一文、“君たちも大抵蟹なんですよ。”……!!??恐怖!!そもそもこれはEテレの昔話法廷そのものでは?
「白」
Posted by ブクログ
多くを語らないのにその奥の背景が見えたり、思わず人生を考えたり、人間とは…という考えに至ったり。
蜘蛛の糸(やっぱ馴染み深い)
蜜柑(綺麗な描写)
杜子春(人間らしさとは)
トロッコ(現実身が1番すごい。)
猿蟹合戦(えげつねぇ、救われねぇ、そしてオチ最高。所詮我々も蟹)
が面白かった。
Posted by ブクログ
息子の国語のプリントに蜘蛛の糸が途中まで掲載されていたのでまた読みたくなり、探したら出てきたので1冊読んだ。買ったのは高校生の時 だろうか。表題2作はやはり名作と感心したが、解説を見るとどちらにも元作がありそれの結末などをアレンジしたものらしい。
Posted by ブクログ
この本に載っている短編は特に読みやすいなぁと思っていたらまさかの年少小説とは!
自分が小学一年生の頃「日が傾いていても外で遊び、暗さで手が見えなくなるまで遊んでいると帰れなくなる」なんていう都市伝説的なものを母から聞いていたから、『トロッコ』の主人公の少年の心情が痛いほど伝わってきた…。走っても走っても進まなくて、ただ日は落ちていくばかり。不安はどんどん募っていく…あの感情を久々に思い出すことができてよかった。
特に『犬と笛』は児童文学の雰囲気が強く、求めていたものと違う感は否めないがこれはこれで面白い。(私が求めているのは河童や或阿呆の一生の方だと思われるので次はそちらを読む)
Posted by ブクログ
「蜜柑」を以前電子で読んでものすごく感銘を受けたので紙の本も欲しいなあと。
びっくりしたのが、わたくし杜子春のストーリーの前半部分(金持ちになってそのあとまた貧乏になって〜のくだり)すっかり忘れていた←
そこまあまあ重要だろw
「猿蟹合戦」が強く印象に残った。
さらっと読める短編だけど、よくよく考えると結構怖いことだよね。現実世界でも、どっちにも転ぶ可能性があるよってことを肝に銘じておかないと…
その時代の価値観なんて一瞬でひっくり返ることを、私たちは例の感染症で身をもって知っている訳だし。
「白」も良かった。白がみずからの弱さと向き合って、打ち勝って、幸せを取り戻して。
温かいラストが良かった。
Posted by ブクログ
蜘蛛の糸
地獄にいる人を再び地獄に突き落とす。とてもむごい話だと思いました。お釈迦様は決して善人ではないと思いました。
杜子春
求めれば上限のない欲について書かれた本でした。
本当に大切なものは欲とは関係のないところにある。そう思う話でした。
お金よりも心を大切にしたいと思う話でした。
Posted by ブクログ
どれも捨てがたいが、個人的には「蜜柑」と「白」がとりわけ印象に残った。
蜜柑を読むと、鬱屈とした苛立ちがもやもやと吹き溜まっていたところから一転、びゅうっと爽やかな風が心に吹き抜けていく感じがする。
白は、あの時ああしておけばという取り返しようのない悔やみを抱えても、その先の生き様によっては救いはあるのではないか?という希望を見出させてくれるような優しさがある。
Posted by ブクログ
芥川龍之介の入門編。とても読みやすい。「蜜柑」はいつ読んでも目の前に鮮やかな映像が思い浮かぶ。美しい文章。「犬と笛」「白」が好み。「トロッコ」は少年の冒険心と傷つきやすい心をノスタルジックに描く。「仙人」は権助、してやったり!
Posted by ブクログ
収録短編は蜘蛛の糸(教科書でお馴染み)・犬と笛・蜜柑・魔術・杜子春(教科書でお馴染み)・アグニの神・トロッコ・仙人・猿蟹合戦・白の10。人間のささやかな欲や煩悩は抑えられてもゼロにはできないんだなと子供にも諭させるミスラ君が登場する魔術が好きなんですが、逆に蜜柑は蒸気機関車に載ったことがないのでぴんとこなかった。トロッコは田舎に住んでた自分の子供のときの広い世界に感じる不安に思いを馳せると意外としっくりする。やはり芥川龍之介は寓話を借りた児童文学を書かせると抜群に上手い
Posted by ブクログ
昔話のような、教訓を含んだものが多かった。
今読んでも十分面白い。
子供向けに書かれた話が多いせいか、丁寧な言葉遣いが美しいと思ったが、よく見る写真のイメージとのギャップがあっていい。
特に、「杜子春」や「トロッコ」は国語と授業で習った記憶があり、改めて読んでもやはり好きな話だなと思ったし、「蜜柑」や「白」もよかった。
Posted by ブクログ
『蜘蛛の糸』
生前に一度だけ蜘蛛を助ける善行をした悪人に、お釈迦様が極楽へとつながる蜘蛛の糸をお下ろしになった。
追って糸につかまる悪人どもを蹴落としてひとり助かろうとした男だが、糸は切れて地獄の底へと姿を消して…。
昼前の極楽浄土の些事。
Posted by ブクログ
『羅生門』を授業で習ったので読んだ。
1年ぐらい前に読んだ『こころ』などよりは、この本の方が分かりやすかった。
難しい漢字には振り仮名があって、こんな読み方をするんだという発見になった。
Posted by ブクログ
蜘蛛の糸
改めて読むと「人間ってこんなもんだろ」と思う様になってしまった。
激混みする電車のなかで広告として流したらいいと思います。( ᐛ )و
Posted by ブクログ
“蜘蛛の糸”はこんなに短編だったか?と、いつぐらい振りかわからないが、非常に懐かしく読ませてもらった。“猿蟹合戦”や“魔術”あたりは、皮肉がありつつも、読み応えがあった。
仏教(法華経)をモチーフにされたものも多く、短編集ながらも読み応えのある一冊。
Posted by ブクログ
大学時代、文学といふものを改めてやつてみようと思ひたち、試みに手にした一冊。表紙は2017年のプレミアムカバー。多分カバーに惹かれて買ってる。
『魔術』と『杜子春』とはほぼ同じプロットっぽいな。たまたまではあるが『無双OROCHI』を最近やっていてまさか左慈がここで出てくるとは思わなかった。どこで繋がるか本当にわからないもの。
『トロッコ』のようなトラウマは覚えがある。幼い頃、家族で温泉旅行した時のこと。旅館から出発する家族の車に置いていかれるところだったことがある。あの時の恐怖は度々フラッシュバックする。
なんかでも飛び抜けて面白いわけじゃないんだよなと思ってしまう。こういうもんかと思えばそれまでなんだが、賞として名が残るくらいだからと勝手に期待値を上げてしまったのかもしれない。筒井康隆のように出会った時代の問題か?
そういえば今思い出したが『蜘蛛の糸』は幼稚園の絵本で読んだ気がする。
Posted by ブクログ
トルストイの晩年の民話風小話は素朴なキリスト教民間信仰がベース、芥川はニヒリスト。『杜子春』「親子の情愛も抹殺するような共産主義的人間に人生の価値はない」とか「他人を蹴落とし犠牲にすることばかり考えているから地獄なのだ」『蜘蛛の糸』といった教訓話は浅薄に感じる。『仙人』医者が田舎者を仙人になれると二十年こき使って、挙げ句に高い松に登らせて「右手を離せ/次に左も」と指図すると雲が湧いて仙人になってしまった。師匠が理不尽な無茶いう奇人でも弟子が大成するのはよくあること。
『アグニの神』日米戦争を必然とし神託で開戦の時機を探る場面がある。
娘にこの本をくれた創価学会の姉さんは何を伝えたかったのだろう?
Posted by ブクログ
オモコロのみくのしんさんの本を読むにあたり、収録されている「杜子春」を未読だったため先に読んでからみくのしんさんと並走したいと思い購入。
蜘蛛の糸は既読でしたが、最後のセクションがとてもいいなと思いました。