古沢嘉通のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ2025年の38、39冊目は、マイクル・コナリーの「素晴らしき世界」です。レネイ・バラード&ハリー・ボッシュのシリーズ1作目となります。コナリーの産み出した2大ハードボイルド主人公の夢の共演となります。
人気の無いハリウッド分署でファイルキャビネットを漁っていた男(ボッシュ)をバラードが見咎めた事から始まります。ボッシュは、15才の少女デイジー・クレイトンが殺害された未解決の事件を調べており、2人は協力して事件を調べ始めます。
相変わらず、ストーリーテリングが上手いです。一見、関係の無いと思われる冒頭の事件が、そういう風に繋がって行くのかと分かった時には、唸ります。
物語は、このデイジー・クレイトンの事件とボッシュの勤務するサンフェルナンド市警管轄のギャング殺害事件の2つが同時に進行します。そして、ボッシュは、ギャング殺害事件に絡んで絶対絶命のピンチに陥ります。
邦題も素晴らしいです。サッチモのあの有名な曲から採られています。このクソまみれのような世界であっても果たされる正義がある事、バラードとボッシュがいる事に想いを馳せたいと思います。
☆4.5 -
Posted by ブクログ
下巻はオックスフォード大学の王立翻訳研究所「バベル」で翻訳学を学ぶ男女4人のその後の顛末である。
主人公のロビンはカルカッタ出身のイスラム教徒ラミー、ハイチ生まれの黒人女性ヴィクトワール、英国の高級将校の娘ラティスらと共に入学した。英語から遠い言葉ほど「適合対」の威力が増すので世界中から集められた。彼らは一緒に行動しお互いの友情を育み、ネイティブ翻訳者を目指す。言語学や翻訳研究に没頭する黄金の日々を過ごす。
四人は卒業航海で広東に行き、侵略戦争の引き金となる交渉に関わる。当時のイギリスは銀獲得のため清朝政府にアヘン貿易を迫っていた。ロビンは大学の侵略加担に反対し、母親の見殺しを責めて同行のラヴェル教授を「銀工術」で死なせる。
帰国後バベルを占拠し大学当局や警察・軍隊と対決する。周りをバリケード封鎖し銀工術で市内を混乱させ、イギリス議会に反戦決議を要求する。
ラティスが闘争に反対しラミーを殺してしまう。
グリフィンの遺志を継ぐロビンは徹底抗戦でヴィクトワールを脱出させ、数人で大英帝国の植民地侵略の象徴であるバベルを銀工術で爆破し自滅する。
著者が全編を通してふんだんに登場させる言葉の語源や類語・訳語の知見はその都度興味を唆り、彼の言語を通した人間の知性へのこだわりが象徴されている。
武力による植民地侵略の裏側で言語による侵略が行われていたことを「空想で」暴いた黒歴史だ。
「言葉と翻訳」をこれ程突き付けられたのは初めてだ。
英語すら満足にものにできず、ドメスティックに生きてきた自分にとっては、もっと早くこんなことを知っていたらどうであったか考えてしまう。
人間にとって言葉は極めて本質的なものだ。
資本主義は民族や国境を超えて人間の交流を促す。
植民地侵略時は尚更で資本が武力で言葉を蹂躙する。
ここに焦点を当てたファンタジー小説であリ、
十分楽しめた傑作長編であった。
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Posted by ブクログ
この本を手にする時も、読んでいる途中でも「SFファンタジー」という分類定義に何度も邪魔された。
SFならまだしもファンタジーは流石についていけないという思い込みに、「そんなのを何で今更読むんだ」と幾度となく引き止められた。
しかし純文学を頂点とする序列感覚や好き嫌いの決めつけがいかに読書の世界を狭めていたか思い知ることになる。そもそも文学や小説は仮構でありフィクションだ、作家は自由に創造力と構想力で表現を極め、読者がそれを受け止めて楽しめばよい。
それが自分の濫読のコンセプトであったはずだ。
この作品は傑作であることは間違いない。
ネビュラ賞・ローカス賞については知らなかったが、知れば受賞も宜なるかなである。
構想が奇抜である。
そして何よりも作者の「言語(言葉)」に対する思いや造詣の深さが尋常ではない。
言語については今自分も強く関心を持ち、文学、思想、哲学、宗教等すべての大元であり、時季をえた課題である。異なる言葉を繋ぎ調整する「翻訳」も重要で言語と翻訳はセットである。
これを手段か武器にして19世紀のイギリスが世界の植民地支配を強行するというのが物語の背景だ。
オックスフォード大学という知性と学術の中心がその侵略を支える。学内に九階建てのバベルの塔のような建物が象徴的に聳え、優秀な学生や研究者が集まる。マイノリティの男女4人がネイティブな翻訳者となることを目指して入学する。当初彼らの学生生活は夢と希望に満ちた素晴らしいものであった。
広東の貧民街で中国人少年は疫病で母親を失う。
彼はこの物語の主人公であり父かもしれないラヴェル教授に認められオックスフォードで学ぶことになる。そこで後に植民地侵略に抵抗する反政府組織ヘルメス結社と接触する。似た境遇育ちの先の仲間三人も同じ活動に関わる。
当時のイギリスは通貨としての銀を世界中から集めて繁栄する。「銀工術」という銀の棒の表裏に原語と翻訳語を彫り、「適号対」として霊力を発動させる魔術をバベルの研究者達が駆使していた。物語では最初からこの魔術が登場し活躍する。これがまさにファンタジー(幻想)であり銀本位制の寓話のようでもある。
大胆な構想で説得力あるストーリー、内面描写も丁寧で読者を引き込んでいく。
下巻の展開が早く知りたくなる。
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Posted by ブクログ
“銀の棒が震えながら歌っていた。自分たちに関する筆舌に尽くしがたい真実を表現しようとしているかのようだ。それは翻訳が不可能だと言う真実だった。翻訳がとらえ、表現する純粋な意味の領域は決してわからないだろうし、わかりようがないことを。
というのも、アダムの言語なんてものがどうやったらあり得るのだろう? 生得的で、完璧に理解可能な言語なんてものは存在しない。そんな言語になり得る候補なんてない。威張りちらし、一つのものになろうとして、吸収できるような言語はない。
言語はたんなる相違なのだ。千もの異なる見方、世界の動き方がある。いや、ひとつの世界の中に千の世界がある。そして翻訳は、どれほど無駄であろうと、異なる世界の間を行き来するために必要な努力なのだ。”
“翻訳とは、まさにそういうことなんだ。話すと言うことはそういうことなんだ。他人の話に耳を傾け、自分の偏見を超えて、相手が言おうとすることをわかろうとすることだ。自分自身を世界に示し、他の誰かが理解してくれることを期待するんだ。”
広東からきた孤児のロビン、カルカッタからきたイスラム教徒のラミー、祖国ハイチから宗主国であるフランスへ連れてこられたヴィクトワール、そしてイギリス旧提督の娘であるレティの四人は、それぞれ有色人種であること、女性であること故にイギリス社会で不当に扱われてきた。
必死の努力と生まれ持った能力でオックスフォード大学最高峰のバベルにて己の価値を証明したとき、自らを否定してきた社会の一員として進むのか。それとも、社会を糾弾する側に立つのか?
本書に引き込まれる理由は、四人の若者たちに突きつけられる問いの過酷さと苦しみながらそれぞれが出した答えにある。
誰しもが同じような疑問を抱き、苦い想いを飲み込んできた経験があるのではないだろうか。
だからこれは優れた青春小説なのだ。
硬い友情で結ばれていた彼らが、それぞれに下した選択の痛みが胸を掴んで離さない。 -
Posted by ブクログ
同じ意味の単語を二か国語からそれぞれ選んでも、語源を辿ると完璧には一緒の意味を示すことにはならない。言葉は、単語一つ取り出しても歴史的・文化的背景によって本質的に多義的なのだ。この単語のペアに含まれた意味のズレに魔法が宿る、という設定が面白い。これは自分でも考えて作りたくなる。
例えば日本語と英語のペアでは、こんなのはどうだろう?
「間」と「gap」をGoogleで調べるとAIがこう回答してくれる。
「間(ま)」と「gap」は、どちらも「隔たり」や「隙間」を意味しますが、ニュアンスや使われ方が異なります。「間(ま)」は、時間や空間、または心理的な隔たりなど、幅広い意味で使われる抽象的な概念です。一方、「gap」は、物理的な隙間や、数値、能力、意見などの隔たりを指すより具体的な言葉として使われます。
「間」には、「隣の間で控えください」「間が悪い」といった「gap=隙間」には収まらない用法がある。「space」「timing」が相当するかな。
それでは、「間」/「gap」を銀棒に刻んで、いざ唱えると、「間」に含まれる意味の違いが発現するはず!
1.隣家との狭い壁の隙間が、急に広々となる。
2.会議と会議の間の貴重な隙間時間に、同僚からムダ話しされるのが回避できる。
こんなしょぼい魔法が作動するかは全く不明。残念ながら銀工術の試験は落第だろう。
「バベル」は、難解で混乱しない程度にアカデミックな翻訳を巡る考察と、男女4人のオックスフォードでの学園青春の雰囲気が、とても楽しい。特に翻訳とは原文に対してどうあるべきかの議論のくだりは、海外文学好きとしては興味深いところだ。
でももちろんそれだけはない。
原題は「バベル、あるいは暴力の必然性:オックスフォード翻訳者革命の秘められた歴史」なのだから。
魔法を発動するためには、英語とは成り立ちが異なる言語とネイティブな翻訳者が必要だ。
しかし、その貴重な言語と翻訳者たちは、“文明化されていない劣等人種の住む植民地”から、大英帝国の繁栄のために供される“資源”に過ぎないとしたら?
植民地主義とは何か、自由貿易や自由意志という名の下でどれだけ搾取され格差を受け入れてきたのか、富めるものはより栄えて貧しいものは更に奪われる現実を変えることはできるのか。
暴力と痛みでしか革命は成し遂げられないのか。
多くのテーマを抱えて物語は加速し、下巻へ進む。
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Posted by ブクログ
ゲーム×SFという、好きな物同士の掛け合わせで面白くないわけがなかった。
アンディ・ウィアー目当てで買ったものの、他の作家さんの短編も面白いものがたくさんあって大満足。
「1アップ」「リコイル!」「アンダのゲーム」「キャラクター選択」が特に良かった。
MMOを長く遊んでいるし、FPSやテキストアドベンチャーもある程度通ってきているから想像がつきやすく楽しめた。この本を手に取っている時点でゲームが好きな人が多いとは思うけれど、ゲームに馴染みが無さすぎるとあんまり楽しめないような気はする。
ゲームだしSFだしで、絶対に現実ではないんだけど、でもそこで繰り広げられる人間同士の会話や感情はフィクションではないような感覚があって、温度のない冷たい物語はひとつも無かった。
ゲームは結局のところあくまでも開発者の意図した範囲での自由しか得られないけれど、SFと掛け合わせることでその檻を踏み越えて現実がゆらぐような物語がいくつかあって楽しい。
私のままならないこの日常にも具現の杖が落ちてきたりしないかな。